第四話 転生特典はどこですか
ちょっと、なんで私に転生特典ないんですか!!
三國志なら、年表ごと覚えている自信がある。
ついでに言えば、魏が好きです。
司馬懿と郭嘉が好きです。
諸葛亮におちょくられる司馬懿がもっと好きです。
はい。
戦国時代ですね。
しかも尾張です。
斯波です。
しば違いです。
いや、本当に何で?
せめて戦国ガチ勢の記憶をください。
それか、未来の年表を脳内検索できる便利機能をください。
あと、できればこの時代の身分制度と礼法と安全な逃走経路と、足をくじいた時の応急処置の知識もください。
……無い。
何も無い。
強いて言うなら、三國志オタクの記憶と、令和社会人の胃痛耐性くらいである。
転生特典、渋すぎない?
そんなことを考えて現実逃避していた私の前で、織田信長は上機嫌に笑っていた。
「なるほど。柴田。斯波家の若君と姫君を、よう救った」
まじか。
これが、織田信長。
目の前の男を見た瞬間、私は一瞬だけ呼吸を忘れた。
うん。
めちゃくちゃ美形。
いや、知っている。
織田信長が美形だったとか、そういう話は聞いたことがある。
肖像画は見たことがあるような気がするけれど、あれはたぶん後世のイメージも入っているだろうし、実際どうなのかは知らない。
でも、目の前の男は、文句なしに人目を引く顔をしていた。
整っている。
整っているのに、ただ綺麗なだけではない。
目が強い。
笑っているのに、全然油断できない。
こちらを見ているようで、こちらの後ろも横も全部見ているような目をしている。
あ、これはカリスマ性あるわ。
見た目だけで、周囲の空気を掴む人だ。
ただし、問題がある。
何故、私たちが上座?
なにゆゑ?
柴田殿に助けられた私たちは、そのまま織田の陣へ連れて来られた。
足をくじいた私は、座っていろと言われ、千若は泣き疲れて私の膝元にしがみついている。
義銀は、斯波の嫡男として背筋を伸ばして座っていた。
そして何故か、私たちが上座にいる。
上座に義銀。
その少し後ろに控える私と千若。
下座には、織田信長。
何故。
なにゆえ。
逃げたい。
足が痛いので逃げられない。
だが信長は、そんな私の混乱など気にもせず、当たり前のように下座に座っていた。
しかも上機嫌である。
いや、怖い。
上機嫌な美形、怖い。
それに、信長の少し後ろに、もう一人美形がいる。
信長よりは穏やかそうで、真面目そうで、きちんと整えられた若君という感じの男だ。
顔立ちは信長に似ている。
けれど信長が野性味のある美形なら、こちらは正統派の若君。
いかにも育ちのよさそうな、綺麗な男である。
ワイルド系兄貴。
プリンス系弟。
そんな言葉が、脳裏をよぎった。
「織田三郎信長にございます」
信長が、軽く頭を下げる。
やめて。
天下人候補が下座から頭を下げてこないで。
心臓に悪い。
続いて、隣の若君が丁寧に頭を下げた。
「弟の勘十郎信行にございます。若君、姫君、このたびは……まことに」
言葉の途中で、信行と名乗った若君は、少しだけ目を伏せた。
それは同情だろうか。
それとも、守護家が討たれたという事実への痛ましさだろうか。
少なくとも、嘲りではなかった。
この人、真面目そう。
信長とは違う意味で怖い。
いや、美形兄弟が二人並んでいる時点で、情報量が多い。
こちとら兄が死んで、屋敷が燃えて、足をくじいて、柴田勝家に片腕で攫われたばかりなんですが?
休憩をください。
「斯波の若君らは、ひとまず那古野へ入れるべきでしょう」
信行が静かに言った。
「清洲方の手がどこまで伸びているか分かりませぬ。守護家の方々には、落ち着いた屋敷と人手が必要かと」
「那古野か」
信長は笑った。
「勘十郎。お前が預かる気か」
「兄上が出陣されるのでしたら、私が守るのが筋かと」
「ふむ。筋は通っている」
信長は楽しそうに目を細める。
「だが、斯波の若君を俺の膝元から離すのは惜しいな」
「兄上」
「何だ」
「惜しい、という言い方はいかがなものかと」
「では、使えると言えばよいか」
「もっと悪くなりました」
待って。
何の話?
