第107話:調査と邂逅
ハンルドを出て一時間ほど歩いたところにその森はあった。予想以上に近くてびっくりである。
一応森の浅瀬を暫くうろついてみたのだが、確かにソドマスさんの言ってた通りに魔物の姿が全く見られない。
念のためにともう少しの間浅い部分を歩いてみたが、結果に変わりはなさそうだ。
「言ってた場所は……この奥でいいのか」
持たされた地図に記された木々が倒壊しているという場所は、このまままっすぐ森の奥へと進んだところにあるらしい。
地図通りであれば、名前の由来となっている泉の手前だ。
「……かなり奥の方だな、これ。星3つでそこまで行けるとは、本当に平和な森なんだろうな」
もちろん一般の人たちからすれば魔物がいる森であることに変わりはない。
しかし冒険者……それも普段は『帰らずの森』を主な仕事場としている冒険者からすれば、同じような反応をするだろう。
『帰らずの森』で同じだけ進めば、恐らく星4つ……下手すりゃ5つが狩場としている場所になるはずだ。
辺りの様子を確認しながら森を歩く。
その間も魔力ソナーを周囲に飛ばして魔物の捜索を行う。
『探知』を使用してもいいのだが、いるかいないかだけの判断であればこちらの方が楽なのだ。
『探知』を使用するのは、ソナーで反応を見つけてからで十分だろう。
そして地図通りに進み、やはり一匹も魔物の反応が見られないことに首を傾げながらも目的地にたどり着く。
生い茂っていた木々で狭まっていた視界が一気に拓けた。
「こーれはまた……随分と暴れてるな」
倒壊した木々は根元から折れているものもあれば、どうやったらそうなるのかバラバラになったもの、または折れてはいないが木の一部に抉られたような跡が残るものなど様々だった。
確かにこれは、何かがこの場所で暴れていたように思える。それも結構な勢いでだ。聞いていた以上の暴れっぷりである。
「ん-……木の傷跡からして、それほど大きい魔物ではない、か。2メートルくらい?」
木に残された爪痕らしきものを見て考えるが、そうは言っても俺はこの世界に来てまだ半年ほどの新参者である。
知らないことの方が多いため確かなことは言えないが、それでも考えられることは口に出しながら調査を進めていく。
それから暫くは倒壊したエリアの調査を行ったが、ソドマスさんが言っていた以上の結果はわからなかった。
そろそろ陽も暮れる。
「仕方ない。続きはまた明日にしよう」
今回は倒壊したエリアの周辺を探ってみたが、次はもっと捜索範囲を広げてみることにしよう。
範囲は……この奥の泉のあたりまでにしよう。何気に泉って初めて見る気がするのでちょっとだけ楽しみにしていたりもする。
「しかし……何が起きてるのかねぇ」
今ハンルドの冒険者ギルドが確認している森の異変は、『正体不明の魔物が現れて、その姿が見つからないこと』と『泉の森の魔物がまったくいなくなってしまったこと』の二つ。
そしてこの二つの異変は何かしらの関りがあると考えている。それには俺も同意だ。
だがしかし、いくら何でもおかしすぎる。
「比喩でもなく、一匹も魔物がいないなんてことがあり得るのか……? ソドマスさんたちが発見できなかっただけで、小型の魔物は隠れていそうなものだが……」
人に見つからないように隠れている可能性も考えてはいたのだが、ソナーで探ってみた限りその可能性はないだろう。小型の魔物一匹すら見つからないとなれば異常と言わざるを得ないだろう。
「暴れた魔物を恐れて魔物が移動したか……いやそれにしても、一匹残らずってのもなぁ……」
んー、とその場で腕を組んで考え込みそうになるが、急がなければ日が暮れて宿のご飯にありつけなくなってしまう。
考えるのは宿に帰ってからもできるので、今日はソドマスさんに報告だけして帰ることにしよう。
時間短縮のため、森の入り口付近までは『転移』を使用する。
森には入らないようにと街の人たちに言ってるそうだが、念には念をと周囲に人がいないかどうか『探知』で確認を行った。
「……ん?」
そこでふと、何かを感じた……ような気がした。
自分でもよくわからない、一瞬感じたかもしれない、そんな感覚。
「ん-……気のせい、か」
念のためにともう一度だけ『探知』を使用して何かを感じた方向を探ってみたが、特に変な感覚はない。
地図に描いてあるとおり、泉らしき形が見えただけである。
とりあえず、また明日も調査に来よう。
そう考えなおした俺は『転移』で森の入り口付近まで一気に飛び、ハンルドに戻って事の次第をソドマスさんに報告するのであった。
◇
「引き続き調査を頼む、ねぇ……まぁもともとそのつもりだったが。にしても、いいように使われてるなぁ俺」
まぁいいけど、と頭の後ろで手を組んだ。
