↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/41

【第二章 動乱編】 第十五話 禁門前夜

 京の町は、静かだった。


 あまりにも静かすぎた。


 寺町通を歩く町人たちは声を潜め、商家は日が暮れる前に戸を閉ざしていく。


 普段なら笑い声の絶えない茶屋も、今夜ばかりは客足が少ない。


 誰もが噂していた。


 ――長州が動くらしい。


 ――京で戦が始まる。


 そんな不安が町全体を覆っていた。


 壬生屯所でも同じだった。


 庭では隊士たちが無言で刀を研いでいる。


 金属を擦る音だけが静かに響いていた。


 朔夜は縁側に座り、その光景を見つめていた。


(みんな……覚悟を決めてる。)


 誰一人として怯えてはいない。


 だが、誰も笑ってもいなかった。


 その時、隣へ一人の男が腰を下ろした。


「考え事ですか。」


 沖田総司だった。


 相変わらず穏やかな笑顔だったが、その顔色はどこか青白い。


「沖田さん……。」


 朔夜は思わずその横顔を見つめる。


 神速眼が見せた未来。


 炎の中で倒れる沖田。


 あの光景が頭から離れない。


「そんな顔をしないでください。」


 沖田は苦笑した。


「私まで不安になります。」


「でも……。」


「未来が見えたんでしょう?」


 朔夜は息を呑んだ。


「どうして……。」


「あなたは分かりやすい人ですから。」


 沖田は空を見上げる。


 夕焼けがゆっくりと群青へ変わっていく。


「私はね。」


 静かな声だった。


「昔から、自分が長く生きられない気がしていたんです。」


「そんな……。」


「剣しかありませんでしたから。」


 沖田は笑う。


「だから、一日一日を全力で生きると決めました。」


 朔夜は何も言えなかった。


 歴史を知っている。


 沖田が病に倒れることも。


 若くして命を落とすことも。


 だが、それを口にすることはできない。


「神代さん。」


「はい。」


「もし。」


 沖田は穏やかに笑った。


「もし私に何かあっても。」


「新選組をお願いします。」


「嫌です!」


 思わず声が大きくなる。


 隊士たちがこちらを見る。


 朔夜は立ち上がっていた。


「沖田さんは死にません!」


「俺が死なせません!」


 沖田は少し驚き、それから静かに笑った。


「ありがとうございます。」


「でも。」


「その言葉だけで十分です。」


 その夜。


 朔夜は眠れなかった。


 神速眼が何度も疼く。


 未来が断片的に流れ込む。


 燃え上がる京。


 崩れる家々。


 泣き叫ぶ子ども。


 そして――


 血に染まった誠の旗。


 朔夜は飛び起きた。


「また……。」


 額には冷や汗が滲んでいる。


 障子の向こうから、かすかな気配がした。


「起きていましたか。」


 夜羽だった。


 白い着物姿の彼女は、月明かりに照らされ、まるで幻のように美しかった。


「眠れないんです。」


 朔夜が苦笑すると、夜羽も小さく頷く。


「私もです。」


 二人は庭へ出た。


 風が涼しい。


 虫の声だけが聞こえる。


 夜羽は空を見上げた。


「血月が近づいています。」


 朔夜も空を見る。


 月はまだ白い。


 だが、その周囲には赤い光の輪が広がっていた。


「あと三日。」


 夜羽が呟く。


「三日後、血月は完全な姿になります。」


「その時……。」


 彼女は続きを言えなかった。


 いや、言いたくなかったのだ。


「夜羽。」


 朔夜は静かに彼女の肩へ手を置く。


「大丈夫。」


「一緒に止めよう。」


 夜羽はその手を見つめ、小さく頷いた。


「はい。」


 その瞬間だった。


 ドクン――。


 神速眼が、これまでにない激痛とともに開く。


 見えたのは、一つの光景。


 燃え盛る京都御所。


 その中心に立つ羅刹。


 そして彼の口元が、ゆっくりと動く。


『遅かったな、神速眼。』


 次の瞬間、羅刹の背後で巨大な石棺が音を立てて開き始める。


 中から伸びる、黒い腕。


 それは人ではなかった。


 神でも鬼でもない。


 もっと古い、世界そのものを飲み込むような存在。


 朔夜は悲鳴のように叫んだ。


「目が覚めた……!」


 夜羽の表情から血の気が引く。


「まさか……。」


「血月王……。」


 その名を口にした瞬間、京の空を一筋の稲妻が走った。


 嵐が来る。


 歴史が変わる。


