第80話:先生たち
休み明け初日の講義から早いもので、もう次の休みが来た。
長かった……ここまでが長かった……
何が長かったかと言えば、生徒に会う度にマリーンとの仲はどうなのかと、女子生徒たちに揶揄われて絡まれるようになったことだろうか。
苦笑しながら毎回毎回誤解を解こうと説明しているのだが、その説明も空しく照れているだけだと思われて効果があるようには思えない。
というか、一緒の拠点で寝泊まりしている時点で説得力も何もない。
おのれ諸悪の根源フェイルめ……この恨み忘れないからなぁ……!
「トーリトーリ」
「ん、どうしたマリーン」
精神的な気疲れを癒すために、朝から部屋のソファでぐったりとしていると、いつもより機嫌のよさそうなマリーンが目の前に立っていた。
何かと尋ねてみれば、ピョンと隣に腰を下ろしたマリーンが紙のようなものを取り出して俺に見せて来る。
「……何だこれは?」
「割引券。お菓子のお店」
差し出されたのは、ポップな絵柄のチケットのようなものだった。
二枚あるうちの一つを受け取ってみれば、どうやら学園都市内にあるお店の物らしい。
マリーン曰く、魔法学校の生徒……とりわけ女子生徒に人気のお店とのことで放課後に訪れる生徒が多いのだとか。
聞けばお菓子だけではなく、ジュースや軽食も提供しているようだ。
なるほど、カフェみたいなものだろう。
「今から行く」
「俺もか? それはちょっと……」
「……え」
上機嫌だったマリーンの様子が、しなぁ……と枯れた植物のように萎えてしまった。
別に一緒に行きたくないわけではないのだが、場所とか現状のタイミングが悪すぎる。
特にここ最近はずっとマリーンとの関係について言われてきたんだ。
そこでこんな学生たちがよく行く場所で一緒にお菓子を食べているのを見られたら、女子たちのテンションが更にヒートアップすることは間違いがないだろう。
それはそれで俺にも、マリーンにも迷惑がかかる可能性がある。
そう言う話をしようと一度マリーンに向き直ってみれば、いつものジト目が少しだけ垂れて悲しそうな雰囲気を帯びていた。
「……ボク、トーリに嫌われた?」
「え、な、何でそんな話になったんだ!?」
「……最近トーリ、学校で話してくれない。ボクの講義、来てくれなくなった」
「え、えぇ……いや、それは生徒達の反応がだな……」
ズゥゥン……と俯いて、膝まで抱え込んで丸まってしまったマリーンにどうしたものかと頭を悩ませる。
一応お互いのことを考えて、あまり学内で接触しないようにとマリーンの講義にも参加はしていなかったのは事実だ。
「……わかった、わかったよマリーン。ちょうど俺も甘いものでも食べたいところだったんだ。一緒に行こうか」
「っ! 待ってて。準備するっ」
どんどんと丸まってダンゴムシにでもなりそうなマリーンを見て、仕方ないとこちらが折れることにした。
まぁあれだ。所詮は雇われで一ヶ月しかいない冒険者だ。変な噂話も、生徒たちが卒業するころには熱も冷めて忘れてしまうだろう。
なら、そんな生徒達よりも、今後も付き合いがあるマリーンの機嫌をとった方がよほど意味がある。
ラフな格好をしていたマリーンが、いつものローブを纏って「準備できた」と戻ってきた。
俺もそれに応じて、灰色のローブを着てから共に学校を出る。
店までの道中、今日も夕方ごろに出かけて帰りが遅いことを伝えると少々機嫌が悪くなったマリーンだが、店の前に着くとその機嫌も治ってどれを食べようかと迷っていた。
なお、肝心の割引券であるが。
お店の人曰く、恋人及び夫婦限定の割引券と言うことらしく、使わずに全額俺が奢らせてもらった。
「なぁマリーン。あの割引券、誰からもらった?」
「先生から」
「あのエルフゥゥ!!!」
◇
「あのエルフゥゥ!!!」
トーリが恨みがましく叫んでいる様子を、店の外から眺めている女子生徒が一人いた。
