第81話:チクショウあのエルフゥ!!
店に来ていた学生たちの視線に晒されたが、夕方にはミラディンガの特訓に付き合うことができた。
以前のように部屋直接迎えに行き、そこから『帰らずの森』へと『転移』する。
『纏い』の講義の際にも、順調だからと何度か早めに講義を切り上げたからだろうか。一人での特訓に時間を費やせたミラディンガの『断裂』の精度は以前よりも増していた。
試しに、と『固定』でバラバラに設置した的を標的にして魔法を行使すれば、瞬時に距離を把握して『断裂』で石を裂いていた。
まぁ魔法を当てられたのは10個設置したうちの5個だったが、それでも教えてから一週間ということを考えればなかなかの成果だ。
距離が離れるほど精度は落ちていたが、そこは繰り返し練習して慣れるしかないだろう。
現在のミラディンガが正確に『断裂』を当てられる距離はだいたい10メートル程度まで。披露会では各自生徒が『奥の手』を的に向けて放つことになるらしいが、その的までの距離が20メートル程あるらしい。
近くないかとも思ったが、その時には教師によって周囲に守りの魔法が展開されるため安全性には問題はないそうだ。
まだミラディンガが当てられる距離ではないが、このままいけば来週中にはクリアできる。
となると、残りは『断裂』の同時展開の練習でもさせてみようかと思うが、ミラディンガならこれも披露会までに習得できるはずだ。
うんうん、とミラディンガの空間魔法の進捗に問題がないことを改めて考えながらのんびりと空を仰ぐ。
ここは魔法学校の中庭。その中でも日当たりが少し悪い場所に当たる。
だが人目を避けられるこの場所は、今の俺にとってはありがたい場所だった。
「はぁ……どうして女の子ってのは色恋沙汰が好きなのかねぇ……」
昨日マリーンと一緒にお菓子を食べに行ったこと、そしてそのお店が変な割引をやっていたことも相まって、俺とマリーンの関係についての噂話がさらに加速した。
今日も朝から、俺を見かけた女子生徒たちが真実なのかどうかと話しかけてきたり、話しかけなくても俺を見てひそひそと話す生徒が増えている。
そんな視線から逃れらるこの場所が、なんと心地の良いことか。
先ほど見つけたばかりだが、もうこれからこの場所を俺の根城にしたい。
「もう少し落ち着けないものかなぁ……」
「まったくですね。それについては、僕も同意しましょう」
「……んぉ?」
突然かけられた声に体を起こしてみれば、そこにいたのは見慣れない男子学生だった。
薄い青色で、流すような前髪が印象的な生徒だ。
その男子生徒は「トーリ先生、ですね?」と髪色と同じ瞳をまっすぐに俺に向けていた。
どこか攻撃的に思えるのは、俺の気のせい……なのだろうか。
「ああ、俺がトーリだが……君は?」
「三年のワンダ・ケセラです。こうしてお話しするのは初めてですね」
「まぁ俺が知ってる生徒はミラディンガしかいないから無理もないだろうさ。それで? わざわざ一人で俺のところに来て、いったいどんな用だ?」
立ち上がって対峙した俺がそう問えば、ケセラは「それもそうですね」と左肩のペリースを外して俺に向かって投げてよこした。
突然のことで反射的にそれを受け取った俺は、いったい何なんだとケセラを見る。
「受け取りましたね。これで、僕とあなたの決闘が受理されます」
「……はい?」
「日時は明日の放課後、演習場で行います。僕は魔法で、あなたは『纏い』を使用した剣術での勝負になりますが、まさか『纏い』を教えている教師が生徒の挑戦を断る、何てことはしませんよね?」
「……はい? え、いやちょ――」
「それでは、僕はこれで。明日を楽しみにしておきます」
俺の静止の声も聞かず、それだけ言って立ち去っていくケセラ。
俺が伸ばした手は何も掴まず、ただ置いて行かれたかのようにその場で立ち尽くすしかなかった。
そしてもう片方の手に収まったペリースとケセラが消えた校舎を交互に見比べる。
「え……ええぇ……」
困惑する俺の声が中庭の木々の喧騒に溶けていく中、今からでもこのペリースを焼却処分でもして無効にできないかと考え始める俺なのであった。
◇
「おや、そのペリース……まさか決闘を受けたのかい?」
「好きで受けたわけじゃないです」
ペリースを片手に俺が訪れたのはフェイルさんの研究室。
この間まで見当たらなかった彼女であるが、今日研究室に来てみれば「やぁ、何か用かな?」と当然のように出迎えてくれた。
マリーンへ余計なことを教えたことといい、割引券のことといい、言いたいことは山ほどあるが今はその話よりも優先することがある。
内心での文句と固めた拳をぐっと抑え込んで笑みを張り付けた俺は、彼女に促されて対面のソファに腰を下ろした。
「そもそも、何なんですかこれは。決闘とかあったんですかこの学校」
「それはもちろん。何せここは歴史ある魔法学校。貴族の子供も多く通う場所だからねぇ。何かの揉め事があった際には昔から実力で優劣を決めるのがルールなんだ。決闘はその名残だね」
「そんな物騒なルールを残すんじゃないよ……そもそも、生徒同士じゃないですし」
