第86話:髪を梳く
「……師匠、もしかして疲れてますか?」
三度目の休みの特訓日。
いつものように寮から転移で『帰らずの森』へとやってきた俺とミラディンガ
だったが、その途中でミラディンガの方から声をかけられた。
どうやら仮面をしていても問題があるように見えていたらしい。
「気にするなー……いや、本当に。俺の問題だから」
「そ、そうですか……そ、それより、私の魔法はどうでしょうか……?」
手をヒラヒラと振って問題ないことを伝えれば、それ以上のことは聞いて来ようとはせず、代わりに魔法についての質問に変えてくれた。
物分かりのいい弟子を持って、俺は嬉しいよ本当に。
昨夜のマリーンお風呂侵入未遂事件を思い出し、内心で深くため息を吐いた俺は腰かけていた木の枝から飛び降りてミラディンガに歩み寄る。
ここに来て早々に彼女が見せてくれた『断裂』は、なんと今回やってもらおうと思っていた同時切断だった。
合計三つの『断裂』が的を斬り裂いた時は、仮面の中で驚いたものである。
「かんっぺき。よくやったもんだよ。本当は今日教えようと思ってたんだが……まさか教える前にもう習得してるなんてな」
「は、はい! 頑張りました! 基本は『弾岩』を増やすのと同じ要領だったので、そこまで苦労はしなったんですけど……」
「いやいや、それでもすごいぞ。流石我が弟子。俺が教えなくても、自分で考えてそれを実現できたんだ。大したもんだぜ? うんうん、やっぱり俺の目に狂いはなかったな! 才能あるぜ?」
そう言って背中をポンと叩いてやれば、ミラディンガは少し下を向いてはにかんでいた。
そのままくしゃくしゃとミラディンガの黒髪をめちゃくちゃに撫でつけてやると、「わわっ!?」と驚いたのか、少しよろけて俺の方を睨んでくる。
「な、何するんですか!」
「もっと喜んでいいんだぞ、我が弟子よ。子供は子供らしく、嬉しかったら素直にはしゃいで喜んでおけ。こんな森の中じゃ、誰も見てないしな」
「し、師匠が見てるじゃないですか!」
「ハッハァー! アホめ! 俺は師匠権限で特例だっての!」
ケラケラと肩を揺らして笑ってやれば、ミラディンガは少し不貞腐れながらも小さくガッツポーズをしてみせた。
「謙虚だねぇ」とそんな彼女を見て呟けば、聞こえていたのかフーンとそっぽを向かれてしまう。
本当に、雰囲気が良い方向に変わったものだ。
「さて、我が弟子が予想外の成長を見せてくれたご褒美に、『断裂』とは別の魔法を教えてやろう」
「ほ、本当ですか! ど、どんな魔法を……!?」
「まーまー落ち着きなさいっての。慌てなくても魔法は逃げないからな」
「じ、時間が逃げるんです!」
興味津々と言った様子のミラディンガを手で制しながら、俺は空を指さして「これだ、これ」と答えてやる。
するとミラディンガも察して、「ああ」と頷いた。
「確か……『分隔』、でしたか?」
「そうだ。お前は今、『断裂』という最強の刃を手に入れたわけだ。なら次は、最強の盾を覚えるのが道理だろ?」
「私、師匠の使っている『転移』を覚えたいんですが……便利そうですし」
「師匠命令だ。まずは身を守る術から覚えておけ」
そう言うと残念そうに肩を落とすミラディンガであったが、すぐに切り替えて「どうやって使うんですか」と問いかけてきた。
実際今こんな夜の森でこうして安全に特訓できるのは、『分隔』で囲った壁があるおかげだと彼女も理解しているのだろう。
実際あまり問題はなかったため無視しているが、何度か森の魔物による襲撃を全て弾き返しているのは彼女も目撃している。
「まぁでも、空間魔法の基礎をわかっているなら簡単な話だ」
「基準と距離、ですよね」
「そうそう。流石我が弟子、ちゃんと覚えてるじゃないの」
空間を隔てる壁をどの位置にどれくらいの大きさで展開するのか。それがまず第一歩だ。
