第108話:レオタイガ
「確保に失敗しただぁ?」
「は、はい……も、申し訳ございません!」
地に伏せ、頭を地面に擦りつけて謝罪の言葉を口にした男の声が震えた。
次に飛んでくるのは叱責の言葉などではなく、獣のような刃ではないかと、ただただその恐怖で身を強張らせていた。
しかし男の予想は外れ、己が頭を下げた相手は残念そうに「はぁ……」とため息を零す。
「原因は?」
「っ!? は、はい! 確保した際に冒険者らしき男に乱入されてしまい、確保に動いた三人は捉えられて衛兵に突き出されました。も、もちろん! 雇った三人には我々のことは話していませんので、こちらの情報が漏れることはありません!」
「冒険者ぁ? おいおい、この街の冒険者なんざ取るに足らねぇ雑魚ばっかだろうがよ。唯一の例外はあのギルドマスターだが、わざわざ暴れてやった『泉の森』の件で今は動けねぇはずだろ」
話を聞く姿勢になった相手を見て、もしかしたら、と希望を見出した男が捲し立てる。
そして相手がギルドマスターについて興味を示したとみるや、男は「ええ、ええ!」と必死に言葉を紡ぐ。
「そうです! ギルドマスターの男には今でも監視を付けていますが、以前森の調査に出てからはギルドに引きこもっています! 恐らくは手詰まりなのでしょう、こちらの動きを気にする様子はありません! ただ一つ気になる点がありまして……」
「……なんだぁ? 早く言えよ、その気になることを」
「ああ、いえ。ただ、その点については未だ不明確ですので、今後しっかりと調査をしたうえでご報告させていただければと思います! ですので、暫しこの私に時間をいただければと……」
どうかお願いします、と必死の形相を浮かべたまま、再度頭を地に押し付ける男。
そんな男の姿を見た相手は、つまらなさそうに「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「勝手に調べろ。行け」
「あ、ありがとうございます!!」
相手の許可を得ることができた、と男は安堵の溜息を内心で吐き出すとそのまま部屋の外に向かって駆け出した。
あんないつ暴走するかもわからない相手といつまでも話していたいとも思えない。
それに今回は運がよかったものの、もし相手の虫の居所が悪ければその場で首を落とされていてもおかしくはなかった。
「(ハ、ハハッ……! よし、よし……! 何とか切り抜けた! あとは調査に出てそのままトンズラすれば……!)」
一度失敗した身の上だ。突然気が変わったと言って殺されてもおかしくはない。
ならば必死に口を動かして得たこのチャンスを活かさないわけにはいかないだろう。
聖騎士でも、ましてや神官でもない、ただ聖女神国の人員としてこの場にいるだけの身分。聖女への信仰心よりも己の命の方が余程大事だ。
まずは逃亡のための準備を、と男は駆け足で部屋を出る。
ザンッ、という音と共に、男の体が前に倒れた。
「やっぱ気が変わったから殺すわ」
「……は?」
何が起きたのかと、男は己の体を見下ろした。
見下ろしてしまった。
見下ろさなければ、己の体から切り離されてしまった両足を目にすることはなかったというのに。
「イ……ィギャァァァァァァァァアァァアアアァァァ!?」
「あーあー、うっせぇな。黙れねぇのかよ」
己の状態を認識した途端、急な激痛が男を襲った。
悲鳴を上げて体から液という液をまき散らしながら、それでもその場から離れようと手を使って前へ前へと進む男。
しかしそんな男の背中を部屋から出てきた男が踏みつける。
「ナ、ナンデぇ!? ナンデェエェェ!?」
「何で? せっかく森の魔物を駆除して、暴れて、冒険者共の目が街中に向かないようにしてやったってのに、それを無意味にしたからだろ? そんなこともわからねぇのかよ、あ?」
