第88話:披露会の待機室で
休みが明けて、俺とマリーンはフェイルさんと共に演習場へと向かった。
今日は魔法学校の三年生が集められ、その全員が己が編み出した『奥の手』を披露する日となっている。
学生たちはこの場でその『奥の手』を教師たちに見せ、評価をもらい、そしてその評価を基に『奥の手』を改良して後期の披露会に臨むことになる。
「いやぁ楽しみだねぇ! 学生たちの集大成。その一端を見ることができるこの日は、何年経っても飽きないものだよ!」
「わくわく」
「まぁ確かに、浪漫がありますもんね」
道中三人で会話していると、俺の一言に「よくわかっているじゃないかぁ!」と嬉しそうに話すフェイルさん。
そして彼女は俺の傍に近寄ると、俺の首元に腕を絡ませた。
「『奥の手』というのはねぇ、魔法使いによって千差万別なのさ。誰かの物を参考にすることはあるだろうが、それでも威力や規模、効果や見た目と言った部分には差が生じる。そういう一人一人の違いを見るのが楽しいんだ! それを浪漫と言える君は素質がある。どうだい? 私と一緒にここで研究しないかい? 三食採血付きで雇ってもいい」
「昼寝付きみたいな言い方で採血を進めるんじゃないよ」
「……先生、邪魔。トーリの迷惑」
俺の耳元に語り掛けて来るフェイル先生の言葉にげんなりしていると、ムッとしたマリーンが俺の首に巻きついていた腕を取り外してくれた。
首回りが軽くなり、助かるよと声をかけると「ん」とマリーンが親指を立てた。
「そんなことはないさマリーン。なにせ私は枝のように軽いからねぇ! トーリくんに乗ったところで、それほどの負担にはならないのさ」
「たぶん50キロくらい――」
「黙ろうかトーリくん」
だいたいの重さを口にしようとすると、その辺から生えてきた枝の先端が俺の口元に向けられていた。
両手を挙げて頷いて見せれば、それに納得して枝が引いて行く。
言われて怒るなら自分から言わなきゃいいのに。
「あれはトーリが悪い」
「……あとで謝っておくよ」
プンスカと怒って先を行ってしまったフェイルさんの背中を見て、俺とマリーンは急ぎ足で彼女の後を追うのだった。
◇
「やだ、本当にいるんだけど。まだ退学じゃなかったんだ」
「でもまともに魔法使ったところ見たことないし、流石に今回は無理じゃない? てか何で木剣とか持ち込んでんのあの子」
「そうそう。つーか、そんなことよりあんた大丈夫? 緊張して声震えてない?」
演習場の待機室に集められた魔法学校の三年生たち。
もうすでに披露会の準備は整い、教師たちも集まってきている頃合いだろう。
周りの雑音を無視して、ティラは今まで師から学んだことを頭の中で反芻する。
「大丈夫……『奥の手』の使い方は頭に叩き込んだ。あとは、私を信じるだけ……私を信じてくれた師匠を、信じるだけ……」
騒がしい待機室の中、一人集中して己を落ち着かせるティラ。
周りでは自身の『奥の手』について自慢げに語る同級生や、逆に不安そうに縮こまっている同級生など様々だ。
そんな中で、ティラに歩み寄ってくる少年が一人。
他の生徒達が彼に道を譲れば、ティラまでの一本道が出来上がった。
「……披露会、参加するつもりなんだな。ミラディンガ」
薄い青の髪を靡かせたワンダがティラの前に立てば、周りの学生たちが何だ何だと更に騒がしくなる。
「ええ。じゃないと、退学になりますから」
「……そうか。なら、今すぐこの披露会を辞退してくれ。幸い、僕の方で魔道具師にも当たりはつけている。君なら喜んで迎え入れてくれるはずだ」
「そうですか。でもお断りします。私は、今日この披露会にも出ますし、時間はかかったとしても宮廷魔法使いになってみせます」
「……相変わらずだな、君は」
呆れたようにため息を吐き、ワンダが目を伏せる。
そして再びティラに目を向け、「ならば」と自身のペリースをティラに差し出した。
「この披露会の後、僕はお前に決闘を申し込む。要求はお前の退学だ」
