【第三章 千年の約束】 第二十七話 血月王の涙
夜の帳が、京の町を静かに包み込んでいた。
壬生屯所では池田屋へ向けた準備が進んでいる。
土方は地図を広げ、近藤や沖田たちと作戦を確認していた。
「浪士どもだけじゃねぇ。」
土方が低く言う。
「今回は血月十三将も動く。」
部屋の空気が張り詰める。
誰もが、あの圧倒的な力を知っていた。
沖田は静かに刀を撫でる。
「神代さん。」
「はい。」
「明日は未来を見すぎないでください。」
朔夜は驚いた。
「え?」
「未来ばかり見ていると、大事なものを見失います。」
沖田は微笑んだ。
「目の前の仲間を信じてください。」
その言葉は、宗真の手紙と重なった。
『未来を選べ。』
朔夜は静かに頷いた。
「分かりました。」
その頃――。
京の外れ。
朽ちた寺に、血月王は一人で立っていた。
月明かりが静かに境内を照らしている。
王は古びた石碑の前へ膝をついた。
墓だった。
名は刻まれていない。
ただ一輪の白い花だけが供えられている。
「今年も来ました。」
王は静かに語りかける。
「夜羽は元気です。」
優しい声だった。
「蒼月も、立派になりました。」
少しだけ笑う。
「私は……。」
言葉が止まる。
「まだ約束を守れません。」
夜風が吹き抜ける。
花びらが舞った。
王はそっと墓石へ触れる。
「宗真は、千年後に希望を託しました。」
「ならば私も、信じてみようと思います。」
その時だった。
黒い霧が墓地へ流れ込む。
羅刹が静かに現れる。
「王。」
「十三将の準備が整いました。」
血月王は立ち上がる。
「……そうか。」
羅刹は少し迷ったあと、小さく尋ねた。
「本当に池田屋を襲うのですか。」
王は夜空を見上げる。
「避けられぬ。」
「歴史は流れねばならない。」
「だが。」
そこで初めて王の表情が揺らぐ。
「一人も死なせるな。」
羅刹は目を見開いた。
「しかし、それでは……。」
「命令だ。」
静かな一言。
羅刹は深く頭を下げた。
「御意。」
王は再び墓石を見る。
「宗真。」
「私は約束を守る。」
「今度こそ。」
その瞬間だった。
ポツリ。
一滴の雨が墓石へ落ちる。
いや。
違う。
それは血月王の頬を伝った、一筋の涙だった。
誰にも見せることのない涙。
千年間、一度も流すことを許さなかった涙だった。
翌朝。
壬生屯所。
山崎が駆け込んでくる。
「副長!」
「池田屋へ集まる浪士が三十人を超えました!」
土方は静かに立ち上がる。
誠の羽織が揺れる。
「始まるぞ。」
近藤が頷く。
沖田が刀を腰へ差す。
朔夜は宗真の手紙を胸へしまう。
夜羽は小さく微笑んだ。
誰もまだ知らない。
この一夜が、新選組の歴史だけではなく、
千年続いた運命そのものを変える夜になることを。




