第78話:下手過ぎて心配になる
ある程度の『断裂』の発動にも慣れたところで、初日の特訓は終了した。
というのも、空間魔法は他の魔法と比べて魔力の消費量が多いことに加えて、細かい制御も求められる。
基本四属性の魔法を使うよりも疲労が溜まるうえに、今回が初めての使用となるミラディンガは早めに休んだ方がいい。
本人は息を荒げながらもまだまだやれますと笑顔を浮かべていたが、そこは師匠命令として言うことを聞いてもらった。
今頃自室でぐっすり寝ている頃だろう。良い夢を。
そしてミラディンガとの空間魔法の特訓日程についてだが、こうして場所を移して行うのは講義のない休日の夜と定めた。
これについては披露会までの回数が少なすぎるのではないかと思うのだが、マリーンやフェイルさんといった優れた魔法使いに俺の行動を怪しまれる可能性を考えるとこれがギリギリだ。
しかし、今日一日でここまでやれるのなら問題がないように思える。
その辺の事情は伏せて、特訓を見てやれるのは休日のみだとミラディンガに伝えたのだが、彼女はそれでもいいと快く承諾してくれた。
優しい弟子である。
しかし休日が来るまで何もしないというのは気が引けるため、後日『サルでもわかる楽しい空間魔法』の『断裂』について書かれたページを書き写して彼女に渡すことにした。
人目がある場合の使用は許可できないが、そうでない場合は自主訓練してもよいと許可を出している。
いつもの難しそうな顔ではない、年相応の笑みを浮かべて頷いていたミラディンガの表情は印象的だった。
さて、そんなこんなで。
ミラディンガを『転移』で送ったのは良いのだが、俺自身は今日一人で学園都市を見て回ったことになっているため、一度魔法学校の外に出て再度正門から入らなければならない。
いつもの剣士の服装に着替えてからある程度街を見て回った俺は、警備の人に一時的に教師として雇われた冒険者であることを確認してもらった後、「ただいまー」と拠点へと戻った。
「……おかえり」
「おう、今戻った。それでマリーン、飯は食ったか? 俺はまだなんだが、もしまだならこれから食堂でも行かないか?」
もう腹が減ってなぁ、と空腹の腹を手で抑えながら言えば、マリーンのいつものジト目がキランと鋭く光ったような気がした。
そして踵を返してタタタ、と素早くテーブルに移動すると、そこに置かれていた袋を手にしてまた戻ってくる。
そしてその袋を俺に突き出してムフーッ、と自慢げに胸を張った。
「食堂からもらってきた。ボクとトーリの分。一緒に食べる」
「お、本当か。ありがとな、マリーン」
「……ん。もっと褒めていい」
「流石マリーン。よっ、凄腕魔法使い!」
「……んっ」
ローブや装備を外してそんなやり取りをしながら席に着く。
幾分か冷めてしまってはいるものの、味はやはり親父さんの物より格段に良い。
蓋付きの容器に入った料理を食しながら、和やかな時間を楽しむのであった。
「トーリ、街はどうだった?」
「……タノシカタヨー!」
「ん。なら良かった」
◇
翌日。
ベッドを使用していたはずのマリーンが俺の隣で寝こけていたことを除けば気持ちの良い寝起きとなった。
もうここに来てからというもの、就寝時には別々になっても朝起きればいつの間にか一緒に寝ているというこの現象に慣れつつある自分が恐ろしく思えてしまう。
危機感がどうのとか言うのは、もう無駄なような気がして諦めた。俺が手を出さなければいい。うん、すっごく大変だけど。
アイシャさん達になんて言われるのか、今から考えても怖いものだ。
ウィーネの奴は、俺のこと殺しに来るのではないだろうか。
「はぁ……」
「トーリ、疲れてる?」
「いや、むしろ将来疲れそうだと思ってな」
「……?」
帰りたくねぇなぁ……と未来のことを想像しながらマリーンと共に食堂で朝食をとる。
隣同士で座ったのは一昨日の一件だけなはずなのだが、対面で食事をしている現在も妙に生徒達からの興味の視線を向けられているように感じて少々居心地が悪い。
チラと周囲に目をやれば、女子生徒の集団がきゃっきゃと騒がしくしながらこちらを見ていた。
そして朝食を終えて俺はマリーンと別れると、そのまま『纏い』の講義のため実技場へと向かった。
昨日の疲れが残っているかもと少し心配したのだが、前よりも精力的に講義に取り組んでいる様子を見るにその必要はなさそうだった。
何かいいことでもあったか? と嬉しそうな理由を聞いてみたが、気持ちの良い笑顔を浮かべた後慌てたように顔を引き締めて「な、なんでもありません!」と答えてくれた。
その反応じゃ何かあったと簡単にバレるだろうに、と内心で苦笑しながらも、俺は特に気にしていないように装って「そうか」と零す。
「にしても、この調子なら単位の方は問題なさそうだな。再来週あたりには、またフェイルさんを呼んで丸太を用意してもらうか。きっと単位をやれるだろうさ」
「ほ、本当ですか!」
「おう。なんでか前よりも『纏い』の使い方がうまくなっている。魔力運用の問題かねぇ。心当たりはあるか?」
ほれ打ち込んでみろ、と『纏い』で強化した木剣を構えて見せれば、ミラディンガが強化した木剣を振り下ろす。
以前であれば罅が入っていた木剣は、罅一つ入ることなくミラディンガの手に健在であった。
休み明け初日からこれであれば、そう期待するのは当然というもの。
「(空間魔法の特訓で、感覚的に何か掴んだのか……? ともかく、こっちにも良い影響が出ているのなら嬉しい誤算だな)」
「……サ、サァ、ナンデデショウカ」
「(下手か)」
ぎこちない動きでそっぽを向くミラディンガに呆れながらも、まぁいいかと話題を変える。
「ミラディンガの成長が予想以上だし、今日はこの辺で終わりにしようか」
「え、もうですか……?」
「ああ。ただ、この実技場は講義が終わるまでは俺が使用許可を取ってるんでな。もったいないし、披露会に向けての特訓に使うなら自由にしてくれ。他の生徒は講義中だろうし集中できるだろ」
「っ、せ、先生はどうするんですか?」
「俺はこの後用事もあるから、もう戻る予定はない。ただし、危ないことはするなよ? 見てなかったからって俺の責任問題になるからな」
そう言って手早く講義の木剣を片付けた俺は、「それじゃお疲れ様」と実技場を後にする。
『探知』でフェイルさんが研究室にいるのは確認済みだ。魔法も使用されている気配はないため、彼女が空間魔法を使っても誰かに見られる心配はないだろう。
剣士としての俺ができるせめてもの手助けだ。
今頃実技場内で空間魔法の特訓をしているであろうミラディンガに向けて「頑張れよ」とエールを送りながら、次のマリーンの講義が行われる教室へゆっくりと向かう俺なのであった。




