第96話:師匠参戦
「あー!! 油断したコンチクショウ!! 剣も壊れてるじゃねぇか!!」
魔法を至近距離で撃たれて空にぶっ飛ばされた俺は柄しか残っていない剣を『拡張』したポケットにしまい込み、悪態を吐きながらどうしたものかと考える。
あのパラススとかいう女に奇襲を仕掛けたまでは良かったのだが、そこから先の展開でまさかこんなことになろうとは思ってもいなかった。
というか、異世界ファンタジーでSFが出てきたらそりゃ誰だって驚くわそんなもん。
「たぶんあれも魔道具……なんだろうな。何でもありかよ魔道具ってのは」
あの女の背中から生えるように出てきた腕はどうみても金属でできたものだった。
魔道具師ということだし、あれもそうなのだろう。
「……今度、魔道具についてもう少し勉強してみるか。っと、『固定』」
自分にとっては魔道具もまたファンタジー。学生時代の勉強のようにやる気が削がれることはないだろう。
まずはボーリスにもあるか調べてみるか、などと考えながら飛んでいた体を慌てて『固定』を使って空中に静止させ、続いて『分隔』で足元に壁を展開。
『固定』で動けなかった体を解除し、創り出した『分隔』の壁に足を下ろした。
ふっふっふ……『固定』は全く動けないが、これであれば体の自由が効く上に空に立つことができる。
間違いない。俺はちゃんと成長している……!
でも『分隔』の壁から踏み外せば普通に落ちるため気を付けなければならない。だってダサいんだもの。
「さっきの魔法は『分隔』をピンポイントで展開してガード……はできてる。うん、痛みも怪我もないな」
まずいと思って咄嗟に使ってしまったが、まぁあの場面だ。気にするほどのことではないだろう。
大事なのは今からどう動くか。
トーリはあの女の魔法でぶっ飛ばされて戦線離脱。例え無事だったとしても、すぐの復帰は叶わないだろう。そもそもすぐに復帰してしまえば、「何で傷一つもなく無事なんだ?」みたいなことになりかねない。
なので、トーリは全てが終わった後に今迄気絶していましたという体で合流、という選択肢を取るしかない。
なら後はどうするか、簡単な話だろう。
「魔法使いが行くしかないよな、この場面!」
バサリと取り出したのはいつもの黒いローブと木の仮面。
魔法使いの俺のことも周知されるようになったことだし、ローブはともかく仮面はもう少ししゃれたものに変えた方がいいだろう。
模様くらいは入れるべきか? と少し考えながら、身に着けていた灰色のローブと鎧も『拡張』したポケットの中へと突っ込んだ。
「あの女、ミラディンガの才能を見抜いて成長させた謎の師匠とはいったい誰なんだ展開を邪魔してくれやがってぇ……ああもう! 俺の後方師匠面計画がぁ……!」
ケセラとミラディンガの決闘があのまま行われていれば、間違いなくミラディンガが勝利していたはずだ。どんな魔法であれ、『分隔』ですべて防ぎ『断裂』での致命傷判定で勝てる。
となると、当然ミラディンガに注目が行く。なぜあんなにも強くなったのか、その魔法はどうしたのか。質問攻めに合うのは当然のこと。
そしてミラディンガは言うのだ。師匠がいた、と。その師匠のおかげで強くなれた、と……!
ではその謎の師とは、いったい誰なのか。どんな人物なのか。
ミラディンガは言う。以前王都を救った『竜殺しの魔法使い』こそが己の師であると……!
それを聞いた生徒や教師はどんな反応をするのか。
驚愕か、羨望か、はたまた嫉妬か。考えただけでその後の酒がうまくなるのは明白だ。
縁の下の力持ち? 当然それは全うしよう。
だがしかし……! 彼女と俺のどちらの願望をも果たすのが真の実力者と言うもの……!
公には目立たなくとも、やり方によっては酒は美味くなる。
「それを、あの女ぁ……!! 俺の完璧な計画をぉ……!!」
どういう目的で乱入してきたのかは知らないが、俺の肴の下準備を丸ごと無駄にしやがってぇ……!!
