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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
第四章 鬼柴田の妻と海を越えた鍛冶師

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第十三話 釘は嘘をつきません

釘は、嘘をつかない。


兄上がそう言った時、私は少しだけ大げさではないかと思った。


釘である。


細く、小さく、地味な鉄。


刀のように人目を引くわけでもない。


槍の穂先のように戦場で目立つわけでもない。


火器のように轟く音を立てるわけでもない。


ただ、木と木を留めるもの。


家を支え、船を直し、荷車を組み、戸を留めるもの。


だが。


その日、承鋼と承明が打った釘を見た時、私は兄上の言葉の意味を知った。


釘は、嘘をつかない。


清洲城内の一角に、仮の鍛冶場が設けられた。


もちろん、御殿の近くではない。


火を扱ってもよいように土を均し、水桶を置き、周囲を竹矢来と白い布で囲う。


道具は、使う時だけ渡す。


槌。


火箸。


小さな砧。


鉄。


炭。


すべて数を改める。


火を入れる前にも数え、終わった後にも数える。


鉄片一つ、釘一本、失わせてはならない。


兄上の命である。


当然、見張りもついた。


明の一団のうち、仮の鍛冶場へ入ることを許されたのは、承鋼と承明、そして少し離れた場所で見守る陳宗鉄だけであった。


女たちと幼子、身重の李雪蘭は、白い布で隔てられた休み場に残された。


火と鉄の近くへは近づけない。


木下藤吉郎は、鍛冶場の外でそわそわしていた。


自分が拾った者たちが、本当に腕のある職人なのか。


それが分かる場である。


落ち着かないのも無理はない。


だが、兄上に叱られたことがよほど効いているのだろう。


走らない。


勝手に近づかない。


勝手に口も出さない。


たいへん努力している。


権六は、腕を組んで立っていた。


顔が怖い。


いつも怖いが、今日はさらに怖い。


藤の方が夜通し問いの紙を作った件で、まだお怒りなのだろう。


ただし、その目は承鋼と承明の動きを逃していなかった。


怒っていても、見るべきものは見る。


権六は、そういう方である。


義銀殿は、紙と筆を手に控えていた。


必要があれば土に文字を書く。


返ってきた文字を紙へ写す。


言葉が足りなければ補う。


まさに、この場に欠かせない役であった。


私は、その様子を見ながら、兄上のそばに控えていた。


兄上は楽しげだった。


だが、ただ楽しんでいるだけではない。


見ている。


承鋼と承明の手。


陳宗鉄の目。


藤吉郎の顔。


権六の警戒。


義銀殿の筆。


場の空気。


すべてを。


「始めさせよ」


兄上が言った。


義銀殿が土に書く。


釘、作。


少。


見。


承鋼が、それを読んだ。


承明を見る。


陳宗鉄を見る。


陳宗鉄は静かに頷いた。


承鋼と承明は、深く頭を下げた。


そして、火の前に立った。


承鋼は、火の前に立つと別人のようになった。


それまでの彼は、常に周囲を窺うようにしていた。


言葉の分からぬ異国の地。


白い布に囲われた場所。


見張り。


武士たちの視線。


すべてが彼に緊張を強いていたのだろう。


けれど、火の前では違った。


鉄を見た瞬間、目が定まった。


炭の火を見る。


熱の色を見る。


鉄の赤みを見る。


槌を握る手に迷いがない。


派手な打ち方ではない。


力任せでもない。


必要なところを、必要なだけ叩く。


承明は、隣でよく動いた。


火の様子を見る。


鉄を差し出す。


承鋼の打ったものを受け取り、向きを変える。


水に入れる時も、ただ投げ込むのではない。


音を聞き、湯気を見て、また取り出す。


二人は言葉少なだった。


こちらには分からぬ言葉で短く声を掛け合い、あとは手の動きで通じている。


兄弟なのだと、改めて思った。


陳宗鉄は、少し離れた場所で見ていた。


年老いた身体で、もう自ら槌を振るうことは少ないのだろう。


だが、その目は鋭かった。


承鋼の打ち方を見ている。


承明の動きを見ている。


時折、短く何かを言う。


すると、二人の動きが少し変わる。


父なのだ。


鉄を教えた父なのだ。


やがて、最初の釘が出来上がった。


承鋼はそれを地面に置いた。


承明が枝を取り、土に書く。


釘、成。


義銀殿が紙に書き写した。


釘、成。


釘が成った。


出来上がったという意味だろう。


藤吉郎は、今にも飛び跳ねそうな顔をしていた。


だが、飛び跳ねてはいない。


よろしい。


「持て」


兄上が命じた。


こちらの鍛冶に慣れた者が、慎重に釘を手に取る。


まず、まっすぐか。


次に、太さは揃っているか。


