第83話:その手に重なるもの
「(勝利条件は致命傷を与えるか、敗北を認めさせるかの二つだったか。致命傷は魔道具が肩代わりするみたいだし、木剣を頭に叩き込めばいいだろう)」
マリーンにも確認はしてみたが、相当優秀な魔道具のようで後遺症も残らないのだとか。改めて聞くと『写し身の聖杯』、とんでもない魔道具である。
「しかし魔法使いが相手か……何気に初めてだな」
合図が演習場に響いた瞬間、ケセラが一本の水の槍を形成してこちらへと撃ち出してきた。
俺は剣を構えたまま『纏い』によって強化した脚を動かし、障害物となっている木に身を隠す。
「逃げるだけでは勝てないですよ……!」
「様子見と言ってほしいね」
力技で俺が隠れる木を破壊するつもりなのか、幾つもの水の槍が当たっては幹を削り取っていく。
フェイルさんの魔法で生み出された木であるが、あまり長くは隠れられないだろう。
「(と言うか、対人戦は『帰らずの森』でのアロウとイーケンスしか経験がないんだ。結局ヴィーヴルヴァイゼンとは直接戦ったこともないし、あたおかの狂信者は論外。これをいい機会だと思っておこう)」
いつかは剣士としても魔法使いと戦う時が来るかもしれない。そう考えてみれば、今回のこの決闘は相手も俺も命をやり取りについて心配する必要がない。
だがしかし、負ければ依頼を即刻中止してボーリスに帰還だ。
別にこの決闘、俺が負けてもミラディンガの師匠としては動くことは可能だ。
だがしかし、だ。そもそもこの依頼を受けたのは金欠と学校に興味があったのが始まり。それにミラディンガへの『纏い』の指導もまだまだ半端であるため、途中で終わらせるわけにもいかない。
それにマリーンが気を使ってくれた依頼だ。中途半端に投げ出すものでもないだろう。
ということで大人げないが勝てるように動くつもりだが、こんな大衆が見ている中で……特にマリーンやフェイルさんが見ている前で本気を出すつもりもない。
使うのは『纏い』での強化。しかしそれは加減したうえで勝利する必要がある。
「(ワンダ・ケセラ。マリーン曰く水魔法の使い手)」
模擬戦をした際の話をマリーンから聞いたが、圧倒できたのは三年間冒険者としても魔法の実力を伸ばしたからこそであり、当時3年生であったマリーンと比べても遜色はないらしい。
つまり、将来的には星6つになれるポテンシャルを持つ魔法使いと考えていいだろう。
「それでも、勝たせてもらうか」
魔法が撃ち出された瞬間を見計らって、横っ飛びで木の影から飛びだした。
低い姿勢を保ちゴロリと受け身を取った俺は、そのまま飛び出した方向とは真逆の方向へと進路をとる。
「なっ……!」
照準を俺に合わせて魔法を撃とうとしていたケセラの反応が一瞬遅れ、展開されていた水の槍が俺を追って向きを変えた。
だがその時にはすでに壁にしていた木を蹴りだし、また逆方向へと跳んで移動する。
「よく動く……!!」
「そりゃ魔法の的にされたら敵わないんでな!」
「くっ……『水障壁』!」
右に左に動きながらケセラとの距離を詰めていく。
流石に剣士を相手に距離の有利を潰されては不利だと判断したのか、ケセラはワンドを振るうと俺との間に巨大な水の壁を張った。
念のためにと強化した木剣でその水の壁に斬りかかってみたが、今の状態では突破できる気配はない。
「『水進』」
その隙を見たケセラは、足に水を纏わせる。
そして足から水を噴出し、滑るように後退して俺と距離を取ると再び周囲に水の槍を展開した。
「なるほど、動ける魔法使いか」
「その辺の魔法使いと一緒にしないでいただきたい……! 『水槍』! 発射!」
「言われてんぞヴィーヴルヴァイゼン!」
ここいはいない知り合いの名を口にしながら、いくつかの水の槍を木剣で弾いて走り回る。
強化して耐久も上げているため魔法を弾いても木剣が壊れることはないが、『纏い』がなければまともに弾けもしないだろう。
それに距離を詰められてからの判断も冷静そのもの。剣士相手には距離が重要であることをよくわかっている立ち回りだ。
おまけに俺が距離を詰められないよう、今も動きながら魔法を撃ってくる。
まさか魔法使い相手に引き撃ちされるとは考えてもいなかった。
おまけに、だ。
「『水槍』! 『水牢獄』!」
「やりにくいな君……!」
