第104話:ゴーザとマーサ
「兄ちゃーん! また冒険の話聞かせてくれなー!」
「また、まもののはなし、きく……」
「リップちゃーん! 今度は、女の子同士で遊ぼなー!」
じゃあねー! と親御さんに手を引かれながらこちらに向けて手を振る三人の子供たちの姿を見送り、ブンブンと元気よく手を振るリップちゃんに「そろそろ行こうかと」声をかける。
三人ともこの街に住んでいるため、縁があれば滞在中に会うこともあるだろう。
「さて、親父さんから聞いてた話だとこの辺りなんだが……」
「おにーさん! リップのおじいちゃんとおばあちゃんってどんなひとかな!」
「どうだろうなぁ……でも親父さんのお父さんとお母さんだ。きっと親父さんみたいに優しい人だと思うよ。楽しみだね」
「うん!」
手を繋いで隣を歩くリップちゃんがにこりと笑って頷いた。
一応親父さんの方から腰をやってしまったことと、代わりに信頼できる冒険者がリップちゃんに同行することを先に手紙を出して伝えていると聞いている。初っ端から変に疑われることもないだろう。
リップちゃんの歩く速度に合わせながら、目的地に向かってハンルドの街を歩いた。
ボーリスからプロプトホーフの馬車を使用し、北西に向かって約二日……正確には一日と半日の距離にある街『ハンルド』。
街の規模は俺が拠点としているボーリスに比べると小規模で、田舎町というよりは都市から離れた郊外の印象だ。
冒険者やローブを纏う魔法使いも少なく、住民のほとんどは一般市民。建物だって普通の家が立ち並ぶ住宅街がほとんど。
こういう雰囲気もいいもんだなと、リップちゃんが初めて見る街並みに目を輝かせている様子も楽しんでいると、親父さんから教えられていた目的地へと到着した。
ここかと目的の家に目をやったのだが、家よりも先にその家の前で妙にそわそわしている二人が目に入る。
たぶんあれかなぁとリップちゃんの方に目をやれば、「ついたー?」と首を傾げていた。
「うん、着いたよ。たぶんあそこにいるのが――」
「すまない。勘違いであれば申し訳ないんだが、バカむ……ゴリアテの言っていた冒険者は君かな?」
リップちゃんにおじいさんとおばあさんのことを伝えようとしたのだが、不意に声をかけられる。
見ればいつの間にかそこまで来ていたのか、まだそわそわしているおじいさんがそこにいた。
「え、ええ。ゴリアテさんから伝えられているとは思いますが、俺がトーリであっていま――」
「やはりそうか! と言うことは、この子が……!」
「ひゃうぅっ!?」
俺の返答を聞き終える前に、おじいさんの首がぐるりと回ってリップちゃんを見る。
しかしその様がホラーの何かにしか見えなかったのだろう。驚いたリップちゃんの肩がビクリと跳ねたかと思えば、彼女は俺の背後へと隠れてしまった。
「お、おや、どうしたんだい……!? な、なにか爺ちゃん間違えてしまったのかい……!?」
「いや、あの……初対面ですから……いきなり距離を詰めすぎるのは……」
「ワ、ワワワシは何を間違えたんだ!? やり直しは――」
「いい加減にしなあんたぁ!」
俺の肩を掴んで前後に大きく揺すっていたおじいさん。その背後に現れた人影が彼のつるつるに光る後頭部をパコンッとはたいた。
「あいたぁ!? お、おい! 何も叩くことはないだろぉ!? ボケたらどうするんだ!」
「そんときゃ最後まで面倒見てやるから安心しな! それより、せっかく来てくれたのに怯えさせてどうするんだい! 第一印象は大事だからとあれほど言っただろうに!」
「わ、わかった! わかったからそれ以上叩くな母ちゃん!」
目の前で突然繰り広げられたやり取りに唖然とする俺とリップちゃん。
そしてそんな俺たちの視線に気づいたのだろう。恰幅の良いおばあさんは「あらやだ」と、先ほどまでおじいさんをビシビシはたいていた手を頬に当てて恥ずかしそうに笑って見せた。
「変なところ見せてごめんね? 私はマーサ。うちのバカ息子から聞いてるけど、あなたがトーリさんであっているかしら?」
「……あ、はい。俺がトーリです……」
「うんうん……思ってたよりもいい男じゃないか! 腕も立つんだろう? バカ息子から話は聞いてるけど、今回はありがとうね」
