第109話:そっくりな少女
「な、なぁお嬢さん? そろそろ、俺のローブから手を離して帰らないかい? 親も心配してるだろうし……」
「……」
「うーん、困ったなぁこりゃ……」
俺のローブを掴んで引っ付くように歩く少女にため息を吐く。
誘拐犯三名を衛兵に突き出した後、俺は保護した少女を送り届けるためにどこに住んでいるのか、親はどこにいるのかと質問を続けたのだが、初めて顔を合わせたときに何かを呟いたくらいでそれ以降はまったく口を開かないときた。
何か聞こうとしてもローブを握りしめるだけではなく、ローブ越しに抱き着いて離れない。おまけにもう一度衛兵のところに行って少女を預かってもらおうかとも考えたのだが、いざ向かおうとすれば必死にローブを掴んで抵抗してくる始末。
力づくで連れて行くことも可能ではあるのだが、それは最終手段だ。できるだけ穏便に解決したい。
だがしかし、本当に訳が分からない。
先ほどまで誘拐される寸前だったのだ。早く親元に帰って安心したいのが普通だと思うのだが、それはまた別問題ということなのだろうか。
これだけ帰宅を嫌がってる様子を見せられると育児放棄や親からの暴力が考えられるのだが、パッと見た感じそれらしき様子もない。
では何故なのかという話に戻るが、少女が話してくれない限りは何も解決しないのである。
どうしたものかと空を仰ぐ。
すると、クゥ~という可愛らしい音がすぐそこで鳴った。
音の発生源であろう少女の方をチラと見れば、少女の顔は暗くてもわかる程赤く染まっていた。
そしてもう一度同じ音が少女のお腹から鳴る。
「っ……」
俺のローブから手を離すつもりはないのか、片手で自らのお腹を押さえる少女。
しかし少女の行動を知ってか知らずか、お腹の虫は自重する気はないらしく再度可愛らしい音を響かせる。
それでも無言の少女を見て俺はもう一度ため息を吐いた。
もう今から帰っても宿の飯には間に合わないだろう。なら、もう外で済ませるしかないわけだ。
「なあ、お嬢さん」
ローブを掴まれたままではあるが、振り返って少女と向かい合って膝をつく。
そして少女の目線よりも少し低くして、少女が俺を見下ろせるような形をとった。
「お兄さん、今からご飯食べるんだけどさ。人と一緒に食べるご飯はおいしいから、よければでいいんだけど一緒に食べてくれないかな?」
どうだろうかと問いかけてみると、俺を見つめる少女の桃色の瞳が二度ほどパチクリと瞬きする。
そして少しだけどうしようかと逡巡して見せた少女だったが、四度目の虫が鳴いたことでコクリと頷いたのだった。
◇
「焼き立てみたいだから、ちゃんと冷まして食べようか」
ほら、とまだ営業していた屋台で買った肉の焼き串を、ベンチに座った少女に手渡した。
何度か俺と焼き串を見比べると、そっと手を差し出してきたのでその小さな手に一本握らせる。
ペコリと頭を下げた後、少女が焼き串に口を付ける。感謝の礼……でいいのだろうか。
「(にしても……本当によく似てるよな)」
俺も肉の焼き串にかぶりつきながら横目で少女の様子を見る。
髪は結んでないのだが、金髪やその顔立ちはリップちゃんの生き写しと言っても過言ではない程にそっくりだ。コピーやクローンと言われても納得できる。
違いと言えるのは……身長と瞳の色。あとはめちゃくちゃ汚れていることくらいだ。
年齢はリップちゃんよりも少し上に見える。
あとはリップちゃんの瞳が赤いのに対して、この少女の瞳はよく見れば桃色だ。この少女が赤のカラーコンタクトをして少し幼くなれば、リップちゃん本人だと言われてもわからないだろう。
「……っ」
こちらの様子を伺おうとしたのか途中で少女とバッチリと目が合ったが、即座に目を逸らされてしまった。
そろそろ何か話してもらいたいのだが、この様子ではきっと話すことはないだろう。
できるだけ警戒心を抱かせないように接していたつもりだが、何か怖がらせるようなことをしただろうか。
「(袋の中だったし、俺が戦っているところを見たってことはないだろうが……いったい何が原因だ?)」
自らの行動を振り返ってみても特に何かをした覚えはない。暫く考えてみたが、これ以上は意味はないだろうと別のことに思考を割く。
考えるべきは……この娘のことだ。
「(見た目からして貴族とか、お金持ちの子供には見えないんだよなぁ)」
チラと再び少女を見る。
服装はリップちゃんやブルーちゃんが着ているような服装だ。見た目が地味なだけで素材は最上級ということもない。貴族の子供がお忍びで街に来ていた、なんてことはないだろう。
まぁその場合は隠れて護衛している奴がいるはずだし、あの程度の相手に誘拐される、ということにもならないはずだ。
そうなると親がすごく偉い人とか、お金持ちという線が消える。
では本当に、たまたまこの少女が誘拐の標的になってしまっただけ……ということになるのか?
