第102話:頑張れ親父さん! 負けないで親父さん!
「あ、トーリさん。おかえりなさい」
「ああ、エリーゼさん。はい、ありがとうございます」
先日の魔法学校での依頼を終えて何故か懐が寒かった俺は、とりあえず目ぼしい依頼を受けまくって新しい鋼の剣を購入。そしていつものように星3つの冒険者としての依頼を終え、ボーリスのギルドへと帰還した。
するとちょうどよく、前の冒険者の依頼の受注作業を終えたエリーゼさんが笑顔で出迎えてくれたため、俺は彼女の元へと足を運ぶ。
「確かスウォームクローの討伐依頼でしたよね? もう終えられたんですね!」
「ええ、まあ。取り合えず、これを」
満面の笑みを浮かべたエリーゼさんは、「お預かりします」と俺が差し出した巾着袋を入れた籠を持って後ろの扉から出て行った。
報酬の受け取りで暫く待つ間に周囲の様子をそれとなく伺ってみれば、幾人かの冒険者たちが俺に視線を向けているのがわかった。
しかしこちらも、以前魔法学校まで赴いた際に一緒になった冒険者と同じで、初期の頃程悪くは見られていないようだった。
むしろ、あいつなかなかやるのでは? という感心しているようなものにも思える。『新人遅れ』などという蔑称も今では鳴りを潜めていた。
「トーリさん、お待たせしました。こちらが今回の報酬になります。ご確認ください」
「ありがとうございます、エリーゼさん」
籠に入った巾着を手に取り、報酬通りの額が入っていることを確認してから懐に納める。
するとタイミングを見計らっていたのか、「それにしてもすごいですね、トーリさん!」とエリーゼさんから話しかけられた。
「すごい、ですか?」
「はい。何せスウォームクローは、星3つのパーティでも苦戦する魔物ですから。それをソロ討伐できるなんて、流石ですよ」
「あー……どうも、ありがとうございます」
「もしかしたら、トーリさんならソロでも星4つへの昇格が可能かもしれませんね! 以前はパーティを組むことを勧めましたが……どうされますか? よければ今からでも昇格試験を受けられますよ!」
「いやぁ、まだこのままでいいですよ。時が来ればいずれ、と言うことで……」
それでは、と踵を返した俺はそそくさをギルドを後にする。
後ろでエリーゼさんの「あっ……」という残念そうな声が聞こえたが、何も聞かなかったことにして『安らぎ亭』の帰路に着いた。
「(うーん……流石にスウォームクローのソロ討伐はやりすぎたか……?)」
俺と同ランクの冒険者であれば、パーティでも討伐が難しい部類の魔物だ。
まぁ星3つは数も多く、魔力を持っている奴持っていない奴が入り混じるランクだ。おまけに昇格の試験も強さに関わるものではないため実力はピンキリ。玉石混淆とはこのことである。
とはいえ、あくまでも俺が目指している表の俺は目立つことのない一般剣士の冒険者……であるはずなんだが、最近それが崩れているのではないだろうかと思う今日この頃。
思い返してみれば、白亜の剣との関係から始まり、ヴィーヴルヴァイゼンによって広められた王都での悪魔騒動。そして先日の魔法学校の依頼である。
最後については別に広く知られているわけではないのだが、どこの世界に魔法学校で教師をやる剣士がいるのだろうか。
改めてみても、『一般的』から逸脱しかけているのではないだろうか?
「ちょっと自重も考えるか……」
今のところ星4つへの昇格は考えていないため、暫くは簡単な依頼をこなしてお茶を濁すことにしよう。
「しっかし……ヴィーヴルヴァイゼンの奴、本当にいないな……」
魔法学校から帰還してから暫く。
ギルドに行けば何かしら絡まれるかと思っていたんだが一向にそんなことはなく、一応エリーゼさんにも確認してみれば今は王都の方にいるらしい。
修業とは聞いているが、まさか王都にいるとは……あいつのことだからアデルハイトとハインツと行動を共にしているのだろうか?