 そして、誰も経験したことのない「禁門の変」が幕を開けようとしていた――。


 夜の帳(よるのとばり)が京を包んでいた。


 しかし、その静寂は偽りだった。


 町家の灯は早々に消え、人々は固く戸を閉ざす。


 誰もが息を潜め、夜明けを恐れていた。


 壬生屯所でも、隊士たちは無言で出陣の支度を進めている。


 刀を研ぐ音。


 具足を締める音。


 浅葱色(あさぎいろ)の羽織を羽織る音。


 その一つひとつが、戦の始まりを告げていた。


 土方歳三は庭に立ち、隊士たちを見渡す。


「……全員、揃ったな。」


 静かな声だった。


 だが、その一言で場の空気が張り詰める。


 近藤勇もゆっくりと前へ進み出た。


「明日、京は戦場となる。」


 誰も口を開かない。


「相手は長州だけではない。」


 朔夜と夜羽は視線を交わした。


 近藤は続ける。


「我らの知らぬ闇も動いている。」


「だが。」


 近藤は力強く拳を握る。


「我らは京を守る。」


「それが新選組だ。」


「応っ!」


 隊士たちの声が夜空を震わせた。


 一方、その頃。


 京都御所の北。


 深い森の奥。


 黒い霧の中に十三の影が立っていた。


 羅刹。


 雪妃。


 餓狼。


 黒鬼。


 そして残る十三将。


 全員が片膝をついている。


 その中央には、巨大な石棺。


 無数の鎖で封じられた黒い棺から、赤黒い瘴気が溢れていた。


「封印は七割まで崩れました。」


 雪妃が静かに告げる。


 羅刹は石棺へ手を添えた。


「明日。」


「京が炎に包まれる時。」


「王は目覚める。」


 石棺の中から――


 ドクン。


 鼓動が響く。


 大地が揺れた。


 木々が軋み、鳥たちが一斉に飛び立つ。


 羅刹は静かに笑った。


「あと少しです。」


「我が王。」


 その異変は、壬生屯所にも届いていた。


 朔夜は突然、膝をつく。


「うっ……!」


 右目が焼けるように熱い。


 神速眼が勝手に開く。


 映る。


 燃え盛る京都。


 倒れる町人。


 泣き叫ぶ子どもたち。


 血に染まる誠の旗。


 そして――。


 沖田総司。


 土方歳三。


 近藤勇。


 三人が、それぞれ別々の場所で敵に囲まれている。


(違う……。)


(これは今までの未来じゃない。)


 さらに映像は続く。


 御所の地下。


 砕け散る封印。


 そこから現れる巨大な影。


 人の姿をしている。


 だが、人ではない。


 黒い甲冑。


 全身を覆う漆黒の瘴気。


 閉じた瞳。


 その胸には一本の巨大な刀が突き刺さっていた。


 ――血月王。


 その瞬間。


 閉じていた瞳がゆっくりと開く。


 真紅の瞳。


 その視線が、映像越しに朔夜を見た。


『神速眼。』


 低く響く声。


『また会ったな。』


「え……?」


 朔夜の全身から血の気が引く。


 映像の中の存在が、自分を見ている。


 未来を見ているはずなのに。


 目が合った。


『今度こそ終わらせよう。』


 その言葉と同時に映像が砕け散る。


「はぁっ!」


 朔夜は大きく息を吸った。


 夜羽が駆け寄る。


「朔夜!」


「大丈夫ですか!」


 朔夜は震えながら頷いた。


「見られた……。」


「未来を見たんじゃない。」


「未来から……俺が見られた。」


 夜羽の表情が凍る。


「そんな……。」


「神速眼に干渉できる存在なんて……。」


 彼女は唇を噛んだ。


「王しか……いない。」


 夜明け前。


 東の空が白み始める。


 会津藩士が馬を飛ばして屯所へ駆け込んできた。


「副長!」


「長州勢、挙兵!」


「蛤御門へ進軍中!」


 一瞬の静寂。


 土方は刀を腰へ差した。


「近藤さん。」


「ああ。」


 二人は頷き合う。


「新選組!」


 土方の怒号が響く。


「出陣だ!」


「応っ!!」


 浅葱色の羽織が一斉に翻る。


 朔夜も刀を抜いた。


 その隣には夜羽が立つ。


 二人は互いに頷き、小さく笑った。


「必ず。」


「帰りましょう。」


「うん。」


 その約束を胸に。


 新選組は朝日に向かって駆け出した。


 しかし、その空には――


 朝日とは別に。


 赤黒い月が、静かに浮かんでいた。


 歴史に記される戦。


 そして、誰も知らないもう一つの戦い。


 人類と吸血鬼の存亡を懸けた戦いが、いま幕を開ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。