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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
第五章 鬼柴田の妻と米櫃の底を知らぬ姫

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第十三話 笑いながら怒る人


私――織田奇妙丸は、奇妙な話を聞いた。


徳が、やらかした。


そう聞いた時、私がまず思い浮かべたのは、烈火のごとく怒り狂う父上の姿だった。


徳のわがままは、以前から私の耳にも入っていた。


父上の姫。


織田の姫。


そう呼ばれるたび、徳は少しずつ声を大きくしていった。


気に入らぬことがあれば、すぐに怒る。


父上に会いたいと言えば、周りを走らせる。


思い通りにならなければ、泣く。


いや。


泣くだけなら、まだよかった。


徳は、怒るのだ。


まるで、怒れば周りが動くと知っているように。


私は、そろそろ父上が叱るだろうと思っていた。


父上は、徳に甘い。


だが、甘いだけの方ではない。


必要であれば、容赦なく言う。


ならば、徳のこともいずれ叱るだろう。


そう思っていた。


けれど、父上はなかなか叱らなかった。


帰蝶母上も、強く踏み込みきれないように見えた。


徳と私を産んだ母上……吉乃母上が病がちになってから、徳が不安定になっていることは、奥にいる者でなくとも分かった。


私も、母上のことは案じていた。


けれど、私はもう、父上の前で泣いて駄々をこねる年ではない。


徳は、まだ幼い。


母に甘えられぬ分、父上を求めたのだろう。


それは分かる。


分かるが、それで周りを困らせてよいわけではない。


そうこうしているうちに、徳は本当にやらかした。


徳の投げた香合は、柴田殿の娘・紫乃姫の方へ飛んだ。


身重の犬叔母上が、紫乃姫を庇ったのだという。


犬叔母上は倒れた。


腹には御子がいる。


医師は、今のところ大きな障りはないと言ったらしい。


だが、それで終わりではない。


身重の叔母を危うくした。


柴田殿の娘を危うくした。


帰蝶母上を青ざめさせた。


冬を泣かせた。


そして、柴田殿の奥方、藤の方に頬を打たれた。


支度と先触れを整えた三日後。


なぜか私は、坊丸とともに徳の見張り役として、柴田邸へ向かうことになった。


父上は笑っていた。


とても楽しそうに笑っていた。


あの顔は、ただ徳を謝罪へ向かわせるだけの顔ではなかった。


何かを見せるつもりだ。


私と坊丸に。


そして徳に。


「義冬」


私は、隣にいる斯波義冬へ声をかけた。


「どうなさいました、奇妙様」


義冬は、いつものように穏やかに答えた。


二年ほど前から、義冬は私の傅役となった。


斯波義冬。


尾張守護・斯波家に生まれた人である。


けれど、義冬はそういう空気をあまり感じさせない。


もちろん、所作は美しい。


座り方も、歩き方も、袖の扱いも、礼をする間も、真似るべきところが多い。


洗練されている。


それは分かる。


だが、ただそれだけの人ではない。


前に私の傅役だった者たちは、私が何かを問えば、たいてい答えをくれた。


こうです。


こうするものです。


殿の御子なら、こうあるべきです。


そう言われることが多かった。


けれど、義冬は違った。


なぜそう思われましたか。


それをなされば、誰が動きますか。


その者が動けば、何が遅れますか。