慣れてくれば、複雑な形状……例えば俺がリップちゃんにやったように人の体に沿うように展開することも可能になるが……まぁそれは流石に難しいため、壁張りと壁を連結させて囲えるようになればいいだろう。
手本に『分隔』の魔法について、ある程度ミラディンガに教え込む。
そして簡単な壁を張れるようになったところで彼女に言った。
「それじゃ弟子よ、今から俺はお前に向けて石を投げる。当たれば痛いくらいにな。それを『分隔』で頑張って防ぐように」
「……え? ちょ、ちょっと待ってください師匠! 弟子に石を投げるって、ちょっと酷くないでしょうか!?」
「待ちませーん! それに多少の痛みを伴ってこその特訓よぉ! ほら、まずは一投! いくぞー!」
「師匠のいじわるぅぅぅ!」
◇
「よーし、今日の特訓はこれで終わりだ! いやぁすまんな弟子よ。投げるのが楽しくていつもより長引いちまった!」
「うぅ……痛いです……」
「ほら、そう拗ねるなって。傷が残らないよう手加減はしてるし、当たったのも腹とか尻の柔らかいところだけだぞ?」
「そ、そうですけど……お尻、割れてないですよね……?」
「そこは元々割れてる部分だから安心しろ」
足元に転がっている弟子の手を取って立ち上がらせれば、しきりに自分のお尻を摩って様子を確認するミラディンガ。
基本的には頭の良い優等生なんだが、時折アホの子になるのは何故なのか。
まぁ最初の頃に比べれば感情を表に出すようになったし、これはこれでいいとは思っているが。
「さて、それじゃあ帰りますか。今日もお疲れ様だな。ゆっくり休めよ」
「はい……ありがとうございます……」
ペコリと頭を下げて言うミラディンガを『転移』で寮に移動させた俺は、続けて学園都市に『転移』する。
そしてほとんどの店が閉まってしまった街の中、まだ店を開けていた串焼き屋でいくつか肉串を購入。それを食して、早く戻らないとなぁと考えながら急ぎ足で学校に戻った。
「すまん、遅くなった。いやぁ……色々と歩いてたら、結構離れたところまで行ってたみたいで――」
「トーリ、遅い」
悪い悪い、と謝りながら拠点に入ってすぐ目の前にマリーンがいた。
何故だろうか。いつものジト目が五割増しで不機嫌なように見える。
「あの、マリーン? 何を怒ってるんだ……?」
「……別に、怒ってない」
そんな不機嫌オーラ垂れ流しで言われても、説得力の欠片もないのですがそれは。
えぇ~……とマリーンの怒っている原因が思い当たらず、視線が合わないようにあちらこちらへと視線を彷徨わせる。
そしてマリーンの背後に目を向けた際に、それが見えた。
「……もしかして、ずっと待っててくれたのか?」
テーブルに並べられた料理の乗った器を見てそう聞けば、不機嫌なまま彼女はコクリと頷いた。
どうやら今の今迄待っていてくれたらしい。
「別に先に食べててもよかったんだぞ? いつ帰るかわからないわけだし」
「ボクが、トーリと食べたいから。だから、今から食べる」
そう言って俺の手を引くマリーンの後ろ姿を眺めながら、俺はフッと笑う。
そしてマリーンの肩をポンと叩き、こちらを向いた青の瞳を見て言うのだ。
「すまん、実は帰り道で食べてきてな。さ、流石にもう食べてるだろうと思ってたから……けど、手軽でおいしいところだったし、今度の放課後マリーンも行けば気に入ると思うぞ! だから俺の分は明日の朝に回してもらえると――あ、痛い。マリーン、ポコポコ殴るのをやめてくれ」
「むぅぅぅぅ……」
「あ、あっはっはっは……いや、本当にごめん。あとついでに聞きたいんだが……なんで制服なんだ?」
「……見たいって言ってたから」
言ってはないんだよなぁ。可愛いからいいんだけど。
その後、いつも以上にジトッとしたジト目を向けてきたマリーンに髪を梳かしてくれと催促された。
流石に負い目があるため、丁寧に時間をかけて髪を梳かせば、次の日には機嫌も元に戻っていたマリーンなのであった。