こんな時間に一人でいた少女を狙っただけ……?
「(……ダメだな。最近想定外の事態が多すぎて、何でもかんでも疑ってしまいそうになる。誘拐されそうになった直後なんだ。そりゃ見知らぬ大人を相手に話したいとは思わないだろうし、衛兵のところに行くと言われて別のところに連れていかれるかもって考えても仕方はない)」
……なら何で俺にしがみ付いたり、こうして肉串を奢られて大人しく食べたりしてるんだろうなぁー。
なるほど、全然わからん。
「……これ以上は考えても仕方がないか」
「……」
「お、食べ終わってたか。いやぁ、やっぱ一人で食べるよりは誰かと一緒の方がいいな! ありがとう、お嬢さん」
「……べ、別にいい……のだわ」
「……っ!?」
キャーシャベッター!? などと内心で驚きながら少女を見れば、少し恥ずかしそうに俯いて食べ終わった串をこちらに差し出してきた。
とりあえず串を受け取り、自分の分も含めて購入した屋台に串を返却して少女の元に戻る。
そして少女の隣に腰かけて問いかけた。
「俺はトーリ。見ての通り、剣士の冒険者だ。決して怪しい者じゃないから安心してくれ」
ほらこれ、と三ツ星が描かれた鉄の冒険者証を少女にみせる。
これが怪しくない証明になるのかはわからないが、何もないよりはましなはずだ。
しかし俺の冒険者証を見て、再度俺の方を見た少女は、ベンチから飛び降りて俺から距離を取った。
「あれ、急にどうし――」
「う、嘘なのだわ……!」
「……はい?」
「嘘を吐く大人は……し、信用できないのだわ……!」
踵を返してどこかへと駆け出そうとする少女。
その背中に手を伸ばし、待ってくれと言おうとしたその直後だった。
「フギャッ!?」
小さな悲鳴と共に、駆け出した少女が突然倒れ込む。
その際、ゴチンと無視できない鈍い音が響いたため、慌てて倒れた少女の元へと駆け寄った。
「だ、大丈夫か!?」
「キュ~……」
頭から倒れてうつ伏せになっている少女を抱き起してみれば、額にたんこぶを作り目を回して気絶していた。
頬を軽く叩きながら声をかけてみるものの、目を覚ます様子はない。
「参ったな……このままにするわけにもいかないし……かといって、俺の宿に連れ込むのにも問題しかねぇ……」
こんな見ず知らずの子供を連れ込んだと街の人たちに知られれば、せっかく得た信頼を失いかねない。
かといって、先ほど誘拐されそうになっていた子供を放置にもできないし、その子の名前も住む場所もわからないときた。
「……仕方ない、か」
考えた末に俺は少女を抱き上げ、できるだけ怪我に響かないように運ぶ。
少し歩いて目的地に到着した俺は、申し訳ないと思いながらもその扉をノックした。
「すみません、トーリです。マーサさんいらっしゃいますか?」
俺が来たとわかるように声をかけると、「ちょっと待っててね」と扉越しにマーサさんが返答してくれた。
そしてマーサさんが扉を開けて出てくる。
「トーリさん、いったいどうし――あら? リップちゃん? ……あれ?」
俺の腕の中で気絶している少女を見て目を真ん丸にして驚くマーサさんは、一度家の中を振りかえった。
マーサさん越しに中を覗くと、中でゴーザさんと遊んでいるリップちゃんの姿が見えた。
「すみません、こんな時間に。この子のことで、少し御相談したいことがありまして……」
よろしいでしょうかと申し訳ないと思いながら尋ねれば、目をパチクリさせているマーサさんが「とりあえず中に入って」と俺たちを招き入れてくれた。
それから数秒後、少女の姿を見たリップちゃんとゴーザさんの驚きの声が家中に響いたのは想像に難くはないだろう。