「ああいえ、とんでもない。親父さ……ゴリアテさんからはちゃんと依頼として報酬もいただいています。それにリップちゃんのためなら、これくらいのことは喜んでやりますよ」
そう言うとあらまぁ、と感心したような声を上げるマーサさん。そしてその辺で倒れ伏しているおじいさんを足で突くと、「聞いたかいあんた」と嬉しそうにおじいさんの頭に追撃をかけていた。
パコン、と気持ちの良い音が響いた。
「冒険者ってもっと野蛮なイメージだったけど、あのバカ息子が信頼するって言うだけはあるねぇ!」
「いてて……だからと言って追撃をかけるんじゃない。これ以上禿げたらどうするんだ……!」
「禿げる毛もないんだ。安心しな」
そんなことより、とマーサさんが俺の背後を覗けば、俺の背後に隠れていたリップちゃんが「あう……」と可愛らしい声をあげる。
そんな彼女の様子を見て「あらかわいい!」とマーサさんは破顔した。
「あなたがリップちゃんね? 初めまして。私はマーサ。あなたのお父さんの、そのお母さんなの」
「……はじめ、まして……おばあちゃん?」
「そうよ! うふふ……挨拶ができて偉いわねぇ。バカむ、お父さんと来れなかったのは残念だけど、我が家だと思ってゆっくりして行ってね?」
よろしく、と先ほどのおじいさんに向けていた口調とは一変して、優しくリップちゃんに語り掛けるマーサさん。
リップちゃんもそんな彼女の雰囲気で落ち着きを取り戻したのか、前に出て俺を見上げた。
いいのかな? と問いかけるような視線に頷けば、リップちゃん「よろしくおねがいします……」と少し不安が残る表情でマーサさんの手を取る。
「じゃあリップちゃん。おばあちゃんね、あなたが来るのが楽しみで、ごはんいーっぱい作っちゃったの。よかったら一緒に食べましょ? おなかは空いてるかしら?」
「おなか……うん。リップ、おなかすいてる……」
それはよかったわ! と嬉しそうな笑みを浮かべたマーサさんは、リップちゃんと手をつないだまま家の中へと入っていく。
最初は緊張するかもしれないが、あれだけ優しそうなマーサさんがいれば問題はなさそうだとその場を去る。
だが足を進めた直後、「待て」と一人残っていたおじいさんに声をかけられた。
「どこへ行く気だ?」
「いやあの……俺が頼まれたのはリップちゃんを送り届けることと、ボーリスに帰りに付き合うことだったので……」
「で、もう送り届けたから、あの子が帰るまではお役御免だと?」
「できればいてあげたい気持ちはありますけど……流石に、俺がお邪魔してしまうと迷惑が掛かるかと」
おじいさんやマーサさんからすれば、いくら親父さんが信頼できるとは言ったところで初対面の冒険者だ。
リップちゃんが心配な気持ちはもちろんあるが、マーサさんがいれば大丈夫そうだし、俺が出る幕はない。なので帰りの日まではこのハンルドの街のどこかでゆっくりしようかと思っていたのだ。
「構わん。今日くらい泊っていきなさい」
「え……い、いいんですか……?」
「あの子も……リップちゃんも、お前さんがいた方が安心できるだろうからな。それにゴリアテが信頼するとまでいった男だ。信じて損はあるまい。それに、今から宿を探すのは面倒だろう?」
「あ、ありがとうごさいます。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
ありがたい申し出に礼を言えば、おじいさんは「構わん構わん」と気持ちのいい笑みを浮かべていた。
その姿が少し親父さんに似ているように思えた。
流石親子である。
「改めて、俺はトーリと言います。本日はよろしくお願いします」
「ゴーザだ。まぁ長旅だったんだ。ゆっくりして行きなさい」
「はい。……あの、ところでなんですが……いつまで寝ておられるおつもりで?」
マーサさんに張り倒されてから今まで、ずっと地面の上でうつ伏せになっているおじいさんことゴーザさん。
いつまでも起き上がってこないものだから、もしかしてわざとなのかと思って聞いてみれば「いやぁ……」と苦笑を浮かべて俺を見る。
「このまま起き上がると、腰をやってしまいそうでな……」
「……起こすの、手伝いましょうか?」
「……頼む」
親父さんの二の舞にならぬよう、細心の注意を払ってゴーザさんを起き上がらせる俺なのであった。
流石親子である。




