第105話:ハンルドの冒険者ギルド
マーサさんとゴーザさんのご厚意で一晩寝泊まりさせてもらうことになった俺だったが、俺が考えていた以上にリップちゃんが喜んでいたことが印象的だった。
その懐き具合に、マーサさんには微笑ましいものを見る目で見られ、ゴーザさんからは「ワシがお爺ちゃんなのに……!」と嫉妬の目を向けられていた。みっともないことするんじゃないよ! とマーサさんにどつかれていたけど。
そして陽も暮れてうつらうつらと疲れで船を漕ぎ始めたリップちゃんにローブの裾を掴まれた俺は、マーサさんから「部屋を開けてるから、そこで寝かせてあげて」と大役を仰せつかることとなった。
「何なら、トーリさんも同じ部屋で寝てくれても構わないよ」
「なっ!? それはいかん! 孫と一緒に寝るのはワシの長年の夢だ! 譲るわけにはいかーん!」
どけ! ワシはお爺ちゃんだぞ! と鬼気迫る表情のゴーザさんは、無事マーサさんの拳によって鎮められた。
「まだまだ機会はあるんだ。今はまず、私たちに慣れてもらうところからだよ! ごめんなさいねトーリさん。うちのバカが勝手なこと言って」
「あ、いえ。夫婦仲が良好なようで、なによりです……」
チラと足元に転がっているゴーザさんの方を見て苦笑を浮かべた俺は、マーサさんに案内される形で空き部屋へと向かう。
そして用意されていたベッドにリップちゃんを寝かした後、また別の部屋で寝具を借りて眠りに就くのだった。
◇
翌朝早朝。
偶然にもマーサさんと同じタイミングで起床した俺は、マーサさんの手伝いとして家を出ていた。
「悪いねぇ、手伝ってもらっちゃって」
「いえ、お気になさらず。朝ごはんまで同席させていただくんですから、これくらいは」
「本当にあんた、いい子だね。私がもっと若ければ放っておかなかったよ!」
「あははは……それより、ここの市場は毎朝やってるんですか?」
マーサさんの冗談を軽く受け流しつつ聞いてみれば、ここハンルドでは三日に一回朝市が開かれるのだとか。
コミュ強のマーサさんが市場の店主たち相手に値切り交渉を成立させていく様を見ながら、俺はその荷物持ちとしてついて行く。
「にしても、私らが思っていた以上にリップちゃんが元気そうでよかったよ」
「そうですか?」
「そりゃそうさ! バカ息子からは手紙をもらってはいたんだけど、長旅は難しそうだって言うしね。私らの方から出向くのも考えたんだけど、老体に旅は難しくて……だから、こうして元気な姿を見せてもらえたことが、私もゴーザもすごく嬉しいのよ」
これもお願いね、と購入した野菜が詰められた袋を背中に背負った籠に潰れないように入れていく。
「なにより、あの子のお母さん……リィンさんが亡くなってからは、そのバカ息子にも元気がなかったの。腰をやったとはいえ、久しぶりにあの息子らしい頭の悪い手紙をもらったわ。手紙にも書いてたけど、あなたのおかげみたいね」
「……いや、参ったな。そう言ってもらえるなら、嬉しい限りです」
「ふふ……息子の恩人だもの。困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれて構わないわ! あ、そのお肉もおいしそうね! 買わせてもらうわ!」
「毎度あり!」
視界の端に映った肉の塊を見て、いつのまにか肉屋の店主の許へと移動していたマーサさんについて行く。
にしても親父さん、そんなこと手紙に書いてたのか。俺が考えている以上に信頼してくれているのだろう。
でもリップちゃんの将来の夢を聞けば包丁を持ち出してくるイメージしか湧かないの、なぜなぁぜ?