「あ、トーリ先生だ。マリーン先生も一緒」
その生徒であるティラ・ミラディンガは、まぁいいかと呟きながらそのお店を横切った。
彼女の通う学校の生徒達にも人気のその店は、最近になって恋人か夫婦限定の割引をやっているという話を耳にしているため、先生たちはそれ目当てで来たのだろうと当たりをつける。
「トーリ先生すごいなぁ……マリーン先生がお相手だなんて。あんなに否定しなくても、まるわかりなのに」
クスクス、と笑みを浮かべた彼女はあの『マリーンの大切な人発言』があった講義の次の日、『纏い』の講義で質問した時のことを思い返す。
付き合ってるとかそんな事実は存在しない! と首を横に振った雇われ冒険者の男性教師はしかし、「一緒に寝てるんですよね?」という彼女の言葉に対して「……不可抗力だ」という言葉しか返さなかった。
どこの世界に付き合ってもない異性と一緒に寝る人がいるのだろうか。
本人が聞いていれば、「ここ! ここにいるんだよ!?」と青いジト目の魔法使いを連れて来るだろうが、それができない以上彼女の中ではすでに結論付いている。
それに、だ。
今の彼女にはそんなことよりももっと大事な用事がある。
「えっと……確か師匠のメモだと、的になる物を買えばいい……んだよね?」
今朝になってどこからともなく部屋に現れたメモ。
そこには自身に新たな可能性を見出してくれた大恩人である師匠からの言伝が書かれていた。
ティラはそのメモを見ながら、確かここの道をまっすぐ行けば、と角を曲がる。
「……ん? 笛の音……?」
そんな中で、ふいにどこからか聞きなれない笛の音が響いた。
綺麗な音色だ。思わず聞き入ってしまいそうになる。
「……あれ? ここ、どこ……?」
そして音に聞き入りながら角を曲がったティラは困惑の声を上げた。
ほとんどを学内で過ごしているとはいえ、それでも二年半も学園都市に住んでいるのだ。
ある程度の道や場所は把握しているつもりだった。
しかし、曲がった先はティラが知るものとは別の一本道の光景。
「……道、間違えたかな?」
「いえ、大丈夫です。ちょっとした私の都合で君をここに誘導しただけですよ、ミラディンガさん」
「えっ……?」
引き返そうとした彼女の背後から声がかかった。
こんな場所で突然名前を呼ばれたことに困惑と警戒を顕わにして指先を向けたティラであったが、その姿を見た途端に顔を綻ばせて指を下ろすとその人物の名前を呼んだ。
「パラスス先生!?」
「ははは、元、先生ですけどね。お久しぶりです」
パラスス、と呼ばれたその女性はうっすらと見える隈が特徴的な女性だった。
藍色の長い髪は手入れされていないのかボサボサで、身に纏う白のローブもところどころで汚れが目立つ。
教師時代から変わらないその姿を見て、先生らしいと安堵したティラは「お久しぶりです!」と元気よく挨拶しながら歩み寄った。
「心配したんですよ? 急に辞めちゃって挨拶もできなかったんですから」
「すみません。私にも都合がありましたから。それより、君の方こそ息災でしたか? 何も言えずに学校を去ってしまいましたが、これでも元教師。特に君のことは心配してたんですよ?」
「え、そうなんですか? ありがとうございます。はい、おかげさまで何とかやれてますよ」
そう言って笑みを浮かべるティラを見て、パラススは意外そうな目を向けた。
「……なにか、心境の変化でもあったんですか?」
「え?」
「以前に見た君は、もっと焦りのようなものが隠し切れてなかったんですが……今の君にはその様子がなさそうだ」
「あ、その……わ、わかるんですね」
「ええ。これでも君のことはよく見ていましたから。私の受け持っていた魔道具作成の講義において、君程才のある生徒はいませんよ」
そこまで話したパラススは、「ああ、そうだ」と何かを思い出したかのように続けた。
