第87話:生徒に向けて
時間が経つのは早いもので、俺とマリーンが魔法学校に来てから一か月が経った。
明日の休日を挟めば、次の日には披露会があるという。ミラディンガがどうなるのか、すべてはそこで決まるだろう。
いろいろと教えてきたつもりであるため、彼女には頑張ってこの学校に残ってもらいたいものだ。
まぁ、俺ができる限り教えたんだし問題はないはずだがな!
明日激励でも送ってやろうと考えていると、「では始めようか」と魔法で丸太を準備したフェイルさんが合図を出した。
そしてその丸太の前には緊張した面持ちのミラディンガが、木剣を片手にして佇んでいる。
今日は『纏い』の講義の最終日。つまるところ、試験日のようなものだ。
ただ、俺だけでは万が一にも生徒を贔屓して合格にしてしまう可能性があるということで、フェイルさんが直接試験監督として赴いている。
ただ試験監督のフェイルさんは妙に俺の方をチラチラと見ているのだが……今日見るべきはミラディンガであって俺ではない。
何か用ですかと聞いてみれば、目を逸らして「イヤナニモ」と眼鏡の位置をカチャリと戻した。
「それじゃあ、やります……!」
「ミラディンガ。緊張して肩に力が入りすぎだ。いつも通りにやれば問題ないぞ」
「っ……ふぅ……はい、ありがとうございます。トーリ先生」
丸太を前にしていつも以上に体を強張らせていたミラディンガに声をかけてやれば、一度大きく深呼吸をしてゆっくりと構えを取った。
そして彼女の体を中心に魔力が高まり、その魔力が木剣にまで浸透する。
……うん。問題はなさそうだ。
「いきます」
短く告げられた合図と共に、上段に構えられた木剣が丸太に向けて振り下ろされる。
たったそれだけの動作で、ミラディンガの持つ木剣より何倍も太い丸太はいとも簡単にへし折れてしまうのだった。
「できた……できました! やりましたよ、トーリ先生!」
木剣を片手に、今にも飛びついてきそうな勢いでこちらへと駆け寄ってくるミラディンガ。
俺は「よくやったな!」と、そんな彼女の頭を犬でも撫でるようにわしゃわしゃと撫でてやった。
フェイルさんに浮気とか言われてキレた。
◇
「と言うことがあったんですよ、師匠!」
「はっはぁー……怒らせてへし折られないように注意しないとだな。俺が」
「そんなことしませんよ!?」
最後の特訓でもいつも通りに『帰らずの森』へとやってきた俺とミラディンガ。
今は休憩中なのだが、その際に彼女は学校であったことを嬉しそうに報告してくる。
何でも実技の講義で単位を取れたのは一年生以来のことらしい。
「実技は『纏い』の単位が取れたみたいだが、他はどうなんだ?」
「……ふ、不可です」
「ダメじゃん」
「し、仕方ないじゃないですか! 披露会まで空間魔法のことは伏せるようにと、師匠が言ったんですよ!? もし使っていれば簡単に単位を取れています!」
こちらに抗議するように頬を膨らまして睨んでくるミラディンガに、俺はケラケラ笑いながら「師匠命令でーす」とおどけてみせた。
いや本当に。内心では悪いとは思っているのだ。
実際今回の実技の講義で空間魔法を披露していれば、披露会で頑張らずとも退学は免れているだろう。
だが、今あの学校にはチクショウエルフに加えて魔法馬鹿も一緒にいるのだ。
そんな環境でミラディンガが空間魔法を使えば、奴らは必ず食いついて来る。俺のことは黙っておくようにとは言っているが、あの二人に時間と言う猶予を与えるのはかなり危険な行為だ。
と言うことで、空間魔法を見せるのは披露会当日……俺とマリーンがボーリスに帰る前日にしたのである。
「うっ……うぅ……師匠がいじめてきます……」
「これも弟子のことを考えればこそなのだよ。さて、いつまでもいじけてないで続き始めるぞー。『断裂』もそうだが、まさか『分隔』もある程度ものにできているのは予想外だったぜ」
「っ、はい! 頑張りました!」
ビシッと直立してこちらを見るミラディンガに、俺は「よしよし」と頷いて見せると足元に落ちていた石をいくつか拾い上げる。
それを不意打ち気味にミラディンガに向かって投げてみれば、何も言わずとも彼女は『分隔』を展開して防いで見せた。
展開までの速度もかなり速くなっているな。
「い、いきなり何をするんですか……!」
「なーに、ちょっとしたゲームをしようと思ってな。これから俺は、お前に向けて石を投げ続ける。お前はそれを『分隔』で防ぐか、『断裂』で斬り落とすこと。それじゃ始めぇ!」
「え、ちょ、師匠!? いきなりですか!? というかまた石なんですか!?」
距離を取って手にしていた数個の石をまとめて投げつける。
