第75話:この手を取れば
『用があるので今日は研究室には戻れません☆』という謎の書置きが残された研究室から去った俺は、そのままマリーンが待つであろう拠点に戻る――ことはなく、魔法学校の上空に体を固定して待機していた。
既に陽も落ちかけており、生徒達は全ての講義を終えて帰路につく者や残って特訓に励む者など様々。
「……いたな」
『探知』に引っかかったのは、俺が『纏い』の講義でも使用している魔法実技場。
座標による転移で実技場の天井付近に転移した俺が見下ろせば、そこには俺が探していた一人の少女の姿があった。
「はぁっ……! はぁっ……! も、もう一度!!」
用意したであろう三つの的に指を向けて構える少女……ミラディンガは、息を整えて用意していたであろう魔力ポーションを呷ると指先に魔力を集中させた。
すると彼女の指先に蹴って遊ぶにはちょうどよい石が生成され、次にはまっすぐに真ん中の的を目掛けて放たれる。
「『散』!!」
しかし的までの距離を半ばまで過ぎたところで、ミラディンガが叫んだ。
直後、的に向かって飛んでいた石が三つに分かれると、残りの左右の的にも石が飛ぶ。
そして石が的にぶつかり、コツンという軽い音を計三回同時に鳴らした。
「はぁっ……はぁっ……まだ、こんなんじゃ……!」
再び指先を向けて構えるミラディンガ。
恐らくだが、披露会に向けて『奥の手』の練習をしているのだろう。
石の弾丸を飛ばす魔法。だがそれだけでは『奥の手』と呼ぶには足りていない。
だからこそ、放たれた途中で分裂させる魔法、というわけか。
「(相当細かい制御をしてるな、あれ)」
魔法は発動までは自身の制御化にあるものであるが、ああいった放出する魔法(例で言えばヴィーヴルヴァイゼンの『白炎砲』)は一度発射してしまえばそれまでだ。
さっきのミラディンガのように、一度手元から制御の離れた魔法をさらに制御する、何て芸当はかなり難しい。
それができるようになるほど、彼女は努力したのだろう。
「(だが、致命的に威力がない)」
コツン、という小さく軽い音が再び実技場の中に響いた。
あれでは投石した方がまだ威力はある。
『奥の手』の基準がどうなのかはよくわからない部分ではあるが、あれがその魔法使いにとっての『絶対の象徴』と言われても首を傾げるだろう。
「くぅっ……! まだ、まだ……!!」
それなりの魔力を持つ彼女が肩で息をしている様子を見るに、相当長くここで魔法を撃ち続けているのだろう。
ポーションで回復したとしても、疲労感までは回復しない。その証拠に今の彼女が疲弊しているのがよくわかる。
「……よし」
『探知』でマリーンとフェイルさん含め、他の生徒達が近くにいないことを確認した俺は、黒のローブと仮面を装着してパチパチと拍手の音を響かせた。
「っ!?」
突然実技場内に響き渡ったその音に驚いたのか、ミラディンガは周囲を見回した後で出入り口の方を見やった。
しかし誰もいないのことを確認すると、今度は警戒して周囲を見回す。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、お嬢さん」
「っ! 上……!」
眼下のミラディンガに語り掛けるように言えば、漸くこちらに気付いたミラディンガは指先を上空の俺に向けた。
当然と言えば当然だが、かなり警戒してるその様子に感心しながら足場の『固定』を解く。
直後、重力による落下を始めた俺の体。
実技場の天井まではかなりの高さがある。そんなところから人が落ちて来る様子を見て、流石のミラディンガも警戒どころではなくなったらしい。
「危ないっ!」とこちらのことを心配する声を上げながらこちらを受け止めようとするその様子を見ながら、俺は今度は『転移』で彼女の真後ろへと移動する。
「あ、れ……? 消えた……?」
「後ろだよお嬢さん」
「っ!? い、いつの間に……!!」
突然姿を消した俺に戸惑うミラディンガに声をかけると、彼女はこちらを振り返って目を見開いた。
