第91話:『狂い手』メイトーリー
「グッ、ガッ……!? ガァアアアアアアアアアァァァァァァァァ!?!?」
「ワ、ワンダ!? どうしたんですか!?」
突如ワンドを落とし、胸を押さえて苦しみだしたケセラを前に、ミラディンガが何事かと彼の名を呼んで駆け寄ろうとする。
しかし彼が苦しみだすと同時に『写し身の聖杯』から零れた光を見てその足を止めた。
「な、何だこれは!? 何が起きている!」
誰もが天井の『写し身の聖杯』に視線を向ける中、教師の一人が声を上げる。
しかしその問いに答えられる者がいるはずもなく、不気味な黒い光は瞬く間にケセラとミラディンガが立つステージを覆い尽くしてしまった。
「ど、どうなってるの……?」
「さ、さぁ……何が何だか……」
「え、あれどうしたの? ケセラくん大丈夫なの!?」
教師たちの騒然とした雰囲気に、観客席に座っていた生徒達が不安の声を上げ始める。
最初は数人ばかりだった声も、慌てる教師たちの姿を見て徐々に大きなものへと変貌していった。
「マリーン、ケセラくんに何が起きているかわかるか?」
「……たぶん、魔力暴走。でも、あれは魔力の制御が難しい小さい子供にしか起きない」
「となるとその魔力暴走とは別物か、あるいはケセラが無理やりそうさせられてる……と考えた方がいいか?」
俺の言葉に頷いたマリーンを見て、そうかと立ち上がる。
そしてできる限り精一杯の声を張り上げた。
「観客席にいる生徒はすぐこの演習場から避難しろ! 繰り返す! すぐここから出ろ!」
「ど、どういうことだよ!? 何かヤバいのか!?」
「そ、そうです! それに、ケセラくんはどうなってるんですか!?」
「おい、押すなって!? 危ないだろうが!」
対応が追い付いていない教師たちに変わって生徒たちの避難誘導をしようとしたのだが、いきなりの事態に混乱する生徒達も何故だ何でだと動いてくれそうにない。
それどころか、いきなり指示してきた俺に対して反抗的な態度の生徒達が多いようにも見える。
「まずい、対応を間違えたか……?」
「静かに」
騒ぐ生徒達をどう落ち着かせようかと逡巡していると、不意にマリーンの一言と共に冷たい風がゴウッと吹いた。
その風を吹かせた魔法使いに生徒たちが一斉に目を向ける。
「……大丈夫。落ち着いて。後はボク達に任せる」
「マ、マリーン先生が、そう言うなら……」
マリーンの静かな声が通る程に落ち着きを取り戻した生徒たちは、そう言って焦らず、しかし素早く出入り口へと向かって行く。
そして演習場にいた生徒全員が会場を出たところで、マリーンに礼を言う。
「ありがとうマリーン。それで、どうするよこの状況」
眼下のステージに目を向ければ、何人かの教師がステージを覆う黒い壁のようなものを破壊しようと魔法を撃ち込んでいるが効果があるようには思えない。
幸い、中の様子はうっすらと確認はできる。今のところミラディンガは閉じ込められただけで何もないようだが、まずいのはケセラの方だ。
「グゥッ……!? ヌグゥァッ……!!」
「ワンダ! しっかりしてください、ワンダ……!」
彼の傍へと駆け寄ったミラディンガが必死に声をかけるが、それでもケセラは呻き声を上げて頭を抱えたまま蹲っている。
その様子を見ていた教師たちは、何とか壁を破壊しようと更に魔法を撃ち込んでいく。
しかし、そんな彼らをあざ笑うような声が演習場に響いた。
「ふふっ……無駄ですよ。その程度で壁は壊れませんから」
「っ!? 誰だ!!」
エコーがかったような声に一人の男性教師が反応して見せると、彼らを笑った声の主は「ここですよ」と俺たちとは逆側の観客席に姿を現した。
「っ……君は、パラススくんじゃないか。どうして君がここにいるんだい?」
真っ先にその人影の名を呼んだフェイルさん。
俺が知る中でもっとも警戒に満ちたその声に驚いていると、隣にいたマリーンも目を見開いていた。
「マリーン、知ってる奴か?」
「……魔道具師の先生。辞めてる人」
「ていうと、あの『写し身の聖杯』やらを作ったって先生か」
コクリと頷いて見せたマリーンを見て、再度向かい側に現れた人物を見る。
白いローブを身に纏った女だ。
ボサボサの長い髪に、よく見れば隈があるようにも見える顔。
「おや、マリーンさんもいるんですか。お久しぶりですね」
優し気な笑みを浮かべて言う女だが、それに対するマリーンの返答は杖を向けることだった。
無言で向けられたその杖を見て、そのパラススと呼ばれた女は「口数が少ないのは、相変わらずのようですね」と肩を竦めてみせる。
「速く質問に答えたまえ、パラススくん。もはや教師でもない君が、どうしてこんなところにいるのかな?」
「おや、モルガル先生。ここは私の母校でもあるんですよ? 来てはいけない理由があるんでしょうか?」
「随分と白々しいじゃないか。突然姿を眩ませたのは君の方だろ? この学校に、教師としての君の席はもうないんだ。わかったなら、すぐにこの壁を解除して去ってくれたまえよ。私たちはケセラくんの治療を急がなくちゃならないんだ」
シッシ、とパラススを追い払うように手を振るうフェイルさん。
そんな彼女の行動に、「随分と冷たいですね」とパラススは笑みを崩さず首を振る。
「まぁいいでしょう。別に私も、仲良くするために来たわけではありませんから。ここにいる理由でしたね? 見ての通り、この状況を待っていたんですよ」
「これを……?」
フェイルの疑問に「ええ、そうです」と首肯するパラススの視線を追えば、壁の内側で蹲るケセラとその傍で必死に声をかけているミラディンガの姿があった。
瞬間、その壁の向こう側の魔力が膨れ上がっていく。
反応元は……ケセラ本人……!
