第103話:子供たちの夢
一度のぎっくり腰何するものぞと気合を出してリップちゃんとの里帰りに行こうとする親父さんであったが、そこから無理をして悪化すると余計にリップちゃんに心配をかけることになると説得して教会に放り込んだ。
腰はやばいんだって、親父さん……
そんなこんなで、親父さんの代わりにリップちゃんをハンルドのおじいさんおばあさんの元まで連れて行くことになった俺なのである。
親父さんが無理なら今回のハンルド行きも諦めた方がいいのではと提案したのだが、親父さん曰く「リップの笑顔を、俺は奪えねぇ……!!」とのこと。
なんでも既におじいさんおばあさんの元に遊びに行くことを伝えており、リップちゃんも楽しみにしているのだとか。俺が宿に帰ってくるまでの間、その準備を楽しそうにしていたらしい。
だがしかし、流石にこの状態の親父さんを馬車に乗せて移動するのは無理がある。
ちゃんと訳を話せばリップちゃんもわかってくれるし、しっかり直してから行けばいいと、そう伝えたのだが、「いやしかし……」と悩んでいる様子だった。
それほどまでにリップちゃんの楽しみを、それも自分の不注意で奪ってしまうことが耐えられないのだろう。如何にもリップちゃんラブの親父さんらしい理由だ。
教会での治療で治るとはいえ、暫くは休む必要はあるだろう。
「ほら、リップちゃん。朝だから起きるよ」
「んっ……ぁさぁ……?」
「そうだよ。一緒に顔を洗いに行こうか」
「ぅぅ……ぁぃ……」
ふかふかの藁のベッドから体を起き上がらせたリップちゃんだが、まだ半分寝ているような状態で一度俺を見上げた。
「……ぉぃーぁん、ぃっぷぅ……ねぅぅ……」
「おっと」
そのまま前に倒れて寝そうになるリップちゃんの体を支えて様子を見れば、気持ちよさそうに舟を漕いでいる。
このまま寝かせてあげたいのはやまやまなのだが、あと数時間もすればハンルド行きの馬車が出る時間になる。
直前になって慌てるよりは余裕をもって行動した方がいいだろうと思い、「ちょっと失礼するよ」とリップちゃんに声をかけてからその小さな体躯を抱き上げた。
「親父さんから任されてるんだ。信頼には答えないと」
ほらいくよー、とベッドに敷いたシーツの布と藁を『拡張』したポケットの中に回収してから部屋を出た俺とリップちゃんは、宿の裏手にある井戸で朝から冷たい水を浴び、スッキリとした頭で朝食を食べに向かう。
そしてゆっくりと朝食を済ませてから、予定時間の少し前に集合場所へと赴いた。
すると、俺を見つけた途端三つの小さな影が駆け寄りローブの裾を掴んで引いてくる。
「なぁ兄ちゃん! 早く続き! 話して! 今度はかっこいい話がいい!」
「それは昨日もやったやん! 今日はウチの番やからお姫様の話や!」
「……いきもののおはなし」
影の正体は昨日の子供たちだった。
急に駆け出してこちらに飛びかかってきたものだから、親御さんたちも反応ができなかったらしい。チラと見れば、子供たちに手を伸ばそうとしてどうしたものかと困り顔だった。
これも昨日一日で信用を得られたからだろう。危ないからやめなさい、みたいな反応はされていないようで何よりだ。
「よい、しょっとぉ!」
「「「わぁぁああ!」」」
「おぉ……!」
軽く『纏い』で強化をかけてから、リップちゃんを含めた四人を両脇に抱えて歩く。
手足をぶらぶらとさせて楽しそうな子供たちに向けて、どうだ凄いだろうと笑いながら親御さんたちの元へと運んでやった。
「よっと。急に駆け出して、お母さんたちに心配かけさせたら駄目だぞ? これからは、ちゃんとお母さんたちに言ってから行動すること。わかったか?」
「「はーい!」」
「……うん」
「おにーさん、リップは?」
「リップちゃんは、親父さんに言うようにな」
「わかった!」
並んで仲良く手を挙げて返事を返す子供ら四人。
右からやんちゃ坊主のレダくん。関西弁風(異世界では何と言うのかわからないが)のブルーちゃん。そして他二人よりも大人しいイーロくんに、我らが大天使リップちゃん。
リップちゃん以外の三人は、元々ハンルドの出身らしくこれから帰る予定だったらしい。幼馴染の仲良し三人組なんだそうだ。
レダくんとブルーちゃんはリップちゃんよりも年上の9歳で、イーロくんは同い年の7歳とのこと。是非この旅の間だけではなく、ハンルドに滞在する間も仲良くしてほしいと思ったが……どうやら杞憂に終わりそうだ。
「なぁリップちゃん! リップちゃんはどんなお話が好きなん?」
「リップはねぇ……おにーさんのおはなしがすきー!」
「お、それどんな話なん?」
同じ女の子だからか、ブルーちゃんがリップちゃんに話しかけている様子を見ればと、「ぼうけんのおはなし!」とリップちゃんが笑顔で答えていた
「冒険! どんな話を聞くんだ!?」