予想以上にいい反応をしてくれるミラディンガの様子に大満足の俺は、無事であることをアピールするように手を広げて見せる。
するとミラディンガは指先をこちらに向けて構えた。
「おぉ~っと……まぁ、当然警戒はするよなぁ。だが安心してくれていいぜ? 俺は君の味方だ」
「いきなり現れた仮面の不審者にそんなこと言われて、はいそうですかと安心するほど世間知らずじゃありませんので」
「ハハッ! そりゃそうだ! ちゃんと警戒出来て偉いぞぉー!」
いや本当に。どこかの魔法おバカはそれすらなく近寄って来てたんだから。
それはさておき、だ。
少しでも身じろぎすると今にもさっきの石の弾丸を発射しそうなミラディンガを落ち着かせるため、とりあえず俺はホールドアップの姿勢を取りながら語り掛ける。
「まぁ落ち着きなさいなお嬢さん。今日は君に有益な提案をしにき――」
「動かないで! 少しでも怪しい動きをすれば、魔法を撃ちます」
「おっと……取り付く島もなしとはこのことだねぇ」
仕方ない。いきなりこんな姿で出てきたのはこちらなのだ。無理やり仮面を取られたりしない限りは、落ち着くまではいくらでも待とう。
おーけーおーけー、とホールドアップしたまま肩を竦めてみせる。
「質問です。あなた、どこから入ってきたんですか?」
「どこからって……上からだな」
「ありえません。この学校には、正門以外からの侵入者を阻む魔道具が常時展開されています。そして正門も、王都から派遣された兵士の方が警備しています。あなたのような不審者がいればすぐに止められるはずです」
ミラディンガの説明に、そんな魔道具があるのかぁと感心する。
マリーンなら知っているだろうし、今度案内して見せてもらうことにしよう。
「もう一度聞きます。どこからここに入ってきたんですか……!」
「だから上から来たんだって言ったじゃないか」
「それが不可能だからこうして――」
「不可能じゃないんだなこれが」
「っ!?」
ミラディンガが話している途中で、再び『転移』で彼女の背後に移動する。
目の前から姿を消した俺が真後ろに現れたことで、彼女は前方へと飛び込みながらこちらに指先を向けた。
「『弾岩』!!」
指先に生成された石が真っ直ぐに俺目掛けて放たれる。
咄嗟の動きにしてはなかなか動けている上に、まだまだ拙いながらも『纏い』での強化も忘れていない。
こんな突然の中でもここまでできるのなら、本当に前衛を張っても良いのではないかと思ってしまう。
まぁ彼女は良い顔をしないだろうが。
とはいえ、だ。
「『断裂』」
彼女程度の威力、速度の石であれば『断裂』で斬り落とすのを難しいことではない。
これが視認できない程の速度であれば別だが、今の彼女にはそこまでの力はない。
「うそっ……!」
「嘘じゃないさ」
自分の魔法が斬り落とされる様子を見て目を見開いた彼女は、受け身を取った後に膝撃ちのような体勢になって指先を向けた。
だが、撃った瞬間には俺は既に彼女の後ろ。
それに気づいて振り返ろうとした彼女を、俺は『固定』で動けないように止めた。
「なるほど、杖がないと思ったら……君のは指輪の補助魔道具なんだな」
動きを止めた彼女の手を見れば白銀のシンプルなデザインの指輪が右手の人差し指に嵌められているのだが、彼女の補助魔道具については講義中にも目にしている。
だが初対面であると認識してもらうため、敢えて口に出すことにした。
「っ!? 動け、ない……!?」
「まぁまぁ、とりあえず一度落ち着きなさいな、お嬢さん。俺は別に君を殺しに来たわけじゃないんだから、まずは俺の話をちょっとでもいいから聞いておくれ。それを聞いても『ヤローブッコロス!』ってなるなら大人しく退散するさ」
よいしょ、と彼女の前に腰を下ろす。
彼女からの警戒の視線は未だ継続中ではあるが、それでも魔法をぶっ放してこないだけ良しと考えておこう。話は聞いてくれそうだ。
「この状況で回りくどいのは嫌だろうから、単刀直入に言おう。君の魔法の才能は、まだまだそんなものじゃない」