何本もの水の槍による面制圧の攻撃が来たと思えば、その逃げ道には水の牢獄が待ち受けている。
やってることはまるで追い込み漁。わざと逃げ道を用意し、そこに誘い込もうとする様はまさにそれだ。
魔法の使い方がうまい。天才の再来などと呼ばれているだけのことはあるのだろう。
一度こちらから大きく距離を取って様子を見れば、攻めてこないと知ったケセラも足に纏っていた水を消して立ち止まる。
「色々やっているのに当たらないとは……ただの剣士と思っていただけに驚きました」
「なんだ、口では敬語でも内心では下に見てたのか君は」
「……そう、ですね。気分を害したのならすみません」
「謝られたところで、この決闘を辞めるつもりはないんだろ?」
「もちろんです」
そう言って決闘を再開しようとワンドを構えるケセラ。
だが俺は周囲の観客席には聞こえないよう、彼に言葉を投げかけた。
「なぁ、ケセラくん。何故君は、そこまでして俺を追い出そうとするんだ?」
「……言ったでしょう。魔法使いになるためのこの学校において、『纏い』は講義として意味をなさないんですよ。そんな無駄な講義をするだけの教師ならここにいる意味はない」
「まぁそう言いたい気持ちもわかる。けど、動ける魔法使いというのが有用であることは、君だってわかっているはずだ」
でなければ、先程見せた『水進』のような移動のための魔法は使わない。
その場で棒立ちになって固定砲台と化す魔法使いになっていただろう。
「……」
「と言うことはつまり、『纏い』そのものを本気で否定しているわけではないんだろう? でもそれをわかったうえで否定する。となると、それとは別に俺を追い出したい理由があると考えるのが妥当だ」
「……ふっ、何を根拠にして――」
「ミラディンガか?」
「っ――」
その名前を口にした途端、彼の視線は鋭く俺を射貫いた。
力強く握られたワンドの先端が俺を捉える。
「……はぁ。アオハルってやつかぁ……。安心しろよ少年。講義では俺と彼女の二人きりだからと言って、君が考えるようなやましいことはなにもない。と言うか、学生に手を出すとか常識的に考えてアウトだからな」
「……なるほど、そう思われてしまうことは仕方ないのでしょう。だが僕は、そんな浮ついた考えであなたに挑んだわけではない……!!」
怒りを顕わにしたケセラがワンドを振るえば、今まで以上の魔力がケセラを中心に発せられ、彼の周囲に大量の水が形成される。
やがてその水は形を変え、そして彼を守るように蜷局を撒く巨大な龍へと姿を変えた。
「『天翔水龍』。僕の奥の手だ」
木々の高さを悠々と越して現れたそれはよく見えたのか、今迄観客席で見守っていた生徒たちが興奮と歓声で色めき立った。
奥の手……これを出したということはつまり、彼はこの魔法で決着をつけるつもりなのだろう。
「……まず、勝手な憶測で色々と言って悪かったな。別に悪気があるわけじゃなかったんだが……それについては謝るよ。ごめんな」
「別に気にして……いや、少しだけ傷ついたので、その謝罪は受け取ります。けど、だからといってあなたをここから追い出すことに変わりはありません」
「まるで、もう決闘に勝ったような言い方だな」
「はい。事実、この魔法を出した時点で、一介の剣士に過ぎないあなたには対抗する術はないはずです。使うつもりはありませんでしたが、僕の予想以上にあなたは優れた剣士でした」
そりゃどうも、と肩を竦めながらこちらも木剣を構える。
確かにケセラの言う通りだろう。あんな大質量の水の塊、喰らえば即終了は目に見えている。
だからと言って、今の状態で避けられる気がしない。
全力の『纏い』であれば突破可能だが、決闘に際して己に課した条件としてそれはなしだ。
チラと観客席のフェイルさんと、お菓子で頬を膨らませているマリーンを見やる。
「では、これでこの決闘を終わらせましょう……! 今日までの報酬はきっちりもらって帰ってください!」
「変なところで律儀だな君!」
振るわれたワンドと共に、蜷局を巻いていた水の龍が俺に向かって真っすぐに襲い掛かってきた。
一応念のためにと、強化した脚でケセラの周囲を駆けてはみたが、ご丁寧なことに追尾性能もあるようで水の龍が進路を変えて俺を追ってくる。
なら、仕方ない。
表であっても、時には思い切りも大事ってことで……!
