第77話:森の中で学ぶ
妙に学生たちからの視線を感じながらも無事にマリーンのご機嫌取りに成功した俺は、翌日の休日は約束の時間までマリーンと共に魔法学校を見て回った。
特に興味が湧いたのは学校内に設置されていた魔道具だろうか。
ミラディンガが話していた侵入者を阻む魔道具こと『阻塞壁』に加えて、他にも珍しい魔道具も見ることができた。
特に目を惹いたのは生徒達が講義や特訓を行う実技場とは別に存在する演習場に設置された魔道具だろう。
『写し身の聖杯』と呼ばれる杯に珠が乗ったような形をしたその魔道具は、端的に言えば範囲内で受けた魔法によるダメージを肩代わりするものらしい。
これにより、当たれば死ぬような魔法を喰らったとしても魔道具の効果範囲内であれば死ぬような事態には至らないそうだ。
とんでもねぇ魔道具だとは思ったが、王国中探してもこれ一つだけな上に効果範囲の割に使用されるヒヒイロカネも相当量食うらしく、めったなことでは使用されないとのこと。
なら王家が暗殺対策とかで使用した方がいいのでは? とも思ったが、マリーン曰く「魔法使いは国の力」という先代王の言葉により、魔法使いの育成のためにとここに置かれているのだとか。
「すごい魔道具があったもんだな」
演習場へとやってきた俺は、マリーンに教えてもらったその魔道具を遠目から観察しながら呟いていた。
結構貴重なもので、教師の中でも立場のある関係者しか近づけないらしい。
当然ながら、一時的に雇われているだけの俺たちでは近づけないので、演習場の観客席から天井に設置されているそれを見上げる形になる。
なお、関係者がその魔道具を扱う際には別ルートで天井に登って行くんだとさ。
「作ったのは魔道具師の先生」
「……え、学校の人が作ったのか?」
「ん。パラスス先生、すごい人。もうやめてるって聞いた」
残念そうなマリーンを横目にしながら、今度『転移』と『固定』を使って近くで観察しようと思う俺なのであった。
そして食堂で再び妙な視線を受けながら昼食を済ました後、俺は時間までは拠点でゆっくりと、マリーンは一人で書庫へと向かって行った。
恐らくだが、火属性のことについて調べているのだろう。
一人で書庫へと向かうマリーンの背中に向けて、頑張れよと念を送っておく。
そしてそのままゆっくりと過ごして気づけば日も暮れそうな頃。
マリーンが未だに戻らない拠点の中で、俺は「よしっ」と立ち上がった。
「そろそろ、お迎えに行きますかねぇ」
◇
学校の敷地から出た俺は、ある程度の買い物を済ませてから学園都市の裏路地へと入っていく。
すでに陽も暮れているからか、人相の悪い男の姿もちらほらと見受けられる。学園都市とはいえ、こういった街の裏側と言うのはどこに行っても変わらないものなのだろう。
とはいえ、それもボーリスに比べればマシに思える。
仮面に黒ローブという如何にも怪しい風貌となった俺は、そんな彼らの視線を無視して奥へ奥へとずんずん歩く。
途中絡んできた奴らはその場に『固定』し、動けないうちに脇を通り抜ける。
そうして漸く誰の目もなくなったところで『転移』を使用した。
行き先はもちろん、魔法学校上空。
侵入者を阻む魔道具と言うことだが、通り抜けではなく俺の『転移』を阻むことは不可能! いつか「貴様どこから現れた!」「さぁどこだろうねぇ! 当ててみな!」的な問答をやってみたい。
てなわけで
「準備できてるな」
学生寮で待機していた制服姿のミラディンガを『探知』で探し、『転移』で直接部屋にお邪魔する。
もしルームメイトがいるタイプの部屋であれば無理な話であったが、学生寮は一人部屋であるため問題はない。
許可も取ってるし、不法侵入ではないな。うん。
「……思ったんですが、師匠のそれも空間魔法なんですか?」
「そりゃもちろん。空間の魔法ってのはこういう魔法だからねぇ」
「そうですか」と興味深そうにこちらの様子を伺うミラディンガ。
私もいつか、と呟いているのを見るに『転移』も習得したいのだろう。
「んじゃ弟子よ。いつまでも突っ立ってないでとっとと行くぞ」
「行くって……師匠、どこに行くんですか?」
「行けばわかる。ほら、手を出してくれ」
「は、はぁ……」
俺の言葉に不安そうな様子のミラディンガ。
俺はそんな彼女が恐る恐る差し出した手を取ると、グイとその体を引き寄せた。
「えっ……?」
「『転移』」
気の抜けたような声を零すミラディンガと共に『転移』で場所を移動する。
可愛らしい内装のミラディンガの部屋から一転して、周囲の風景が鬱蒼と草木が茂る暗い森へと切り替わった。
「……え。ここ、どこですか……?」
周りをきょろきょろと見回すミラディンガは、森の奥から轟く魔物の鳴き声を聞いてビクリと肩を震わせた。
「『帰らずの森』だ。誰にも見られない場所としてはもってこいだろ?」
「か、『帰らずの森』!? 東の果ての危険地帯じゃないですか!? ヒィッ!?」
慌てた様子でこちらへと詰め寄ってきたミラディンガであったが、風で揺れた木々の音に驚いてその場に蹲ってしまった。
心配せずとも、魔物が来ているかどうかはここに移動してから『探知』で探っているし、そもそもここは『帰らずの森』でも浅瀬も浅瀬だ。出てくる魔物もそれほど強くはない。
