第76話:傍から見れば逢瀬
「では師匠。さっそく私に魔法を……」
「まぁ待て待て待ちなさいって、我が弟子よ。そう焦ったところで、現状じゃそれも無理って話だ」
よろしく、とミラディンガと握手を交わした後、早々にミラディンガは姿勢を正して俺に問うてくる。
だがしかし、俺はそんな意気込む彼女を手で制して落ち着かせた。
「っ……どういうことですか。やっぱり私なんかじゃ……」
「だからそう悪い方に考えるんじゃないっての。安心しなって。ちゃーんと、君には才能あるからさ! ただ、さっきまで魔法をずっと使ってただろ? 今の状態でやっても疲労で倒れるだけだから、今日はこれ以上の魔法の使用はやめておきなさいってこと」
アーユーオーケー? と仮面越しに笑いながら指を指せば、言葉の意味を理解できていないであろうミラディンガは首を傾げていた。
だが俺はそんな彼女を無視して立ち上がる。
「要はもう休めって話だ。他の生徒も帰ってるんだし、弟子も体を休めるように」
「で、でも! 私には時間がないんです! あと一か月もない披露会までに『奥の手』を習得しないと……!」
「オーケーオーケー。その気持ちも十分理解している。なに、この師匠に任せておきなさいって」
それに言っただろ? と声を荒げながら立ち上がった彼女に俺は続ける。
「君には空間魔法という素晴らしい才能がちゃんとある。よく話を聞き、ちゃんと学べば、一か月もせず『断裂』を扱えるようになる。師匠の俺が言うのだから間違いない」
「っ……わかりました。よろしくお願いします」
「うんうん。我が弟子は素直でいいね」
久しぶりに話を聞いてくれる子を相手にできてお兄さんとっても嬉しいよ、とここ最近の周囲の知り合いたちの顔を思い浮かべた俺は仮面の中で思わず苦笑を浮かべる。
それに俺の言ったことは全て本心だ。
空間魔法を扱うにあたって、何よりも大事になるのは空間認識の能力だ。
どこに何があるのか、その位置、距離はどうか。その正確な判断能力はかなり大事になってくる。
俺の場合はここらへんの能力が貰い物に付随していたためそれほどの苦労はないが、ミラディンガの場合はこの一か月でそこを鍛える必要があったかもしれない。
だが、ここに関してはある程度の期待が持てるだろう。
「(さっきの分裂した石……それぞれ左右の的にはちゃんと当てていたんだ。距離の把握と、当てるための魔力制御に関する能力は全くのゼロ、ということはないだろうさ)」
なら後は、座標やら何やらの知識方面を補足し、あとは繰り返しの練習くらいなものだ。
「とりあえず、今日のところは解散だ。それとこの件と俺自身のことについてだが、披露会までは他言無用であることは絶対条件で頼むぞ。それが守られなかった場合、残念だが俺は今後君には何も教えられない」
「っ、わかりました。肝に銘じておきます」
「よろしい。特にフェイルせ……フェイル・モルガルとかいう教師には言うなよ? 絶対に言うなよ? 振りじゃないからな? ちょっとでも漏らすなよ?」
念押しするように圧をかけて言うと、その思いが通じてくれたのかミラディンガは困惑の表情ながらも首を縦に振ってくれた。
「そ、そんなに言わなくてもわかりましたって……それで、次はいつになるんでしょうか。明日ですか?」
「明日は学生全員が休みだとこの学校を調べた時にこっそり聞いたんだが……ゆっくりしたいとかはないのか?」
彼女からすれば披露会までの一分一秒がおしいのだろう。
恐らくだが、どれだけ俺が焦るなと言ったところできっと変わらない。
「ありません。私が周りより劣っているのは事実です。なら、周り以上に動かないとおいて行かれるだけですから」
「……ならこうしよう。明日は寮の部屋で待っているように。日が暮れてからにはなるだろうが、俺が君の元を訪ねよう」
それでどうだ? と提案してみる。
実際あまり公にできないことであるため、今日のように頻繁に実技場を借りるわけにはいかない。
万が一にもマリーンやあの属性馬鹿教師、そして他の生徒に目撃される心配があるため、できることなら誰の目にも触れない場所で特訓を行いたい。
そう思い、チラとミラディンガの方を見れば、何故か先ほどよりも困惑した表情で狼狽えていた。
……なんで?
