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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
鬼柴田と忙しない姫

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第五話 家令、泡を吹く


その日、柴田家家令・渋川八右衛門(しぶかわはちえもん)のもとへ、早馬で一通の書状が届いた。


差出人は、柴田勝家。


八右衛門にとっては義弟であり、同時に主君でもある男だった。


その名を見た瞬間、八右衛門は眉間を押さえた。


嫌な予感がした。


柴田勝家という男は、必要なことしか言わない。

いや、正確には、必要なことすら時々言わない。


説明を省く。

過程を省く。

相談を省く。


そして、結果だけを持ってくる。


その結果をどう処理するかは、たいてい八右衛門の仕事だった。


「……今度は何ですか、勝家殿」


八右衛門は、静かに書状を開いた。


そこには、簡潔な筆でこう書かれていた。


『斯波家の若君二人と、討たれた義統様の妹姫を預かることになった』


八右衛門は、動きを止めた。


しばし、黙る。


そして、もう一度読んだ。


『斯波家の若君二人と、討たれた義統様の妹姫を預かることになった』


変わらない。


三度読んだ。


変わらない。


四度読んだ。


やはり変わらない。


八右衛門は、静かに書状を畳んだ。


そして、叫んだ。


「そんな準備、すぐできません!!」


屋敷の者たちが、びくりと肩を震わせた。


だが、八右衛門はそれどころではない。


斯波家。


尾張守護家である。


そして、討たれた斯波義統の御子である若君二人。

さらに、その若君たちの叔母にあたる妹姫。


……妹姫。


姫君である。


若君ならまだいい。


いや、よくはない。

まったくよくはない。


だが、若君ならば、武芸を仕込めということなのだろうと、まだ解釈の余地がある。


しかし、姫君。


守護家の姫君である。


姫君、ということはまだ未婚。

未婚の姫を、未婚の勝家に預ける。


何をどうすれば、そんな方々を突然預かることになるのか。


勝家は、また何をしたのか。


いや、何をしたのかは、おおよそ分かる。


助けたのだろう。


困っている者を見つけた。

助けを求められた。

だから助けた。


勝家という男は、そういう男だ。


それは分かる。


分かるが、分かることと、受け入れられることは別である。


「守護家の若君と姫君ですよ!? 部屋は!? 警護は!? 着替えは!? 湯殿は!? 食事は!? 礼法は!? こちらの人手は!? 勝家殿、なぜ先に相談なさらないのですか!」


叫んでも、勝家はいない。


当然である。


書状だけ寄越して、本人はまだ戻っていない。


八右衛門は頭を抱えた。


「いきなり預かるなど、犬猫ではないのですよ……!」


犬猫でも困る。


しかし、守護家の若君と姫君はもっと困る。


柴田家は、織田家中において武辺の家である。

決して貧しいわけではない。


だが、守護家の姫君を迎えるための屋敷かと言われると、胃が痛い。


しかも若君二人。


片方は斯波家の嫡男。

もう片方は幼い若君。


何かあれば、柴田家の責任である。


八右衛門の胃が、きりきりと痛んだ。


その時、奥から落ち着いた声がした。


「八右衛門殿、騒がしいですよ」


振り返ると、妻の於光(おみつ)が立っていた。


柴田勝家の姉であり、八右衛門の妻。

柴田の奥向きを見ている女である。


穏やかに見える。


よく笑う。


だが、八右衛門は知っている。


この妻は、勝家の姉である。


つまり、ただ穏やかなだけの女ではない。


「於光、これを」


八右衛門は書状を差し出した。


於光はそれを受け取り、静かに目を通した。


一度。


二度。


そして、ぽつりと言った。


「まあ」


「まあ、ではございません!」


八右衛門は叫んだ。


於光は、どこか納得したように頷く。


「勝家なら、やりかねませぬね」


「納得しないでください!」


「まず客間を整えましょう」


「それはそうですが!」


「若君二人なら、離れすぎない部屋がよいでしょう。幼い若君は姫君のそばの方が安心なさるでしょうし、嫡男の若君もまだお若い」


「ですから、その部屋を今から整えるのが――」


「湯も要りますね。火事場から逃げられたのでしょう。替えの小袖も」


「於光、落ち着きすぎではありませんか!?」


「八右衛門殿が慌てている時は、私が落ち着くしかありませんもの」


正論だった。


八右衛門は言葉に詰まった。


だが、問題は山積みである。


「しかし、守護家の姫君ですよ。失礼があってはなりません。御膳も、衣も、寝具も、すべて改めねば」


「ええ」


「警護もです。清洲の混乱がどこまで及ぶか分かりません。若君方を狙う者が出ぬとも限りません」


「ええ」


「斯波家の方々を預かるということは、柴田家がその身を守るということです。勝家殿はそこまで分かって――」


そこで、屋敷の外から馬の音が聞こえた。


八右衛門は固まった。


早い。


早すぎる。


まさか。


いや、まさか。


だが、門の方がにわかに騒がしくなる。


「勝家様がお戻りに!」


「若君方もご一緒です!」


「姫君が――」


八右衛門の顔から血の気が引いた。


「まだ何も整っておりませんが!?」


「八右衛門殿」


於光がにこりと笑った。


「整えるのです」


「今から!?」


「今から」


「間に合いません!」


「間に合わせるのです」


八右衛門は、もはや何も言えなかった。


門へ向かうと、柴田勝家が馬上にいた。


その腕には、ひとりの姫君を抱えている。


煤で汚れた顔。

乱れた髪。

痛めたらしい足。


それでも、どこか気丈な目をした若い姫だった。


その後ろには、同じく馬上で顔を青ざめさせた少年。

少年は、泣き疲れた幼い子を必死に抱えていた。


斯波の若君二人と、討たれた義統様の妹姫。


本当に来た。


本当に連れて来た。


八右衛門は、思わず叫んだ。


「勝家殿おおおおお!!」


勝家は、少しだけ眉を寄せた。


「騒ぐな」


「騒ぎます!!」


八右衛門は、己の礼儀を一瞬忘れた。


「守護家の若君と姫君を預かるなど、書状一枚で済ませる話ではございません! 部屋も、支度も、警護も、何もかもこれからなのですよ!?」


勝家は、姫君を抱えたまま、淡々と言った。


「ならば支度せよ」


「そういう問題ではございません!」


その時、勝家の腕の中にいた姫君が、申し訳なさそうに口を開いた。


「あの……ご迷惑をおかけいたします。馬小屋でも構いませんので、お気遣いなく」


八右衛門は、今度こそ本当に泡を吹きそうになった。


馬小屋。


守護家の姫君が。


馬小屋でも構わないと。


八右衛門の頭の中で、何かが切れた。


「そんなわけにいくはずが――」


そこで、八右衛門の言葉は途切れた。


首筋に、すとん、と軽い衝撃が落ちたのである。


「八右衛門殿。少し黙っていてくださいませ」


於光の声が、ひどく穏やかに聞こえた。


ああ。


これは、倒れる。


そう思ったのを最後に、渋川八右衛門の意識は、ぷつりと途切れた。



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― 新着の感想 ―
今日ここまで読みました。 一話目から面白いなーと思って読んでたんですが、首すじすとんで吹き出しました! いくらウルサイからってそんな…(笑) この先どうなるのか読むのが楽しみです!
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