心の中で震える俺を他所に、いつもよりたくさん買えるよ! と嬉しそうなマーサさん。
しかし、これ以上は保存できないからと2時間ほどで買い物から帰宅する。
するともう起きていたのか、「おにーさん!」とリップちゃんが扉を開けて早々に飛び込んできた。
「っと、リップちゃんおはよう。ゆっくり眠れた?」
「うん! リップげんき! じいじもあそんでくれた!」
そりゃよかったと奥にいるゴーザさんを見れば、俺たちが帰宅するまで遊んでいたのだろう。手に木彫りの人形のようなものを持ったまま、こちらを恨みがましく睨みつけていた。
「みっともないことしてんじゃないよあんた!」
「アイタァッ!?」
リップちゃんが嬉しそうに俺のローブを掴む中、俺も手にしていた荷物をマーサさんが指定した場所に置く。
その間もゴーザさんからの視線が止まなかったため、諦めて苦笑していると昨日のようにマーサさんの拳によって沈黙させられていた。
「まったく……トーリさんは買い出しも手伝ってくれたんだ。気持ちはわかるけど、そもそもリップちゃんと過ごした時間はトーリさんの方が長いんだから当然の反応だろうに」
「でも母ちゃん! せっかくのワシと初孫の時間だったんだ! 少しくらい恨んでも罰は当たらんだろ!?」
「まーたあんたはそんなこと言って!」
グイ、と耳を引っ張られてどこかの部屋へと連れていかれるゴーザさん。
俺はそんな彼の情けない姿を、せめて愛しの孫の目に入らぬようにとそっとリップちゃんの目を覆った。
「……? どうしたの、おにーさん?」
「……朝ごはん、楽しみだね」
「うん!」
その後、にっこにこ笑顔のマーサさんと頭にギャグみたいな大きいたんこぶを作ったゴーザさん。そしていつもよりもおいしい朝ごはんににっこにこのリップちゃんと俺の四人で食卓を囲んだ。
そして朝食を終えた俺は、そろそろお暇しようと荷物を持って立ち上がる。
「朝食までいただいてしまって、ありがとうございました。俺はこの辺で失礼します」
「あら、もうかい? 予定日までいてくれても構わないんだよ?」
「いえ、十分ゆっくりさせていただきました。それに、俺自身もこの街を見て回ったり、ちょっと依頼を受けたりもしたいので」
実際街並みからしてボーリスとは異なる街だ。王都に行ったときはマリーンに案内してもらったが、今回は俺一人。
しかしたまには知らない街を知らないまま、気ままにぶらりと歩いてみるのも悪くはないだろう。ぶらトーリだ。
それにハンルドにも冒険者ギルドがあるそうなので、依頼内容がどう異なるのかも個人的に興味はある。ボーリスは『帰らずの森』が近いため、森での魔物討伐の依頼が多いのだが、ハンルドの街の依頼はどうなっているのだろうか。
「おにーさん、もういっちゃうの……?」
「うん。また帰る日になったら迎えに来るし、泊まりはできないけど遊びにも来るからね」
とぼとぼとした足取りでリップちゃんが俺のローブの裾を掴んだ。
そんな彼女の目線に合わせるため、片膝をついて柔らかいくすんだ金髪を優しく撫でつける。
猫のように目を細めて気持ちよさそうなリップちゃんを見たマーサさんからも、「いつでもおいで。歓迎するよ」という言葉をいただいた。
ゴーザさんは「リップちゃんが喜ぶから構わん」とぶっきらぼうだったが、そう言ってもらえるだけで嬉しいものだ。今度立ち寄らせてもらおう。
それじゃあまたねとリップちゃんに別れを告げた俺は、まずこれから暫くの間泊まることになる宿を探すことにした。
幸いまだ昼前なので満室の宿ばかり、ということはないだろう。
そうして約一時間ほど街を見て回ってちょうどよさそうな宿を見つけた俺は、ボーリスへ帰る予定日までの長期滞在であることを宿の女将さんに告げて部屋を借りた。
『安らぎ亭』よりもしっかりとした造りの宿で、食事は夜のみ提供してくれるらしい。
おいしい料理であることに期待しながら、食事時までには戻ることを女将さんに告げて再び街へと繰り出した。
行き先はハンルドの冒険者ギルドである。
「確か、こっちで合ってたよな……?」
朝市の際にマーサさんに教えてもらった場所を思い出しながら、ハンルドの街を歩く。途中途中で遊んでいる子供たちの集団と良く遭遇するのだが、この街はボーリスと比べても子供の数が多いように感じた。
「平和なんだろうねぇ。いいもんだ」
ボーリスのように、すぐ近くに魔物の領域があるわけでもない。
街の周囲は『帰らずの森』にはだいぶ劣るちょっとした森があるくらいで、魔物の
脅威があるようには思えない。
果たして、そんな街にはどんな依頼があるというのだろうか。
「……っと、見逃すところだった」
ここだここだ、とようやく見つけた冒険者ギルド。
ボーリスに比べるとかなり小規模なギルドで、一見するとただの建物だ。ボーリスのような物々しい雰囲気はない。
チラと中を覗いてみるが、屯している冒険者もいない。本当にここがギルドなのだろうか?
