第106話:調査依頼
それから数日間の間は依頼をこなして過ごした。
もちろんリップちゃんとの約束通り、依頼の前や依頼を終えた後でマーサさん宅に寄ってはリップちゃんと遊んだり話をしたりと割と楽しんでもいる。
ゴーザさんには「じいじが遊んでたのに!」と何故か文句を言われてしまった。
じいじってゴーザさん……
いや、彼の一人称については何も言うまい。
また、依頼は基本的にハンルドの街中で済ませられるものを中心に受注している。
そのため街中を移動することが多くなり、結果として街の人たちにもある程度顔を知られるようになった。
ボーリスでの話だが、あまり一般市民は好き好んで冒険者には近づいてこない。
それはまぁ予想通りではあるのだが、やはり戦闘を主とする荒くれ者が多いからだろう。白亜の剣のような見た目も人格もよいのは例外である。
当然剣を携えている俺も最初は似たような目で見られていたため、街の住民からは遠巻きにされていた。
見かけない余所者、ということも原因の一端だったんだろう。
だが、そんな俺の状況を変えてくれた子供たちがいた。
「あれ、兄ちゃんじゃん! また会ったな!」
依頼に向かう際に俺を見つけて駆け寄ってきてくれたレダくんである。
彼は他の子供たちと遊んでいる途中だったにもかかわらず俺に話しかけ、そして面白い話をしてくれる冒険者の兄ちゃんだ! と他の子供たちに紹介してくれたのだ。
それからはブルーちゃんやイーロくんとも再会し、依頼を早急に終えてから(もちろんきっちりこなした)リップちゃんを誘って皆で遊んだ。
そのことが子供たちの親御さんにも伝わったのだろう。数日にして周囲の住民からの視線にも変化が見られたため、レダくん達には感謝である。
そんなわけで、今は街の広場で子供たち相手に物語を語り聞かせている真っ最中だ。
「――というわけで、剣士と魔法使いの冒険はまだまだ続く……てなっ!」
そう話を締めくくると、周囲で大人しく話を聞いていた子供たちがわーわーと騒ぎだす。どうやら無事期待通りの話ができたらしい。
ある程度の物語は知っているが、流石にこう何度も繰り返すとネタが尽きる。なので今回は俺のこれまでの冒険、というか依頼を元にして作り上げたオリジナルの物語だ。
内容は主人公の剣士と、その僕である魔法使いの冒険譚。
巨大なボアやゴブリンの群れなどを相手に、剣を持って勇敢に戦う剣士とへっぴり腰なのに強気で情けない、なのに言動はウザい魔法使いの物語だ。好評で何よりである。多少魔法使いの性格をマイルドにしたのが功を奏したか。
「さて、それじゃあ俺は失礼するよ」
「えー、もう行くのかよー」
立ち上がった俺に向けて残念そうな声を上げるレダくん。
そんな彼に続いて、他の子供たちももう少しいてほしいと声を上げてくれるのだが、俺はそんな彼らに首を振った。
「残念だけど、今日は街の外の依頼を受けるんだ。あんまり長居はできないんだよ」
「ちぇー」
不貞腐れたような態度のレダくんだったが、飴玉を一つやれば嬉しそうに受け取ってくれた。
一応まだまだ飴玉はあるため、その場に集まっていた子供たちにも一人一つずつ渡していく。
どう考えてもポケットに入りきらない飴玉を見たブルーちゃんにどうなっているのかと聞かれたが、口元に人差し指を当てて「冒険者の秘密だ」と笑って見せた。
「おにーさん、もういくの……?」
「ああ、リップちゃん。そうだね、そろそろ行くよ。今日はもう遊べないけど、陽が暮れる前にはちゃんと帰るんだよ?」
「そこは安心してええで、お兄さん。リップちゃんはウチが責任もって送ったる」
任せとき! と自身の胸をドンと叩いて言うブルーちゃんは頼もしい限りだ。
どうやらここに集まった子供たちはその場で解散するのではなく、いくつかのグループに分かれて皆で帰宅するのだとか。
俺知ってる。それあれだ、小学校の集団下校だ。
その後手を振ってくれるリップちゃんに見送られながら冒険者ギルドへと向かった。
すると、到着して早々に「子供に人気だな」とソドマスさんに声をかけられる。
「見てたんですか?」
「たまたまな。まぁ冒険者なんて普通は怖がられるもんだし、こんな平和な街じゃ騎士でもない武器を持ってる輩は特にだぜ? ま、好かれてるのなら悪いことはねぇよ」
それより、とソドマスさんが受付から身を乗り出してこちらを見る。
「今日は頼んでた依頼、受けてくれるんだろ?」
「はい。確か、街の外の森での調査ですよね? 調査くらいなら、他の冒険者の人でもよさそうな気はしますけど……確か数人は俺と同じ星3つがいるんですよね?」
そう聞くと、ソドマスさんは「それなんだが……」と少し言いづらそうに腕を組んだ。