「ミラディンガ! そこから離れろ!!」
「無駄ですよ。内側からはこちらの様子も、声も認識することはできませんからね。うんうん、『写し身の聖杯』に組み込んでから随分と経っていましたが……流石私の魔道具。問題なく作動してくれたみたいです」
「トーリはここにいて。『激流槍』」
杖を構えたマリーンが観客席から飛び降りながら魔法を行使する。
ケセラが使用していた『水槍』よりも巨大で、渦巻く水の勢いが激しい槍が数十本生み出され、そして真っ直ぐに壁に向かって放たれた。
しかし、マリーンの放った魔法でさえその壁を破ることはできずに阻まれる。
「無駄ですよ。その壁はいかなる魔法すらも通しません。例えモルガル先生の魔法でも、中にいるミラディンガさんの新たな魔法でも、ね? しかしマリーンさんの魔法も防いで見せる……やはり私の魔道具は素晴らしいですね」
「だったら……!」
剣を抜き、『纏い』で強化した体で観客席から飛び降りた俺は、そこから一足で向かい側の観客席にいるパラススの元まで跳んだ。
壁がどうにかならないというなら、その実行犯を叩けば解除されるはず。
こんな大勢の前であからさまに空間魔法を使うことはできないが、魔道具がすごいだけの元教師であれば『纏い』だけでも何とかなる……!
「悪いのですが……」
躊躇うことなくパラススと呼ばれた女に向かって剣を振るうが、ガキン、と何かに阻まれた。
「いぃっ!? そんなのありかよ……!」
「接近戦の対策をしていないわけがないでしょう?」
「ビックリでドッキリなメカかよお前……!!」
パラススのローブを内側から食い破って出てきた腕のような何か。
何かの金属でできているようにも見えるその腕は、機械仕掛けの絡繰りのような動作で俺の剣を掴み取っていた。
「その『纏い』……ああ、あなたがミラディンガさんに教えていた先生ですね。なるほどなるほど……あなたが原因の一人でしたか」
「初対面のくせに、何を言ってんのかねぇ……!!」
こっそりと強化の倍率を上げながら剣を掴む腕を振りほどこうとするが、これがなかなか外れない。
縛りを辞めて本気の『纏い』を使うことも考慮するかと頭に過り始める。
「なら、殺しておきましょう」
「はっ……?」
何でもないことのように笑みを浮かべた女のローブから、もう一本の腕が生えた。
そしてその腕の先端が俺に向けられる。
「試作ですが……まぁ、剣士一人程度。殺すには十分でしょう」
「まっず……!?」
まるでどこかの化物が口を開いたかのように上下左右に分かれた腕の先端。
その中心に設置されていた魔法陣のようなところから、俺に向けて特大の魔力の奔流が放たれるのだった。
◇
「トーリッ!!」
パラススが放った膨大な魔力の奔流が拘束していた剣士を呑み込み、そのまま演習場の壁に大穴をあけて空の彼方へと消えていく。
「おや、消し飛ばしてしまいましたか……? 流石私の魔道具。試作でしたが、なかなか良い出来です」
「よくも、トーリを……!」
「ん? どうしたんですかマリーンさん。そんなにムキになるなんてあなたらしくもない。まさか、今の彼とは恋仲でしたか? だとすれば、剣士なんてやめておいた方がいいですね。あなたにはもっと相応しい魔法使いがいるはずです。そう考えると、やはり私の魔道具は良い仕事をしました」
「っ……!!」
本気でそう思っているのだろう。
淡々と自画自賛しているその女に普段では見せないような目を向けたマリーンは、一歩進み出て杖を構えると自身の周囲にいくつもの魔法を展開した。
一つ、また一つと数を増やしていく魔法とマリーンの怒りによる圧で、周りの教師たちは一歩引き下がる。
「待ちたまえ、マリーン」
だがそんな中でも一人、マリーンに待ったをかける者がいた。
「っ、先生どいて。殺せない」
「君にしてはえらく物騒だが……そう怒らなくてもいい。彼は生きてるよ」
どかないなら先に先生を……と魔法の一つをフェイルに向けたマリーンだったが、その一言で足を止める。
そして本当? と顔を窺う彼女に、フェイルは笑顔で「もちろんだとも!」と自信満々に言い切った。
「……わかった。先生を信じる」
