第98話:黒歴史進行中
「トーリくん、少しいいかな?」
翌日。
あと数時間もすればプロプトホーフの馬車に揺られてボーリスへと帰る予定であるため、俺とマリーンはその準備に色々と追われていた。
本来なら昨日の披露会の後にゆっくりと済ませるはずだったのだが、昨日は昨日であんなことがあったためそんな暇がなく、終わった後はボロボロになった演習場の片づけを手伝わされたのだ。
そのせいか、俺とマリーンは準備もできずに二人揃ってベッドで寝落ちすることになったのだが、疲れのせいかマリーンが隣と言う状況でもそれほど気にせず朝までぐっすりだったのは良かった。
そんなわけで、俺が寝起きのマリーンを起こして色々と片づけを進めていると、俺たちの拠点の部屋をフェイルさんが訪ねてきた。
「ああ、フェイルさん。おはようございます」
「やぁやぁ、おはようトーリくん。昨日は手伝わせて悪かったね。おかげで大分早く終わらせることができたよ。ところで……マリーンはまだお眠なのかな?」
ゆっくりとした動作で荷物をまとめているマリーンを見て、呆れるフェイルさん。
「まぁ、マリーンの朝は終始あんな感じですから」
「まったく、そこは変わらないんだねぇ……君と一緒なら、少しは変わるかと思ったんだが」
「ハハハ……一緒の部屋にしたこと、まだ完全には許してないのでよろしくお願いしますね?」
「なぁにを言ってるのかわからないなぁ!」
にやけ顔でとぼけて見せるフェイルさんの顔面をそっと掴む。
それだけでカタカタと震え出したフェイルさんだが、「き、君もいい思いをしたんだろぉ!? マリーンの色んな所を見ちゃったんだろぉ!?」と抗い始めたので少しだけ指に力を込めた。
「……ごめんなさい」
「はい。それで? 何か俺に用でもあるんですか?」
はぁ、とため息を吐きながら手を離し、改めてフェイルさんがここに来た理由を尋ねる。
すると研究室までついてきてほしいとのこと。何か取りに行くのだろうか?
「そう言うわけでマリーン。少しトーリくんを借りていくよー!」
「…………………………ん」
「よし、許可が取れたから行こうじゃないか」
「あれ許可取ったことにしていいんです?」
フラフラと舟を漕いでいたマリーンの一言で、俺の手を取って研究室に連れ出すフェイルさん。
そして目的地である研究室へとやってくると、「さぁ入ってくれたまえ」と入室を促された。
特に何も考えずに中に入れば、いつもの見慣れたフェイルさんの研究室だ。あちこちに本や資料が摘まれているのはこの一か月で終ぞ変わらなかったな。
「それで、何か運び出す――」
「『防過林』」
振り返ると、ワンドを振るって魔法を唱えたフェイルさんの姿。
そして研究室の床が早送りで成長した植物のように芽吹き、伸ばし、研究室をたちまち覆ってしまう。
一瞬にして、研究室が密室と化した。
「……何のつもりですか?」
「いやなに、こちらに敵対の意思はないんだ。ただ万が一のことを考えて、声が外に漏れないようにしただけなのさ」
「……へぇ。誰かに聞かれたらまずい話でもするんですか? 面倒事なら、もう依頼も終わるのでお断りしたいんですけど」
「クシシッ……君と私の仲じゃないか。そう固いことは言わないでくれたまえよ」
彼女は俺を横切り、いつものソファに腰を下ろす。
そして眼鏡の位置を正すと、それにだ、とにやりと笑った。
「この話を聞かれて一番まずいのは……君の方だと思うのだよ、トーリくん。いや……『竜殺し魔法使い』くん?」
一瞬だけ、俺の表情が固まったのが自分でも分かった。
あ、これまっずいと自覚した時にはもう遅いのだろう。チラとみれば、確信を得たようにフェイルさんがニヤニヤしている。
「……何のことかわかりませんね。あの王都を救ったと有名な『竜殺し魔法使い』が、俺? ははっ、フェイルさんも面白い冗談を言えたんですね。お年ですか?」
「おや、この期に及んで誤魔化すのかな? まぁ君はバレないようにと立ち回っていただろうし、その理由も推し量れるさ。何せ正体がバレれば、色々と厄介だからねぇ?」
大変だねぇ君も、と余裕の表情で笑うフェイルさん。
どうやらすでに彼女は、俺が正体不明で謎の仮面をつけた超凄い魔法使いであることを見抜いているらしい。
……こんなの突然言われて、内心でふざけないとやってられるか。
しかし、どうやって気づいたんだこの人。特にボロを出すようなことはしていなかったはず。
仮面も付けていたし、声も終始意識して変えていた。
