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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第二章 動乱編】 第十一話 誠の旗

池田屋事件から三日。


 壬生屯所は、これまでにない慌ただしさに包まれていた。


 夜明け前から門を叩く音が絶えない。


 「新選組に入りたい!」


 「私も京を守りたい!」


 若者たちが志願書を握りしめ、列を作っていた。


 庭では古参隊士たちが苦笑している。


「池田屋で一気に有名になっちまったな。」


 永倉新八が肩をすくめる。


「この前まで『人斬り集団』なんて陰口を叩かれていたのによ。」


 原田左之助は豪快に笑った。


「勝てば官軍ってやつだ!」


 その笑い声を聞きながら、朔夜は縁側で木刀の柄を握り締めていた。


 池田屋の夜から、もう三日。


 しかし、あの夜の感触は、まだ手に残っている。


 未来を変えた瞬間。


 沖田を救えた安堵。


 そして、カインが残した言葉。


「次に会う時、お前は未来を見ることを後悔する。」


 あの一言だけが、胸の奥に刺さったままだった。


「神代さん。」


 優しい声が聞こえた。


 振り向くと、沖田総司が立っていた。


 今日も涼しげな笑みを浮かべている。


「考え事ですか?」


「少しだけ。」


 朔夜は苦笑する。


「俺、本当に未来を変えられたのかなって。」


 沖田は隣へ腰を下ろした。


「変えましたよ。」


「え?」


「私は、ここにいます。」


 その言葉に朔夜は思わず笑う。


 そうだ。


 あの夜、自分は確かに未来を変えた。


 沖田は続ける。


「でも。」


「歴史を変えることと、人を救うことは違います。」


 朔夜は耳を傾ける。


「未来を知っている人ほど、全部を救いたくなる。」


「だけど、人は万能じゃありません。」


 沖田は庭で稽古する隊士たちを見つめた。


「だから仲間がいるんです。」


 その言葉が胸に染みる。


 未来を見るのは自分一人。


 しかし、未来を変えるのは一人ではできない。


「ありがとうございます。」


「じゃあ、お礼に。」


 沖田が立ち上がる。


「今日は朝稽古をしましょう。」


 嫌な予感しかしない。


「え?」


「もちろん木刀ですよ。」


 笑顔が怖い。


「昨日より三倍厳しくします。」


「ちょっと待ってください!」


 返事を待たず、沖田は道場へ歩き始めた。


 その背中を見送りながら、永倉が吹き出す。


「ありゃ終わったな。」


「神代。」


「南無阿弥陀仏。」


 左之助まで手を合わせる。


「俺、まだ死にたくないんですけど!」


 屯所に笑い声が響く。


 池田屋以来、初めての穏やかな朝だった。


 しかし、その頃――。


 京の外れ、廃寺。


 崩れた本堂の奥に、一人の男が立っていた。


 黄金の瞳。


 黒い羽織。


 カインである。


「失敗でしたね。」


 膝をつく吸血鬼が震えながら言う。


「姫を取り逃がしました……。」


 カインは静かに笑った。


「構わない。」


「彼女は必ず来る。」


 男は障子の向こうを見つめる。


 そこには巨大な石棺が横たわっていた。


 無数の鎖で封じられた黒い棺。


 その隙間から、禍々しい瘴気が漏れ出している。


「血月は近い。」


「封印も、もう長くは持たない。」


 吸血鬼が恐る恐る尋ねる。


「本当に……復活させるのですか?」


 カインの口元がゆっくりと歪む。


「もちろんだ。」


「我らの王を。」


 その瞬間。


 石棺の奥から――


 ドクン。


 まるで心臓が脈打つような音が響いた。


 京の空を、一羽の烏が横切る。


 平穏は終わる。


 新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた――。


朝稽古が終わる頃には、朔夜の道着は汗でびっしょりになっていた。


「はぁ……はぁ……」


 木刀を杖代わりにして肩で息をする朔夜を見て、沖田総司は満足そうに頷く。


「昨日よりは良くなりました。」


「ほ、本当ですか?」


「ええ。」


 だが次の一言で、その希望は砕かれた。


「昨日が十点なら、今日は十五点くらいです。」


「五点しか上がってないんですか!?」


 道場の隅から永倉新八が腹を抱えて笑う。


「総司に褒められるのは、まだ十年早ぇな!」


 原田左之助も槍を肩に担ぎながら笑った。


「まあ、初めてにしちゃ悪くねぇ。」