「あまり例がないだけで、全くないわけではないよ? 事実かなり昔だが、生徒が教師に挑んだこともある。まぁ死人が出ていた昔に比べたら、今は随分とマシだよ。決闘は何人かの教師がついて死なないように判定で決着をつけるし、致命傷に至るような魔法を受けても魔道具が肩代わりしてくれるからね」
いやはや便利な時代になったものだ、と楽しそうに笑うフェイルさんだが、いくら安全だと言われても、その決闘なんてものを仕掛けられている俺からすれば笑い事ではないのである。
そんな不満げな俺の顔を見たフェイルさんは一度姿勢を正して座りなおし、「それで、誰に決闘を挑まれたんだい?」と尋ねた。
「確か、ワンダ・ケセラと名乗っていたと思いますが……」
「おや、これは驚いた。あのケセラくんが君に決闘を仕掛けたか」
そう言って意外そうに眼を見開くフェイルさんは、少しずれた眼鏡を直しながら魔法で生み出した木で背後の資料の山を漁り始めた。
「知っている生徒ですか?」
「もちろんだとも! 私の講義も受けてるからね。というか、そうでなくてもこの学校で彼のことを知らない生徒はいないよ? っと、これだこれだ」
はいこれ、とフェイルさんから渡された一枚の資料に目を落とせば、そこに書かれていたのは話題に上がったワンダ・ケセラの成績表だった。
ずらりと並ぶ彼の成績。そのすべてにおいて、1と2の順位しか記載されていない。
「見ればわかると思うが、筆記、実技共に優秀な生徒でね。特に魔法の実技においては教師すらも上回る程の腕を持っている。あ、もちろん私の方が上だよ? すごいだろ? 研究に協力したくなったかな?」
「しないです。しかし……すごい生徒なんですね。ちなみにこの備考欄の『天才の再来』というのは?」
手にした成績表の一番下の欄に書かれていたその一文が気になって尋ねてみれば、「彼の異名さ!」とフェイルさんが笑った。
「君達冒険者で言う通り名のようなものだ。ちなみに、この魔法学校において『天才』という異名をつけられたのは後にも先にも、君の良く知る魔法使いただ一人。そんな彼女に匹敵するとまで言われている生徒だよ。まぁ、この間模擬戦闘でマリーンに圧倒されていたがね」
「それを聞いたところで、魔法使いに決闘を挑まれた事実は変わらないんですが……なるほど。こりゃまた変な相手に挑まれたもんだ」
面倒なことになったなぁ、と内心で盛大にため息を吐く。
これまで全く関わりなんてなかったというのに、どうして絡まれたのだろうか。これがわからない。
俺が知らないうちに何か気に障るようなことでもしたのだろうかと、これまでの行動を思い返してみたのだが皆目見当もつかない。
「……ダメだ。まったくわからん」
「ちなみにだが、決闘の勝者は敗者に一つだけ、可能な限りの命令を下すことができる。彼が君に何を要求するのかは知らないが、君も彼に何を要求するのか、考えておくといい」
「何でそんな重要なことを今言うんですかね?」
「聞かれずとも答えてあげただけ、まだ優しいと思ってもらいたいね! お礼は研究への協力でいいよ?」
「結構です」
えぇ~ケチィ~、と頬を膨らませて不満気なフェイルさんびゃくにじゅういっさい。
とりあえず、決闘の情報に加えて相手のことも追加で知ることができたのは大きいだろう。
後でマリーンにも、彼がどんな魔法を使用していたのか話を聞く必要も出てきた。
「聞きたいことは聞けましたので、決闘についてはこのくらいでいいです」
「お、そうかい。決闘は明日なんだろ? 頑張ってくれたまえよ」
そういって立ち上がった俺に手を振ってくれるフェイルさん。
しかし、いつ誰が話は終わったと言ったのだろうか。
そのまま俺は笑みを浮かべながら彼女の眼鏡をそっと取り外すと、そのまま流れるような動作で彼女の頭をガッチリと鷲掴みにする。
「……ト、トーリくん。この手はいったいなんだね? 徐々に力が入っているように思うのだが……」
「決闘の話は十分聞けましたのでありがとうございます。なのでここからは、俺から逃げていた件について、お話をしましょうねぇ?」
「……は、初めてだから、優しくしてくれないかな?」
掴んだ手の指の隙間から覗くフェイルさんの怯えたような目と、懇願するように震えた声。
そんな彼女に向けて、より一層笑みを深めた俺は軽く『纏い』で強化を施した後フンッ! とその手に力を込めた。
「するかボケェ! マリーンに変なこと言わせた件と、あの割引券について反省しろこのアホォ!!」
「ちょっ、待って待って私依頼者! 暴力反対! あ、待ってイタイイタイイタイィィ!?!? あ、あたまわれるぅ!? われちゃうのぉぉ!?!? 大事な中身がもれちゃうぅぅぅ!!!」
フェイルさんの泣き声交じりの悲鳴が研究室内に響き渡り、そんな彼女の背後では痛みに呼応するように床から生えた木がドッタンバッタンと暴れまわっていた。
そして数分後。
光の消えた目をかっぴらき、だらしなく口を開きながらぐったりとソファに寝転ぶエルフが一名完成したのだった。
勝者トーリ! 決まり手はアイアンクロー!
なお、研究室でフェイルさんと激しいプレイをしていたとして、次の日には噂が出回っていた!
チクショウあのエルフゥ!!




