第99話:ラブコメ乱入即誘拐
披露会の事件から三日が経過した。
演習場から避難した生徒たちには王都で騒ぎを起こした勇者教の介入があったと伝えられたが、これ以上の混乱を避けるために元教師であったパラススことメイトーリーがその犯人であることは知らされていない。
ただこの事件を解決に導いたのが王都でも活躍した噂の『竜殺し魔法使い』である、というとあるエルフの教師の言葉によって生徒たちの不安の声が少なくなったことは事実だ。
そして、そんな『竜殺し魔法使い』の弟子としてティラ・ミラディンガの名前も広く知れ渡ることになる。
彼女の元には、その正体について教えてほしいと『魔女』を含めて多くの人が集まったが、弟子本人でさえ知らないということで更にその謎が深まる結果となった。
過激なお偉い方の中には彼女を脅してでも吐かせるべきだと主張する者もいたそうだが、もしそれで『竜殺し魔法使い』本人の怒りを買えば甚大なる被害が考えられる、と当然の如く却下された。
逆に彼女をグレーアイル王国に取り込むことで、彼の魔法使いとの関係を持った方がいいという意見が多数派である。
さて、色々とあった魔法学校だが、現在は勇者教関連の事件として魔法学校には軍による調査の手が入り、『写し身の聖杯』等のパラスス作の魔道具も回収されることとなった。
そして生徒たちはと言えば、例年よりも長くなった休暇を満喫している真っ最中。
そんな中、学校内の保健室にてベッドに寝かされている男子生徒と、その生徒の傍らで果物の皮をむいて切り分けている女子生徒の姿があった。
「まったく……僕のことは気にしなくていいと言っているだろ」
「こら、ワンダ。素直に人の親切は受け取るものですよ。寝たきりなんですから、大人しく世話されてください」
「……好きにすればいい」
「ええ、好きにさせてもらいます。ふふ……好きな人に世話をされて嬉しいと、素直に言っていいんですよ?」
「……ふんっ」
男子生徒――ワンダは、勝手にしろと少しだけ気恥ずかしそうにそっぽを向き、そんな彼の様子を見てティラはニコリと笑って見せる。
あれからワンダは学園都市内の病院や教会でも容体を見てもらい、殴る蹴るによる全身の打ち身と筋肉痛、そして魔力暴走による疲弊と診断された。現在は保健室にて療養中の身だ。
あと数日も休めば日常生活を送れる程度には動けるのだが、それまでの世話はお姉ちゃんがすると意気込んだティラによって付きっきりで看病されている。
「ほら、ワンダ。口を開けてください」
「……置いておけ。後で食べる」
「そう言って昨日、食べなかったのはあなたです。いいから口を開けなさい。今は体も動かしづらいんでしょ?」
「その原因の半分は、散々君に殴られ蹴飛ばされたこ――ムグッ!?」
切り分けた果物を無理矢理ワンダの口に押し込むティラ。
目を白黒させながらなんとかそれを呑み込んだワンダは、何をするんだと恨みがましい目でティラを見る。
「おいしいでしょ?」
「……まぁ、味は良い。けど、無理やり詰め込むんじゃない。詰まったらどうするんだ」
「その時は、私が背中を叩いてあげますよ! こう、バシンッ! と」
「……今の君だと骨が折れる。遠慮しておこう」
「なっ!? だ、誰が怪力女ですか!?」
そんなこと一言も言ってない、とワンダは心の中で零すと窓の外を眺めた。
療養中の身だというのに、それを無視してボコスカと背中を叩いて来る幼馴染の姿をもう一度覗き見る。
「そんなに強くないですよね!? ね!?」
「ティラ。痛いからやめてくれ」
「なぁっ……!? い、いいんですか! 好きな相手をそんな風にいじめても! お姉ちゃん怒りますよ!」
「……ふんっ、姉でもなければ、何の話かも分からないな。勘違いじゃないのか」
「な、なな……!? い、言いましたねこの自己中男!」
肩を震わせたティラは、もう知りません! とそっぽを向いて拗ねてしまった。
「……強くなったな、ティラ」
「……何ですか、いきなり」
「いや、すまない。ただ……今の君なら、誰かに守られる必要はないのだろうと思ってな。今迄、すまなかった」
力もなく誰かのために危険へ身を投じそうな危うい少女は、いつの間にかその危険も自らの力で乗り越え、そしてその誰かを助けてしまいそうな魔法使いになっていた。
他の誰かではなく、たった一人のために力を求めた自分は間違っていたのだろうか。
危険から遠ざけようと。平和な街で魔道具師になり、戦いとは無縁の生活を送ってほしいと。そう願い、嫌われる覚悟までしていた自分の行動は間違っていたのだろうか。
「なんですか、それ。私はもうあなたより強いんですよ!」
「……あれは正式な決闘ではない。よって君との決着はまだ着いていないぞ、ティラ。『写し身の聖杯』に代わる魔道具ができれば、その時こそ僕の方が強いと証明しよう」
「ええ。ならその時も私が勝ちますよ!」
「だから、決着はついていないと言っただろ」
「私が勝ったんです!」と頬を子供のように膨らませているティラの姿を見て、昔のことを思い出したワンダは少しだけ柔らかく笑う。
間違っていたのかもしれない。なら、もう少し自分の気持ちに整理がついたら、その時は今までのことを謝ろう。
そして彼女に好きだと、今度はちゃんと伝えよう。
