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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第二章 動乱編】 第十七話 血月降臨

 ――パキン。


 地下深くで、最後の鎖が砕けた。


 その音は小さかった。


 だが、その一音は京都全体を震わせるほどの意味を持っていた。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 大地が揺れる。


 御所の石垣が軋み、瓦が崩れ落ちる。


 戦場にいた誰もが足を止めた。


「地震か!?」


「違う……。」


 夜羽が青ざめた顔で地下を見つめる。


「来る……。」


 羅刹はゆっくり妖刀を納めた。


 その表情には初めて穏やかな笑みが浮かぶ。


「お目覚めの時です。」


 地下から溢れ出した瘴気は黒い柱となり、天へと伸びていく。


 昼間だというのに空は夜へ変わった。


 赤黒い月――血月が完全な姿を現す。


 京の人々は震えながら空を見上げた。


「月が……赤い。」


「何だ、あれは……。」


 子どもが泣き叫ぶ。


 犬が遠吠えを上げる。


 鳥たちは一斉に空から姿を消した。


 まるで世界そのものが恐怖を覚えているようだった。


 朔夜の右目が激しく疼く。


 神速眼が勝手に開く。


 しかし未来は映らない。


 映るのは、漆黒の闇だけだった。


「見えない……。」


 その闇の中から、一人の男が歩いてくる。


 一歩。


 また一歩。


 黒い甲冑。


 長い黒髪。


 腰には一本の巨大な刀。


 その姿は人間と変わらない。


 だが、その瞳だけは違った。


 赤でも金でもない。


 深淵のような漆黒。


 その目を見た瞬間、朔夜の身体が凍りつく。


(動けない……。)


 恐怖ではない。


 本能が理解したのだ。


 勝てない。


 この存在は、人間が剣で届く相手ではない。


 男は静かに地上へ姿を現した。


 京都御所の石畳へ降り立つ。


 瘴気が自然と周囲を侵食し、草木が一瞬で枯れていく。


 羅刹が片膝をつく。


「お帰りなさいませ。」


 雪妃も。


 餓狼も。


 十三将全員が頭を垂れた。


「我が王。」


 男はゆっくり空を見上げる。


「……千年か。」


 低い声だった。


 怒鳴り声でもない。


 囁きでもない。


 それなのに、その一言だけで空気が震えた。


 彼は目を閉じ、大きく息を吸う。


「人間の匂いだ。」


 その声には、懐かしさと憎しみが混じっていた。


 土方歳三が刀を抜く。


「新選組!」


 隊士たちも続く。


 しかし誰一人として前へ踏み出せない。


 圧倒的な威圧感。


 目の前にいるだけで、呼吸が苦しくなる。


 沖田が小さく笑う。


「久しぶりですね。」


「こんなに震えたのは。」


 永倉が汗を拭う。


「化け物どころじゃねぇ……。」


 近藤勇だけは静かに前へ出た。


「お前が。」


「この騒ぎの元凶か。」


 男は近藤を見つめる。


 その瞳に感情はなかった。


「人間。」


「名を聞こう。」


「近藤勇。」


「新選組局長だ。」


 男は小さく頷く。


「覚えておこう。」


「滅びる種族の長として。」


 その瞬間だった。


 ズドォォォン!!


 近藤の立っていた場所へ黒い衝撃波が落ちる。


「局長!」


 土方が飛び込む。


 間一髪。


 近藤を突き飛ばす。


 石畳は直径十メートル以上にわたり消滅していた。


 隊士たちは言葉を失う。


(斬った……?)


(いや。)


(刀を振ってすらいない。)