そこが遅れれば、誰が困りますか。


そうやって、こちらに考えさせる。


しかも、逃がしてくれない。


分からぬと言えば、では一つずつ見ましょう、と言う。


分かったつもりで答えると、ではその先は、と続ける。


坊丸も、よく巻き込まれる。


最初は気の毒だと思った。


けれど、最近は坊丸の方が先に気づくこともある。


それが少し面白くもあり、少し悔しくもある。


今回の徳のことについても、私は私なりに考えた。


徳がやらかしたこと。


犬叔母上が倒れたこと。


柴田殿の奥方が徳を叩いたこと。


それが何を意味するのか。


私は、義冬に聞いてみることにした。


「……犬叔母上の御子が、万が一にも流れたら、佐治との縁が危うくなる。そう考えてよいか」


隣にいた坊丸が、少し顔を上げた。


義冬は、にこりと笑った。


その笑顔を見た瞬間、私は思った。


まだ足りない。


義冬がそういう顔をする時は、だいたいこちらの考えが途中なのだ。


「よく考えられましたね、奇妙様」


褒められている。


だが、褒められて終わる顔ではない。


「佐治家は、知多の海とつながる家です。犬姫様は、信長様の妹君であり、佐治家へ嫁がれた方。腹の御子に障りがあれば、佐治家との縁にも影を落とすでしょう」


「やはり、そうか」


「はい」


義冬は頷いた。


「では、その縁が危うくなると、何が困りますか」


来た。


私は、手綱を握る指に少し力を入れた。


佐治。


知多。


海。


船。


伊勢。


私は、頭の中で地図を思い浮かべる。


尾張。


伊勢湾。


知多半島。


海を通る道。


「……海上」


私は呟いた。


義冬は、黙って待っている。


「海からの支援が取り付けにくくなる」


「どうしてそう思われましたか」


「伊勢へ向かうなら、陸だけではない。海を押さえねばならぬ。反対側から兵や荷を動かすにも、船が要る」


私は、少しずつ言葉にした。


「船を出せる家がこちらに強く結びついていなければ、動きが鈍る。佐治が揺れれば、海も揺れる」


義冬は、また笑った。


「なるほど」


その一言で、私は分かった。


やはり、まだ足りない。


「違うのか」


「違うとは申しません」


義冬は穏やかに言った。


「考えることは大事にございます。佐治家、海上、船、支援。そこまで考えられたのは、よろしいことです」


「ならば、まだ他にもあるのだな」


「ございます」


やはり。


坊丸が、横から小さく言った。


「犬叔母上ご本人のこと、かな」


私は坊丸を見た。


坊丸は、少し困ったような顔で続けた。


「佐治家との縁も大事だけれど、犬叔母上が怖い思いをしたことも、大事だと思う」


義冬の目が、少し柔らかくなった。


「坊丸様も、よく見ておられますね」


坊丸は、少しだけ照れたように目を伏せた。


私は、黙った。


そうだ。


私はまず、家と家の縁を考えた。


佐治。


船。


伊勢。


それは間違いではない。


けれど、犬叔母上は、家と家を結ぶだけのものではない。


父上の妹で。


徳にとっては叔母で。


腹に子を抱えた母で。


倒れた時、腹を庇った人だ。


それを、私は少し後回しにした。


「ほかにも、徳姫様ご自身の信用もございます」


義冬は言った。


「信用」


「はい」


義冬の声は、いつも通り穏やかだった。


「信長様の姫である徳姫様が、身重の叔母君のいる場で物を投げた。紫乃様へ当たりかけた。冬姫様を怖がらせた。奥の者たちを怯えさせた。そう見られれば、徳姫様はどう見られますか」