 隊士たちの笑い声が道場に響く。


 そんな穏やかな空気を破るように、足音が近づいた。


「神代。」


 土方歳三だった。


 その表情は厳しい。


「副長。」


「来い。」


 それだけ言って歩き出す。


 朔夜は急いで後を追った。


 屯所の奥にある小さな部屋。


 障子が閉められると、土方は腕を組んだ。


「京で人さらいが続いている。」


「人さらい……ですか?」


「ああ。」


 机の上には数枚の報告書が置かれていた。


 失踪した町人。


 消えた子ども。


 目撃証言は、どれも夜だった。


「奉行所は浪士の仕業と見ている。」


「だが俺は違うと思っている。」


 朔夜の胸がざわつく。


「……吸血鬼。」


 土方は何も言わず、ただ頷いた。


「お前の話を信じるならな。」


 その一言に、朔夜は息を呑んだ。


「信じてくれるんですか。」


「証拠はねぇ。」


 土方は苦笑する。


「だが、池田屋で俺も見た。」


「人間じゃねぇ化け物を。」


 土方は地図を広げた。


 赤い印が、京の北東に集中している。


「この辺りで失踪が相次いでいる。」


「調べてこい。」


「俺一人で?」


「いや。」


 障子が開いた。


「僕もいますよ。」


 沖田だった。


「夜の巡察なら、一番隊の仕事です。」


 沖田はにこりと笑う。


「また一緒ですね。」


 朔夜も思わず笑みを返した。


「よろしくお願いします。」


 その日の夕暮れ。


 京の町は祭りの準備で賑わっていた。


 屋台からは甘い団子の香りが漂い、子どもたちが走り回っている。


「平和ですね。」


 朔夜が呟く。


 沖田は屋台を眺めながら言った。


「だから守る価値があるんです。」


 その言葉に、朔夜は静かに頷いた。


 しかし、その時。


 右目が熱を帯びる。


 ――ドクン。


 神速眼。


 映し出されたのは、数秒先ではない。


 夕暮れの町。


 火の手が上がる。


 逃げ惑う人々。


 その中を、黒い影が子どもを抱えて走っている。


「!」


 視界が戻る。


「沖田さん!」


「どうしました?」


「あっちです!」


 二人は人混みをかき分けて走った。


 細い路地。


 そこには、小さな少女が泣いていた。


「お母さん……!」


 その背後から、黒い手が伸びる。


「危ない!」


 朔夜が飛び込む。


 少女を抱き寄せると、黒い手は空を切った。


 闇の中に立っていたのは、黒い外套をまとった男だった。


 赤い瞳。


 鋭い牙。


 吸血鬼。


「新選組か。」


 男は不気味に笑う。


「ならば、餌が増えたな。」


 沖田が静かに刀を抜く。


「神代さん。」


「少女を。」


「はい!」


 朔夜は少女を抱えて距離を取る。


 だが、吸血鬼は笑った。


「一人だと思ったか?」


 次の瞬間。


 屋根の上。


 路地の奥。


 塀の陰。


 次々と赤い瞳が浮かび上がる。


 一体。


 二体。


 三体。


 十体――。


「囲まれましたね。」


 沖田は刀を構えたまま微笑む。


 その笑みは、稽古の時とは違う。


 静かで、鋭い。


「神代さん。」


「ここからは実戦です。」


 朔夜も刀を抜いた。


 夜羽から託された退魔銀の短刀が、月明かりを受けて白く輝く。


 その時だった。


 遠くの寺から鐘の音が鳴る。


 ゴォォォン――。


 その音に呼応するように、吸血鬼たちが一斉に跪いた。


「お出ましだ。」


 誰かが呟く。


 路地の奥。


 ゆっくりと歩いてくる一つの影。


 黒い羽織。


 黄金の瞳。


 カインではない。


 しかし、その身に宿る威圧感は、これまでの吸血鬼とは比べものにならなかった。


「久しいな。」


 男は静かに笑う。


「神速眼の継承者。」


 朔夜は息を呑む。


 ――俺を知っている?


 男は刀を抜く。


 黒い刀身から、禍々しい瘴気が溢れ出す。


「我が名は羅刹らせつ。」


「血月十三将が一人。」


「お前の力、本物かどうか試してやろう。」


 夜風が吹き抜ける。


 提灯の火が揺れ、路地を闇が包み込んだ。


 沖田は静かに一歩前へ出る。


「神代さん。」


「はい。」


「今日は、あなたの剣を信じます。」


 その一言に、朔夜は力強く頷いた。


 そして、新選組と血月十三将の最初の戦いが、静かに幕を開けた――。

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