冒険者なんだし、受注した依頼内容が実際のものと違わない限りは文句を言う立場にはない。頼まれはしたが、最終的に受注したのは俺の判断だからな。
それに調査はまだ何も進展していないんだ。原因を突き止めない限りは、俺だって安心してこの街から出られない。ボーリスに帰るまでには何とかしたいものである。
「しかしソドマスさん、話が長いって……魔力のソナーくらい、使えてもいいだろうに」
魔物が一匹もいないことについても考えていたが、それ以上に俺の魔力のソナーについて興味を示したソドマスさんである。
あれで国レベルで有名なマリーンから教わったと知れば、きっと更に追求されていただろう。なので、彼には独学で習得したと伝えた。
「お前さん、俺の予想以上にすげぇな」と驚いた表情を浮かべた彼が印象的である。
「まだ宿で飯、食べられるか?」
空を見上げてみれば、すっかり陽は暮れてしまっている。
宿の女将さんには飯時までには戻ると言ってるのだが、果たしてこれは間に合うのだろうか。場合によっては、その辺の屋台か居酒屋で食べた方がいいかもしれない。
急げ急げと速足で宿までの帰路を急いだ。
「――ぃょ!」
「ぅ――ぇ! ぉ――ろ!」
「……ん?」
宿に向かう途中。
通り過ぎようとした道の奥から、かすかに誰かの声が聞こえた。
痴話喧嘩でしているのかと一瞬頭に過ったのだが、それにしては一方の声がまだ幼いようにも感じた。
足を止めてその道を覗き込むが、既に日暮れで道は建物に挟まれた細い道。奥の方は暗くて何も見えなかった。
「『探知』」
魔法の発動を感じ取れる者がいても、これであれば魔力ソナーだと言い張れる。
そのまま奥で何が起きているのかを把握してみると……見えたのは、大の大人が三人がかりで子供一人を袋詰めにしようとする様子だった。
「っ……!」
思わず『纏い』まで使用して奥へと駆け出す。
少し行った先の狭い路地裏。
そこにいたのは『探知』で確認した三人の男と、そのうちの一人が肩に担いだ子供一人入りそうな蠢く袋だった。
「あん? 何だお前」
「今そこで、何をしてたんだお前ら」
腰に携えた剣の柄に手を添えながら聞けば、三人の男たちはお互いに目配せを交わした。
念のため、俺の背後以外の逃走経路を『分隔』の壁で潰しておく。
「別に、何も? それよりこんなところにいると危ないぜ? さっさと帰った方が身のためだ。最近は物騒だしな」
「へぇ……それはそれは。物騒な奴らが何か言ってら」
袋を担いだ男がとぼけてみせるが、代わりに俺は剣を抜いて脅しをかける。
「今すぐ、その袋に入った子供を開放しろ。今なら、ボコして衛兵に突き出すだけにしてやる」
「おーおー、優しいことだ。なら……ここで死んどけやぁ!」
袋を担いだ男が頷くのと同時に、他二名は腰からダガーナイフを抜き放ってこちらへと駆け出した。
襲い掛かる男二人に対して剣を構える。
「バカめ! こんな狭い場所で、それは不利だって知らねぇのかよ!」
「知ってるに決まってんだろうがアホめ」
剣を構えた状態のまま剣だけを手放す。
俺の行動を目にした男二人は、「は?」と一瞬だけ動きが鈍った。
直後『纏い』の強化をかけ、二人まとめて回し蹴りで叩き潰す。
「……は?」
そして仲間二人が一瞬でやられた様子を見たのだろう。
袋を担いでいた男は唖然とした表情を浮かべるが、俺と目が合った途端さらに奥へと駆け出そうとした。
しかし、そこはすでに『分隔』で封鎖済みだ。
「な、なに……!? 何で進めねぇんだ!?」
片手で見えない壁を何度も何度も叩きつける男。
そんな男の背後へと歩み寄った俺は、笑みを浮かべてその肩に手をかけた。
「ヒィッ!?」
「逃げられると……思ってんじゃねぇぞゴラァ!!」
無理やり男を振り向かせた俺は、その無防備な腹に向けて思い切り膝を叩き込んだ。
ドムッ!! と鈍い音と共に白目を剥いて崩れ落ちる男から袋を奪取した俺は、その場から少し離れて紐で結ばれた袋の口を開いていく。
『探知』でも見たが、やはり子供が誘拐される現場だったようだ。
「さ、もう大丈夫だ。悪い奴はお兄さんが退治したからな。だが君も、こんな暗い中を一人で出歩いたりしたら――」
パサリ、と袋の口が開き、中から子供が顔を出す。
袋から出てきたその子供は、呆気にとられたような表情を浮かべたまま桃色の瞳を俺に向けていた。
そしてその子供――少女の顔を見た俺も、それ以上の言葉を紡げず固まってしまう。
よく見知ったその顔に、ポツリとその名を呼んだ。
「……リップちゃん?」
「……す、すごい、のだわ……!」
嚙み合わない会話に、訳が分からず首を傾げる。
ただ一つわかるのは。
この日、宿でのご飯にはありつけなかったという事実だけであった。




