第89話:『奥の手』
ぞろぞろと三年生たちが眼下のステージに現れる様子を、俺は観客席でマリーンと一緒に見学していた。
フェイルさんは他の教師と一緒に審査員席の方にいるため別行動だ。
「あ、マリーン先生だ! せんせーい! 私頑張りまーす!」
入場してきた生徒たちは周囲の観客席をキョロキョロと見回しているのだが、そんな中で何人かの生徒達がマリーンに向けて手を振っている。
「知ってる生徒か?」
「ん。ボクの講義を受けてた。あと、『奥の手』の相談も」
「なるほど」
ところで、その生徒が「お幸せにー!」などと叫んでいるの、早く辞めさせてほしいんですが?
こっちを見ていなかった生徒までこっちを見てるんですが?
「……ぶい」
「ぶい、じゃないのよ」
生徒たちに向けてピースしているマリーンの側頭部を小突けば、何人かの女子生徒が黄色い声を上げていた。
……逆効果だったか。
「こらそこ、静かに! これから披露会が始まるんだ、もっと緊張感をもって臨まないか!」
救世主現る。
俺のイメージにある体育教師みたいにごつい男の教師が、生徒たちの前に立って沸き立つ生徒達に喝を入れていた。
こっそりとマリーンに誰なのか聞いてれば、彼はポーション作成の先生らしい。
あの筋肉、講義では使わないのか……と思ったが、意外にも材料となる薬草の運搬で使っているそうだ。
ほらそこぉ! と大きな声で生徒達を整列させるその姿に、学生時代に見た学年主任の先生の姿を思い浮かべてしまう。
あの時も、傍から見ればこんな感じだったんだなぁと物思いにふけっていると、何人かの生徒をステージ上に残し、教師たちが標的となる的を用意する。
何人かでひとまとまりになって『奥の手』を披露していくようで、他の生徒達はステージの脇で『奥の手』を見学しながら待機するんだとか。
「(あったよなぁ、こういうタイプのテスト。音楽とか、皆の前で一人ずつ歌唱テストみたいなのやったし)」
ちなみに俺は、やるなら先に済ませたい派だったりする。最後とか、みんな緊張から解放されてる状態で見てくるから苦手だ。
「さて、ミラディンガは……お、いたな」
一番手の生徒にがんばれと内心で応援しながら見知った顔を探してみれば、待機している生徒達の中でも端っこの方に一人で座っていた。
此方に気付くかと思って暫く観察してみたが、どうやら集中しているらしい。最初の生徒が披露した『奥の手』を食い入るように見ている。
「トーリの生徒?」
「おう、『纏い』の生徒でな。俺が担当した唯一の生徒だ」
「……あの子、ボクのところにも相談に来てた」
そう言ってマリーンもミラディンガに視線を向けると、どこか申し訳なさそうな雰囲気のまま俯いてしまった。
「あんまり、ためになれなかった」
「そう落ち込むな、マリーン。誰にだって、できるできないはあるもんだ。あいつのために、何かしてやろうと思った気持ちはちゃんと届いてるって。それに見てみろよ」
ほれ、とマリーンの肩を叩いて指させば、そこにいたのは自身の頬を叩いて気合を入れているミラディンガの姿だった。
「な? 大丈夫そうだろ?」
「……ん。よかった。でも……なんで木剣?」
「さぁ? 俺もそれはわからん。『纏い』でも披露するのか……?」
片側に置かれた木剣がどう考えても浮いているように思うのだが、周りから何か言われなかったのだろうか。
そもそも木剣を使えとか、そんなこと言った覚えがないんだが……
「(まぁ、考え無しってわけじゃないんだろう)」
頭のいい子だし、何かの意図があるはずだ。
俺の言葉に首を傾げたマリーンだったが、すぐに『奥の手』を披露している生徒に視線を戻す。
俺もつられるようにそちらに目を向ければ、ちょうど披露を終えた生徒が審査員席のフェイルさん達に色々と指摘されているところだった。
魔力の操作がまだまだ甘いなどと結構ボコスカ言われているからか、指摘を受けている生徒は涙目になって待機列とは逆の方に退いて行く。
あの指摘を基に、後期ではどれだけ成長しているのかを見られるのだそうだ。
一応終わった生徒は待機している教師に魔力回復のポーションを貰えるようで、フラフラとステージから降りた生徒は座り込んで早々にポーションを呷っているのが窺えた。
「あの状態でお小言聞くの、辛そうだな……」
「あれは精神に来る」
「体験してる奴の言葉は重いなぁ」
マリーンから再び視線を戻せば、「次ぃ! ロック・ウィルハート!」と筋肉先生(ポーション作成の姿)が順番に並んでいる生徒に声をかけていた。
その声で体をびくつかせた生徒がぎこちない動きで前に出るのだが、手と足が一緒に出ているのを見るに相当緊張しているようだ。
大丈夫かと心配してみたが、案の定上手くいかなかったようで審査の教師に何かを言われる前から肩を落としていた。
「大丈夫。基準は満たしてる」
「基準があるんだな」
「ん。的の破壊」
あれ、とマリーンが指さす先を見れば、確かに設置されている的は完全とはいかないが破壊はされていた。
ただ基準が的の破壊となると、以前のミラディンガでは不可能だっただろう。