「……まぁ、俺が気にすることではないか」
何はともあれ、静かで平穏なことに変わりはない。
ありがたやありがたやと内心で両手を擦り合わせながら、途中の屋台で串を買い食いしてから『安らぎ亭』へと帰った。
「あ、おにーさん! おかえりなさい!」
「おう、リップちゃん。ただいま」
「うん! おとーさん! おにーさんかえってきたー!」
リップちゃんが厨房を覗き込んで親父さんを呼ぶと、少ししてから心臓あたりを抑えて苦しそうな親父さんが出迎えに出てきてくれた。
「ぐぅっ……!? ぬぅぅぅ……!」とかなり苦しそうなその様子に、「大丈夫ですか!?」と駆け寄った。
「う……う……!」
「あんまり無理しないでください親父さん……! 歩けそうにないなら教会に……」
「うちの天使が……可愛すぎる……!?」
「知ってたよこの野郎」
呆れた目を親父さんに向けながら立ち上がった俺は、どうしたの? と首を傾げているリップちゃんに苦笑して見せた。
娘のことが可愛いのはわかるが、紛らわしいことをしないでいただきたい。
「ちょっとまっててね、おにーさん。いまおへやのじゅんびしてくる!」
「ああ、ありがとう」
ててて~、と階段を駆け上っていくリップちゃんを見送って未だに胸を押さえて蹲っている親父さんに目を向ければ、何事もなかったようにスッと立ち上がった。怖いよ。
「それはそうと、トーリ。突然で悪いんだが、暫くの間別の宿を取ってくれねぇか? 何なら紹介もするんだが」
「本当に突然ですね。どうかしたんですか?」
「ああいや、完全に俺の個人的な都合なんだがな……」
突然の申し出に何があったのかと聞いてみれば、どうやら親父さんとリップちゃんの二人が実家に戻るため、暫くの間『安らぎ亭』をお休みにするとのことだった。
何でも親父さんのご両親。つまりリップちゃんの祖父母からいい加減孫の顔を見せろと催促されたらしい。
「流石に前のリップじゃ、二日程度でも負担になりすぎると思って断ってたんだが……今じゃ見ての通り元気だし、いい機会かと思ってな。それに、リップには俺以外の血縁に合わせてやりてぇんだ」
「ああ、なるほど。確かに前のリップちゃんでは二日の旅も辛いでしょうしね」
「だろ? 本当、お前さんのおかげだよ。感謝してるぜ」
バシン、と少々強めに俺の肩を叩く親父さんに、「なら料理をもっとおいしくしてください」と言ってみれば口元を歪ませて何とも言えない顔になっていた。どうやら料理の上達には、まだ時間はかかるらしい。
「ま、期待しないで待ってますよ。それで? いつ頃出発するんですか?」
「三日後だな。ハンルド……目的地までの乗合馬車が三日後に出る」
「三日後ね。ま、何とかこっちで探しておきますよ」
「悪いな。突然こんなこと言って」
申し訳なさそうな親父さんの体は、普段よりも一回りほど小さくなっているように見えた。
俺はそんな彼の背中を、先程の仕返しのつもりでバシンと叩く。軽く『纏い』での強化をかけているため、思わぬ痛みに親父さんが声を上げた。
「別に悪いことなんて何もしてないでしょうに。持ってて当然の親心なんですから、もっと胸張ってくださいよ。俺の方は気にしなくていいんで、ゆっくりしてきてください」
これもリップちゃんのためですからと笑えば、一瞬ぽかんとしていた親父さんが不気味なくらいに気持ちのいい笑みを浮かべた。怖い。
「ありがとよトーリ! せめてもの礼だ! 出発までは美味いもんを食わせてやるからな!」
「はは……期待しないでおきますよ」
「そうと決まれば、まずは仕込みよ! おいしょぉぉ!」
気合を入れたのか、親父さんは食材の入った箱を数段重ねにして持ち上げて厨房へと運んでいく。
あれを『纏い』も使わず筋肉だけでやっているのだから、流石見た目通りだなぁと感心するというものだ。
と、そこでだ。
タンッ、と
重ねた箱で前が見えなかったであろう親父さんが何もないところで躓き、
ダンッ! と
転んでなるものかと親父さんが足を前に出して踏ん張り、
ギックリ、と
そんな効果音が似合いそうな嫌な音が『安らぎ亭』に響き渡るのだった。
親父さんがぎっくり腰になってしまった瞬間である。




