↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/41

【第三章 千年の約束】 第二十八話 池田屋前夜(前編)

 六月五日――。


 京の空は、朝から鉛色の雲に覆われていた。


 湿り気を含んだ風が町並みを吹き抜け、人々は「今夜にも雨になる」と噂している。


 しかし、その空気の重さは天候だけが理由ではなかった。


 町人たちは気づいていない。


 長州浪士が密かに集結し、新選組が動き始めていることを。


 そして、千年前から続く因縁もまた、静かに動き出していることを――。


 壬生屯所。


 まだ夜明け間もない道場には、木刀がぶつかる乾いた音だけが響いていた。


 ガンッ!


 ガンッ!


 息一つ乱さず木刀を振るうのは沖田総司だった。


 病の影など感じさせない鋭い太刀筋。


 しかし、その稽古を見つめる土方歳三の表情は険しい。


「……無茶をしやがる。」


 近藤勇が苦笑する。


「総司は止めても聞かんさ。」


「分かってる。」


 土方は腕を組み、道場の中央へ視線を戻した。


「だが今日は池田屋だ。」


「いつ倒れてもおかしくねぇ身体で、一番前に立とうとする。」


 近藤は静かに笑う。


「だから総司なんだ。」


 その言葉には、幼い頃から共に剣を学んできた親友への信頼が込められていた。


 その頃、朔夜も木刀を手に道場へ入ってきた。


「沖田さん。」


 沖田は振り返る。


「神代さん。


 一緒に一本、どうですか?」


「お願いします。」


 二人は向かい合い、静かに礼をする。


 構えた瞬間だった。


 朔夜の右目が熱を帯びる。


(未来が……。)


 沖田が踏み込む。


 右袈裟。


 返し胴。


 突き。


 三手先まで見える。


 だが朔夜は動かない。


 見えているのに動けない。


「そこです。」


 パシンッ!


 木刀が朔夜の肩を打った。


「痛っ!」


 沖田は木刀を下ろし、少し困ったように笑う。


「未来は見えていましたね?」


「はい。」


「でも、身体が動きませんでした。」


「それが神速眼の弱点です。」


 沖田は道場の隅へ歩きながら言った。


「未来を知ることと、未来を変えることは違います。」


 宗真の手紙と同じ言葉だった。


 朔夜は木刀を握り直す。


「もう一本お願いします。」


「もちろんです。」


 昼過ぎ。


 隊士たちは庭へ集められていた。


 近藤勇が全員を見渡す。


「今夜、我々は池田屋へ向かう。」


 一瞬で空気が張り詰めた。


「相手は尊王攘夷派の浪士。」


「だが忘れるな。」


「我々の敵は思想ではない。」


「京を乱す者だ。」


 隊士たちが力強く頷く。


「命を懸けてでも民を守る。」


「それが新選組だ!」


「応ッ!!」


 地面が震えるほどの声が響いた。


 集会が終わると、土方が朔夜を呼び止めた。


「神代。」


「はい。」


「少し付き合え。」


 二人は屯所の裏山へ向かった。


 人気のない竹林。


 風が竹を鳴らしている。


 土方は静かに刀を抜いた。


「構えろ。」


「副長?」


「遠慮はいらねぇ。」


「今のお前の実力を見せろ。」


 朔夜は《明星》を抜く。


 竹林に蒼銀の光が走った。


 土方の目が細くなる。


「いい刀だ。」


 次の瞬間。


 土方が消えた。


「!」


 速い。


 神速眼が未来を映す。


 肩。


 足。


 喉。


 三方向からの斬撃。


 朔夜は辛うじて受け流す。


 しかし――


 カンッ!


 カンッ!


 カンッ!


 防ぐだけで精一杯だった。


「どうした!」


 土方の声が飛ぶ。


「未来は見えてるんだろ!」


「はい!」


「だったら!」


「見えるだけで満足するな!」


 鋭い一撃が《明星》を弾く。


 朔夜は数歩後ろへ下がった。


 肩で息をする。


 土方は刀を下ろした。


「お前は未来を見ている。」


「だが俺たちは違う。」


「目の前だけを見て、生きるか死ぬかを決めてる。」


 竹林に静寂が落ちる。


「神代。」


「未来は便利だ。」


「だが、それに頼るな。」


「最後に信じるのは自分の剣だ。」


 朔夜は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。」


 その言葉は、胸の奥深くまで染み込んでいった。


 夕暮れ。


 京の町が茜色に染まる頃。


 夜羽は一人、屯所の縁側に座って空を見上げていた。


 その横に朔夜が腰を下ろす。


「隣、いいかな。」


 夜羽は優しく微笑む。


「もちろんです。」


 しばらく二人は黙って夕焼けを眺めた。


 鳥が西の空へ帰っていく。


 町からは夕餉の匂いが漂ってくる。


 戦いの前とは思えないほど穏やかな時間だった。


「こんな時間が……ずっと続けばいいのに。」


 夜羽がぽつりと呟く。


 朔夜は答えなかった。


 答えられなかった。


 神速眼は知っている。


 この穏やかな夕暮れが、明日には血煙へ変わることを。


 だからこそ、心の中で静かに誓う。


(絶対に守る。)


(新選組も。)


(夜羽も。)


(誰一人、失わせない。)


 その決意を乗せるように、夕風が二人の間を吹き抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。