「ちょうどそのことで、君と話がしたいと思ってましてね。こうしてここに来てもらったんですよ」
「私に、ですか……? 別に学校で取り次いでくれれば私の方から会いに行きましたよ?」
「ハハハ……何も言わずに辞めてしまった手前、あそこに顔を出すのは少々気まずいんですよ。……っと、これですこれです。これを君に持ってきたんです」
そう言ってパラススは、懐から取り出した物をティラに差し出した。
パラススの手に握られたそれを見たティラは、「ペンダント、ですか?」と首を傾げた。
「ええ。これは私の作った魔道具で、使用者の魔法の力を高める魔道具なんです。 これを使えばきっと、ミラディンガさんも披露会で結果を残せるようになりますよ」
「……え、そ、そんなすごい魔道具を作ったんですか!? さ、流石パラスス先生です! 『阻塞壁』や『写し身の聖杯』に加えて、そんなものまで作れるなんて…… で、でも、どうしてそんなすごいものを私に……?」
「これでも元教師。そして君は私がもっとも目をかけていた生徒ですから。そんな君の夢を、私が応援しないわけないでしょう?」
「パ、パラスス先生……」
そう言われてティラは彼女の講義を受けていた昨年のことを思い返す。
どれだけ努力しても、魔法の腕だけは最底辺。そんな現状を嘆いていた自分に、唯一優しい言葉をかけてくれていたのが彼女だった。
時には講義も関係なく彼女の元へと通ったティラは、そこで自身の夢についても話したこともある。
それを彼女は笑わずに、応援もしてくれた。
それにティラの魔道具作成の腕を見て、もしダメだったら一緒に魔道具を作らないか? とも茶目っ気たっぷりに誘ってもくれた。
そんな彼女が、自分のためにと魔道具を用意したのだという。
それが嬉しくて、ティラは笑った。
「……ありがとうございます。パラスス先生。そんな風に、私のことを応援してくれたのは、あの時の学校で先生だけでした」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。ならこのペンダントを使うといい。きっと、君の夢の一助にもなってくれるはずです」
「でもごめんなさい。私はそれを受け取れません」
申し訳ない、と頭を下げるティラの姿を見て、優しい笑みを浮かべていたパラススの表情が一瞬固まった。
「私のために用意してくれたのは本当に嬉しいです。けど、私はまだ、自分の力を諦めたわけじゃ……いえ、一度は諦めかけましたが、大丈夫だって背中を押してくれた人がパラスス先生以外にもいたんです」
真っ直ぐにパラススを見据える今のティラには、パラススの知る焦りと不安で揺れ動く少女の姿が見られなかった。
希望とは違っても、自分に才能があると言ってくれた剣士の冒険者。
そして自分では気づかなかった可能性を見せてくれた仮面の魔法使い。
そんな彼らが自分を信じて押してくれた背中を、魔道具と言う外付けの力で否定したくはなかった。
「……そうですか」
「はい。でも、もしダメだったら魔道具制作の道も考えてみます。その時は、一緒に魔道具を作るって話。よろしくお願いしますね」
「……ええ。考えておきましょう」
そう言ってパラススは懐から笛のようなものを取り出すと、その歌口にそっと口を添えた。
「ちょっと、遅かったみたいですね」
「え?」
「ふふっ……何でもありませんよ。披露会、上手くいくといいですね」
そう言い残してパラススは笛を吹く。
ここに迷い込んだ時に耳にしたその音色を聞いて、ティラの意識がボゥッと遠くなった。
「……あれ、戻ってきた?」
しかしそれも一瞬の出来事だった。
すぐに意識をはっきりさせたティラは、角を曲がる前の場所で立ち止まっていた。
あれは夢だったのだろうか? と首を傾げたティラであったが、途中師匠からの買い物メモのことを思い出し、慌てて店へと急ぐのだった。




