第100話:帰還だボーリス
学園都市を出発してから一週間程。
道中で少ない護衛と共に爆走する豪奢な馬車という物珍しいものを見たが、それ以外は概ね平和な旅路となった。
俺とマリーンを乗せたプロプトホーフの馬車は、もう間もなくボーリスへと到着予定である。
「一ヶ月……長いようであっという間だったな」
後方を振り返り、もうすでに見えなくなった魔法学校での生活を振り返る。
今回は金稼ぎと楽しむことを目的として魔法学校での依頼を受けたつもりだったが、そもそもその依頼そのものが罠であり、結果的にあんな大事になるとは予想もしていなかった。
……なんか、異世界来てからの俺って予想外の事態に巻き込まれ過ぎなのではなかろうか?
最初は言わずもがな、巨大トカゲは竜種であったり、偽物騒動かと思えば王都を巻き込む頭のいかれた集団のテロ騒動に発展したり。
そして今回も同様にしてあたおか集団の事件である。神社があればお祓いにでも行きたいレベルだ。
「楽しかった?」
「……そうだな。大変だったが、いいこともいっぱいあったよ。唯一の生徒も、退学にはならないみたいだったしな。訳が分からんかったけど」
披露会も無事……とはいかずともクリアし、特異属性と言う希少性からも魔法学校に残ることになったミラディンガは、後半年間はフェイルさんの実験に付き合うことになるのだろう。
頼むからバラさないでくれよ本当に……とあのチクショウエルフの心配をする俺である。
「あの子、白亜の剣に誘いたかった」
「宮廷魔法使いを目指しますって断られてたな」
帰還する前、マリーンに連れられてミラディンガの元に向かったかと思えば、そのまま冒険者への勧誘を始めるものだからびっくりしたぜ。
だがしかし、星6つの冒険者であるマリーンの誘いをミラディンガは断った。
あくまでも彼女が目指すのは宮廷魔法使い、ということなのだろう。
その際に俺をチラチラ見ていたんだが……ミラディンガは知らなくても、宮廷魔法使いになれとたきつけたのは師匠である俺である。なので、頑張れよと一言応援はしておいた。
めちゃくちゃ嬉しそうだったのは謎だが。
「何にせよ、だ。これで依頼は完遂。俺の懐もあったかホクホク……のはずなのに、何でこんな少ないんだ……?」
「おいしかった」
「……そういや、色々食べに行ったな。まぁ、マリーンも楽しかったなら何よりだよ」
隣に座ったマリーンがこちらを覗き込んで尋ねたため、頷いてから彼女の頭に手を乗せる。
「誘ってくれてありがとう。いい経験になったよ」
「……ん。ボクも、トーリと一緒でよかった」
軽く手を動かして彼女の頭を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めてされるがままのマリーン。
『纏い』を教える予定でいれば、その生徒が俺と同じ空間魔法の才能持ちとか、どんな確率なのか。
おまけに正体についても暴かれるとは予想外だった。
魔法が使われたかどうかやその魔法の威力等については俺やマリーンも感知できるが、まさか見ただけでその魔法の属性を暴く魔道具なんてものがあるとは。
「(魔眼の一族を模した、だったか? そんなのがいるとはな……今後はもっと注意しないと)」
とはいえ今回の件については諦めるしかないだろう。幸いフェイルさんも俺のことを誰かに話すつもりはないという。もちろん、その約束を彼女が破る可能性がないわけではないのだが、そこはフェイルさんを信じるしかないだろう。
万が一にも彼女が広めるようなことがあれば、諦めて国を出て姿を隠すしかあるまい。
「そう言えばマリーン。一つ聞いても――何してるんだ?」
「ん、枕。なんとなく、懐かしい感じ。……実に良い」
「初めてやったが?」
一つ聞いておきたいことがあったと思いマリーンの方へと視線を戻すと、いつの間にかマリーンの頭が膝の上に乗っていた。
俺の知る車のようにスプリングもない馬車の中だ。ある程度舗装されている街道であるが、それでも揺れはある。
頭が揺れて気持ち悪くはないのかと聞いてみれば、仰向けになったマリーンが俺を見上げて「ん」と短い言葉と共に首肯して見せた。どうやら問題はないらしい。
……まぁ、本人がいいというのならいいのだろう。
膝に乗っかっていた頭を撫でてやれば、マリーンンは気持ちよさそうに目を細めていつもの無表情を僅か緩ませていた。
