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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
第四章 鬼柴田の妻と海を越えた鍛冶師

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第十四話 馬で引ける荷車

それから半月ほど、清洲城内の一角では小さな音が続いた。


鉄を打つ音。


木を削る音。


車輪を回す音。


そして、見張りの者たちが数を数える声。


火。


炭。


鉄。


槌。


砧。


木材。


釘。


一つ出せば、一つ記す。


一つ戻せば、一つ消す。


清洲城内に設けられた仮の鍛冶場は、仮とはいえ、たいへん厳しく管理された場所となった。


周囲は竹矢来と白い布で隔てられている。


作業場へ入れる者は限られた。


承鋼。


承明。


見守り役の陳宗鉄。


尾張側の鍛冶に慣れた者。


見張り。


そして、その日の確認に当たる者。


兄上は何度も見に来た。


権六も来た。


義銀殿は、ほとんど毎日のように顔を出した。


木下藤吉郎も、何かと理由をつけて来た。


ただし、勝手に手を出そうとするたびに止められていた。


「猿」


兄上が低く呼ぶ。


「はっ」


「邪魔をするな」


「手伝おうと」


「邪魔じゃ」


「はっ」


藤吉郎はしゅんとする。


だが、すぐまた承明の動きを覗き込む。


まったく懲りていない。


しかし、承明たちは藤吉郎を嫌がってはいないようだった。


最初に自分たちを石から庇い、粥を与え、清洲へ連れてきた男。


言葉は通じない。


だが、その事実は消えない。


承明は時折、藤吉郎に何かを見せるように身振りをする。


藤吉郎は、まったく分からぬ顔をしながら頷く。


そして義銀殿が間に入って土に文字を書く。


この半月で、義銀殿の役割はさらに大きくなった。


藤の方様の確認票があったとはいえ、作業が始まれば、紙にないことがいくらでも出てくる。


木の厚み。


車輪の幅。


鉄の輪の大きさ。


車軸。


馬を繋ぐ位置。


荷の重さ。


それらを、承鋼と承明は身振りと文字で伝えようとする。


義銀殿は、その都度、土に書き、紙に写し、尾張側へ説明した。


厚木、要。


輪鐵。


車輪外。


車軸、鐵。


重荷、耐。


義銀殿は、土に書かれたそれらを読み取り、こちらの言葉へ置き換える。


「厚い木が必要だそうです」


「車輪の外側に鉄の輪を嵌めたい、と」


「車軸にも鉄を使いたいようです」


「重い荷に耐えるため、という意味かと」


兄上は、それを聞くたびに面白そうな顔をした。


「ほう」


「車輪に鉄の輪か」


「軸にも鉄か」


「荷を見ておるな」


一方、権六は厳しかった。


「鉄はどれだけ使う」


「余りは戻させろ」


「木材も数えろ」


「道具は使い終えたらすぐ戻せ」


「火の始末は誰が見る」


当然のことだった。


彼らは保護された者である。


だが、同時に危うい技術を持つ者でもある。


火器の知識があるかもしれない。


鉄を扱える。


木と鉄を組み合わせられる。


だからこそ、火も鉄も道具も、自由には扱わせない。


清洲城内で作らせるのも、そのためである。


外の鍛冶場に出せば、誰が近づくか分からない。


何が持ち出されるか分からない。


誰が噂を広めるかも分からない。


城内で、兄上の目が届く場所。


それが最も安全だった。


明の一団のうち、女たちと幼子、腹の大きな李雪蘭は、作業場へ近づけなかった。


李雪蘭は、産婆に厳しく休まされている。


腹の子がいる。


無理はさせられない。


陳宗鉄も、長く立ち続けることは禁じられた。


本人は何度か立ち上がろうとしたが、そのたびに承鋼が静かに止めた。


承明も止めた。


そして、産婆も止めた。


言葉は通じないのに、産婆の圧は通じるらしい。


陳宗鉄は、少しばかり悔しそうに座った。


それでも、目は鋭い。


承鋼と承明の手元を見ている。


時折、短く声をかける。


すると、二人が頷く。


鉄を教えた父の声は、異国の地でも変わらないのだろう。


半月をかけて、荷車は少しずつ形になった。


まず、木の枠。


次に、荷台。


車輪。


車軸。


鉄の輪。


釘。


金具。


見た目は、尾張の者たちが見慣れた荷車と大きく違うわけではない。


だが、近づいて見ると、ところどころが違った。


車輪の外側には、鉄の輪が嵌められている。


車軸には鉄が使われている。


荷台の隅は金具で補強されている。


釘の打ち方も、ただ打ち込むのではない。


木の割れを避け、力がかかる場所を見ている。


承鋼は、何度も車輪を回した。


承明は、軸の音を聞いた。


回す。


止める。


また回す。


少し削る。


鉄を叩き直す。