「ちなみに聞きたいんだが、調子が出せなくて的を外した、あるいは破壊できなかった生徒はどうなるんだ?」
「後日再審査がある。けど、それが最後。失敗すれば学業成績を満たしても退学」
「おう……なかなか厳しいな。じゃあもう一つ質問だ。『奥の手』とは言うが、全部が攻撃するための魔法、と言うことはないだろ? 例えば守りの魔法だったり。その場合の審査方法は?」
「……あまりない。けど、それは教師の魔法を耐えられるかで判断する」
確かあの子がそう、と今ちょうど出てきた子を示したマリーン。
見れば、教師がその生徒の前に立って威力の高そうな魔法を放つと、それを生徒の子が土の巨大な土壁をドーム状に展開して防ぎきっていた。
一般的に、魔法と魔法による衝突が起きた際には、込められた魔力や魔法の完成度によって勝敗が決まるとされている。
魔力量は、言わば力技。ごり押しのようなもの。完成度について説明するなら、その魔法の熟練度のようなものだろうか。
もしマリーンとケセラが同等の魔力を込めて『水槍』の魔法を放てばマリーンが勝つ、みたいな。魔法使いとしての熟練度とか、レベルとかで言った方がわかりやすいかもしれない。
ともかく、より優れた、より魔力の込められた魔法の方が強いと考えればいい。
「本当に色々あるんだな……」
「ん。楽しいよ」
「それは同意だ。やっぱ魔法見るのは楽しいな」
「……ボクのも見る?」
「ボーリスに帰ったらいくらでも」
それからしばらくはマリーンと共に生徒たちの『奥の手』を見学して楽しんでいた。
中には巨大ゴーレム(上半身のみ)を作りだし、その巨腕で的を叩き潰すという魔法(物理)をやってのける生徒もいて、「き、機〇戦士とか作れたりしないかな君!!」と観客席から身を乗り出すほどに興奮したものだ。
「次ぃ!」
そして待機している生徒が残り数人となり、披露会もいよいよ終盤へと差し掛かる。
どうやらミラディンガは順番的に最後を飾るらしい。大トリを務めるとは、我が弟子ながらわかっているじゃないか。何せ目立つ。
隣のマリーンも、きっと彼女の『奥の手』を見れば度肝を抜かすだろう。
……大丈夫だよな? ミラディンガ、ちゃんと俺考案の『奥の手』を使えるよな?
やっべ、今になって俺の方が心配になってきた。
「トーリ、震えてる?」
「……いや、問題ない。それより、俺も知ってる奴が出てきたな」
前に歩み出たのは、俺がミラディンガ以外で唯一名前を知る男子生徒のワンダ・ケセラ。
いつものように淡い青色の前髪を靡かせてワンドを構えた彼は、以前のように己の魔法で水の龍を形作る。
「なんか、前よりもでかくなってる……?」
「ん。トーリの時よりも強い。けど、歪……?」
現れた龍は以前にみたものよりも二回りほど大きくなっているように思える。
感知できる魔力からしても、それは事実だろう。しかし前回の決闘から今日までの間で、これほど規模が大きくなるものなのだろうか……?
「『天翔水龍』」
俺の疑問を他所に、眼下のケセラは的に向けて龍を放つ。
大質量の巨大な水の塊はうねる様に的へと襲い掛かると、その悉くを破壊しつくし、さらには的の向こう側……観客席の壁にまで達しようとしていた。
「ワンダ・ケセラ!! 『奥の手』とはいえ、もう少し加減しないか!? これは披露会であって威力を競うものではないんだぞ!?」
「……気を付けます」
あれほどの魔法だ。観客席の壁も破壊するのかと思ったが、そこは流石の教師陣だ。
間一髪で防御の魔法を何重にも展開して見事にそれを止めて見せた。
「とはいえ、最後の防御魔法もボロボロなのを見るに、相当なもんだなあれ。俺の時にあの威力だったら負けてたぞ」
おっかねぇなとポーションを受け取っているケセラを眺める。
すると、ちょうどポーションを呷っていたケセラと目が合った。特に無視する理由もないため手を上げて軽く挨拶してみるのだが、彼はそんな俺を無視して他の生徒に交じっていった。
女子生徒から凄い凄いと持ち上げられている彼を見て、「無視かよ……」と思わず顔を顰めてしまう。
まぁ、一度負かされた相手にそんな素直になれんわな。まだ15の学生だし、ここは広い心を持つ大人の俺が折れてやろうと自分に言い聞かせる。
さて、次がいよいよ最後だ。
「次ぃ! ティラ・ミラディンガ!」ともうお馴染みになってしまった教師の声でミラディンガが所定の位置に着いた。
既に披露を終えた生徒達は、ステージに立つ彼女を見て笑う者や、大丈夫なのかと疑いの目を向ける者など反応は様々。
そんな中で、ケセラのみが真剣に見ているのが印象的だった。
「ふぅ……」
一人木剣を構えて佇む彼女の雰囲気に当てられたからなのか、会場のすべての者たちがその一挙手一投足に注目し、ついにはざわざわと騒がしかった生徒たちまでもが黙り込んでしまった。
そんな一時の静寂で支配された演習場。
その中心に立つ少女は一言、「いきます」とだけ口にして木剣を脇に構えると、その木剣を素早く薙いだ。
「『草薙剣』」
そう彼女が口にした時には、すべての的が一度に、音もなく上下に両断されるのだった。