「何を言い出すかと思えば……モルガル先生、老眼に良く効く薬草でも送りましょうか?」
「結構だ。これでもまだ若いからねぇ! それに、彼が生きているのは本当だよ。クシシッ……君の魔道具、欠陥品なんじゃないかな?」
「……ふふっ、まぁいいですよ。それに生きていたとしても、あれほどの魔法を直接受けたんです。暫くは動けませんよ」
フェイルの煽るような言葉に笑みを崩したパラススであったが、それもほんの一瞬のこと。
すぐに優し気な笑みを浮かべたパラススは、そう言って再びステージのワンダへと目を向ける。
「何が目的なのか。そう聞きましたね? 何も知らないというのはかわいそうですから、それくらいは教えてあげてもいいですよ?」
「ほう? そちらから話したいというなら、是非聞かせてもらおうじゃないか。テキパキと簡潔に、かつ分かりやすく言ってみたまえ」
速くしたまえ、と続きを促すフェイルに呆れたような目を向けたパラススであったが、肩を竦めて仕方ないという表情で続けた。
「ティラ・ミラディンガの体の確保。それが私の目的ですよ」
「……何だって?」
その一言に怪訝な様子を見せたフェイル。
それは話を聞いていた他の教師たちも同じなようで、皆一様に首を傾げていた。
そんな彼らの反応を見て、うんうんと満足げにパラススは頷いた。
「ふふっ……今日まで彼女の才能に気付かなかった愚鈍なあなた達とは違って、私は彼女の才に気付いていたんですよ。よく相談にも乗っていましたから、属性判定の魔道具に偶然を装って触らせることは簡単でした」
「ぞ、属性判定の魔道具だってぇ!? 何故この私に、そんな便利な魔道具を教えなかったのかな君ぃ!?」
「言うわけないでしょ。魔道具はその性能を十全に発揮することが使命ですが、私の作った魔道具は私のために使われるべきなんです。ああ、失敗作はお譲りしますよ? 『阻塞壁』も失敗作ですが、役に立っているでしょう?」
まさか……とその魔道具の名を聞いて周囲の教師が驚きの声を上げ、フェイルはぐぬぬ……と悔しそうに唇をかむ。
その様子を見ていたパラススは小さく笑うと「話を戻しましょうか」と続ける。
「属性や魔法の才能と言うものは血に宿ると言われていますが、私から言わせてもらえばそれは少し違います。魔法とは、その者の肉体、そして魂にも由来するもの。であれば、特別な魔法を扱う者の肉体を使えば、それに由来する魔道具が作れるはず」
「まさか君……ミラディンガくんの体で魔道具を作るために……?」
「ええ、はい。もちろんその通りです。彼女の体は、その指先から髪の毛一本、内臓も骨も脳も全てを余すことなく使わせてもらいますよ。そのための場所と環境も、ちゃんと確保しましたので。ふふ……どんな魔道具を作るか、今からワクワクがとまりません」
嬉々としてそう言ったパラススを信じられない狂人を見る目で見つめるフェイルたち教師陣。
中にはその様を想像してしまったのか、気の弱い教師がその場で蹲ってえずいた。
「……そこまで狂っていたのか、君は」
「元々こうですよ。私がこの学校から消えたのも、すべては彼女がきっかけでしたから。教師という身分は私にとってあまりにも窮屈で綺麗なだけのゴミでしたし、ちょうどよかった」
面倒なしがらみも多くて飽き飽きしていましたよ、とパラススはフェイルたち教師陣に清々しい笑顔を向けた。
「教師に比べれば、今の私はまさに自由です。勇者様のためと言えば喜んで魔道具の実験台になってくれる人材に、どんな魔道具を作っても咎められない環境。資金調達は自分でやらなければならないのが難点ですが……まぁそれくらいは我慢しましょう。失敗作を売れば済む話ですしね」
「ほう? 今は別の立場にいるとでも言うのかな? 君を受け入れるとは、きっと頭がおかしい集団なんだろうねぇ!」
「……そう言えば、今の私の立場ではちゃんと名乗ってはいませんでしたね」
フェイルの皮肉めいた言葉を無視したパラススは、更に二本、背中からローブを破って腕を生やした。
計四本の腕をガシャガシャと動かしたパラススは、「では改めまして」とにっこり笑う。
「勇者教三大枢機卿が一人、『狂い手』メイトーリーと申します。よろしくお願いしますね?」




