第79話:好奇の視線とは別の
「ね、ねぇあの人って……」
「ええ、間違いないわ。あの人よ」
「あれが噂の……」
「同棲してる仲なんだってよ。きっと一緒のベッドだぜ」
教室の最後列の端に座って待機していると、周囲の生徒たちが俺を見てコソコソと何かを話しているのが目にとまった。
何か用でもあるのかとそちらを見れば、「やばっ」とすぐに目を逸らして前を向く生徒達。
もうこれで三度目である。
「……はぁ」
原因は何となくわかっているつもりだ。
一昨日の食堂での一件が、学校中に知れ渡っているのだろう。
何せ相手はここグレーアイル王国でも最高位にいる星6つの冒険者であり、そして魔法学校の卒業生でもある有名な魔法使い。
魔法使いになるために集った生徒達が気にするのも仕方のないことなのだろう。
だがそんな噂の相手が俺ときたもんだ。
星3つの剣士ともなれば、生徒たちが「なんで?」と思うのは当然のこと。
「……迷惑にならなきゃいいんだがなぁ」
チラチラと周囲から向けられる視線に耐えながら教室のあちらこちらへと視線を移していると、ふと最前列に座る生徒と目が合った。
「まぁ当然受けてるか」
その生徒――ミラディンガは小さくこちらに向けて会釈すると、また机に広げた教科書か何かに目を向けた。
予習か何かだろうか。やはり、勉強熱心な様子は俺の講義以外でも変わりはないらしい。
俺も学生の時にあれくらい真面目にやってればなぁと遠い昔のことを思い返していると、ちょうど講義開始の鐘が鳴った。
それと同時に今迄騒がしかった生徒たちが静かになり、入り口からマリーンが入ってくる。
教壇に立ったマリーンという、なかなか見られない光景。
あの不思議ちゃんのマリーンが生徒たちの前に立って講義していると考えると、少しだけそのギャップで面白いなと感じてしまう。
とはいってもマリーンは番犬がいるため教えることには慣れているはずだ。それに講義そのものについて不満を持つ生徒も見受けられないため、ちゃんと講義しているのだろう。
「……ん。それじゃあ、始める」
一度教室の中をぐるりと見回したマリーンと目が合った。
頑張れよ、とまるで授業参観に来た親のような気持で頷けば、マリーンは一度目を伏してから講義を始める。
なお、講義の内容についてであるが、教科書も何もない状態でいきなり受ける物じゃないと理解した。
半分くらいしか内容がわからなかった。
◇
「……はっ。今日の内容、終わった」
まだ授業の終了を告げる鐘が鳴る前に教壇に立っていたマリーンが呟いた。
どうやら今回の講義でやる部分が全て終わってしまったらしく、どうしたものかといつもの無表情で首を傾げて考えている様子。
「あ、じゃあマリーン先生! 質問! 残りの時間は質問の時間にしましょうよ!」
「そうそう! 私も先生に聞きたいことがあるんです!」
悩んでいるマリーンに向けて、講義に参加していた女子生徒たちが元気よく手を上げてそう言い始めた。
まぁ気持ちはわかる。学生だもの。
次の内容に移られるよりも、こうした別のことで時間を潰せた方がいいに決まっている。
授業かと思っていたら先生が休みで自習となった時間は最高だったよなぁ……
「……許可」
そんな学生達の言葉にどうしようかと考えを巡らせていたマリーンだったが、今から次の内容に移っても中途半端になると判断したのだろう。
頷いて話を聞く態勢になったマリーンに向けて、手を上げていた女子生徒は「ありがとうございます!」と礼を言う。
そして次には最後列に座っていた俺を見た。
「あの人とマリーン先生って、どんな関係なんですか?」
「そうです! もう一昨日から気になって夜しか眠れないんです! もしかして、恋人同士だったり……とか!?」
「……はい?」
え、俺? と急に話を振られたことで動揺する。
だがそんな俺のことは無視して話はどんどん進んでいるようで、他の生徒……特に女子生徒が「一緒に住んでるって聞きました!」とか「もうあーんとかする仲ですよね!?」などとヒートアップし始める。
まずい。内容がどれもこれも事実であるため、否定できないのがなお質が悪い。
とにかく、この流れを止めないとマリーンに迷惑が掛かってしまう。
そう思って立ち上がろうとしたのだが、その寸前で教壇のマリーンを中心にしてブワッと風が吹いた。
ただ放出されただけの風の魔法は、講義を聞いていた者たちの前髪を跳ね上げる程度のもの。
しかし、一度熱がこもっていた教室内を涼ませるには十分な風であった。
「恋人じゃない」
たった一言、そう口にしたマリーンの言葉で興奮気味だった女子生徒たちはいっせいに押し黙る。
まるで水をかけられて鎮火した炎の如く、「なーんだ」と残念そうにため息を吐いた。
これには俺もにっこりである。
「でも、大切な人」
……
………
……………
え、ちょ――
「「「「「「きゃーーーーーーー!! やっぱりぃーーーーー!!!」」」」」」
ドンッ、と。
鎮火したはずの炎が再点火した。
ワッ、と盛り上がりを見せる女子生徒たちの視線がマリーンと、そして俺に向けられる。
「あ、これダメな奴だ」
そして俺は悟ってしまった。
鎮火しても復活するような炎を前にして、俺の発言と言う水はあまりにも無力。
燃え滾る炎の中に手で掬った水をまぶすようなものだ。
唯一の希望は男子生徒達であるが、その男子生徒の「でも星3つと6つじゃ釣り合わねえだろ?」という言葉に対して「その差がいいんじゃない!」とか「冷めること言わないでよ男子ぃ!」とか「恋人もいない奴が黙ってな!」とか言われてボッコボコにされた挙句、自席で真っ白になって項垂れた男子生徒を見て皆黙り込んでいる。
な、名前も知らぬ男子生徒ぉぉぉぉぉ!!
わーきゃーと騒がしい教室内と、その原因である生徒達の好奇の目に晒されながら、引き続きマリーンへの質問が続けられる。
俺とマリーン以外の質問はしねぇよなぁ? という女子たちの圧に敗北した男子達は皆一様に小さくなっていた。
なお、「一緒に寝てるって本当ですか?」という質問に対するマリーンの「トーリの(体)は、大きくて硬かった」という回答で顔を赤らめて騒ぎながらこちらを一斉に見る女子生徒たちには、ヴィーヴルヴァイゼン達を撒いた時以上の全力で弁明したのだった。
「あの人が……」
そんな熱が冷めない教室の中。
たった一人だけ、そんな俺に対して興味でも好奇でもない、別の感情を向けていることに、この時の俺は気づいていなかったのである。




