第97話:未来に託す
「本当に、訳の分からない魔法ですね。まさか私の自信作である結界が、こうも簡単に無に帰すとは」
「欠陥品だと認めましょうねぇ! で? そっちは子供を矢面に立たせて自分は後ろってどうなのよ? ご自慢の魔道具はもういいのか?」
ミラディンガの頭から手を離して前を向く。
見れば、苦しそうな表情ながらもこちらに殺意の籠った目を向けているケセラを前に出し、自分は後ろへと引き下がったメイトーリーがいた。
「生憎ですが、この体ではもう前に立てないもので。それに今の彼は私の魔道具も同然ですから、問題はありませんよ。しかし……仕留めきれない上に、ここまで無様にやられるとは。期待外れでしたかね。やはり生命力を代償にするのとは強化の具合が違うのでしょうか? いやぁ、学びですねぇ」
「……え、パラスス、先……っ!? どうしたんですかその体!?」
メイトーリーの顔を見たミラディンガが、驚愕して目を見開く。
そんなミラディンガを見たメイトーリーは、先程のようににっこりとほほ笑むと「お久しぶりですね」と和やかに挨拶して見せた。
「お久しぶりですけど、な、なんで先生がそこに……ワ、ワンダのことも……今、魔道具って……?」
「信じられないかもしれないが、あれはお前の敵だぞ。あの男子生徒くんがあんなことになっているのも、全部あの女が原因だ」
「っ……!? ほ、本当なんですかパラスス先生……!」
俺の方を一度見た後、ミラディンガがメイトーリーへと問いかけた。
今こうして対峙するまでは、確かに彼女にとってあの女は良き先生だったのかもしれない。
どうか嘘であってくれと願うように問いかけたミラディンガであったが、その願いは笑みを浮かべたメイトーリーによって否定される。
「ふふ……メイトーリーと呼んでください、ミラディンガさん。どうですか? あなたが大人しく、私についてくるというのなら、ケセラくんは元に戻してあげますよ?」
「っ……そ、れは……」
「やめとけ弟子。あいつら、勇者呼びたいって王都に悪魔を呼び出すようなろくでもない組織だぞ」
メイトーリーの視界に入らないよう、ミラディンガの前割り込んで腕を組む。
うちの優秀な弟子を、そんなあたおか組織に入れてやるものかよ。
「残念ですね。まぁ、私は肉体さえ確保できればよろしいので、体は残る程度にこの場にいる諸共を爆――」
「ああそう言えば、お前に一つ提案があるんだわ」
一人で勝手にことを進めようとするメイトーリーとかいうクソ女の台詞を遮るように呼びかけると、彼女は「なんですか?」とボロボロになった体のまま笑みを浮かべてこちらを向いた。
「そのガラクタの体……そのままだと粗大ゴミで出すの面倒だろ? 手伝ってやるよ」
「……やれやれ。いったい、何の話をするのかと思――」
「『圧縮』」
広げた掌を一気に握りしめる。
たったそれだけの動作で、視線の先にいたメイトーリーの体が一気にひしゃげ、縮まり、最後にはガラクタでできた球体へと姿を変えた。
まさに一瞬の出来事。
まぁ本体ではないそうだし、『探知』で周辺を探ってみたが近くにいるというわけでもない。
だがこの状況をあの体を通して見ていたというのであれば、できる限りこちらの情報を渡さない方がいいと判断しての悪即斬である。斬ってないけど。
それにあの様子からして、最後に何か仕掛けてくる気だったのだろう。やらせるかそんなもん。
相手に見せたのはミラディンガ達をこちら側に移動させた『接続』と、認識していれば蹴ったときに使用した『転移』だろうか。『圧縮』は相手方からみても何をされたか理解はできていないはずだ。
念のために『探知』と魔力ソナーでそれらしい反応を探ろうとはしてみたが、メイトーリー個人の魔力を辿れるわけではないので諦めた。悔しいが、いくら空間魔法がすごくてもできることとできないことがある。
場所さえわかればすぐに飛んでいくが。
「グ……ウ、ぅう……」
「ワンダ!!」
そして元凶であったメイトーリーの体が壊れた影響か、膨大な魔力によって暴走状態に陥っていたケセラの体もくずおちる。
これでも暴走状態が止まらなければ原因の魔道具を破壊するか、落ち着くまで『分隔』の中に閉じ込めるか。あるいは俺よりも何とかできるであろうフェイルさんに丸投げするつもりだったが……何とかなったのならよかった。
彼の名を呼んで駆け付けたミラディンガが必死に揺すっているが、もうすでに彼の体に宿っていた魔力は露散している。きっとすぐに目を覚ますだろう。
しかし、何故彼の方がボコボコのフルボッコになっているんだろうか。
「今の魔法は……いったい、何の属性なんだい……?」
二人の様子を見て、よかったよかったと内心で頷いていると、ゆっくりとマリーンの手を借りて立ち上がったフェイルさんが俺に目を向けて問いかけてくる。
「空間魔法。それが俺と、うちの弟子が使う魔法だ」
どうせミラディンガから話を聞くことになれば、属性くらいはバレてしまうのだ。
ならいっそ、俺から開示した方がインパクトは強いというもの。
「っ……あのダンジョンで見つかるという『無限倉庫』にかかった魔法と同じ属性……!!」
「……やっぱり」
既にボロボロだというのに、全く気にすることなく鼻息を荒げているフェイルさん。
支えているマリーンが可哀想だから大人しくしてください。
ちなみにフェイルさんの言う『無限倉庫』はダンジョンから稀に発見される魔道具のことで、見た目以上にたくさん入る入れ物の魔道具のことを指す。形状は背負い袋やポーチなど様々あるらしい。
