第84話:逆さの視界で流す雨
「よしその調子だ。腰はもう少し落として、一気に振り下ろす。躊躇しないようにな」
「はいっ!」
木剣を上段に構えたミラディンガはその体に魔力を巡らせて『纏い』を発動させると、そのまま木剣も強化し一息に得物を振り下ろす。
標的となった丸太は折れはしなかったものの、木剣が振り下ろされた箇所を中心に砕けて木片を零した。
それに対して、ミラディンガが振るった木剣には欠けた部分がない。それを確認した俺はうん、と頷いた。
「これなら問題はなさそうだな。木剣への強化は今の状態を見る限り問題はないようだし、後は身体への『纏い』の運用の方か……もう少し強化がうまくなれば、単位もやれそうだな」
「ほ、本当ですか……!」
俺の言葉で嬉しそうに笑みを浮かべるミラディンガに、「本当本当」と頷いて答えてやる。
空間魔法の習得と特訓の影響もあるのだろう。当初の予定よりも『纏い』の練度が高いからか、単位取得条件である丸太の破壊までもう少しと言ったところだ。
「少し休憩を入れようか」
「わ、わかりました」
チラとミラディンガを見れば、少し疲労が見え隠れしているのが伺えた。
講義の終了までまだ時間はある。一度小休憩を取るようにミラディンガに勧めれば、彼女は頷いて壁際まで歩いてそのまま座り込んだ。
「やっぱり疲れたか?」
「え? あ、はい……そうですね。でも、成長している実感があって楽しいです」
にへら、と年相応の柔らかい笑みを浮かべるミラディンガに、「それはよかった」と返して俺も少しミラディンガと間を開けて座り込んだ。
「最近よく笑うようになったな、ミラディンガ」
「そ、そうですか……?」
「ああ。最初なんて顔は強張ってたし、必要最低限でしか接しませんって雰囲気だったからなぁ。いやはや、まだ半月過ぎたくらいだってのに良くそこまで変わったもんだよ」
最初の講義のことを思い出しながらそう語れば、ミラディンガも当時の自分のことをよく覚えているのだろう。
少し実技場の天井を見上げたあと、うげぇ、と顔を顰めて俯いてしまった。
「すみません……態度が悪くて」
「いいって。今は良い方向に向かってるんだから。学生の今は過去を振り返らず、全力で今を駆け抜けた方がいいってもんだ。振り返るのは大人になってからにしておけよ? 人生の先輩からの助言だ」
その言葉に、ありがとうございますと小さく呟いたミラディンガ。
そしてしばしの間、俺とミラディンガとの間に静寂が訪れるのだが、「あの……」という彼女の言葉によって実技場に音が戻った。
「どうした?」
「昨日の決闘……の、ことについてなんですけど。その、すみませんでした」
何故か謝る彼女の様子に「んん?」と首を傾げる。
あれはケセラが俺に対して申し込んできたものであって、彼女が原因で起きたものではない。
例えケセラの行動原理が彼女であったとしても、その事実は変わらない。
「ミラディンガが謝るようなことじゃないだろ?」
「それは……そう、ですけど……昔からケセラを……ワンダを知っている分、どうしても他人事のようには思えなくて」
「ん? 二人は知り合い……なのか?」
「幼馴染なんです。今は……昔ほど、仲が良くないんですけど」
あはは……と苦笑した彼女は、深くため息をついて膝を抱えた。
そして目を閉じ、昔のことを思い出す様に言葉を紡ぐ。
「私とワンダの家は親同士の仲が良いこともあって、昔から家同士のつながりが強かったんです。子供の時は、よく二人で遊んでたんですよ?」
楽しかったなぁ、と懐かしむように呟く彼女曰く、昔はミラディンガが姉を気取り、その後ろをケセラがついて行くような関係だったらしい。
あの時のワンダは可愛かった、などと嬉しそうに話をする彼女の姿を見て、本当に彼女にとっての大切な思い出なんだろうと察せられた。
だが、楽しそうに話していた彼女の顔が「でもあの時……」という言葉と共に陰りを見せる。
「私がケセラを連れて、大人たちに内緒で近くの森に出て行ったんです。私しか知らない秘密の抜け道を通って」
「そりゃ……また危ないことをしたもんだな」
「……はい。絵本の中の大冒険に憧れて、ちょっとした冒険のつもりでした」
ワクワクドキドキの大冒険にするつもりだったのだろう。
幼かった彼女は、しぶしぶとついてきたケセラと共に森へ入ったとのこと。
そして運悪く、森の浅瀬で魔物と遭遇してしまったらしい。
「たまたま近くにいた宮廷魔法使いの方に助けられたんです。おかげでワンダは無事で、私も少し怪我をした程度で済みました」
「運がよかったな、それは。例え弱い魔物が相手だったとしても、子供の力じゃ太刀打ちはできないだろうに」
「……そうですね。けどその後、ワンダを勝手に連れ出したことが問題視されて、会えなくなってしまいました。再会したのは、この魔法学校に入った後。その時には……もう嫌われて、私の知っているワンダではなくなっていたんですけど」
入学当時、幼馴染との再会を果たしたミラディンガは、また昔のように話せると思っていたらしい。
だがしかし、そんな彼女に対して彼は何も言わなかったという。
そして魔法で伸び悩んでいた当時、既に生徒の中では魔法の腕が飛び抜けていた彼に幼馴染として助言を求めた彼女に向けて彼が言ったのは「早く退学した方がいい」という一言だった。