ボーリスとはかけはなれた様子に驚きながらも、とりあえず入ってみようと意を決して足を踏み入れる。
すると、受付であろうかなり容貌の厳ついおじさんに一瞬視線を向けられた。
がしかし、親父さんの方が厳ついので特に気にせず受付のおじさんに話しかける。
「すみません。ハンルドの冒険者ギルドはここでよろしいでしょうか」
「……あん? 何か用か?」
ギロ、と威圧的なおじさんの様子に、なぜこんな不機嫌なのかと聞きたくなる。
だが流石にそれは失礼かと思い、とりあえず失礼にならないよう笑顔で話を続ける。
「ボーリスから来た星3つの冒険者で、トーリと言います。暫くの間この街に滞在する予定なのですが、その間にここで依頼を受けることもあるかと思い見に来ました」
「……依頼は、あっちの掲示板に張ってある。好きなの選んで持ってきな」
「ありがとうございます」
ぶっきらぼうながらもおじさんが掲示板の場所を教えてくれたことに感謝を伝え、張り付けられている依頼を覗き見る。
数は当然だがボーリスより少ない。と言うか、少なすぎる。
数にしても両の手で足りるほどで、そのほとんどが街の中での依頼だった。
朝早くから他の冒険者が来て受注したのだろうか。
「いくつかはもう受注してそこにねぇが、基本この街のギルドの依頼はそんなもんだぜ?」
「そうなんですか?」
俺が依頼の少なさに驚いていたことがバレたのか、おじさんが受付から話しかけてきた。
「それだけ平和ってことだよ。ほぼなくてもいいようなギルドだが、昔の名残で続けてるってだけだ。所属する冒険者も星3つが数人とあとは星2つと1つが十数人程度の小規模なところだよ」
「ボーリスとは随分と違うんですね」
「そりゃお前さん、ボーリスつったら東の果て、魔物の巣窟の『帰らずの森』が主な狩場のギルドじゃねぇか。そんな大規模なところとうちを比べんじゃねぇっての」
おじさんの言葉になるほどと頷いていると、「受けるならさっさと選んでくれ」と催促されてしまった。
とりあえずまだ街を見回りたい気持ちもあったため、街でのお手伝いの依頼書を手に取って持っていく。
「すみません、これをお願いします」
「……いいのか? これで。星3つ……それも魔法が使えるなら討伐依頼の方が実入りがいいと思うが」
「用事でこの街に来ただけで、稼ぐのが目的ではありませんから。にしても、良く魔法が使えるって……あいや、ローブを着てたらそう思われるんだったか」
急に言われるもんだから驚いたが、基本魔法使いはローブを身に着ける。俺も以前王都でこの灰色ローブを買ってもらったので、周囲から見ればそう思われるのだろう。
おじさんが「そういうこった」と頷く中、俺は依頼書にサインを記し、依頼書の写しを受け取った。
「にしても、ボーリスには変わった冒険者がいるんだな。魔法使いなのに剣を使うのか?」
腰に携えた剣を目にしたおじさんに「ああ、これですか」と言葉を返す。
「俺の場合は剣がメインですよ。魔法は飲み水出したりとかそれくらいで、とても戦闘には使えませんから」
「……それでも便利そうだな。お前さんの仲間も重宝してくれるだろうよ」
「生憎とソロなもので」
「マジかよおい。ボーリスだろ? 『帰らずの森』があるあの魔境で、ソロの冒険者がいるのかよ……」
おじさんの呆れるような言葉に、「ここにいますよ」と苦笑を浮かべて頷いた。
「……いいな、お前。それでこそ冒険者だ」
すると受付の席に座っていたおじさんが厳つい顔を更に厳つくして立ち上がった。
それでもなお親父さんには届かぬ厳つさに、やはり親父さんって厳ついんだなと場違いな感想を思い浮かべていた俺であった。
「ソドマスだ。ハンルドの冒険者ギルドでギルドマスターをやってる。あとこの街の顔役みたいなもんもな。滞在している間だけだとは思うが、よろしく頼むぜ」
受付から出て俺の前までやってきた受付おじさん……改め、ソドマスさん。
彼が差し伸べた手を「こちらこそ」と握り返せば、更に厳つくソドマスさんが笑った。
なおそれでも親父さんには及ばない。
「にしても、ギルドマスターが受付やってたんですね」
「まぁ、人がいないからな。俺がやるしかねぇんだよ」
代わりにやってくれてもいいんだぜ? と笑うソドマスさんに笑顔で拒否を叩きつけた俺は、そのまま冒険者ギルドを出て依頼主の元へと向かった。
その途中、リンゴーン、と街中に鐘の音が響き渡る。
「……でっかい教会だな、あれ」
視線の先。
街のどこからでも見えそうな程大きな教会。その天辺の鐘が大きく揺れて音を響かせている。
ボーリスのものと比べてもかなり大きい教会だ。
ハンルドの街の中でも、特に目立つ建物だろう。
「……っと、いかんいかん。依頼行かなきゃ」
暫くの間、鐘の揺れる教会を見ていた俺だったが、依頼を受けていたことを思い出して先を急ぐ。
依頼主の元に着く前には、あれだけ響いていた鐘の音は聞こえなくなっていた。