「あの、師匠。不躾なんですが、師匠は男性でしょうか……?」
「まぁ声でわかるとは思うが、その通りだ」
「そ、その……夜に私の部屋へ、ということは……教える代わりに私のか、体を求めて……と、そういうことでしょうか……?」
「……ファッ!?」
やけに顔を赤らめていると思えば何てこと考えてるんだこの娘は!? と思ったのだが、よくよく自分の発言を思い返してみれば、そう捉えられてしまう可能性を考慮していなかった俺のミスでもある。
……魔法を教えるという話だったのにどう考慮しろと?
「待て待てアホ弟子。頭お花畑の妄想はやめなさい。言い方が悪かったな。待っている間は動きやすい服……そうだな、今の服装で待機しておくように」
「今の服装、ですか?」
そう言って自身の服を見下ろすミラディンガ。
着ているのは白を基調として青と金色の柄が入った制服。
だがこの制服、どうやら色々と魔法での加工が入っているらしい。
なんでも、左肩を覆う青のペリース留め具に使用されたヒヒイロカネが生徒の魔力を自動的に収集し、体温の維持や汚れの防止に加えて、耐魔法の効果を付与しているのだとか。
何その超技術、とマリーンに聞いたのだが、同じような効果が俺にプレゼントされた灰色のローブにもあるらしい。
そりゃ高ぇわ。
なお、黒の方には何もついていない。神様ェ……
「……制服が好きなんですか?」
「とりあえず、そこから離れろアホ弟子」
制服の裾をぎゅっと握りしめながら上目遣いで聞いて来るミラディンガに、俺は仮面越しに冷めた目を向けてからその場を『転移』で立ち去るのであった。
◇
「ただいま。フェイル先生がいなかったんだが、どこにいるか知らないか?」
「ん、おかえり。ボクは知らないかな」
生活拠点へと戻った俺を出迎えてくれたマリーンの言葉に、俺は「そうかぁ」と残念な声を零す。
一応色々と探してたから時間がかかった、ということにしておこう。
「トーリトーリ」
「ん? どうしたマリーン」
やれやれとため息を吐きながらソファーに腰を下ろすと、そんな俺の隣に座ったマリーンがちょいちょいと俺の服の裾を引っ張ってくる。
何かと思って見れば、いつもの青い瞳が真っ直ぐに向けられていた。
「今度の授業、トーリは来れる……?」
「次……休み明けの奴か。確か、俺の講義の後だったよな」
休み明けの予定を思い起こしながら言葉にすれば、その通りだとマリーンが満足そうに頷いた。
これまではだいたい俺の『纏い』の講義がマリーンの後であったことから今日まで見ることが叶わなかったのだが、休み明けの予定ではそうなっていなかったはずだ。
「なら、次は見に行くよ。一番後ろから見ることになりそうだけどな」
「ボクの隣でもいい」
「いやダメだろ」
ツンッとマリーンの額を指で押せば、額を抑えながら不満気な様子で倒れ込んでしまった。
講義に関係ないのが生徒たちの前に居ても、それはそれで講義の邪魔にしかならないだろうに。
「そうだ、マリーン。明日なんだが、夕方ちょっと学園都市を見て来るから帰りが遅くなる。もしマリーンの就寝までに戻らなくても俺のことは気にせず、先に寝といてくれていいぞ」
「ボク案内する。学園都市も、ボクは詳しい」
任せろ、とすぐさま起き上がってふんす、と胸を張るマリーン。
しかしそれを了承してしまうと俺の諸々が終了してしまうため、「いや大丈夫だ」と断りを入れる。
「今回は気の向くままに、自分の足で見て回りたいんだ。また今度、案内を頼むよ」
「……むぅっ」
「……あの、マリーン。何故そんな露骨に機嫌を損ねるんだ」
「……」
「そして何故俺の服の裾を抓って頭突きするんだ」
胸を張ったままの姿勢で一度固まってしまったマリーンは、続けて先ほどよりも不満気な雰囲気を顕わにしながら俺の肩を頭で小突いてきた。
その後、食堂での夕食の際に対面ではなく隣同士で座り、デザートを譲ったことで機嫌が直った。
なお、譲り方は所謂『あーん』であったことをここに記す。