「……人を傷つける姫」


「はい」


義冬は頷いた。


「いずれ嫁ぐ先でも、そう見られるかもしれません」


私は、眉を寄せた。


徳はいずれ松平へ嫁ぐ。


それは、すでに聞いている。


徳は織田の姫として、松平へ行く。


ならば徳の振る舞いは、徳だけのものではなくなる。


織田の姫は、こういう姫なのか。


信長の娘は、気に入らぬことがあれば、身重の者がそばにいても物を投げるのか。


そう見られれば。


「徳が、困る」


私が言うと、義冬は静かに頷いた。


「徳姫様ご自身が、困られます」


「……父上の名を使って人を困らせていれば、いずれ父上の名でも守れぬところへ行く、ということか」


「奇妙様は、本当によく考えられるようになりましたね」


それは、今度こそ少しだけ本当に褒められた気がした。


だが、嬉しいというより、胸が重い。


徳は幼い。


私よりも幼い。


まだ数え七つだ。


それでも、織田の姫として見られる。


父上の名とともに見られる。


だからこそ、先日のことはただの癇癪では済まない。


「藤の方は」


私は、ふと尋ねた。


「どういう方なのだ」


義冬が、こちらを見た。


「叔母上のことですか」


「そうだ」


私は少しだけ手綱を緩めた。


前方には、徳の乗る籠が進んでいる。


その脇には、侍女の八重が歩いていた。


徳は籠の中で、じっと黙っている。


顔は見えにくいが、この三日、何度も泣いていたと聞く。


今も青ざめているのだろう。


時折、八重が小さな声で尋ねる。


「徳姫様、大丈夫でございますか」


そのたびに、籠の中から小さな声が返る。


「大丈夫じゃ。この程度、問題ない」


気丈に振る舞っている。


だが、たぶん大丈夫ではない。


謝りに行くのだ。


自分を叱り、頬を打った人のところへ。


しかも、私と坊丸が見張り役としてついている。


怖くないはずがない。


けれど、徳は逃げていない。


それは、少しだけ見直した。


「叔母上は、私と兄上……斯波義銀を育てた方、と言うべきでしょうか」


義冬が答えた。


「義銀殿と、義冬を」


「はい」


義冬は、少しだけ遠くを見るような顔をした。


「守護邸が燃える前から、叔母上はずっと私たちを食べさせ、叱り、考えさせ、守ってくださいました」


燃えた守護邸。


私は、直接その場を見てはいない。


だが、その話は何度も聞いた。


斯波義統が討たれ、守護邸が燃え、藤の方が幼い義冬を抱えて逃げた。


義銀殿も、川から戻ってきて、そこで柴田殿に救われた。


その後、藤の方は柴田殿の妻となり、義銀殿と義冬の行く末を支えた。


それがなければ、今の義銀殿も義冬もいなかったのだろう。


「怖い方か」


私が聞くと、義冬は少し考えた。


「怖い時は、怖いです」


「どんな時だ」


「人が、自分の立場だけで誰かを踏む時でしょうか」


義冬の声が、少しだけ低くなった気がした。


「または、食べるものや暮らしを軽く見る時」


「食べるもの?」


「はい」


義冬は頷いた。


「叔母上は、米櫃の底を知っている方です」


その言葉に、私は首を傾げた。


米櫃の底。


それは、ただ米が尽きるという意味だろうか。


「守護の姫なのにか」


「守護の姫だからこそ、でしょうね」


義冬は、少しだけ笑った。


「名だけでは腹は膨れぬ、と叔母上は知っておられます」


私は、黙った。


名だけでは腹は膨れぬ。


先日、徳は藤の方に似たようなことを言われたらしい。


信長様が居らねば、あなたに何が残りますか。


父上の名は、あなたの代わりに謝ってはくれません。


そう聞いた。


父上の娘という名。


織田の姫という名。


それだけでは、腹も膨れず、人も守れず、謝ることもできない。


藤の方は、そう言ったのだろう。


「では、義冬もそのように教えられたのか」


「ええ」


義冬は、懐かしそうに笑った。


「兵法も教わりました」


「藤の方が?」


「はい。兵法の読み方、解き方を」


私は、思わず義冬を見た。


「女の方が、兵法を?」