「お前さんも知ってるとは思うが、星3つへの昇格条件は強さじゃねぇ。んで、うちに所属してる星3つは、戦力的には星2つに毛が生えたようなもんでな。恐らくだが、束になってもお前の方が強いだろうよ」
「……ははっ、流石に数で囲まれれば俺もどうなるかわかりませんって。それに『纏い』が使えても、技量で圧倒されるかもしれませんから」
ソドマスさんの言葉に苦笑を浮かべてみるが、彼は本当かぁ? と疑うような視線を向けて来る。
その視線に耐えられなくなった俺は、「そんなことより」と話を戻すことにした。
「その調査依頼についてなんですが、いったい何の調査を? 詳細までは聞いてなかったので今聞きたいんですが」
「おお、そういやその話だったな。ちょっと待ってろ」
一度受付を離れたソドマスさんは、後ろの戸棚の資料を物色し始める。
そして一枚の資料を手にして「これだこれだ」と再び戻ってきた。
「『泉の森』……ああ、この街の外にある森の名前なんだが、そこでちょっと問題があってな」
「問題、ですか? 魔物が異常発生していたりとか?」
「あー……魔物の数で言えば、全然だな。むしろいない」
「……はい?」
俺の反応を見たソドマスさんが、「当然の反応だわな」と肩を竦めた。
何でも先ほど話題にしていた星3つの冒険者たちからの報告だそうだが、依頼にあった魔物の討伐に向かってもその魔物の姿が見られなかったらしい。
それどころか、依頼の魔物以外の姿も全く見られなかったとのこと。
「……普段からそんなに平和な森なんですか?」
「いや『帰らずの森』に比べれば格段に平和ではあるんだが……まぁとりあえずは最後まで聞いてくれや」
続けるぞ、と手元の資料の報告内容を話すソドマスさん。
その状況を不審に思った冒険者は、そこから少し奥の方まで魔物を探しに赴いたらしい。
すると彼らが目にしたのは、倒壊した木々の数々だったとのこと。
まるで何かが暴れたような状態を見て、その冒険者は恐ろしくなって帰還したとのこと。
「……魔物、いるじゃないですか。平和とは呼べなさそうなのが」
「と思うだろ? そう思って俺も『泉の森』に行ったんだが収穫はゼロだ。木が倒壊した場所しか見てねぇんだよ」
ソドマスさん曰く、三日ほどかけて捜索してもそれらしい魔物の姿は見られなかったらしく、どうしたものかと考えている時に来たのが俺とのこと。
『帰らずの森』を主な活動拠点にしているボーリスの冒険者であれば、今回の異常事態について何かわかるかもしれないと思っての依頼なんだとか。
「他のギルドに助けを求めるとかしないんですか?」
「まあそれも考えたんだが、他のギルドから冒険者を呼ぶにも金がかかるんだよ。討伐してもらうだけならまだしも、調査までやってもらうならなおさらな。だからまずは、『泉の森』で何が起きているのか、その情報をまとめておきたい」
「……あの、俺も他所の冒険者なんですが?」
「いいじゃねぇか、ちょうどこの街に来てるんだしよ! 俺とお前の仲じゃねぇか。それに、他のギルドに要請するよりは安く済む」
「どストレートに言うなこの人……」
というか、まだ会って数日だぞ。
気持ちの良い笑みを浮かべて「頼むよ」と手を合わせるソドマスさんに呆れた俺だったが、その依頼を受注することにした。
依頼書にサインする俺を見て「流石俺が見込んだ冒険者だ!」とソドマスさんは笑う。
「褒めたって何も出ませんよ」
「いや本当に助かる。正直、うちのギルドだけじゃ手詰まりでな。『帰らずの森』でもソロで活動してるお前さんなら、何かわかることがあるかもしれねぇしよ」
「……まぁ、全力は尽くしますよ」
もし仮にそんな危険な魔物がいるというのなら、危険なのはこの街に住む子供たちやマーサさん達だ。
いないならそれでもいいのだが、調査そのものは念入りに調べる必要がある。犠牲になるのは、この街の人たちだ。
「一応の確認ですが、その倒壊した場所を確認したのはいつの話ですか?」
「今から一週間ほど前だな。住民には話を通して近づかないようには言ってる」
「わかりました。ありがとうございます」
受注した依頼の写しを背負い袋にしまって『泉の森』の地図を受け取った俺は、ソドマスさんに礼を言ってからギルドを出る。
暫くはこの依頼に専念した方がいいだろう。
「こうなると、あんまりリップちゃんとは遊んでられなくなるかなぁ……」
仕方のないことではあるのだが、「はぁ……」と空を仰いで森へ行く準備を始める。
大きな教会がある影響か、ボーリスに比べて治癒のポーションの品揃えが良いのはとても助かる。
「……よし。それじゃ、行きますか」
やがて準備を整えた俺は、もう一度だけ荷物の確認を行う。
そして『泉の森』の地図を手に、ハンルドの街を出るのだった。