「ヒィッ!?」
己を踏みつけている相手を振り返った男が見たのは、まるでゴミを見るような冷めた目だった。
口の端からヒュー、ヒューと空気が漏れ出る。
直後、男の背中に刃が突き入れられた。
「イギィィィァァアアアアア!?!?」
「うるせぇな、まだ元気なのかよこいつ」
声を上げる度に、男の背中に何度も何度も刃が突き刺さる。
そうして十数度目にもなると、男は声すら上げなくなり、二十を超えるとピクリとも動かなくなってしまった。
「……チッ、漸く静かになりやがった。使えねぇゴミが」
そう呟き、背中に突き刺していた手甲鉤を引き抜いたのは2メートルを超える体躯を持った男だった。
荒々しく見える顔立ちは、短く刈り上げられた金髪も相まって野性的な印象を与えるだろう。
クルリと踵を返して部屋へと戻る巨漢。
しかし彼はニヤリと凶悪な笑みを浮かべると、部屋の外へと放置した死体に向けて己の武器である手甲鉤を振るった。
「『飛剣』」
普通であればヒュンッと空気を裂く音がするだけであろう動作であるが、男のそれは音だけではなかった。
男が手甲鉤を振るったことで発生した不可視の刃が、空気を斬り裂きながら部屋の外に放置されていた男の死体へと突き進む。
そして数瞬後、死体は血飛沫を上げてバラバラに飛散した。
「片付けろ」
「は、はっ、お任せを」
その様子もつまらなさそうに見届けた男は、すぐ近くにいた神官に後片付けを任せた。
先ほどの男の死に様を見たことで一瞬体を強張らせた神官の男であったが、何がトリガーになるかわからないためすぐさま行動に移した。
そして手甲鉤をつけた巨漢は気怠そうに肩を回しながら、ドカリとチャーチチェアへと腰を下ろす。
そしてまた別の神官達へと言葉を投げかけた。
「おい、お前ら」
「っ!? は、はい! 何でしょうか!」
不幸にも、目が合った一人が答える。
「余計なことを喋る前に、確保に動いていたゴミ共は殺しておけ。それと、さっきの奴が言ってた冒険者について調べてこい」
「冒険者……ですか?」
そう言って首を傾げた神官だったが、直後に己のすぐ傍の床がザンッ! という音と共に三本爪の形に抉られた。
それを見て、神官は冷や汗を流す。
「俺がやれと言ったら、黙って頷いてやりゃいいんだよ。いちいち疑問を挟むんじゃねぇ」
「も、申し訳ありません……すぐに調べます」
「それでいいんだよ。さっきの役立たずが言うには、目的のガキはその冒険者が保護してるはずだ。どんな手段を使ってでもガキをここに連れて来い」
わかったな? と威圧するような言葉に対して、複数人が駆け足でその場から去っていった。
既に死体も片付けられ、目障りなものがなくなった部屋の中。
一人その場に残ったその男は、部屋の中央に設置された聖女像を見上げた。
「我らが師のためならば。このレオタイガ、必ずや期待に応えて見せましょう」
手甲鉤が装着された腕を胸の前に掲げて跪く。
「聖女の……チッ、聖女様のために」
感情の籠っていないような口調でそう締めくくった男――レオタイガは、立ち上がって部屋を出る。
己の師から下された任務は、とある子供の確保であった。
だがその子供は、母親の邪魔が入ったことで逃げられてしまった。
「……チッ」
思い出して、舌打ちするレオタイガ。
母親は逃げた子供に対する人質になるからと、殺すのを部下の聖騎士に止められたのだ。代わりに己を止めた聖騎士を殺して留飲を下げたが、それでも虫の居所は悪い。
「……まぁいい。いずれは贄となるんだ。師の役に立つなら、俺は何だってやってやる」
近くの壁をギリギリと手甲鉤で傷つけながら歩く。
聖女神国親衛隊序列2位、レオタイガ。
それが彼の肩書であった。