「……いや待て、毒され過ぎてないか俺? ダメだ、一か月で距離感がバグっている……」
「トーリ。聞きたいこと、なに?」
頭を抱えているとマリーンに袖口を引かれたため、一度彼女の後頭部に手を回して起き上がらせる。
少しばかりの抵抗を見せたマリーンだったが、その程度では抵抗できるはずもなく「楽だったのに」と少々不満げな様子だった。
「もう着くんだから我慢しなさいな。で、聞きたいことなんだが……どうして採血しないよう、フェイルさんに条件の交渉をしてくれたんだ? 一人でこの依頼を受けてもよかっただろうに」
結果的には俺がいてよかったと思える一ヶ月であったが、そもそもこの依頼は一度断っているのだ。
もちろん、あのフェイルさんのことである。マリーンが言わずとも何かしらの譲歩はしていたのだろうが、採血無しというのはマリーンがフェイルさんに認めさせたものだ。
そうまでして、俺に依頼を受けさせたかったのはどういう理由なのか。そこがいまだにわからない。
チラと隣を見れば、いつものジト目のままボーッと前を向いているマリーン。
一見すれば話を聞いていないようにも見えるが、僅かに俯いたり視線が揺れていたりと答えに窮しているように思える。
「……すまん、不躾だったか。言いたくないのなら、別に――」
「違うっ」
マリーンにしては珍しく、焦ったような声だった。
驚いて顔を見れば、マリーン自身も予想外だったのだろう。自分の口に手を当て、目を見開いていた。
「……違う。ただ、トーリにボクのすごいとこ、見てほしかった……」
驚いたような表情も一瞬。すぐにいつもの無表情へと戻ったマリーンは、少し俯きながら答えた。
ただその答えも、明確なものではない。まるで定かではない回答を口にしたような、そんな様子だった。
「すごいとこって……今迄俺はマリーンのすごいところは良く見せてもらってるぞ?」
「……ん。でも、サランの木像みたいに褒めてもらってない」
「……ん?」
「だから、講義してるところを見たら……もっとすごいってトーリが思う」
「……なる、ほど?」
つまり……どういうことだ?
隣で俯いているマリーンの言葉に、俺は腕を組んで考える。
木像って、ワイバーンのあれだよな……? サランさんが作ったやつ。
確かに、買ってマリーンたちのところに行った際に見た目やら造形やらについて褒めた気はするが、それがきっかけとは……なんで?
「でもトーリ、一回しかボクの講義、来てくれなかった。あとは女の子と二人きり」
「あれだけ騒がしくなれば仕方ないだろ……というか、言い方よ。ミラディンガは生徒で俺は教師。俺の講義に集まったのが一人だけだったんだから仕方ないだろ」
むぅ、と無表情なのに膨れ面なマリーンを見てため息を吐く。
「……わかったわかった。なら今からボーリスにつくまでの間、マリーンがどれだけすごいのか俺目線で語ってやろう。それでいいか?」
「……ん、許可。楽しみ」
あからさまに機嫌を直したマリーンが、「はやくはやく」と言いたげな様子でゆらゆらと左右に小さく揺れていた。
そんな彼女の姿を見て、相変わらずだなぁと呆れてしまう。これがボーリスどころか、このグレーアイル王国でもトップに位置する魔法使いの姿だというのだから、あの魔法学校の生徒達が知れば驚きだろう。
それからしばらく。
ボーリスへと到着したころには、機嫌が戻るどころか今までに見たことのないくらい上機嫌に大きく揺れているマリーンが出来上がっているのだった。
で
ボーリス到着後すぐに、まるで主人の帰宅を待ちわびていた犬のように正門までやってきた番犬ことウィーネであるが……
「聞きましたよ……あなた……シショウトフタリデネテタンデスッテ……?」
「……あ、やっべ。忘れてた」
「……『火妖精』!!!」
「街中でぶっ放してんじゃねぇよ!?」
体の周囲に炎を迸らせているウィーネが通報を受けて駆け付けたアイシャさんによって鎮められるまでの間、俺はボーリスの街で追いかけっこに興じているのだった。
ちなみにこれは余談であるが。
俺は竜殺しの魔法使いの弟子が某王女様直属の魔法使いとなったという話をアイシャさんから聞かされることとなる。
世間的には、以前襲撃に会った婚約者を心配した竜殺しの魔法使いが護衛として信頼する弟子を付けたことになっているらしい。
……ふぅ。
何やってんだ弟子ぃぃぃぃ!!!