木剣と体に魔力を回す。
表の俺としての限界ギリギリの量であるため、あの水の龍を打ち負かすほどの威力は出ない。
だがそれでも、一瞬だけ打ち合わせることはできる。
「せーのぉっ……!!」
駆けていた脚を急停止させ、追って来ていた龍と真正面から対峙する。
そしてその頭に向かって、思い切り剣を薙いだ。
◇
凄まじい衝撃と共にとてつもない水柱が観客席までもを濡らす。
あんな大質量の水を真正面から受けて、無事でいられるはずはないだろうと、観客席に座る学生達はその身を濡らしながら眼下の決闘を見守っていた。
「ト、トーリ先生……」
「……安心しろ、ミラディンガ。あれだけの魔法なら、魔道具の効果で無効化される。トーリ先生も、無事なはずだ……」
最前列で二人の決闘を見ていたティラがトーリの立っていた場所を見つめて不安の声を上げる。
そんな彼女を見たワンダは、肩で大きく息をしながら今にも倒れそうになるのを耐えてそう言葉を投げかけた。
とはいえ、自身の奥の手を真正面から喰らったのだ。
致命傷のダメージは魔道具が無効化するとはいえ、何かしらの影響はあるかもしれない。
そう考えて判定員であるフェイルを呼ぼうとしたケセラであったが、背筋に走った悪寒に体が反応して身を屈ませた。
「おっと、避けられたか。勘か?」
「!? なぜ……!」
先ほどまで頭があった場所を的確に振りぬいた蹴りと、その蹴りを放った人物を見てケセラは目を見開く。
「なぜって、まだ負けてないからだよ」
「がっ……!?」
蹴りを避けるまでは良かったが、魔力枯渇で鈍った体ではそこ止まり。
成す術なく足払いによって体勢を崩されたケセラは、そのまま寝転ばされるように地面に押さえつけられ、そしてその首筋に手刀が添えられた。
「ほい、一丁上がりってな。これで俺の勝ちでいいか?」
「っ……な、何を、言ってるんですか……! 卑怯ですよ、トーリ先生……! 僕の奥の手のダメージが、『写し身の聖杯』で無効化されて動けるからって、こんなことを……!」
「残念だけど、それは君の勘違いだぞ。俺は君の魔法を受けちゃいない」
「な、なんだと……? そ、そんなはずはない! あの時確かに魔法は当たって……」
「ああ、それは当たってるぞ。俺じゃなくて木剣に、だがな」
ほらあそこ、とトーリが指さした先にあったのは、もう柄しか残されていない木剣だった。
「木剣であの魔法と打ち合わせた瞬間に離脱したわけだが……一歩でも間違えたら水に呑まれて終わってるぞあれ。多少濡れた程度で済んだのは運がよかった、本当に」
「だ、だから! そんなわけが……!」
「本当だとも、ケセラくん。その証拠に、『写し身の聖杯』が彼のダメージを肩代わりした形跡はないからねぇ」
「フェ、フェイル先生……」
「やっほ~」と呑気な声を上げながら現れたエルフの教師がトーリの言葉を肯定する。
そして彼女は周囲に張り巡らせていた木々を魔法で操り、ステージの下へと埋めてしまった。
「で? ケセラくん。まだ続けられるかい?」
「もう魔力切れで動くのも辛いだろ? ここから逆転できる手もないのなら、大人しく諦めてくれや」
「……参り、ました」
悔しそうに表情を歪めたケセラがそう呟いたのを聞き、俺はフェイルさんの方を見た。
そして彼女は高らかに宣言する。
「この決闘、勝者はトーリ先生だ!」
◇
徐々に大きくなっていく拍手の音と、学生達による歓声。
どちらもすごかった、などという言葉が耳に入っては抜けていく。
――そうか。負けたのか、僕は。
仰向けになって天井を見上げる今の自分はなんと滑稽なのだろうか。
確かに相手は強かった。それでも負けるつもりなど微塵もなかった。だからこそ奥の手も使った。
それでも、負けた。
あの『魔女』と呼ばれる星6つの彼女ならまだしも、星3つの剣士に負けた。
その事実が重く……重くのしかかってくる。
こんなことで、どうやって守るつもりだったのか。
「ほら、立てるか?」
「……」
差し出された手を見る。
こちらを心配して、差し伸ばされた手だった。
その手が、いつか見たものと重なった。
「……いえ、大丈夫です」
「奥の手使ったんだろ? あんまり無理は――」
「無理はしていないっ……!」
自分の足で立ち上がる。
魔力の枯渇で震える足に、無理やり力を込めて、自分ひとりの力で。
もっと強くならなければ。
「……わかった。なら、決闘の勝者として、俺からの要求だ。もう決闘とかの面倒事に、俺を巻き込まないようにしてくれ」
「……退学も、考えていたんですがね」
「一案ではあるが、そこまで君に興味もないしな。迷惑は被ったが、子供相手にムキになりゃしないよ」
「……わかり、ました。今日は、これで失礼します」
「む? そうかい。なら、今日はゆっくり休みたまえ」
「……はい、ありがとうございます。では、これで」
重い足を引きずるように演習場を出る。
演習場を出て、しかしあんな無様を晒して寮に帰る気にならなかった僕は、その足で学校を出る。
そうだ、お気に入りの本屋にでも行こう。
もしかしたら、何かの強くなるためのヒントがあるかもしれない。
今以上の強さを。
もっと強い魔法使いになるために。
守ると、自信を持って口にできるように。
「……ん?」
一歩、また一歩と足を引きずるように街を進む。
そんな僕の耳に、ふと、笛の音が響いたのだった。