「……まもの、どんなの?」
冒険と聞いて興味が湧いたのか、男の子組も参戦して三人に囲まれる形になったリップちゃん。
それでも「えっとねぇ」と物怖じせずに何とかこたえようとしているが、やがて「おにーさーん!」と呼ばれてしまった。
「どうしたんだい、リップちゃん」
「おにーさんのぼうけんのおはなし!」
「わかった。なら、出発したらその話から始めようか」
そう言うと「やったー!」と飛び跳ねて喜ぶレダくんと心なしか嬉しそうなイーロくん。そして意外なことに、「楽しみだねー!」とリップちゃんの手を握っているブルーちゃん。
「それでは皆さん。出発しますのでお乗りください」
時間が来たのか、御者のおじさんの合図で俺たちは馬車へと乗り込む。
そして乗り込んで早々に俺の周りへと集まった子供たちを見て、「早いな君達……」と思わず苦笑を浮かべてしまった。
周りを見れば、三人の親御さんたちが「どうもすみません」と同じように苦笑している。
「なら期待に応えて、俺の今迄の冒険の話をしてあげよう。ほれ、これでも食べていい子で聞くんだぞ」
懐から取り出した飴玉を四人の口の中へと放り込み、その甘さに頬を緩める四人を見てから話しを始める。
話す内容は……そうだな、遠征依頼を受けまくっていた時の話でもすることにしよう。
◇
「すげぇ! やっぱ冒険者ってかっけぇ!」
話を終えて一番に反応を見せたのはレダくんだった。
俺も俺も! と揺れる馬車の中で存在しない剣を振るう姿はまさに年相応だろう。
そんな彼の姿に「ほんまアホやなぁレダは」と呆れた目を向けるブルーちゃんと「まもの……」と一人マイペースなイーロくん。
「い、いいだろ別に! 俺も兄ちゃんみたいなかっこいい冒険者になるんだ!」
「レダがぁ? 無理無理。どうせ泣いて帰ってくるわ。ウチにはわかる」
「な、なんだとぉ!?」
「……まもの、いい」
「ほらそこ。喧嘩するんだったらもう話はしないぞー」
それだけ言うと、ピタリと口喧嘩を止めて大人しく座る二人。
そんな二人の頭を、ちゃんと言うことが聞けて偉いなとほめながらポンポンと軽く撫でてやる。
「しかし、そうか。レダくんは冒険者になりたいのか」
「っ! うん! そう! 勇者様みたいになるのが俺の夢なんだぜ!」
「そうかそうか。なら、たくさん体を鍛えて、たくさん勉強しないとだ」
勉強と聞いて顔を顰めたレダくんに、俺はにやりと悪い笑みを浮かべる。
「言っとくが冒険者であれ何であれ、学んでおくことに損はないぞ? 魔物の知識や薬草の知識。他にも、読み書き計算ができればできることも増えるし報酬の高い依頼も受けられるようになる。もちろん、俺だってまだまだ勉強中の身だよ」
未だこの世界に来て半年も経っていない上に、その辺の知識もある程度が貰い物である俺が言えたことではないが、それでもできること、やれることは最初に比べれば増えている。
もし冒険者になるなら、頭も使うから覚えておくようにと伝えれば、少々不満げな返事が返ってきた。
「なぁお兄さん。ウチは服のお店やりたいんやけど、何勉強したらええんかな?」
「服か……専門ではないけど、店をやるならそれこそ読み書き計算は必要になるな。一からは難しいだろうし、どこかの職人さんに弟子入りするのが早いかもしれないね」
「やっぱそうかぁ。ほんならお兄さん。いつかウチがお店出した買いに来てな? サービスするで」
「おお……ブルーちゃん、将来は商売上手な職人さんになりそうだ。是非寄らせてもらうよ」
「ふふん……約束やで! イーロは研究者やろ? ウチが服作ったるから、楽しみにしとき!」
「うん。まもののけんきゅうしゃになる。たのしみ」
「研究者か。なら、たくさん勉強しないとだ」
頑張れよーとイーロくんに声をかければ、少し俯きながらも首肯してくれる。
そうして三者三様の子供らしい夢を聞いてほっこりしていると、グイとローブの裾を引かれた。
見れば、私も聞いてと言わんばかりの顔で自分を指さしているリップちゃんがいた。かわいい。
「リップちゃんは、何になりたい?」
「リップはね! おにーさんのおよめさん!」
はい! と手を挙げて元気よく周りにも聞こえる声で言うリップちゃんの言葉に、ブルーちゃんは「わぁ!」と両手で口元を隠して目を見開き、レダくんは首を傾げ、イーロくんはポケーっと馬車の外を眺めていた。
「……うん。大きくなって、気持ちが変わってなかったらね」
あと、親父さんに殺されていなければも無条件追加である。
「はーい!」
「皆さん! もう間もなく、ハンルドに到着ですよ!」
周囲の大人たちにも温かい目を向けられている中、御者のおじさんの声が響いた。
ボーリスから約一日と半日。
俺たちはついに『ハンルド』へとやってきたのだった。




