第101話:旅は幼女連れ。親父無し
「探し、な、さい……」
床に伏せた男は、途切れ途切れになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「探しな、さい……黒を……仮面を……」
「お、お父さん……?」
うわ言にしか聞こえないその言葉に、傍に立つ娘は己の父を振り返る。
そして枯れ枝のようにやせ細った手を握り、必死に父を呼び続けた。
「ま、待っててほしいのだわ……! 今、お母さんを……!」
父の様子がおかしい。
そう気づいた娘は、今すぐにでも母をこの場に連れて来るためにその場から駆け出そうとした。
しかし枯れ枝のようになってしまった手とは思えない程、しっかりと握られた手を振りほどくことができなかった。
娘は困惑の表情を浮かべ、父の顔に目を向ける。
「お、お父さん……?」
「探しなさい……黒を……仮面を……お前なら、できる」
かすれ声になりながら娘に告げられるその言葉。
その言葉の意味が分からず、どういうことなのかと父に問いかける。
だが彼女の父はそんな娘の言葉が聞こえていないのか、同じ言葉を繰り返すだけだった。
様子がおかしい。
尋常ではないその父の姿を見て、いよいよ娘は母を連れて来ようと決心する。
いつの間にか己の手を握る力が弱くなっていることに気付き、娘は全速力で部屋を飛び出して母を呼ぶ。
「運命は……変え、た。きっと、出会う……後は……託し、ます……」
◇
「おにーさん、まだつかないの?」
「到着は明日の予定だから、まだまだかかるかなぁ……」
ガタガタとプロプトホーフが曳く乗り合い馬車に揺られながら、俺は隣でねぇねぇとローブの裾を引っ張るリップちゃんに向けて苦笑を浮かべた。
まだ7歳の子供にとって、初めてのボーリス外への旅だ。俺のような大人……それも冒険者になって何度も野営などを経験していればこの程度の旅路は大したものではないかもしれないが、リップちゃんにとっては負担もかかるし退屈なのだろう。
「うぅ……リップ、つかれちゃった……」
「うーん……これは困った」
朝にボーリスを出発し、今はお昼を過ぎたぐらいだろうか。時間にして6時間ほどだが、既にリップちゃんはお疲れのご様子。
ふと周りを見てみれば、家族で移動しているのだろう。お父さんお母さんにまだ着かないのかとぶーたれている子供たちの姿が目に入る。
きっと子供のご両親たちも、明日の到着までどうやって子供をあやそうかと頭を悩ませるはずだ。
「あ、そうだ! おにーさん! このまえみたいにシュバッ! っていこーよ! シュバッ! って!」
「よーしリップちゃん! お兄さんが今から面白いお話をしてあげよう!」
だからそれ以上何か言うのを止めていただきたい。
退屈なことに加えてずっと馬車に揺られて疲れているからだろうか。二人のお約束をも話に持ち出してくるようになってしまったリップちゃんの自制心に危険を感じた俺は、すぐさま彼女を抱き上げて足の間に座らせる。
こういう時の子供には、何か夢中になれるものを用意してやれば万事解決。退屈な待ち時間の間ゲームをさせてやれば大人しくなるのと一緒だ。
しかし今回は一日以上かかる旅だ。何か一つで到着まで保てるとはとても思わない。というか、そんなもの用意していない。
強いて言えばリップちゃん用に大量に作って持ち込んだ飴玉であるが……途中で飽きられるかもしれないので使いどころが重要となる。あと、虫歯の心配もだ。
と言うことで、今から俺が始めるのは昔話の語り聞かせ。桃太郎や浦島太郎など有名どころは知っているので、これを異世界風にアレンジしてお話しちゃおうぜ! という作戦。
ただ淡々と語るだけだと子供にとっては面白くもなんともないだろうから、そこは俺が頑張るしかない。
「というわけでだ、リップちゃん。今から話すのは、遠い昔に桃……じゃなかった。アッポゥの実から生まれた子供の英雄譚だ」
「アッポゥからうまれたの!?」
「そうそう。むかーしむかし、あるところに――」
◇
「――こうして、打ち出の小槌で大きくなった騎士は、姫様と幸せに暮らしましたとさ」
「「「「ふぉぉぉぉぉ……!!」」」」
陽も暮れて一泊する予定の村へと到着した乗合馬車の中。
めでたしめでたし、と締めくくった俺の周りには、キラキラした目を向ける他の子供たちの姿があった。
語り聞かせている間に集まってきた他の子供たちである。
一応他の子供たちにも聞こえるように話をしていたつもりなのでこうなることは予想していたが、ここまで興味を持って大人しく聞いてくれると嬉しいものだ。
「すっげぇー! ちっちゃくてもオーガに勝つの、すげぇー!」
「えー、でもウチはシンデレラってお話の方が好きやったわー」
「……おむすびころりん」