また嵌める。


その繰り返しだった。


藤吉郎は、ある日、たまらず言った。


「これは、いつ出来上がるのですか」


当然、承鋼たちには通じない。


だが、権六には通じた。


「猿」


「はっ」


「急かすな」


「急かしてはおりませぬ」


「顔が急かしておる」


「顔が」


藤吉郎は、自分の顔を押さえた。


義銀殿が真面目に言った。


「木下殿、顔は抑えにくいようです」


「義銀殿まで」


私は少し笑いそうになった。


笑っている場合ではないのだが、どうしても清洲のこの場は、時々妙におかしかった。


そして、半月後。


荷車は完成した。


承明は、出来上がった荷車を指し、土に書いた。


馬、牽引可。


馬で引ける。


兄上の目が光った。


「馬を連れてこい」


すぐに馬が用意された。


もちろん、いきなり走らせるような真似はしない。


まずは軽い荷を乗せる。


米俵の代わりに、重さを調整した荷を積む。


馬に繋ぐ。


ここで、承明が少し首を傾げた。


尾張側の繋ぎ方を見て、何か違うと思ったのだろう。


承明は身振りで示した。


もっと下。


いや、そこではない。


馬の肩にかからぬように。


引く力がまっすぐ荷車へ伝わるように。


もちろん、言葉は通じない。


義銀殿が間に入り、土に書く。


馬、苦?


承明は首を横に振る。


また身振りをする。


承鋼が土に書いた。


力、直。


肩、痛不可。


義銀殿がそれを見て言った。


「力がまっすぐ伝わるように。馬の肩を痛めないように、ということでしょうか」


「なるほど」


私は頷いた。


馬方の者も、少し考えながら繋ぎ方を変える。


何度か調整する。


承明が頷いた。


「よし」


兄上が言った。


馬が歩き出す。


荷車が動いた。


ぎしぎしと大きく鳴ることもない。


車輪が沈みすぎることもない。


馬が軽く歩く。


「止めろ」


馬が止まる。


「曲がれ」


曲がる。


「戻せ」


戻る。


「荷を増やせ」


荷が増える。


まだ動く。


「さらに」


さらに重くする。


馬は少し力を入れたが、それでも引けた。


車輪はぶれない。


軸も大きく鳴らない。


荷台もきしみは少ない。


兄上は、じっと見ていた。


笑っていない。


もう、面白がる顔ではない。


本気で見ている顔だった。


「止めろ」


馬が止まる。


「車輪を見よ」


車輪を見る。


「軸は」


「大きなぶれはございません」


「鉄の輪は」


「外れておりませぬ」


「荷台は」


「きしみは少なく」


兄上は、しばらく黙った。


そして、低く言った。


「使える」


その声に、場の空気が変わった。


藤吉郎が、目を輝かせる。


「殿!」


「猿、黙れ」


「はっ」


藤吉郎はすぐに黙った。


けれど顔は黙っていない。


とても嬉しそうである。


兄上は、荷車を見ていた。


馬で引ける荷車。


鉄の輪を持つ車輪。


鉄の車軸。


重い荷に耐える作り。


これがあれば、荷の動きが変わる。


兵糧が動く。


材木が動く。


鉄が動く。


塩が動く。


矢が動く。


槍が動く。


戦の準備が変わる。


城普請も、道普請も変わる。


私は、兄上がそれを見ているのだと分かった。


だが同時に、兄上の目が少し冷たくなったのも分かった。


「危ういな」


兄上が呟いた。


小さな声だった。


だが、私は聞き逃さなかった。


危うい。


確かにそうだ。


これは便利だ。


便利すぎる。


荷を運ぶ力は、戦の力である。


そして、この者たちは、鉄と木を組み合わせて、こちらが思っていた以上のものを出してきた。


釘だけではない。


荷車だけでもない。


彼らの中には、まだ何かがある。


それは尾張にとって力になる。


だが、扱いを誤れば、他国に流れる。


あるいは、勝手に火器へ進む。


あるいは、疑われ、狙われる。


危うい技術。


兄上は、それを見抜いたのだろう。


「信行」


兄上が呼んだ。


「はい」


「この者らを、清洲に長く置くのは目立つな」


「はい」


私は静かに頷いた。


「ですが、外へ放るには危うすぎます」


「そうだ」


兄上は、荷車を見た。


「守る場所を決めねばならぬ」


その言葉で、私は理解した。


釘は、彼らの腕を示した。


荷車は、彼らの価値を示した。


そして同時に、彼らの危うさを示した。


次に決めるべきは、彼らに何を作らせるかではない。


どこで守り、どのように囲うか。


そこなのだ。


兄上は、低く言った。


「権六を呼べ」


私は、少しだけ息を吐いた。


権六の顔が、また怖くなる。


そんな予感がした。


そして、その予感は、おそらく当たる。


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