……今の調子では、弟扱いされて終わりそうな気がするが。
「ところでティラ。本当に君は師匠の正体はわからないのか? 弟子として接する機会は多かったんだろ?」
目の前で拗ねている幼馴染に、彼女の師匠について尋ねるワンダ。
そんな彼の言葉に子供のように拗ねていたティラが顔を向けると、ニヤリと意味ありげに笑って見せた。
「はい! 私はなーんにも知りませーん」
「……ふっ、君らしいな」
昔と変わらないそんな彼女の様子に思わず目を伏せて笑うワンダだったが、やがて顔を上げると彼を見て微笑むティラと目が合った。
「なぁ、ティ――」
「失礼いたします!!」
ワンダがティラに向けて何かを言おうとしたその瞬間。
突如として保健室の扉がバーンッ!! と勢いよく開かれた。
「私のゆう……コホンッ。私の! 勇者様のお弟子さんは! あなたですね!」
「姫様、はしたないです。それと、何も言い直せていません」
「強調し直しただけよ!」
甘く、ほろ苦いかもしれない青春の一幕が一転。
現れたのは金髪に深紅の瞳の王女様ことリュミネール・オ・グレーアイルと、その侍女であるアネットの二人。
当然王国貴族として彼女の姿を知る二人はその場に伏せようとするのだが、「そのまま楽にしていいわ!」とアネットと共にティラたちの元まで駆け寄るリュミネール。
そしてその勢いのままガッチリとティラの手を掴んだ。
「……え? あの……」
「あなたね! ティラ・ミラディンガ! 間違いないわ! 私の勇者様への愛がそう叫んでいますもの! クンクン……これが、勇者様のお弟子さんの匂いなのね!」
「へ……?」
「ああもう私のバカ! あの時衝動に従って行動していれば、勇者様にだってお会いできたのに……! でも弟子は逃しません! さぁ行くわよアネット! ティラ! 折角の勇者様との繋がりですもの! 他に渡してやるものですか!」
すぐに出発よ! と来た時と同様に嵐のように去っていくお姫様。
違いと言えば、ティラの手を引いて出て行ってしまったことだろう。
そんなリュミネールの行動に頭に手を当てて呆れるアネットは、保健室に残されたワンダに向けて「お騒がせしました」と一言告げてからその後を追った。
「……何だったんだ、今のは」
何一つとして事情が分からなかったワンダは、ティラが残していった果物を一切れ摘まみ、静かになった保健室の中で「うまい」と呟く。
そして再び窓の外へと目を向けた。
「……次に会えたら、トーリ先生にも謝らないとだな」
一国の王女に手を引かれて馬車へと放り込まれている幼馴染の姿を視なかったことにして、ワンダはポツリと呟いたのだった。
◇
「ついに完成だ! 特異属性も対象に含んだその名も『モット! ワカルクン!』。クシシッ……黒のヒヒイロカネを要するからそれほど量は作れないが……まさに大・発・明! だ!」
手にした試験管を掲げながら高笑いするフェイルは、早速とばかりにその粉を用意していた血液に振りかけた。
「クシシ……さぁて、念願かなって漸く見れたトーリくんの属性……四属性はもちろん、空間はどんな色を見せてくれるのか……ああ、楽しみだよ!」
トーリの血液が変色していく様子を、まるで子供のように目を輝かせて観察するフェイルさんびゃくにじゅういっさい。
そして最初に変色したのは目に見えるのがやっとの小さな点。
それぞれが赤、青、緑、橙の四つに変化した。
そして更には、残りの血液の大部分。
本来の目的であった特異属性を示す変化が現れた。
「おー! ほー! はー! なるほどなるほど! 私の『木』もそうだが、やはり特異属性は色ではなく模様で変化が出るのか! うんうん、サンプルが私の『木』一つでは確定できなかったことだねぇ!」
血液の中に現れた黒い渦巻きを見て確信するフェイルは、外にまで聞こえるんじゃないかと言う声で笑う。
生徒たちが休暇中でなければ、きっとうるさいという苦情が出ていたであろう。
「『木』は木目。『空間』は渦。幸い『空間』の属性はサンプルが二人もいるんだ。比較実験にはもってこいだねぇ。ああ、他の特異属性はどんな模様なのか……是非とも知りたいものだ!! 『モット! ワカルクン!』、我ながら最高じゃ――おやぁ?」
ハイテンションになってソファの上に立つフェイルであったが、ふと眼下のそれを目にすると、もっとよく観察するために顔を近づけた。
ぐるぐると渦を巻く模様の中に、何かがある。
小さく、よく見なければ気づかないくらいの何かだ。
「うーん……何だこれは? 本人が使えるのは空間と四属性と言っていたが……把握していない、と言うことかな? それとも『モット! ワカルクン!』が不完全だったかな?」
頭をうんうんと捻って思考の海へとダイブしそうなフェイルだったが、「あ、そうだ」と何かを思い出して移動する。
そして黒い箱の魔道具の下段を開ければ、中に入っていたのは大量の血液入り試験管だった。
「確認確認」とその中の一つを手にすると、その血液の欠片を自然解凍した後に『モット! ワカルクン!』を振りかける。
「……うーん、なるほど。トーリくんにかまけすぎて忘れていたが……これは他も確かめてみた方がよさそうだねぇ」
既存の属性とは別にジグザグとした線の模様が浮かび上がった血液を見て、フェイルは他の血液の再確認を始めるのだった。