三者三様、気に入った話は様々なようである。
「ふふーん! リップのおにーさんはすごいの!」
そして俺の足の間で自慢げなリップちゃんである。かわいい。
これは確かに、親父さんが心配もするであろう可愛さだ。危うく、想像上の親父さんに三枚おろしにされるところだった。
「なぁ兄ちゃん! 次! 次の話!」
「ウチもっとかわいい話がええ!」
「……すっとんとん」
「リップも! おひめさまのやつがいい!」
子供たちがわいわいと俺を囲んでローブの裾を引っ張り合う中、俺はチラとその周りへと目を向ける。
他の子供たちのご両親が、いつ声を掛けたらよいものかと躊躇っているのが見えたため一度パンッ! と手を叩いた。
ビクッ! と驚いて体が跳ねた子供たちが動きを止めて俺を見る。
「今日はもう終わり! 続きはまた明日だ」
「「「「えぇー!!」」」」
「今日の目的地にはもう着いたんだ。今日は大人しく休むように! ほれ、飴ちゃんをやろう」
『拡張』したポケットからこっそり飴玉を取り出してみれば、リップちゃん以外の三人が何それ? と首を傾げた。
しかし唯一飴玉のことを知るリップちゃんが「それ! あまくておいしいやつ!」と喜んで受け取ったのを見て、他三人も我先にと手を出してくる。
そうして手に入れた飴玉を口へと放り込んだ三人は、途端に破顔して「あまーい!」と声を上げた。
「それじゃ、また明日な。ちゃんと親御さんの言うことを聞いて、いい子にしてるんだぞ?」
「「はーい!」」
「……うん」
手を挙げて元気よく親御さんの元へと立ち去っていく子供たちを手を振って見送る。
子供と合流した親御さんたちは、こちらを見て一礼すると今晩の宿へと立ち去っていく。
最初は武器を持った冒険者ということで警戒されていたのだが、リップちゃんの保護者としてここにいること、そしてボーリスの冒険者であることを話しの休憩中に伝えればある程度の信頼を得ることができた。
とりあえず、危ない奴だと思われていないのならそれでいい。
「いやぁ、今回は助かりました」
「あれ、御者さん。どうかされましたか?」
俺とリップちゃんも今晩の宿で休もうかと思っていると、不意に御者のおじさんから声を掛けられる。
何かと思って聞いてみれば、俺が子供たちの相手をしていたことに対して礼を言いたいとのこと。
「いや、別にそんなことは……」
「子供連れの方が乗られると、どうしても退屈でぐずってしまうことが多くてですね……今日は子供の数も多かったですし、どうなることかと心配していたんですが、あなたのおかげで無事に初日を終えられました」
「ま、まぁ、役に立ったのなら良かったです」
「ええ。もしよろしけば、明日もお願いしたいのですが……」
チラとこちらを伺うように顔を覗き見るおじさんを見て、そっちが本題かよと内心で苦笑する。
「言われずとも、子供たちも楽しみなようですからね。今更やめる、なんて言いませんよ」
「おお! それはありがたい! では、少ないですがこれを……」
そう言っておじさんが手渡してきた袋を受け取れば、中身の物がカシャリと鳴った。どうやら俺の語り聞かせの前払いらしい。
拒む理由はないためありがたくそれを懐にしまっておく。
すると、クイとローブの裾が引かれた。
「おにーあん……りっぷ、ねむぅ……」
「ああ、ごめんねリップちゃん。それじゃあ明日もハンルドまで、よろしくお願いします」
「ええ、お任せください」
御者のおじさんに別れを告げた俺は、リップちゃんを抱きかかえて目的の宿へと向かった。
部屋へと案内された俺は、リップちゃんの履物を脱がしてからそっとベッドに寝かせる……前に拡張したポケットから大量の藁と綺麗なシーツを取り出した。
「しっかり休むためには、質の良い睡眠をってことで」
ねむねむ……というか既に眠っているリップちゃんの体を空中に展開した『分隔』の壁(リップちゃんの体に合わせた形で負担軽減)の上へと寝かせると、手早くベッドの上に藁を敷きいて上からシーツをかける。
藁は『探知』で虫が潜んでいないかどうか、念入りに調べているため虫に刺されることもないだろう。
これでリップちゃんのベッドはかなり寝心地がよくなるはずだ。
「ん……」
「おやすみ、リップちゃん」
弾力が増したベッドの上へ移動させれば、気持ちよさそうな笑みを浮かべて眠るリップちゃん。
その寝顔を見て、とりあえず大丈夫そうだと安堵の溜息を吐いた俺は、同じようにベッドメイキングを行ってから藁のベッドへと身を投げた。
明日はいよいよ、目的地である『ハンルド』に到着だ。
「本当は親父さんが来たかっただろうに……」
信頼してくれているのはありがたいが何故こうなっているのかと、俺は数日前のことを思い出しながら眠りにつくのだった。