よろしい。そっちがその気なら、計画を邪魔されたお礼だ。
「前の王女の分も含めて、ボッコボコのフルボッコにしてやらぁ……! そんで俺自ら目立ちに行く……!!」
両の拳を強く握りしめて固く自身に誓った俺は、『転移』で魔法学校の演習場へ移動するのだった。
◇
『纏い』で強化した脚を全力で蹴り込めば、ミシミシッと人体とは思えない音を響かせながら観客席の壁に向かって飛んでいく。
「やっべ、加減ミスったか……?」
蹴りぬいた足をプラプラとさせながらそう呟いたのが聞こえたのか、あの女と対峙していたマリーンが「問題ない」と答えてくれた。
「あれは人形。本体は別」
「人形? 王都に続いて、まぁためんどくさそうな相手だな……」
やれやれ、と肩を竦めてため息を吐けば、チャンスとみたマリーンが俺の仮面に手を伸ばそうとして飛びついてくる。
もちろんその動きも全てお見通しの俺は、伸びてきた手をペシリと払って距離を取った。
「まったく油断ならんねぇ君は。にしても、確か『魔女』だったか? ほれ、王都にいた。久しぶりじゃないの! 元気してた?」
「ん、久しぶり。……あとちょっと」
「手ごたえあり、みたいに言うんじゃないよ」
手をグーパーさせながらヨシッ、と頷いているマリーンに呆れていると、「君は……?」と彼女の後ろから声が聞こえた。
よく見れば、ボロボロの姿になったフェイルさんが仰向けになって倒れている。
倒れてはいるが、話せるだけの元気は残っているようだ。
「王都に、そのローブと仮面……まさか、君があの『竜殺しの魔法使い』かい……?」
「っ! そう、その通りだ! 王都を悪魔から救った『竜殺しの魔法使い』とはまさにこの俺のこと! 決して王女様の婚約者ではないことをご理解くださいな! で、あんたはエルフの人か。初めて見るついでに俺からも質問なんだが、エルフってのはやっぱり寿命が長いのか? どのくらい長生きするんだ?」
この状態での対面は初めてであるため、できる限り初めて会ったような調子で話すことを心掛ける。
妙なテンションの俺に困惑したのか戸惑ってはいたが「せ、1000歳くらいが平均と言われている……」と俺の質問にも答えてくれた。
なるほど、だいたい人間の10倍くらいと考えればいいわけか。勉強になる。
「で、何で俺がここにいるかって話だったな?」
「……まだ聞いてない」
「話は簡単! 俺の弟子の晴れ舞台を見に来てやったのさぁ!」
「弟子、だって? それはまさか……」
「そう、弟子! ほれ、あそこの女子生徒だ」
壁の向こう側で『分隔』を張りながら『纏い』や『分隔』を使って逃げて守ってはケセラに蹴りを叩き込んでいるミラディンガを指さした。
すると、倒れたままのフェイルさんが「なるほど、だからか」とどこか納得した様子で頷いた。
「披露会で彼女が今迄見たことのない魔法を使ったのは、君が原因か」
「いんや? 元々あいつにあった才能を、正しく引き出しただけだぜ」
「……耳が痛い話だよ、まったく」
「……同じく」
「気づいてなかったなら仕方ねぇよ」
はぁ、と天井を見上げながらため息を吐くフェイルさんと何故か一緒に落ち込んでいるマリーン。
そんな中、フェイルさんは俺が女を蹴り飛ばした方に視線を向けた。
「それで? いつまで寝たふりをしてるんだい、メイトーリー」
「……メイトーリー?」
聞き覚えのある名前に、どこで聞いた名前だったかを思い返していると、蹴り飛ばした女が壁にめり込んだ体を無理矢理引き剥がす様に這い出して来た。
「いやぁ……ふふ……まさか防御も間に合わずに蹴り飛ばされ――」
「二撃必殺」
這い出してきたところで、俺はメイトーリーと呼ばれたその女の頭上へと転移し、足を振り上げた。
その際こちらを見て困惑した様子メイトーリーと目が合った俺は、仮面の中でにっこりと笑みを浮かべてから蹴りを叩き込んだ。
再び木が軋むような音を立てて飛んでいくメイトーリーだったが、俺は地面を転がるメイトーリーよりも先に転移で移動する。
そして足を振り上げて待機すれば、ちょうどよく転がってきたその体に三度目の蹴りを叩き込んだ。
「三撃必殺、元の場所にシュートッ!!」
蹴り飛ばされたメイトーリーの体が、最初に叩きつけられた壁へと再びめり込んだその様子を見た俺は「超! Exciting!」とガッツポーズで締めくくる。
人形の体だというのであれば、これくらいやっても問題はないだろう。
むしろ、これだけ思い切り蹴飛ばせたのだ。少しだけスッキリしていたりする。
「ふふふ……容赦がないですね。少しは女性の体に対する遠慮はないんですか?」