私たちの預かり先の話?
しかも、二人とも笑っているけれど、微妙にバチバチしていない?
信長は信長で、義銀を自分の近くに置きたい。
信行は信行で、名家の遺児を丁寧に保護するべきだと考えている。
どちらも間違っていない。
間違っていないけれど、すでに私は胃が痛い。
やめて。
私たち、ついさっき屋敷が燃えたばかりなの。
「柴田」
信長が、視線を横へ向ける。
そこには、先ほど私たちを助けてくれた若武者――柴田勝家が控えていた。
「はっ」
「お前はどう見る」
突然振られた柴田殿は、少しも慌てなかった。
「若君らは、まず安全な場所に移すべきかと」
「だから、それをどこにするかの話だ」
「……恐れながら」
柴田殿は、一拍置いた。
「斯波の若君は、某が見たところ、ただ守られるだけの方ではございませぬ」
義銀が、わずかに顔を上げた。
「弟君を抱え、馬を走らせ、某の陣まで逃げ切られた。姫君を案じながらも、弟君を落とさずに」
その言葉に、義銀の頬がかすかに強張る。
「ならば、若君ご自身のお考えを伺うべきかと」
え。
柴田殿、そこで義銀に振るの?
十四歳だよ?
いや、数え十五だけど。
令和なら中二だよ?
そう思った私の前で、信長の顔がさらに面白そうになった。
「ほう」
信行も少し目を見開いている。
義銀は一瞬だけ戸惑ったようだった。
けれど、すぐに背筋を伸ばした。
ああ。
この子、本当に強い。
「恐れながら」
義銀は、低く落ち着いた声で言った。
「できましたら、私は柴田殿にお預かりいただきたく存じます」
その場の空気が、少しだけ変わった。
信長の眉が上がる。
信行が義銀を見る。
柴田殿も、わずかに目を見開いた。
義銀は続ける。
「私は、まともな勉学も鍛錬も受けたことがございません」
胸が痛んだ。
それは、事実だった。
私はできる限りのことはした。
読み書きも、屋敷に残っている本も、私の中にあった三國志知識も、使えるものは全部使った。
でも、それは正式な教育ではない。
武家の嫡男として受けるべき師も、稽古も、何もなかった。
「可能でありましたら、柴田殿の槍捌きをご教授いただきたく存じます」
柴田殿の表情が、ほんの少し険しくなる。
いや、たぶん怒っているわけではない。
困っているのだ。
いきなり旧守護家の嫡男に、槍を教えてくださいと言われているのだから。
義銀はさらに、信長へ目を向けた。
「合わせまして、信長殿は戦術に多彩とお聞きします。可能でありましたら、月に少しの時間でも、戦術についてお話を伺う機会をいただければ、と」
……義銀。
義銀さん?
それ、十四歳の回答じゃないよ?
いや、私が教えた。
確かに教えた。
戦術を考えるなら、武将の性格と兵站と地形と武器の使い方を見ろとか言った。
言ったけど。
この場でそれを言えるの、強すぎない?
信長は、しばし黙った。
それから、にやりと笑う。
「ふむ。俺の戦術、か」
信長の声が、少し低くなる。
「どこを見て、そう思った」
義銀は迷わなかった。
「鉄砲でございます」
その瞬間、周囲の空気が固まった。
鉄砲。
あ。
これは、たぶん地雷ではない。
でも、ただの十四歳が踏んでいい話題でもない。
義銀は、まっすぐ信長を見ていた。
「鉄砲を、敵を倒すためだけではなく、味方の進軍を助けるためにお使いになられたでしょう」
私の背筋が、ぞわりとした。
あの話だ。
以前、噂話として聞いた戦の話。
信長が、鉄砲をただ撃つだけではなく、敵の動きを止め、味方を進ませるために使ったという話。
私はそれを聞いて、思わず呟いたのだ。
鉄砲で敵を殺すんじゃない。
鉄砲で敵を動けなくして、その隙に味方を動かす。
制圧射撃じゃん。
信長、もうそんな使い方しているの?