もちろん前と同じく多少痛い程度の威力ではあるが、以前の痛みを覚えているからか、ミラディンガはお尻を抑えてすぐに『分隔』の壁を張った。
「よく防いだ! なら次弾行くぞー!」
「くぅ……! で、でも! 私を壁で囲んでしまえば……!」
移動して全方位から石の投擲を行っていたが、ミラディンガが自身を囲うように『分隔』の壁を展開した。
確かに身を守るのであればそれが一番効率が良くて有効だろう。
壁の内側のミラディンガは、「これで怖くないですよ!」と得意げな様子。
「ふっふっふ……師匠が言った最強の盾で守られている私に弱点はありませ――ヒャゥンッ!?」
「それだと『断裂』使わないから、『接続』を使うぞー」
「待って師匠! 私、その魔法知らないです!」
「言ってないからな!」
ミラディンガが展開した『分隔』の壁の外側と内側を『接続』で繋ぎ、壁に弾かれるはずの石が勢いそのままに内側のミラディンガのお尻にぶつかった。
甲高い悲鳴を上げたミラディンガが抗議してくるが、俺は無視して投石を続ける。
「ほらほら! 『断裂』で斬り落とさないと、また石に当たるぞー! 頑張れ我が弟子ー」
「う、うぅぅぅ……!! やってやりますよぉぉ!!」
やけくそ気味に叫んだミラディンガが『分隔』の壁を解き、速くなった動きで投石を避けた。
どうやら『纏い』を使用しているようで、避けきれない石に関しては俺の指示通り『分隔』で弾くか、『断裂』で斬り落としている。
……動きながら飛来する物体の距離を把握してるとか、俺の弟子かなりすごくないか?
「うりゃぁ!」
「……お?」
そんなことを考えていると、ミラディンガが叫ぶと同時に何かが俺に向かって飛んできた。
何かと思い『固定』でその飛来物を止める。
「……石?」
ただの何の変哲もない、ただの石。
いったいなんだ? とミラディンガの方を見れば、彼女はニコリと笑ってこちらを見ていた。
「どうせ今日で最後なんです! 私のお尻の恨みは、ここで晴らしますよ!」
手に石を抱えたミラディンガの宣言に、しばしの間呆けてしまう。
だがしかし、その意味をようやく理解して俺は笑った。
なるほど、つまるところ俺に対する挑戦か!
「……ははっ! 我が弟子ながら、随分と生意気になったなぁ!」
「はい! 師匠のせいです!」
「そこはおかげと言ってほしいが……まぁいい! そう言うのならやってみせろよ? 手加減として、俺も『断裂』と『分隔』で相手してやろうじゃないか!」
「その手加減、後で負けた言い訳に使わないでくださいね!」
「抜かすなよ弟子ぃ! 竜を倒したこの俺が、今更それくらいで後れを取るもんかよぉ! 軽く揉んでやらぁ!」
そうして、俺とミラディンガによる最後の特訓が幕を下ろす。
ミラディンガはなかなかに奮闘はしたが、流石に手加減したところで俺が後れを取るわけがない。
『分隔』を自身の防御に、『断裂』を石を斬り落とすことにしか使用しなかった彼女が俺を負かすなど、夢物語もいいところである。
「ということで弟子よ。魔法も使い方次第で変わるもんだ。覚えておけ」
「うっ……うぅぅ……師匠は酷いです……『分隔』で私を転ばせたり、『断裂』で木の枝を降らせたりなんて……流石師匠汚い……です……」
「汚い言うな」
足元でお尻を抑えながら転がっている弟子を立ち上がらせようと手を差し出せば、元気のない声で「お尻が痛くて立てないです……」と返ってきた。
「んじゃ、そのままでいいから聞いとけ」
「……立たせてくれるのが普通じゃないんですか?」
「これが普通だ。それよりも、我が弟子ティラ・ミラディンガ。俺の手を取ったあの日から今日までの間、よく頑張った。俺も師として、予想以上の成長を見せてくれたことを嬉しく思う」
「っ……はい」
立ち上がれはしないものの、それでもなんとか体を起き上がらせてその場に座り込むミラディンガは、俺の言葉を聞き逃さないようにと真っ直ぐ俺を見ていた。
そんな彼女の姿に仮面越しで笑みを浮かべた俺は、懐から何枚かの束を取り出してそれを渡す。
「師匠、これは……?」
「俺が使っている空間魔法……そのいくつかについてまとめた資料だ。そして俺考案空間魔法の『奥の手』についても記載しているぞぉ! まぁ明日までとか割と無理なこと言ってる自覚はあるが……なに、俺の弟子なら何とかなるってな! あ、もちろんのことだが、これについては他言無用だぞ? それはお前だけの特別なもんだからな」
その言葉に目を見開いたミラディンガは、慌てるようにその資料に目を通していく。
内容としては、俺も使用していた『サルでもわかる楽しい空間魔法』の中身を書き写したものだ。