「叔母上は、前に出て槍を振る方ではありません。ですが、兵を動かす前に、人を食べさせることを考える方です」


義冬は続ける。


「兵が進むには飯が要る。飯を炊くには米と水と薪が要る。怪我人を戻すには布と薬が要る。荷を運ぶには馬と車が要る。人を動かすには、そこまで考えねばならぬ、と」


私は、息を止めた。


それは、父上が近頃よく口にすることに近かった。


荷。


道。


米。


馬。


船。


勝つためには戦場だけを見ていては足りぬ。


そう父上は言う。


その考えの一部に、藤の方がいるのか。


「その……義冬のように、意地悪い感じか?」


思わずそう言うと、坊丸が少し吹き出した。


義冬は、楽しそうに笑った。


「はは。意地悪い」


「違うのか」


「兵法については、そうかもしれませんね」


義冬は否定しなかった。


しないのか。


「叔母上は、答えだけを渡してはくださらない方です。なぜそうなるのか。誰が困るのか。どうすれば腹が満たされるのか。よく考えさせられました」


「まさに義冬ではないか」


「私がそうなったのは、叔母上と兄上のせいかもしれません」


義冬は、涼しい顔でそう言った。


私は義銀殿のことも思い出した。


義銀殿もまた、笑っているのに、時折目が笑っていない。


丁寧に礼を尽くしながら、逃げ道を塞ぐようなところがある。


義冬もそうだ。


この兄弟を育てた叔母。


藤の方。


会ったことは何度かある。


だが、長く話したことはない。


いつも忙しそうで、どこか困ったように笑っている人、という印象だった。


柴田殿の隣にいると、柴田殿がよくその顔色を見ている。


それくらいの印象だった。


けれど、徳を叱った人。


犬叔母上を休ませ、柚の湯や身重の衣を整えた人。


義銀殿と義冬を育てた人。


兵法を、米と布と薬から読む人。


そう聞くと、ますます分からなくなった。


「根は、貧しさを知る優しいお方です」


義冬は言った。


その言葉もまた、分かるようで分からない。


貧しさを知る。


優しい。


けれど、徳の頬を打つ。


怒る。


考えさせる。


逃がさない。


「奇妙」


横から坊丸が声をかけた。


「何だ、坊丸」


「僕が思うに」


坊丸は、少しだけ真面目な顔をしていた。


「お藤の方は、義銀殿と義冬殿みたいに、笑いながら怒る人だと思うよ」


私は、思わず黙った。



笑いながら怒る人。



その言葉を聞いた瞬間、私は初めて義冬が傅役として私の前に来た日のことを思い出した。


あの日、私は少し苛立っていた。


また傅役が変わるのか、と思っていた。


しかも、今度の傅役は前の者より若いと聞いていた。


元守護家の者。


礼法にうるさいだけの若造が来るのだろう。


そう思っていた。


だから、私はわざと疑問を投げた。


どうせ答えられないだろうと思った。


ところが、義冬は答えた。


ただ答えるだけではなかった。


「そのように思われますか」


穏やかに笑って、そう言った。


「ならば、見にまいりましょう」


そうして、本当に私を外へ連れ出した。


何を見せられたか。


城の台所だった。


米を洗う者。


薪を運ぶ者。


水を汲む者。


器を数える者。


食べる者の数を確認する者。


その後で、馬屋へ行った。


馬の餌。


蹄の手入れ。


鞍の傷み。


荷を運ぶ馬と、戦で乗る馬の違い。


さらに、倉へ行った。


矢。


布。


縄。


薬。


釘。


油。


義冬は、それらを一つずつ見せた。


それだけではない。


ある日は、畑へも連れて行かれた。


葱を抜くのを手伝えと言われた時は、さすがに意味が分からなかった。


私は織田の嫡男である。


葱を抜くために外へ出されたわけではない。


そう思いながら、目についた葱に手をかけた。


すると、義冬に止められた。


「奇妙様、それは抜きすぎにございます」


「抜きすぎ?」


「はい。食べる分だけ抜きます。育ちのよいものを見て、間を空けるように、分けて抜くのです」


分けて抜く。


葱を。


そんなこと、初めて知った。