 ただ視線を向けただけだった。


 朔夜の神速眼が警鐘を鳴らす。


 戦うな。


 逃げろ。


 初めてだった。


 神速眼が「勝利の未来」を一つも映さない。


 その時だった。


「王。」


 夜羽が一歩前へ出る。


 静かな声だった。


「もう終わりにしてください。」


 男――血月王は初めて表情を変えた。


「夜羽。」


「まだ生きていたか。」


「私は。」


 夜羽は剣を握る。


「あなたの娘です。」


「ですが。」


「あなたの夢には従いません。」


 京都を守るため。


 人間を守るため。


 彼女は父へ刃を向けた。


 王は悲しそうに笑った。


「愚かな娘だ。」


「母親によく似ている。」


 夜羽の瞳が揺れる。


「母を知っているのですか。」


「知っているとも。」


「私が殺した。」


 世界が止まった。


「……え?」


 夜羽の手から剣が滑り落ちる。


 血月王は静かに続けた。


「人間を愛した罪だ。」


「だから、この手で終わらせた。」


「嘘……。」


 夜羽の声が震える。


 朔夜は彼女を支えようと駆け出す。


 だが、その時――。


 血月王の視線が、朔夜へ向いた。


「神速眼。」


 黒い瞳が細められる。


「ようやく会えた。」


 その言葉と同時に、右目が焼けるような激痛に襲われる。


 朔夜は膝をついた。


 神速眼が暴走する。


 過去。


 現在。


 未来。


 千年分の記憶が一気に流れ込んでくる。


「ぐああああああっ!」


 絶叫が戦場に響いた。


 誰にも止められない。


 そして血月王は、静かに告げる。


「さあ。」


「最後の神速眼よ。」


「千年前の続きを始めよう。」


「ぐあああああっ!」


 朔夜は石畳へ膝をついた。


 右目が燃える。


 いや――魂そのものが焼かれているようだった。


 視界へ無数の光景が流れ込む。


 戦。


 炎。


 死。


 そして、一人の剣士。


 白い羽織をまとい、血月の下で剣を構える青年。


 右目だけが紅く輝いている。


「……宗真。」


 血月王が静かに呟いた。


 青年はゆっくりと振り返る。


『私は天城宗真。』


『初代神速眼の継承者。』


 朔夜は息を呑んだ。


 これは未来ではない。


 千年前の記憶。


 当時の京。


 人と吸血鬼は終わりのない戦争を続けていた。


 人は憎しみで剣を振るい、


 吸血鬼は恐怖で牙を剥く。


 その中心にいたのが血月王だった。


『人は争いを止めない。』


 血月王は静かに言う。


『ならば我が支配した方が平和だ。』


 宗真は首を振る。


『恐怖の上に築かれた平和は、平和ではない。』


 二人の思想は、決して交わらなかった。


 やがて決戦の日。


 血月が夜空を覆う。


 宗真は一人で血月王へ挑んだ。


 神速眼は、あらゆる未来を映し出す。


 一太刀。


 二太刀。


 三太刀。


 未来を読み、攻撃を避け、反撃する。


 それでも――


 届かない。


 血月王は、未来そのものを書き換えていた。


『諦めろ。』


『運命は変えられぬ。』


 宗真は血だらけになりながら笑う。


『違う。』


『未来は……』


 剣を握り直す。


『人が選ぶものだ。』


 その言葉とともに、宗真は己の右目を血月王へ向けた。


 神速眼が限界を超える。


 命を燃やし尽くす最後の一撃。


 眩い紅い光が世界を包んだ。


 そして――


 血月王は封印され、


 宗真もまた、その場で息絶えた。


 映像が途切れる。


 朔夜は荒い息を吐いた。


「そうか……。」


「神速眼は。」


「誰かを倒すための力じゃない。」


 運命に抗うための力。


 未来を信じる者へ託された希望。


 血月王は静かに笑った。


「ようやく理解したか。」


「だが。」


「宗真は敗れた。」


「お前も同じ結末を辿る。」


 朔夜はゆっくり立ち上がる。


 右目の輝きがさらに強くなる。


「違う。」


「俺は一人じゃない。」


 その瞬間。


 沖田総司が隣へ並ぶ。


「ええ。」


 土方歳三も刀を構える。


「馬鹿野郎。」


「勝手に背負うんじゃねぇ。」


 近藤勇が笑う。


「局長命令だ。」


「必ず全員で生きて帰る。」


 永倉が豪快に笑う。


「ようやく面白くなってきた!」


 原田が槍を構える。


「派手にやろうぜ!」


 そして。


 夜羽が朔夜の左手を握った。


「私は。」


「あなたを信じます。」


 温かな温もりが伝わる。


 契約の紋章が紅く輝く。


 神速眼の光と共鳴し、右目の激痛が消えていく。


 血月王はその光景を見つめ、小さく目を細めた。


「……そうか。」


 どこか懐かしそうな声だった。


「宗真にも。」


「仲間がいた。」


 一瞬だけ。


 その瞳から憎しみが消えた。


 しかし次の瞬間、漆黒の瘴気が再び溢れ出す。


「ならば試そう。」


「仲間という希望が。」


「絶望を超えられるか。」


 血月王が刀を抜く。


 京都中の空気が震えた。


 その刀身は夜そのもの。


 光を飲み込み、音さえ消していく。


 朔夜は静かに刀を構えた。


 神速眼が未来を映す。


 今まで見えなかった景色が広がる。


 無数の未来。


 無数の可能性。


 その中に、一本だけ細い道があった。


 誰も死なない未来。


 京都も。


 新選組も。


 夜羽も。


 すべてを守れる未来。


 限りなくゼロに近い。


 それでも――


 確かに存在している。


「見えた。」


 朔夜は微笑む。


「勝てる未来が。」


 血月王の表情が初めて変わった。


「……ほう。」


「それでこそ神速眼だ。」


 朔夜は一歩踏み出す。


「未来は決まってない。」


「俺たちが。」


「これから作る!」


 その叫びとともに、新選組の隊士たちが一斉に駆け出した。


 誠の旗が、炎に包まれた京都で高く翻る。


 血月王もまた静かに刀を構える。


 二つの時代。


 二つの信念。


 千年を越えた戦いが、いま始まる――。

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