頭は潰れすぎていないか。


先は鋭すぎず、鈍すぎもしないか。


板に打ち込む。


一本。


もう一本。


さらに一本。


釘は、すっと入った。


木を割らずに入る。


曲がらずに入る。


打ち込んだ後、木を揺らしても緩まない。


試しに、わざと横から力をかける。


折れない。


抜こうとする。


抜けにくい。


兄上の目が、細くなった。


「ほう」


たった一言。


だが、その一言で十分だった。


権六も釘を見ている。


眉間には皺がある。


だが、その目には、先ほどとは少し違う光があった。


「良い釘ですな」


私が言うと、権六が短く頷いた。


「うむ」


兄上は釘を指でつまみ、しばらく眺めた。


「釘は嘘をつかぬ」


そう言った。


昨日と同じ言葉だった。


「曲がらぬ。折れぬ。留まる。これならば、使える」


承鋼と承明は、兄上の言葉の意味までは分からなかっただろう。


しかし、空気は伝わったらしい。


承明の顔が少しだけ明るくなる。


承鋼は、深く息を吐いた。


陳宗鉄は、目を閉じた。


その顔に浮かんだものは、安堵に見えた。


その後も、何本か釘を打たせた。


一本だけでは偶然かもしれない。


二本、三本、四本。


火を入れ直す。


鉄を変える。


太さを変える。


それでも、大きな乱れはなかった。


もちろん、尾張の職人とは打ち方が違う。


癖もある。


だが、使える。


それは明らかだった。


「よし」


兄上が言った。


「釘はよい」


藤吉郎が、ぱっと顔を上げた。


「殿!」


「猿、まだ黙れ」


「はっ」


藤吉郎はすぐに黙った。


顔はまったく黙っていない。


その時だった。


承明が、何かを思いついたように顔を上げた。


そして、枝を取る。


土に書いた。


荷車、作可。


尾張来時、乗、車。


良品作。


義銀殿が、土の文字を見て眉を寄せた。


「荷車、作れる。尾張へ来る時に乗った車……良い物を作る、でしょうか」


「荷車」


兄上が繰り返した。


承明は、強く頷いた。


そして、昨日と同じように身振りを始める。


両手で車輪を示す。


木の枠を示す。


荷を乗せる仕草。


人が引く仕草。


それから、馬を指すように、首の前で手綱を持つような動きをした。


さらに土に書く。


馬、牽引可。


馬で引ける。


私は、その文字を見て目を瞬いた。


荷車を、馬で引く。


もちろん、荷を運ぶ車は尾張にもある。


人が引くものもある。


牛馬を使うこともある。


だが、承明の言い方は、ただの荷車ではないようだった。


「来る時に乗った車」


私は呟いた。


知多から清洲へ連れてくる時、藤吉郎が村から借りた荷引き車。


古く、潮と魚の匂いが染みつき、車輪がぎしぎし鳴っていたという。


あれを見て、彼らは何か思ったのだろうか。


自分たちなら、もっと良い物を作れると。


兄上の顔が、面白そうに変わった。


「作らせてみよ」


即断だった。


私は思わず兄上を見た。


「兄上」


「何だ」


「釘の確認だけではなかったのですか」


「釘は見た」


「はい」


「ならば、次は車じゃ」


「早すぎます」


「面白い」


「兄上」


「信行」


兄上は、目を細めた。


「荷を運べる車は、戦にも政にも使える」


私は黙った。


それは、分かる。


兵糧。


矢。


槍。


鉄。


米。


塩。


材木。


何をするにも、運ぶ力が要る。


人の背だけでは限界がある。


道と車と馬が噛み合えば、動かせるものが増える。


兄上がそこを見逃すはずがない。


「ただし」


兄上は承鋼と承明を見た。


「城内の仮鍛冶場で作らせる。外には出さぬ。火も鉄も、必要分だけ。木材もこちらで用意する。勝手は許さぬ」


当然、言葉は通じない。


義銀殿は、まず自分たちの足元を指し、土へ書いた。


清洲、此城。


それから、囲いの内側を指す。


作、可。


清洲内。


見守有。


承明は、それを読み、承鋼を見た。


承鋼は頷いた。


陳宗鉄も頷く。


そして、三人は深く頭を下げた。


こうして、釘の試しは終わった。


けれど、その小さな釘は、ただ職人の腕を示しただけではなかった。


次に作られるもの。


馬で引ける荷車。


その言葉を、兄上の前へ引き出したのである。


釘は嘘をつかない。


そしてどうやら、釘は時に、次の扉まで開くらしい。


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― 新着の感想 ―
すみません、細かい事なのですが、 エピソード84にて、「尾張、此地。」 となっているのですが、 「作、可。  清洲内。  見守有。」 との事、 「清州、何。」 とはならなかったのでしょうか? どなたか…
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