興奮して楽しそうに笑い声をあげているフェイルさんに呆れつつも、「ああそうだ」と今度はマリーンの方を見て続けた。
「ここに来る途中、剣士の男が空を飛んでいるのを見かけてな。気絶はしていたが、ちゃんと怪我無く下ろしてきた。安心して迎えに行くといい」
「っ! ありがとうっ。だから連れて行って」
「それを了承するわけがないだろうて」
俺の言葉にやだ、ととびかかってくるマリーンだが、俺はそんな彼女から『転移』で距離を取って華麗に避ける。
そしてマリーンが手を離したことで支えを失ったフェイルさんは、笑いながら地面に倒れて頭を打ち付けていた。
とても、痛そうである。
「……むぅ。おしい」
「おしくないし、そこの倒れてる人を気遣ってやりなさいよ」
「先生は、大丈夫」
どこが? と地面にぶつけた頭を押さえて転げまわっているフェイルさんを横目に、仮面の中で息を吐く。
不思議ちゃんのマリーンだから何とかなっているが、これ以上ここに残っていると何かの拍子でボロが出そうだ。
前回とは違い、今回は何も言うことなく『転移』で観客席の最上段へと移動する。
突然姿を消した俺に気付いたのか、「あああああ!! もういないいいいい!」と割と元気な悲鳴を上げるフェイルさんと、それを見て呆れているマリーン。
そしてふとミラディンガを見てみれば、ケセラの頭を膝に乗せた彼女と目が合った。
「……頑張れよ、ミラディンガ」
宮廷魔法使いという夢を持つ少女には聞こえてはいないだろう俺の言葉。
しかし彼女であれば、その夢も叶うだろう。
何故なら、この俺が唯一認めた弟子なのだから。
そしてあわよくば、あいつを育てたの俺なんだぜ? と黙ったまま酒を飲みたい。
じゃあな、と俺は再び『転移』を使って演習場から移動し、元の剣士の姿に戻って適当な広場に寝転がる。
そして数時間後、探しに来てくれたマリーンに抱き着かれながら合流を果たすのであった。
◇
「いやはや、危ないところでしたね。厳密に言えば、あれは私の体ではないので危ないわけではないのですが……『傀儡のペンダント』は破棄できたのでよしとしておきましょう」
ベッドから起き上がったメイトーリーは、頭に装着されたヒヒイロカネの装飾品を外して立ち上がる。
「ミラディンガさんを回収できなかったことは痛手ですが……『傀儡子操人』の動きは良好。声と口周りの動きに違和感はなさそうですし、『招き笛』の演奏も可能。『簡易結界石』、『悪魔の四腕』、『魔力宝庫』も方向性はこのままで改良すれば更に良くなりそうですね……ふふ……楽しくなってきました。これで破壊されずに回収できていれば、なおよかったんですが」
「相変わらず気持ち悪ぃ笑い方してんなぁ、メイトーリー」
ふふふ……と一人で笑うメイトーリーだったが、ふと聞こえた声に顔を上げれば部屋の出入り口に立つ男がいた。
「ふふ……勝手に女性の部屋に入るのはあまりよろしくないですよ? マスカロン枢機卿」
「ハッ! 今更お前を女として見るもんかよ気持ち悪ぃ。つーか、いい加減ここに置いてある人形の整理くらいしろよ……」
げんなりとした表情で男が見渡したメイトーリーの部屋には、数多くの『傀儡子操人』のスペアがそこら中に転がっていた。
メイトーリー本人にそっくりのものがあれば、彼女を男性にしたようなもの、老人にしたもの、逆に子供の姿をしたものなどその種類は様々。
しかし、それらの体のパーツがバラバラになって転がっている光景は、一見すればただの猟奇殺人が起きた部屋である。
「すべて必要だから置いているんですよ。それより、何かご用ですか?」
「教祖様が呼んでんだよ。聖女神国の勇者召喚はまだなのかってな」
「そう言われましても……あの国に関しては元々はチェラレッダ枢機卿に任せていましたから。いつ召喚するかは、あの国が決めることですよ」
ヒヒイロカネの装飾を懐にしまったメイトーリーは、「教祖様はどこに?」とマスカロンに問いかけた。
その問いに「いつもの場所にいるぜ」と返したマスカロンは、教祖の元へと向かうメイトーリーの後を追う。
「おや、マスカロン枢機卿。私を呼びに来ただけかと思っていたのですが……あなたも私に用があったんですか?」
「ああ? まぁな。この間体を慣らしに行ったら竜種と遭遇してな。討伐はしたんだが、関節の調子が悪ぃんだ。後で調整を頼む」
「なるほど、なら後で診てあげましょうか。……ところで、その竜種の死体は?」
「首を一太刀だ。もう少し手ごたえがあればいいんだが、そこは仕方ねぇ。死体は部下にここまで運ばしてるから、どうとでも使ってくれ。あ、できれば竜種の素材で武器が作れたらなお良しだ。とにかく頑丈な武器を頼む」
マスカロンの注文に少しだけ考える素振りを見せたメイトーリーだったが、すぐに頷くと「また用意しておきます」と笑顔で返した。
「おお、なら頼むわ。全力で振るっても問題ない奴を頼むぜ」
その返答に上機嫌になったマスカロンは、子供なら悲鳴を上げるであろう笑みを浮かべてその場を去っていく。
「まぁ、マスカロン枢機卿の武器はおいおい作るとして……『無魔の鳥籠』を持っていくべきでしたかね? 貸し出しているとはいえもう一つくらいは作れましたが……まぁ、終わった話です。竜殺しの魔法使いが使っていたあの魔法について、少しこちらでも調べてみましょうか」
やることが多いですよまったく、とため息をついたメイトーリーは、今度は何を言われるのかと苦笑して教祖であるエルフの元へ向かうのだった。




