第82話:気乗りしない決闘
「トーリ先生。僕の我儘に付き合っていただき、ありがとうございます」
明けて次の日。
マリーンだけではなく、実はフェイルさんも手籠めにしているというあらぬ噂を否定して回るのに奔走していた俺は、講義を終えた放課後に演習場を訪れていた。
演習場は戦いの舞台となる円形のステージを中心に、そのステージを周囲から見下ろす形で観客席がぐるりと囲っているような構造になっている。
そしてそんなステージの上には今回俺に決闘を仕掛けてきたワンダ・ケセラが待機しており、俺の姿を見るとまず最初に頭を下げてそう言った。
「そのお礼が言えるのなら、決闘なんて仕掛けてくるんじゃないよ……」
「すみません。しかし、必要なことだと思ったが故の決闘です」
昨日まで全くと言ってもいいほど関りがなかったというのに、いったい何が必要なのだろうか。俺には全くわからないよ……
「今回の決闘の見届け人についてはフェイル先生からお声がけいただいたのでお任せすることにしましたが……トーリ先生も問題はないでしょうか」
「決闘の時点で問題だらけなんだが?」
チラと観客席の方に目を向けていれば、ちょうど目が合ったフェイルさんが「やあやあ!」とクイクイと何度も眼鏡の位置を直しながら手を振っていた。
その隣には、どこかで買ってきたのかお菓子を小動物のように食べているマリーンの姿もある。
目が合うとマリーンは小さく頷き、そしてまたお菓子を食べ始めた。
どうやら今はお菓子に集中していたいらしい。
「にしても、また随分と賑わってるなぁ……」
マリーンに向けていた視線をぐるりと周囲の観客席に向ければ、全部とはいかないがある程度の席が学生たちによって埋められていた。
中には俺に決闘を仕掛けてきたワンダ・ケセラを応援する女子生徒の集団の姿もある。
「ケセラくーん! こっち向いてぇ~!」という声援に対して、彼は特に何も反応しないのだが、「そんなクールなところも素敵~!」とバッタバッタとその集団が倒れていた。
あれが将来の国を担う魔法使いの姿と考えると、末恐ろしいように感じてしまう俺は正常なはずだ。
とにかく、この決闘は既に学校中でも話題にはなっているらしい。今からなしにしようとしたところであまり意味はないだろう。
フェイルさん曰く、俺があのペリースを受け取ってしまった時点で決闘はお互いが承認したことになるのが昔からのルール。もしこれを一方が辞退した場合は、自動的に敗者となり命令を聞かなければならない。
なんだそのクソルールは。滅べ。
「……で? 不意打ちで強引に決闘なんて受けさせてきたんだ。何か俺に要求したいことでもあるのかな? ケセラくん」
「話が速いのはありがたい。僕がこの決闘に勝った時ですが……トーリ先生、あなたにはこの学校での講義を辞めて帰ってもらいます」
「……はい?」
「なにぃぃ!?!?」
腰に携えていたのか、木製のワンドを取り出したケセラは、そう言ってワンドの先を俺に向けて言い放った。
予想していなかった命令であったため、俺も一瞬その意味が分からずまぬけな声を零してしまう。
そしてついでに、どこかのエルフが頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「あー……すまない、それの意味が――」
「ケセラ!! どういうことですか!! 何であなたが、そんなことを決めるんですか!?」
特に関りがあるはずもないケセラが何故俺をこの学校から追い出そうとしているのか。
その意味と理由を聞こうとしたのだが、俺の言葉は観客席から響いた女子生徒の声によって阻まれてしまった。
そちらに目を向ければ、よく見知った生徒が観客席の最前列から身を乗り出して叫んでいた。
「……お前には関係ないぞ、ミラディンガ」
「あるに決まっているでしょ!? トーリ先生の講義は、私が受けているんですよ!? それを――」
「お前しか受けていない講義に、いったい何の意味がある。ましてや『纏い』なんて、魔法使いには不要な代物だ。聞くところによれば剣を振るっているらしいが、この魔法学校で剣術とは……何をしてるんだお前は……!」
そう言って観客席のミラディンガを鋭く睨むケセラの視線に、ミラディンガは一歩引いてたじろいだ。
まぁ彼が言いたいこともわからなくはない。
そもそもの話、今回俺が『纏い』の講義をしているのはフェイルさんからの依頼によるもので、その依頼もマリーンの交渉によって採血代わりに追加されたものだ。