「っ!?」
その一言で、周囲の学生たちが更に騒がしくなった。
何故? という疑問の声や、いくら何でも、とワンダを非難する声。逆にいいぞいいぞと囃し立てる者もいれば、ティラを見て笑う者もいる。
「むろん、お前の夢を潰す要求だ。受ける必要もない決闘かもしれない。おまけに、恥の上塗りだと揶揄されることもわかっている。だからこそ、こちらが負けた場合はどんな要求も呑もう。それこそ、死を願われても拒みはしない」
「そんなこと――!?」
そんなこと言うわけがない。そう言おうとしたティラが立ち上がってワンダと真正面から対峙する。
そして彼のあまりにも真っ直ぐな目を見て、本気で命をかけようとしていることを察してしまった。
それが自分にはわかってしまった。
「……どうして、あなたはそこまでして私を退学させたいんですか」
「……決闘は、披露会の後だ。当然だが、お前が『奥の手』も披露できずに退学になる可能性だってある」
「だが」と彼は続ける。
「お前はきっと、それを乗り越える。そしてその後も、本気で宮廷魔法使いを目指そうとするだろう。だからこそ、今なんだ。今、君の夢を……僕のこの手で……」
「……ワンダ?」
「……いや、何でもない。とにかく、だ。僕はお前の夢を否定する。例えこの学校に残ったとしても。この先もずっとだ」
「……わかりました」
そう口にしたティラは、ワンダが差し出していたペリースを奪い取るようにして受け取った。
その様子を見ていた周囲の学生たちは、信じられないものを見る目で彼女に視線を向ける。
片や魔法の実技の落ちこぼれ。
片や魔法実技でトップの実力者。
普通に考えれば、どちらが勝つのかは明らかだ。どう考えてもティラが負けるに決まっている。
だがその本人は、微塵もそうは考えていないように笑っているのだ。
「じゃあ私が勝ったら……そうですね。私の退学を諦めること。それと、また昔のように接してください。二つくらい、聞いてくれますよね?」
「っ……ああ。勝てれば、の話だがな」
「勝ちますよ、私は」
そう言って笑うティラの顔を見て、ワンダは何も言わずにその場を去った。
後に残された学生たちは、披露会までの時間がわずかであることに気付き、今更ながらに慌てて会場に向かう者が続出する。
「……夢は、まだ終わらせません。約束は守ります、師匠」
喧騒の中、ティラはポツリと呟くと立てておいた木剣を手に取った。
そして目を瞑って木剣の柄を握りしめた後、「よしっ」と大きく息を吐いた彼女は、他の生徒達の後を追うのだった。
◇
「決闘は申し込みました。これでいいんですね?」
人気のない通路までやってきたケセラは、目的の人物を見つけるとティラに決闘を申し込んだことを伝える。
目的の人物――パラススは、その内容を聞くと嬉しそうに頷いた。
「ええ、もちろん。ケセラくんが勝った暁には、彼女を私のところで雇いますよ」
「……よろしくお願いします。パラスス先生の元なら、ティラも安心できるでしょうから」
頭を下げて礼を言うワンダに、パラススは「任せてください」と頼りになる言葉を返す。
「しかし君も健気ですね。そんなにミラディンガさんのことが心配なら、言葉にして伝えればいいはずですが? 幼馴染なんでしょう?」
「……口にしたところで、彼女は止まりませんので。それは、僕もよくわかっていますよ」
「ふぅむ……難儀なものだ」
「ははっ……不器用なのは、自分でもわかっていますから。……っと、それでは僕はこれで。先生に会えたのは幸運でした。ティラのこと、どうかよろしくお願いします」
では、と頭を下げてその場を去るケセラに向けて、パラススは優し気な笑みを浮かべて手を振った。
「ええ、ええ。もちろんですよ、ケセラくん。彼女は大事に、大切に、私が使いますから」
誰もいなくなった通路の中、パラススの目がスゥッと開かれる。
きっとその目を見た誰もが、狂気に染まっていると、口を揃えて言うだろう。