その時、義銀は隣にいた。
聞いていたのだ。
全部。
「攻めるための道具を、進ませるための道具として扱う。その発想は、流石と思いました」
一瞬、誰も息をしなかった。
信長の目から、笑みが消える。
怖い。
美形の真顔、怖い。
信長は義銀を見た。
じっと。
値踏みするように。
それから、ゆっくりと言った。
「……主の考えか?」
義銀は、困ったように私を見た。
やめて。
今こっち見ないで。
その一瞬の視線だけで、信長の目がこちらに向いた。
終わった。
完全にバレた。
信長は私を見る。
私は、できる限り無害そうな顔をした。
足をくじいた十八歳の斯波の姫です。
何も知りません。
戦術なんて分かりません。
三國志なら少し分かりますが、それは言えません。
信長は、にやりと笑った。
あ、だめだ。
この人、絶対察した。
「なるほど」
信長は楽しそうに呟く。
「そなたらの養育は、その姫か」
義銀が、はっとした顔をした。
「叔母上は――」
「責めておらぬ」
信長は義銀の言葉を遮った。
「むしろ、面白い」
面白くないです。
全然面白くないです。
お願いだから面白がらないでください。
信長はしばらく私を見て、それから柴田殿へ視線を戻した。
「柴田」
「はっ」
「斯波家のお三方は、お前に預ける」
え。
ちょっと待って。
何でそうなるの。
柴田殿もわずかに目を見開いた。
「某に、でございますか」
「不服か」
「いえ」
返事が早い。
早すぎない?
信長は面白そうに笑う。
「斯波の若君は、お前の槍を学びたいそうだ。姫は若君を育てた。弟君も姫から離すべきではあるまい」
「はっ」
「ならば、まとめて預かれ」
まとめて。
まとめて、って言った。
荷物かな?
いや、我々、守護家の生き残りなんですが?
信行が少しだけ考え込むように言った。
「兄上、柴田一人に預けるには重いのでは」
「だからよい」
信長は即答した。
「柴田は、重いものを投げ出す男ではない」
柴田殿は、何も言わなかった。
ただ、深く頭を下げた。
「承知つかまつりました」
信長は義銀へ向き直る。
「斯波の若君」
「はい」
「学びたいと言ったな」
「はい」
「ならば、よく見ろ。柴田の槍も、戦場の動きも、人の使い方も。名だけでは家は守れぬと知っておるのなら、名を守るだけの働きを身につけよ」
義銀の顔が、引き締まった。
「はい!」
その返事は、今日聞いた義銀の声の中で、一番強かった。
信長は次に、私を見た。
「藤乃姫」
「……はい」
「若君を育てた手腕、見事である」
やめて。
褒められているはずなのに、心臓が痛い。
「だが、これより先は姫一人で背負うな。柴田を使え」
「……柴田殿を、ですか」
「そうだ」
信長は、笑う。
「使えるものは使え。人も、名も、武も、知恵も。生き残りたければな」
その言葉に、私は一瞬だけ息を呑んだ。
この人は、やはり恐ろしい。
けれど、言っていることは正しい。
生き残りたければ、使えるものを使う。
斯波の名も。
義銀の才も。
私の知識も。
そして、柴田勝家という武将も。
私は深く頭を下げた。
「……肝に銘じます」
信長は満足そうに頷いた。
信行は、私たちを見て少しだけ柔らかく微笑んだ。
「藤乃姫、千若殿も、まずはお身体を休められよ。怖い思いをなさいましたね」
千若が、私の袖をぎゅっと握った。
私はその手に自分の手を重ねる。
「ありがとうございます」
本当に、何がどうなっているのだろう。
屋敷は燃えた。
兄は死んだ。
義銀は泣きながら助けを求めた。
千若はまだ震えている。
私は足をくじいた。
そして何故か、私たちは柴田勝家に預けられることになった。
柴田勝家。
あの、お市の方の旦那さんになるはずの男。
無骨で、強くて、義銀を一人前に扱ってくれて、私を片腕で馬に乗せた男。
その人のところで暮らす?
私が?
この美形と?
……いや、待て。
美形というより、武骨系男前。
でも、普通にかっこいい。
どうしよう。
ど、ど、どうしよう。
私、この人と一緒に暮らす、だと?
足の痛みとは別の理由で、頭がくらくらした。