『探知』や『固定』、『転移』など、役に立つものも多いだろう。今後の彼女に役に立ってくれるはずだ。
「おいおい……そんな今必死になって見なくても、これからいつでも読める――」
「でも師匠は! し、師匠とは、これで最後なんです……そ、それにこの資料を見てわからないところがあったら、今聞くしかないじゃないですか!」
資料を見るために俯いているミラディンガの顔はこちらからは窺うことはできない。
しかし、その声が涙交じりの物に聞こえるのは、俺の気のせいではないのだろう。
「……まぁ、それはその通りだな」
「じゃ、じゃあ……!」
「だが約束は約束だ。俺がお前に教えるのは今日で最後。それに変わりはない」
「……そう、ですか」
資料を手にしていた手がゆっくりと彼女の膝の上に置かれた。
そんな彼女の様子を見て、俺は彼女の隣に「よっこいしょ」と腰を下ろした。
「……爺臭いです」
「お、このシリアス調で喧嘩か? 買うぞ、我が弟子」
ペンッ、と彼女の側頭部を指で小突けば、そのまま拗ねたように地面に倒れ込んでしまうミラディンガ。
その様子を見た俺は、「仕方ねぇなぁ」とため息を吐いた。
「最後の最後に面倒くさい弟子になったもんだ」
「……師匠のおかげです」
「そこはおかげか」
まぁいい、と俺は続ける。
「さっきも言ったが、約束は約束だ。俺は披露会までの間お前に空間魔法を教える。お前はそれを学び、披露会までは他言無用にする。そしてその約束は今日で果たされた」
「……でも、私はまだ学び足りないです」
「だからそれを渡してやったんじゃねぇか。しっかり励め――」
「私は!」
俺の言葉を遮り、体を起き上がらせてミラディンガはこちらを見た。
「私は……師匠に、これからも教わりたいです」
「……そりゃ無理な相談だな」
「っ、何でですか!? や、やっぱり私に才能がないから――っ!?」
「それ以上は言うんじゃないぞ。その言葉は、お前に才能があると見込んだ俺の否定になる」
片手で彼女の頬を挟み込み、それ以上話せないようにと黙らせる。
まったく、マイナス思考になるとすぐ「才能がない」と口に出すのはまだ治らないか。
まぁ数年言われて自分でも納得していた認識を、たった一ヶ月では治すには少々無理があるのだろう。
そこについては、今後の彼女に期待するしかない。
「安心しろ。お前にはちゃんと、俺と同じ空間魔法の才能がある。何せ特異属性だぜ? そんじょそこらの魔法使いよりもめちゃくちゃすごいんだぞ、お前は」
「でも、私はまだ……すごくなくて……」
「まだ納得しないかこのアホ弟子め。よーし、ならばこうしよう」
立ち上がって歩を進めた俺は、ミラディンガの真正面に立つと眼下の黒髪をわしゃわしゃと思い切りかき回した。
されるがままに頭を振り回された彼女は、俺が手を離すと同時に「何するんですか!」とこちらを睨んだ。
「宮廷魔法使いになれ、我が弟子」
「っ……」
「それがお前の夢なんだろ? ならそれになれば、ちょっとは自分に自信が持てるはずだ」
でだ、と俺は続ける。
「自信がついたら、また俺に挑む機会をやろう。その時には、軽く遊んでやろうじゃないか」
「……私、師匠の居場所わからないんですけど」
「なら頑張って探すことだな! もしくは、お前の名前が俺に届くくらい名を上げてみせろ。その時を楽しみにしてるぜ」
ケラケラと笑って見せれば、ミラディンガはジィッと俺を見つめて立ち上がる。
そして「わかりました」と目を向けると、そのまま指を突きつけた。
「絶対に! またリベンジさせていただきます! だから……だから! ありがとうございました!」
「おう。待っててやるぞ、我が弟子よ」
それじゃあな、と彼女の肩に触れて『転移』を発動させれば、ミラディンガの姿が瞬時に消えた。
今日はもう寝て、明日に備えてもらいたいものだ。
「さて、俺は俺で、明日を待つかぁ。お前の勇姿は、観客席から見せてもらうぞ、ミラディンガ」
一応明日までは教師であるため、マリーンと共に披露会を見学できることになっている。
はたして明日はどうなるのか、それを楽しみにして俺は学園都市に『転移』で向かうのだった。
◇
「……これでいいのでしょうか、パラスス先生」
「ええ、問題はありませんよ。君専用に調整はできましたからね。明日は思う存分、力を振るってくるといいですよ。しかし……君ほどの実力を持っていても、ミラディンガさんを相手に油断するつもりがないとは。用心深いですね」
「……ありがとうございます」
「ふふっ……期待してますよ。ワンダ・ケセラくん」