畑にあるなら、必要なだけ抜けばよいと思っていた。


けれど義冬は、細いものまで抜けば次に育つものが減る、同じところばかり抜けば後で困る、今日の汁に入れる分と明日以降に残す分を考えるのだ、と言った。


葱一本で、そこまで考えるのか。


そう思った。


正直、面倒だとも思った。


けれど、その日の味噌汁に入っていた葱は、妙に美味かった。


自分の手で抜いたからか。


抜きすぎるなと叱られた後だったからか。


分からぬ。


ただ、湯気の中に浮かぶ葱を見た時、私は少しだけ分かった気がした。


飯とは、勝手に出てくるものではないのだ。


義冬は、全部を見せた。


そして言った。


「奇妙様。兵が動くとは、ここが動くということです」


その時、私は気づいた。


義冬は笑っている。


だが、目が笑っていない。


怒っているのだ。


私が、物も人も見ずに、ただ自分の疑問だけで相手を試そうとしたことに。


静かに。


丁寧に。


逃げ道を塞ぎながら怒っていた。


その後、何をしても、義冬には敵わない。


こちらが一つ考えると、二つ先を聞かれる。


分かったつもりになると、現場へ連れて行かれる。


面倒だ。


本当に面倒だ。


だが、そのおかげで、私は少しずつ見えるものが増えた。


この義冬を育てた叔母。


あの藤の方。


私は、会う前から背筋が伸びる気がした。


前方で、徳の籠が少し揺れた。


八重がすぐに近づく。


「徳姫様、大丈夫でございますか」


少し間があってから、徳の声がした。


「大丈夫じゃ」


けれど、声は小さい。


私は、籠へ視線を向けた。


徳は、謝りに行く。


ただ頬を叩かれた相手に会うだけではない。


自分が何をしたかを認めに行く。


柴田邸へ。


藤の方へ。


そして、父上は私たちにそれを見せる。


私は、自分が見張り役として同行しているのだと思っていた。


だが、違うのかもしれない。


見張るだけではない。


見せられるのだ。


徳が謝るところを。


藤の方がそれを受けるところを。


そして、柴田邸という家が、どのように動いているのかを。


「義冬」


「はい」


「父上は、私たちに何を見せたいのだと思う」


義冬は、少しだけ考えた。


「それは、奇妙様ご自身が見て、考えられることかと」


やはり、そう来た。


私は、ため息を吐きたくなった。


「教えてはくれぬのか」


「答えを先に聞いてしまえば、見落とすものが増えます」


「意地悪だな」


「よく言われます」


義冬は、涼しい顔で答えた。


坊丸が小さく笑った。


「奇妙、たぶんお藤の方もそう言うよ」


「まだ会ってもいないのに、なぜ分かる」


「義冬殿を見ていれば、何となく」


坊丸は、そう言って前を見た。


私も前を見た。


柴田邸が近づいている。


門の前には、すでに人が出ていた。


掃き清められた道。


控える者たち。


奥へ知らせに走る女中。


物々しいほどではない。


けれど、乱れていない。


こちらを迎える支度が、静かに整っているのが分かった。


あれが、柴田邸。


鬼柴田と呼ばれる柴田権六の屋敷。


そして、藤の方が守る家。


米櫃の底を知る女が動かす奥。


徳の籠が、門の前で止まった。


八重がそっと声をかける。


「徳姫様、着きましてございます」


籠の中で、徳が息を呑む気配がした。


私も、知らず背筋を伸ばしていた。


笑いながら怒る人。


米櫃の底を知る人。


義銀殿と義冬を育てた人。


その人に、これから会う。


そして私は、父上が何を見せようとしているのかを、自分の目で見なければならない。


門の向こうから、柴田邸の者が静かに頭を下げた。


「ようこそ、お越しくださいました」


その声を聞いた瞬間、徳の籠の中から、かすかな息を吸う音がした。


謝りに行くということは、ただ頭を下げることではない。


そこへ向かう道から、もう始まっているのだ。


私は、そのことを少しだけ理解した気がした。


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