「あ? なんて? 生憎だが、人形に興奮するような癖は持ち合わせてないんだわごめんね!」
人形の体だからか、見た目の損傷は激しいのに口調が穏やかなまま変わっていないことには違和感しかない。
再び這い出してきたメイトーリーは、俺の言葉を特に気にすることもなく「そうですか」とただ一言呟いた。
「まぁいいです。それより、どうやって『阻塞壁』の守りを抜けてきたんですか?」
「自分で考えてみろよそれくらい」
先程蹴り飛ばすのにも何度か使ったのだ。言わなくてもバレるかもしれないが、わざわざ馬鹿正直に正解を言う必要はない。
にしても、右腕や顔のパーツが音をたてて崩れ落ちていく様は、暗い場所で見れば完全にホラーのそれである。
「ふふ……なるほど。流石噂の『竜殺し魔法使い』ですね。王都ではチェラレッダさんがお世話になったようで」
「……ああ、なるほど思い出した。あんた、勇者教の人か。ローブが深紅じゃねぇから違和感しかねぇよ。やだねぇ……方々に迷惑しかかけてない奴らってのは。前回の王都に続いて、よくもまぁうちの弟子の晴れ舞台まで潰してくれたもんだぜ。迷惑系とかよく言われない? そのうち炎上して謝罪するか垢消し逃亡するのが落ちだぜ?」
「何を言ってるのか理解はできませんが……そうですね。我々の行動が世間で言う悪とされるものが多いことは確かかもしれません。それも偏に、自らの目的を果たそうとしてのこと」
「かもじゃなくて事実なんだよ。どうせお前の作ってる魔道具もガラクタばっかなんだし、作るのやめたら? もっと他の生産的な活動でもしとけよ。そこらの微生物の方がよほど偉いぜ?」
捲し立てるように煽ってみれば、メイトーリーの背後から四つの腕が伸び、その先端が開いて魔法陣が浮かび上がる。
だが魔法が放たれる寸前で発動させた『断裂』により、四つの腕がガシャンッと音をたてて地に落ちた。
「っ……やはり、理解できない魔法ですね」
「冷静に努めようとしてるとこ悪いけど、顔真っ赤だぞ? あんな煽りでピキッちゃうとか沸点低い奴しかいねぇのか勇者教。ほれ、もうご自慢の魔道具は打ち止めか?」
「……ふふ、そんな悠長に構えていいんですか? あそこのミラディンガさんはあなたのお弟子なのでしょう? 今は良いかもしれませんが、あの破ることのできない壁の向こうで殺しにかかってくる幼馴染を殺せず、いずれは死に至りますが……それを無視して私にかまけていいんですか?」
「反論できないからって話を切り替えんなよ。今俺が話してるのは、お前が俺に対抗するための手札はないのかって話だ。質問に質問で返すとか、受け答えもできない馬鹿ですか? 馬鹿なんだろうな! これだから頭勇者教ってのは困るね」
「……」
笑みを浮かべたままのメイトーリーだが、ほんの一瞬だけ顔が引きつったのがわかる。
そんな相手の反応を見て、俺は仮面の中でにやりと笑う。
「ん? 怒った? 別に取り繕わないで今から怒声を上げたとしても、お前ら勇者教は頭がおかしいから何とも思わんよ」
「……言ってくれますね」
「何度でも言ってやろうじゃねぇか。お前らは! 頭が! おかしい! あと、破れない壁がどうとか、弟子がどうのとか言ってたが、俺が来るまで一人で耐え……あれ、一方的……? ともかく! お前が思ってるより、うちの弟子は柔じゃねぇよ」
しまらねぇなおいと内心で呆れながら、パチン、と指を鳴らす。
すると、メイトーリーの頭上からは暴走状態のケセラが、俺の頭上からは「キャッ!?」と女の子らしい短い悲鳴とともにミラディンガが降ってくる。
どちらも彼らの足元と俺たちの頭上を『接続』で繋げてこちら側に来てもらったわけだ。
よっ、と落ちてきた体を横抱きにして受け止めてやれば、俺の姿を見たミラディンガは「し、師匠!?」と叫んで固まった。
「随分と面倒なことに巻き込まれてんなぁ、我が弟子ぃ。師匠はお前の不幸に涙が零れそうだぜ」
「よ、余計なお世話です!」
「それもそうだ」
横抱きの状態からミラディンガを立たせてみるが、疲労がある程度で怪我などはしていないようだった。
俺が戦線離脱していた間に何かあったらと心配もしていたが、この様子だと問題はないだろう。
しかもケセラの様子を見るに、『断裂』を使用した形跡はない。『分隔』で耐えて凌いでいたのだろう。
……ボッコボコなのはすごく気になるが、まぁ今は気にしなくてもいい。
「よく頑張った。あとは任せろ」
「っ……はい!」
ポン、と彼女の頭に手を置いて優しく叩いてやれば、彼女は安堵したように小さく息を吐き、そして笑みを浮かべるのだった。