以来、顔を合わせては退学を勧めてくるようになったのだという。
「きっとあの時、無理やり森に連れ出した私を許してくれていないんだと思います。当然ですよね……それだけ怖い思いをさせたんですから。トーリ先生に矛先を向けたのも、私に対する嫌がらせ。だから、ごめんなさい……」
「……そういうものかねぇ」
どこか引っかかる部分がある気がしないでもないが、二人の間に何があったのかをよく知らない俺がどうこう言ってもあまり意味はないように思える。
しっかりものの優等生という印象の強かった彼女の姿が、怒られた子供のようにしょんぼりしているのを見て、俺は「よし」と立ち上がると再び実技場の真ん中へと向かって歩いた。
そして「ミラディンガ」と彼女の名を呼んだ。
俯かせていた顔を上げてこちらを見るミラディンガに、俺は木剣を肩に担いで手招きする。
「彼には悪いが、決闘の結果は俺の勝ちなんでな。俺のことに関しては、あんまり気にしなくていい。んで、だ。そんな辛気臭い顔でしょぼくれてるくらいなら、今は思い切り体動かしてスッキリさせよう」
「根本的な解決にならなくて悪いが」と苦笑してみれば、ミラディンガも「なんですかそれ」と困ったように笑みを浮かべた。
そして傍に置いてあった木剣を手に取ると、立ち上がってこちらへと歩み寄ってくる。
「そうそう。考える余裕がないくらい、体使ってみろよ。手合わせ的なのは初めてやるが……なに、全部合わせてやる。好きなように動いてみなさいな」
「ふふ……はい。よろしくお願いします。でも、私才能あるみたいなので、当ててしまうかもしれませんよ?」
「良い顔で言うじゃないか」
木剣を構えたミラディンガの体を中心に魔力が高まる。
「では、行きます……!」
そしてそんな合図とともに、『纏い』による強化を受けた木剣が俺に向かって振るわれるのだった。
◇
「うーん……予想外……これは予想外だったな……」
研究室のソファに寝転びながら、フェイルは天井を見上げながら困った困ったと呟いていた。
どうしたものかと彼女に操られた木が枝を伸ばして差し出したのは名前の欄に『トーリ』と書かれた一枚の資料だった。
「本人は特に貴族と言うわけでもなく、しかし出力はカスとはいえ基本の四属性の魔法を扱える。冒険者としては最近星3つになった剣士、と……本当かなぁ……?」
ゴロリと今度はうつ伏せになったフェイルは、眼鏡の位置を戻そうとして……そして今はつけていないことを思い出してやめた。
最近ずっとつけっぱなしだったもんなぁ、とため息を吐く。
「おまけに私の採血は拒否。四属性も実際に四色のヒヒイロカネで試してもらったから、嘘と言うわけではない。なら何故血液の採取を拒むのか……血が嫌い? なら冒険者、ましてや剣士なんてやらないはず。となると、知られたくない何かがあると考えるのが妥当だろう」
だがしかし、と彼女は再度ため息を吐き……そして「だぁー!」と頭を抱えて立ち上がると今度はソファではなく床をゴロゴロと転がった。
「そう思ってケセラくんとの決闘にまでわざわざ出張ったのにぃ!! それにケセラくん相手なら、隠してる何かを使うと思ったのにぃ!! なぁんで木剣と『纏い』だけで終わらせるかなぁ!?」
ウガァァァァ、といくらかの奇声を発したフェイルは、その後しばらくしてから漸く停止。
疲れたのかフラフラとした足取りで立ち上がると、のっそりとした動きでソファに舞い戻りダイブして再び寝転がる。
「うう……それにケセラくんはケセラくんで、勝手にトーリくんを追い出そうとしてるし……無理やり講義の名目で依頼をねじ込んだ私の苦労が水の泡になるところだったしさぁ……」
実のところ、ワンダ・ケセラの勝利時の要求を聞いた時はトーリ本人よりも彼女の方が焦った程である。
そしてそんなことになればたまったものではないと、開けたステージから木の生える森林ステージへと変えて魔法使い有利にならないようにしたのだった。
もちろん、理由はそれだけではないのだが。
「『創造森』で周りからの視界を悪くすれば、隠している何かを使ってくれると思ったのにぃぃぃ……それを機に、見ちゃった♡って迫るつもりだったのにぃぃぃ……」
なお、森は自身の魔法で作り出したものであるため、学生達には見えていなくても木を媒介して決闘の様子は一部始終全てちゃんと見ていたフェイルである。
「というか、ケセラくんを相手にできる剣士が星3つなわけないだろぉ!? 学生とはいえ、確実に星4つ以上は確実な生徒だぞ!? 場合によっては手助けも考えていた私がバカみたいじゃないか! これはギルドに文句を言ってもいいんじゃないかなぁ!? かなぁ!?」
今度はにゃぁぁ!! とソファの上でブリッジし始めるフェイルさんびゃくにじゅういっさい。
トーリ命名チクショウエルフ。
そしてちょうど講義を終えて研究室へと戻ってきたマリーンは、ソファの上でブリッジしながら奇声を発する彼女の姿を見て一言。
「……楽しい?」
「……ああ、楽しいねぇ!? 君もやるかい!?」
「……ん。帰るね」
その見事なスルーと引き際に、逆さになった視界でほろりと涙を流すチクショウなのであった。




