第85話:幼馴染
「あっ……」
「っ……ミラディンガか。こんなところにいったい何の用だ?」
休日を明日に控えた放課後。
その日の講義をすべて終えたティラは、学内の書庫へと足を運んでいた。
仮面の師匠から教わっている『断裂』という空間魔法については、20メートルの距離を外さないようになった。
ならば更なる距離の延長をと考えたのだが、逆に自分で驚かせてやろうと以前師匠が見せた『断裂』による同時切断を試すため、その参考になりそうな本を探しに来たのだった。
魔法学校が有する書庫はかなり広い。
魔法学校ができてからの歴史も長いため、蔵書は何万冊にも及ぶとされており、そのすべてが魔法に関わる書物だ。
中には認められたものしか入れない、禁書庫なるものがあるとも言われているが、その場所は関係者しか知らないため学生の中で場所を知る者はほとんどいないらしい。
そしてティラは、そんな書庫の中でばったりと見知った顔と出くわしたのだった。
ワンダ・ケセラ。彼女の幼馴染である。
彼は窓際の席で本を片手に外を眺めていたが、ティラがいることに気付くと肩を竦めて自嘲する。
「……お前も、僕を笑いに来たか? 魔法使いでもない、ただの剣士に負けた僕を」
「ち、違います! わ、私は本を借りに来ただけで……」
「……それもそうか」
それだけ言ってワンダは本に目を向けずに、再び窓の外に目を向けた。
「……お前は、笑わないんだな」
そう小さく呟いたワンダの言葉に、ティラは「ええ」と頷いた。
ワンダ・ケセラという生徒は、今のこの学校において最強だとさえ言われていた。
まさしく、天才の再来。あの『魔女』マリーンにも並ぶほどの才能だと、教師たちだけではなく学生達からの評判も高かった。
しかしここ最近で二度敗北したことにより、彼に対する評価に変化が起きている。
一人目は噂の天才。『魔女』とも呼ばれる星6つの冒険者マリーン。
模擬戦と称して行われた戦いは、終始ワンダが圧倒される形で押し負けた。
これについては、相手が悪かったとも、さらに強くなっていたから仕方ないとも言われていたが、先日のトーリとの決闘騒ぎによりその変化は顕著になった。
――ただの剣士に負けたワンダ・ケセラは、実は弱いのではないか?
――噂は所詮噂。実は俺たちでも勝てる相手なのでは?
そんな噂話が学生たちの間で広まっていた。
むろん、そんなことはただの出まかせである。
実際に戦うことになれば、現状の学生においてワンダの右に出る者はいないだろう。
しかし、『奥の手』まで使用してただの剣士……それも星3つという、冒険者としてさほど高位でもない相手に負けた事実は噂話を悪い方向へ加速させた。
ワンダをよく思っていなかった学生達が積極的に動いていたことも理由にあげられる。
「言われてきた側ですもの。笑いません」
「……相手が、それまで自分に退学しろと言っていた奴でもか?」
「はい。それに、あれはトーリ先生が強かっただけだと思いますし」
「あれで星3つだというのなら、今頃冒険者は猛者ぞろいの魔窟だろう。……いや、僕から無理やり仕掛けた決闘なんだ。僕は負けた。それが結果だ」
そこでワンダは、チラと振り返ってティラを見た。
まっすぐに自身に向けられるその目は、自分がよく知る昔の目だった。
それと同時に思い出すのは、あの日血を流しながらも手を差し伸べてきた少女の姿だった。
「……変わったな、お前は。いや、戻った……と言うべきか」
「そういうあなたは変わりましたね」
「……だろうな。変わってなければ、意味がない」
そう言って立ち上がったワンダは、手にしていた本を脇に抱えて歩き出す。
そしてティラとすれ違う際に一度立ち止まったワンダは、「なぁ、ミラディンガ」と問いかけた。
「お前はまだ、宮廷魔法使いに……いや、誰かを守る魔法使いになることを諦めてないのか?」
「もちろんです。あの日憧れた背中は、今もなお私の目標なんですから」
「戦う道から外れる気はない……か。ならば幼馴染として、最後の助言だ。披露会で無様な姿を見せるくらいなら、早々に諦めて魔道具師にでもなったほうがいい。その道なら、引く手数多だろう。以前にも言ったが、伝手ならある」
「……ふふっ」
「……何がおかしい?」
そう口にしたワンダに対して、ティラは少し嬉しそうに微笑みながら彼を見上げた。
「いえ、ただ……まだ私を、幼馴染だと思ってくれていたんですね」
「……事実は、変えようがないだろう」
「ですね。けど、幼馴染の言うことでも聞きませんよ、私は。披露会、ワンダも楽しみにしていてください。びっくりして腰を抜かすかもしれませんよ?」
「……本当に、変わったな。そこまでお前が言うんだ。きっとお前を変えた、僕にも言っていない何かがあるんだろう」
フンッ、とそれだけ告げて書庫から出て行った彼の背を見送ったティラは、しばしの間嬉しそうにお目当ての本を探すのだった。
「……ならば使わせてもらおう。君が隠している何かがあったとしても、僕はその夢ごと潰してみせるぞ、ティラ」
書庫を出た彼はそう呟いて、己の懐にしまい込んでいたペンダントを握りしめるのだった。




