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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
第五章 鬼柴田の妻と米櫃の底を知らぬ姫

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プロローグ


柴田のお藤の方。


『後の世には、織田家の御子方について、多くのことが書き残されている。


誰が、どの家へ入ったのか。


誰が、どの官位を得たのか。


誰が、どの戦に出たのか。


誰が、何万の兵を動かしたのか。


それらは、確かに大切な記録である。


だが、後に多くの人を動かすことになる者たちが、初めて人の名を尋ねた日のことは、ほとんど記録に残らない。


膳へ載せられた米が、どこから来るのかを知った日のことも。


一枚の布が、誰の手を渡って届くのかを知った日のことも。


商人が運ぶものは、品だけではなく、約と信用でもあると教えられた日のことも。


そのようなことは、あまりに小さく。


あまりに当たり前で。


わざわざ書き残すほどのことではないと、思われていたのだろう。


けれど、私は思う。


人を動かす立場となる者ほど、その小さなことを知らねばならない。


人には、名がある。


人には、家がある。


人には、役目があり、都合があり、守らねばならぬものがある。


命じたからといって、すぐに動けるとは限らない。


呼びつけたからといって、すぐに来られるとも限らない。


返事が来るまでは、待たねばならぬ時もある。


物もまた、命じれば突然そこへ現れるものではない。


米を作る者がいる。


運ぶ者がいる。


数える者がいる。


炊く者がいる。


膳へ載せる者がいる。


布にも。


薬にも。


紙にも。


鉄にも。


それぞれ、作る者と、運ぶ者と、手渡す者がいる。


後に織田家を背負うことになる御子方へ、そのことを最初に教えたのは、学者でも、兵法者でもなかった。


柴田権六の妻。


私の叔母、藤乃であった。


もっとも。


叔母上御本人には、御子方を教え導いているつもりなどなかったと思う。


叔母上は、ただ。


人へ物を投げてはならないと叱り。


侍女にも名があると教え。


誰かに会いたい時には、まず相手の都合を尋ねよと言い。


返事が来るまでは待ちなさいと諭した。


米櫃を見せ。


帳面を広げ。


田へ連れていき。


商人との約を守った。


叔母上にとっては、どれも特別なことではなかった。


米櫃の底が見える暮らしを知っていた叔母上には、当たり前のことだったのだろう。


だが。


米櫃の底を知らぬ子どもたちにとっては、それは初めて見る世界であった。


人の名を知らぬ者に、人は動かせない。


米がどこから来るのかを知らぬ者に、兵糧は動かせない。


約を軽んじる者に、よい商人は寄りつかない。


そして、次に困る者のことを考えられぬ者に、家も国も預けることはできない。


叔母上は、そのことを難しい言葉で教えたわけではなかった。


葱をすべて抜いてはならない。


食べる分だけ抜き、次に使う分を残しなさい。


それだけであった。


叔母上は昔、私と、まだ幼かった義冬へ、そう教えた。


後には、織田家の御子方にも、同じことを教えた。


今あるものを、すべて使い切らないこと。


人を、自分の都合だけで動かさないこと。


困っていた頃に助けてくれた者を、己が豊かになった後に忘れないこと。


それらが御子方の後の政へ、どれほど影響したのか。


私には断じることができない。


叔母上一人の手柄であったなどと書けば、叔母上はきっと怒るだろう。


だが。


人が、何を見るべきかを知る始まりは、案外小さなものである。


そして、それらを教えた叔母上は、後にこう嘆いたという。


なぜ、我が家が託児所になっているのでしょうか、と。


叔母上らしい話である』


――斯波義銀晩年記『藤乃叔母上覚書』より


まったく。


義銀は、本当に何でも書き残す。


私は、写本の文字を指でなぞりながら、小さく息を吐いた。


私は、子どもを教え導こうと思っていたわけではない。


ましてや、織田家の御子方を集め、何かを学ばせる場所を作ろうなどと考えたことはない。


私はただ、駄目なことを駄目だと言っただけだ。


それがなぜ、織田家の御子方が我が家へ通う話になったのか。


今思い返しても、よく分からない。


いえ。


原因は、だいたい分かっている。


信長様である。


あの方は、何か役に立ちそうなものを見つけると、すぐにこちらへ持ってくる。


鉄匠一家も。


難しい帳面も。


そして、御自分の子どもたちまで。


本当に、ほどほどにしていただきたかった。


けれど。


私は、あの時の行動を少しも後悔していない。


人へ物を投げてはならない。


腹を立てたからといって、相手を傷つけてよいわけではない。


たとえ、それが織田信長様の姫君であっても。


駄目なことは、駄目なのである。


ただ。


あの時の私には、知る由もなかった。


幼い姫君の頬を一度叩いたことが。


やがて、織田家の御子方が柴田邸へ通い。


帳面を広げ。


田へ入り。


米櫃の底を覗く始まりになるなど。


本当に。


どうして、そうなってしまったのでしょうか。


思い出すのは、永禄五年。


柴田邸の広間に、幼い姫君の泣き声が響いていた日のことである。


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― 新着の感想 ―
ま、まさかノブオがまともになる世界線。。
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