「ほれ弟子。蹲ってないで早く立つんだ。まずは俺たちが使う空間属性の魔法についてのお勉強から始めるぞ」
「なら私の部屋でよかったじゃないですか! こんな森の中でわざわざ勉強なんて……」
「学んですぐ実践できる方がいいしな。それに、安全性についてなら問題はないぞ」
ちょっと見てろよ、とその辺に落ちていた石を拾い上げた俺は、それを振りかぶって思い切り投げつけた。
『纏い』まで使って強化したため、かなりの速度で飛んでいった。
そして何もない場所で弾かれるように跳ねた石を見て、ミラディンガが「今のは……?」と俺を見る。
「『分隔』って魔法でな。要は壁を張る魔法だ。今は俺らを囲む形で展開してるから、魔物に襲われても大丈夫だぞ」
「か、壁が破られる可能性は……?」
「竜種が相手でも破れなかったから安心しろって。これでもお前の師匠はすごいんだ」
なんたって竜殺しの魔法使いだからなぁ! と笑って見せる。
ただ陽の暮れた森の中、くぐもった笑い声をあげる仮面の男をミラディンガは若干引き気味な様子で「うわぁ……」と零していた。
「さて我が弟子よ。安全が確認できたところで、いよいよ空間魔法について教えよう」
「っ……はい、わかりました……! それで、いったい何を?」
「フッフッフ……そう焦るな。まず空間魔法がどういう物か、そこからいくぞ」
そういって、俺は懐のポケットから両手で抱えられる大きさの箱を取り出した。
だいたい一辺1メートルくらいの立方体を足元に置いてさっそく始めようミラディンガを見るのだが、件の彼女は「いやいやいや」と待ったをかけてくる。
「あの、そんな大きさの物どこから出したんですか? 明らかに師匠のローブに入る大きさではないと思うのですが……」
「いちいち驚くなっての。これも空間魔法の一つだ」
それよりこっち寄れ、とミラディンガを箱の前に誘導する。
そして俺は足元の石を一つ掴んで箱の中に放り込み、「石はどこにある?」とミラディンガに問うた。
「どこって……ここにありますよ? 箱の中に」
「そうだな。じゃあ聞き方を変えるが、石は箱の中のどこにある?」
そう聞き返せば、えぇ……と首を傾げて考え込むミラディンガ。今目の前にあるものをどう言えばいいのかで迷っているのだろうか。
悩め悩め、と内心でニヤつきながら様子を見守るが、やがて「どういえばいいんですか……?」と俺を見る。
「まぁ、いきなりじゃ仕方ないから気にするなよ」
「頭しか取り柄がないのに、それさえも無意味だと言われた気分です……」
「ただの考え方の問題だからそこまで落ち込むな。むしろ、そこまで頭を悩まして諦めずに考えてたんだ。十分偉いって」
流石弟子と見込んだだけはあるな、とミラディンガの肩を軽く叩いて話を聞くように促した。
「この場合は、ある一点を基準として考えればいい」
「基準……ですか?」
「そうそう。要は始まりの点だな。んでこの場合だと、この隅っこを基準にする」
ほれここ、と箱の中で角になっている部分を指さし、ミラディンガが箱の中を覗き込んで話を聴く態勢になったことを確認して続ける。
「じゃぁ弟子に質問だ。基準にしたこの角から石までの距離はどのくらいだ?」
「えっと……だいたい箱の半分程度なので……50センチメートルほどでしょうか?」
「そうなるな。そして、この基準とそこからの距離が空間属性の魔法を使うに当たって大事になってくる。これから教える『断裂』は特にそうだな」
これは所謂座標の考え方によるものだが、ミラディンガにはこういった説明の方が理解はしやすいだろう。
なお、基準と距離に関係のない超長距離転移(学校から『帰らずの森』まで)みたいなものもあるが、ミラディンガの魔力では不可能であるため教えなくてもいいだろう。
そして俺は「あの木を見ておけよ」と少し離れた場所に生えていた他よりも幹の太い木を示す。
「俺を基準にすれば、ここからだいたい10メートルちょいってところだ。で、その距離感覚でどのくらいの長さ、範囲を斬るのかを決めて『断裂』を使うと……こうなる」
わかりやすく指でパチンと音を鳴らせば、標的にした木に切れ込みが入る。
その様子を見ていたミラディンガは「わぁ……!」と感嘆の声を零した。
「距離は基準をどこにするかで全く異なる。それにこの距離感を間違えると、『断裂』を使ったとしてもうまく当たらない。というわけで、我が弟子には目視で正確な距離を掴めるように特訓してもらうぞ」
「わ、わかりました……けど、なんだか難しそうですね……」
「まぁこれに関しては感覚的な部分で才能の有無もあるからなぁ。ただそこに関して心配はしていないから、安心して励むといいさ」
「っ、はい!」
「よーし! んじゃまぁ、始めますか」
やる気になってくれたミラディンガにまずは『断裂』の魔法の使い方を教えていくのだが、やはり空間属性に適性があったようで、使うだけならそう時間もかからずに使えるようになった。
改めて、自分に魔法の才能があることを知ったミラディンガは、それはもう目に涙を浮かべて喜んでいた。
何度も何度も、こんな怪しい風貌の突然師匠を名乗りだした相手に頭を下げて「ありがとうございます」と嬉しそうに。
「それじゃあ弟子よ。あと一か月もないが……披露会、間に合わせるぞ!」
「はい、師匠!」
そう言ってミラディンガは、見たこともないような笑みを浮かべたのだった。