「何故ばれたか、とたぶん必死で考えているんだろうが……その前に一つ、いいだろうか?」
「……まぁ見当違いも甚だしいというのはありますが、一応は聞きましょう」
「まだ諦めてないのは関心するよ。だが、安心するといい。例え君が『竜殺し魔法使い』くんだったとしても、私が誰かに言い触らすつもりはない。助けてもらった立場だし、こちらも君とは良い関係を築きたいからね。そこは安心してくれたまえ」
つまりは味方だよ、とこちらを安心させるように微笑んでいるのだが、彼女のその笑顔はどうにも胡散臭い。
どうせ、その代わりに条件があるとかなんとか言い出しそうだ。
「まぁ変わりに私からもお願いがあるんだが……」
「ほら来たよ」
やっぱりそうだよこの人そう言う人だよ。
「ん? なんだい、その信用に値しないという目は」
「いえ、フェイルさんらしいなぁと。それにしても、何故俺が『竜殺し魔法使い』だなんて言い出したんですか?」
「……ふむ、理由を探っているのかな? まぁ、それくらいは答えてあげようじゃないか」
何が原因だったのか、その理由を探ろうとしたがあっさりと意図を看破されてしまう。
顔が引きつりそうになるのを必死で抑えていると、フェイルさんはカチャリと眼鏡を外して手に持つと、それを見せつけるようにしてゆらゆらと揺らす。
「悔しいが、パラスス……いや、メイトーリーには劣るが、私もそれなりに魔道具は作るんだよ。この眼鏡は私の力作の一つでもある。とある魔眼の一族の目を参考にして、魔法の発動とその属性を視認することができるんだよ。かなり純度の高い黒のヒヒイロカネも使った特別な魔道具さ!」
おかげで暫くは貧困生活だよ! と虚ろな目のフェイルさん。
「魔眼……へぇ、そんなものがあるんですね。けど、それでどうして俺が『竜殺し魔法使い』になるんです?」
「何故って……君、使っていたじゃないか。『竜殺し魔法使い』くんと同じ魔法を、メイトーリーに魔法を撃たれた時。体の表面を覆う感じでね」
恐らくフェイルさんが言ってるのは『分隔』のことだろう。
確かにあの時、とっさに魔法を防ぐために使用したが……まさかその場面を魔道具で見られているとは思わなかった。
何か言い訳できないかと、苦し紛れに「気のせいでは?」と尋ねてみたが、「私が属性のことで間違えると思うのかな?」と即座に返された。
やだこの人、強い。
「……はぁ。もういいですよ。なんでよりにもよって、この人にバレるかなぁー……」
「おお、やっと認めてくれたか! まぁさっきも言いた通り、誰かに言うことはないさ。後700年は閉口して墓場まで持っていくとも」
「頼みますよ、本当に。周りにもバレたら、俺はこの国を出て行きますから」
「おや、それは困る。もちろん、このフェイル・モルガルの名において約束しよう。私の研究とマリーンのためにも、この秘密は墓場まで持っていこうじゃないか。しかし……トーリくんは立場が変わると随分はっちゃけるタイプなんだねぇ! 気付いた時には驚いたものだよ! 実はあっちが本来の君なのかな?」
「グゥッ……!? しょ、正体バレがこれほど恥ずかしくなるとは……!!」
顔を両手で覆って暫く悶える俺を、楽しそうに観察するフェイルさん。
やがて諦めてため息を吐いた俺は、対面のソファにドカッと腰を落とした。
そんな俺の様子を見て「そう気を落とさなくていい」とフェイルさんが言う。
「寝ている間に採血することも考えていたんだが、マリーンに生活拠点を一緒にするように言われてねぇ……いやはや、流石私の生徒。見事に考えを読まれていたよ!」
「ああ、だから一緒だったのか……まぁ、結局全部バレたんですけど。むしろ、バレたことで俺の苦労は無駄になったのでは……?」
「クシシ……青春していたようで何よりだよ! そんなわけで、こっそり採血作戦は始まる前に終わってしまってね」
やれやれだよ、と肩を竦めてフェイルさんはおどけてみせると、再び魔道具だという眼鏡をかけ直した。
「あとは君のために用意したこの眼鏡の魔道具で見るしかなかったんだが……最後の最後まで尻尾を見せなかったことに驚きだよ。学校内では監視もしていたんだが、使う素振りもなく、いつの間にか見失ったこともある。まぁ結局、出てきた尻尾は竜種のそれだったわけだが」
監視していたのかよ、と呆れた目で彼女を見れば、得意げな様子で木を生やしたフェイルさん。曰く、彼女が魔法で生み出した木は彼女の目にもなりえるらしい。
たまたまとは言え、良くバレなかったな俺。