単位の所得条件やら、講義の時間やらもフェイルさんによって無理やりねじ込まれた講義。第三者から見れば、意味があるのかと首を傾げてしまうのも仕方ないだろう。
だからって、決闘なんて方法で訴えなくてもいいだろうに……
「あー……ケセラくん。そういうのは、あそこで頭をかかえているエルフ先生に直接言った方が速いと思うんだが……」
「トーリ先生。あの人はエルフ先生ではなく、フェイル先生です」
「真面目か」
「そしてその問いについてですが、きっと僕が抗議したところでフェイル先生は了承してくれません。あなたをここに招いたのは彼女なんですから。なら僕自身の力でやるしかないでしょう」
「そんな力強く言われると、こっちが間違っているように思えてくるのが不思議だよ……」
「ありがとうございます」
「褒めてないんだよなぁ……」
思うに、彼は真面目な生徒なのだろう。
受け答えもしっかりしていて、自分の意見を曲げないところはまさにそれだ。ミラディンガとは違い、こちらは堅物な生徒会長とか委員長みたいなタイプだな。
「ではトーリ先生も来たところで早速――」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ケセラがワンドを構えたことで、俺も持参してきた木剣を構えようとしたのだが、そんな俺たち二人に対して、観客席から待ったがかかった。
「今回の決闘、私の方から追加でルールを定めさせてもらうよ!!」
待ったをかけたのは判定員にしてチクショウエルフことフェイルさん。
彼女はローブの懐からワンドを取り出すと、「よっ」という軽い声と共に観客席を飛び越えてこちらまで歩み寄ってくる。
「フェイル先生。そんなことを急に言われても困ります」
「そうだね、困るよね。だからこそ、急に決闘しかけてきた自分のことを顧みてほしいと思うんだよ俺は」
「うんうん、ケセラくん。君の言いたいことは私もよぉ~く、よぉ~~くわかる! だがしかし、こんな開けたステージじゃあ、魔法使いである君に有利すぎるのは誰が見ても明らかな話だろう? そんな条件で勝った、なんて言えるのかい?」
「む、確かに……それについてはフェイル先生の言うことも一理ありますね」
「トーリ先生の話も聞き入れてくれない?」
「そうだろうそうだろう! ならばこそ、だ! お互いにフェアになるよう、私自らが相応しいステージを用意しようじゃないか!」
「だめだこの二人全然聞いてねぇ……!」
勝手に目の前で話を進める真面目くんとチクショウエルフ。
こいつらから|アデルハイトとヴィーヴルヴァイゼン《あのアホ共》と似た厄介さを感じてしまっている俺は、思わず頭を抱えて蹲りたくなった。
「では始めよう! 『創造森』!!」
ヒュンッ、とワンドを振ったフェイルさんの言葉とともに、俺たちの立つステージに変化が起こった。
巨大な何かが蠢くような不気味な音が演習場に響いたかと思えば、足元の地面が押し上げられる。
そしてその何かは俺の足元だけではなく、ステージ全体でも同じように顔を覗かせた。
「なるほど、木か」
現れたのは木の根っこ。
俺がフェイルさんの研究室で見ていた物よりもはるかに巨大な木の根が俺とケセラの足元に張り巡らされ、そして周囲を囲うように巨木が生える。
うねうねとまるで触手のように蠢くその様子を見て、内心で気持ち悪いなぁと寒気を覚えた。
実際にこんな巨大なものが目の前でうねっていたら恐怖でしかない。
「さぁ、完成だ! うんうん、流石私だね! これなら、トーリくんにも不利はないだろうさ!」
そういって完成したのは足元に木の根が張り巡らされた森林のようなステージだった。
ところどころに生えている木は、魔法に対する壁にしたり足場にしたりできそうだ。先ほどの開けたステージよりは戦いやすいだろう。
なお、観客席からの視界は悪いのか、ところどころで学生達からの苦情が出ている。
しかし、「文句を言った生徒は単位をあげないよ!」というフェイルさんの鬼畜の一言で押し黙った。
流石チクショウエルフ。
「……では、トーリ先生。フェイル先生の準備もできましたので、早速始めましょう。準備はよろしいですね?」
「まぁ気乗りしないのが本音なんだが、追放回避のためには仕方ないか」
改めて木剣を構えて、幾本かの木の向こう側でワンドを構えたケセラと対峙する。
そしてお互いの準備ができたところで、フェイルさんの「始め!!」という合図が演習場に響いたのだった。