「……なるほど。最初から俺のことを疑ってたわけですね」
「そうなるね。採血を拒んでる時点で何かあるとは踏んでいたさ」
フェイルさん曰く事故を装って俺に血を流させることも考えていたそうだが、それをするとすぐにマリーンに悪事がバレて、彼女の『奥の手』を叩き込まれているとのこと。
なるほど、交渉と言うか脅しじゃんかマリーン。それほどフェイルさんを信用していなかったのか……うん、ありがとう。
「流石に私も彼女の『奥の手』を喰らえば、嵐に舞うゴミへとなり果ててしまうからねぇ! そんなわけで急遽この眼鏡を仕上げたのさ!」
無理矢理『纏い』を教える教師として俺に追加で依頼したのも俺が来なければ意味がないからで、ケセラとの決闘に嬉々として乗ったのも、彼が相手であればお漏らし程度に空間魔法を使うと思ったからだそうだ。
「ちなみに、披露会での襲撃がなければバレてなかったわけですが……その場合は諦めて帰らせてくれる予定だったんですか?」
「何を言ってるんだい? もう帰ってもらうわけだから、最後はマリーンと君とで模擬戦闘を披露してもらって、こっそり血を流してもらうつもりだったさ!」
「……ゴミになるのでは?」
「クシシ……! ゴミになる程度で諦めるわけがないだろう?」
そう言って笑うフェイルさんを見て、やっぱりこの人頭がおかしいのではと勘ぐってしまう。そもそも、星6つのマリーンと星3つの剣士を戦わせようとするんじゃないよ。
「はぁ……それで? お願いって――」
「もちろん血液の採取だ!」
「……ですよねぇ」
注射器のようなものを片手に、目をキラキラさせて身を乗り出してくる姿には笑うしかないだろう。
準備をする! と大興奮した様子でドンガラガッシャンと研究室を漁るフェイルさん。
そんな彼女に、俺は尋ねる。
「でも同じ属性のサンプルなら、ミラディンガでもよかったんじゃないですか?」
「ああそう言えば彼女、君が師匠だったらしいね。披露会で彼女の魔法をこの眼鏡で見たときは興奮したよ! ああもちろん、後で彼女にも協力は依頼するさ。ただ、サンプルは多ければ多い方がいい。なに、安心してくれたまえ。採取した血液は、他と同様にちゃんと冷凍保存しておくさ」
ほらあれに、と以前飲み物を取り出していた黒い箱を指さす。
どうやら下段は冷凍保存できるようになっているらしく、過去10年分の血液が保存されているのだとか。
想像しただけで見た目がホラーのそれである。見ないでおこう。
「まぁ採血くらいならいいですが、もしその他でミラディンガに無理やり強要したら……体のどこかが伐採されるかもしれないので、ご注意くださいね」
「怖いねぇ……もちろん、彼女が了承してくれたらにするとも」
そう言ってフェイルさんは肩を竦めて笑ってみせる。
「いやしかし、私以外の特異属性は初めてでね。過去にはそれらしき生徒もいたんだが……いや、また調べてみようか。とにかく、これで研究も進められそうだよ」
「ならついでにですが、魔法の才能と魔力量は比例関係にあることも伝えておきますよ。ティラの場合、それなりに魔力は多いはずなのに土の魔法があの程度なのがおかしかったので。教えられる空間の属性持ちだったことには驚きましたが」
「ほう? それは興味深い。魔力量は個人差だと思っていたが……ふむ、今後の参考にさせてもらうよ。あとお詫びと言っては何だが、トーリくんにはこれをプレゼントしようじゃないか」
後ろから伸びてきた枝が頭上から何かを落とした。
コツンと目の前のテーブルに振ってきたそれを見れば、それは木目が綺麗な木製の腕輪だった。
何かと拾い上げてみれば、ふふん、とフェイルさんは胸を張る。
「それは私が作った補助魔道具でね。持っていないだろうから、それをあげようじゃないか」
自信作だよ? と得意げなフェイルさんに礼を言って腕に着ける。
確かに、そう言ったものはこれまで使用していなかったが……つけたところで変わるのか? と試しに頭上の枝を『断裂』で斬り落とす。
「魔力消費、かなり抑えられるんですね。狙いも付けやすくなっている……気がする」
「そうだけど、無言で斬り落とさないでくれたまえ」
顔を引きつらせながらソファの背後へといつの間にか移動していたフェイルさん。
そして俺はフェイルさんの指示に従い、大人しく血を抜き取られてからマリーンの元へと戻ったのだった。
なお、マリーンは寝ていたため、俺たちの出発はより慌ただしいものとなったのだった。