「……どういう、ことですか」
「お、本格的に話を聞く気になったようだ」
パチン、と指を鳴らしてミラディンガの『固定』を解除する。
動けるようになった体を手で摩りながら訝し気にこちらを見る彼女は、それでも先程よりは落ち着いた様子でその場に腰を下ろした。
「君は自分の属性を土だと思っている。そうだろう?」
「……確かに、そうですけど」
「だがそれは誤りだ。いや、一部間違っている、と言う方が正しい。君は土の属性を確かに持っているが、同時に別の属性も持っているんだぜ?」
「い、意味が分かりません。だって、ヒヒイロカネは確かに橙の物が反応して……」
「でも君、それって橙のヒヒイロカネでしか判断してないだろう? そりゃそうなるさ」
当たり前だよねぇ! と聞く人がきけばちょっとイラっとするような口調でケラケラと笑う。
そして、ここからは俺自身にための保険だ。
「なんとなく、俺と同じ魔法の気配を感じてここに来てみたんだが……見事にビンゴ! お嬢さん。君は今日ここで、あの剣士の教師に言われて黒のヒヒイロカネに魔力を流しただろ?」
「っ、ス、ストーカー……!」
「よし、弁明だ。決してそんなつもりではない。たまたまだ、たまたま」
だから話を聞きなさいな、と再び指先を構えたミラディンガを落ち着かせる。
「でだ。あの教師は知らなかっただろうが……黒のヒヒイロカネってのは、四属性以外の属性にも反応を示すんだ。そしたらびっくり仰天! 俺と同じ特異属性ときたもんだ!」
「あなたと同じ……?」
ミラディンガの呟くような声に、「そうだとも!」と大袈裟な仕草で答えて見せる。
そして先ほどまでミラディンガが魔法を撃ち込んでいた的を指さした。
それにつられて彼女が的に視線を向けたタイミングを見計らい、そして「『断裂』」と一言告げる。
それだけで的は格子状に9分割された。
「今、のは……」
「『断裂』。俺が持つ特異属性に分類される『空間』の魔法の一つであり……そして同じ『空間』の属性を持つ君が俺から学ぶ魔法だ」
「『空間』……特異属性……? 私が……?」
「その通りだ! 安心しなって、君にはちゃんと魔法の才能がある! それは他とは違う特別な魔法だ。そして喜べ、努力する少女よ! この手を取れば、君の夢を掴む一助にはなってみせようじゃないか!」
差し伸べた手をじっと見つめるミラディンガは、どうしようかと迷っている様子ではあった。
まぁ今のキャラ的に胡散臭さはマックスだろうし、いきなりこんなことを言われても急には決められないと保留にされるかもしれない。
だがそれはそれでいいのだ。
断られない限り、そして俺のことを報告されない限りは、俺は彼女をこうして誘うつもりなのだから。
それくらいの手は貸してやりたいと思っている。
「それをして、あなたに何の利点があるんですか……?」
「別にただの気まぐれだな。同じ属性を持ってるのに腐らせてる奴がいるもんだから、もったいないと思って来てやったんだ。感謝で咽び泣いてもいいんだぜ?」
わざとらしい口調でケラケラといつものように笑って見せれば、彼女の視線は疑うようなものへと変貌する。
しかし、暫く考えたのだろう。やがて彼女はポツリと呟くように言った。
「……この手を取れば、本当に……魔法使いに……宮廷魔法使いになれるんですか……?」
「確定するわけじゃない。あくまでも君の頑張り次第にはなる。けど、この魔法は必ず君の背を推してくれる。それは保証するぜ?」
「……仮面の不審者に言われても、説得力なんてありませんよ。ですが……今のままだとダメなことは、自分でもよくわかっています」
一度目を瞑り、大きく深呼吸をしたミラディンガ。
そして息を吐ききってまっすぐ魔法使いに向けた眼差しは、剣士に話をしてくれた時よりも力強く見えた。
「あなたが悪い人かそうでないのか、判断ができないまま手を取る私を愚かだと思うなら笑ってください。けど、それでも、希望があるなら……私はあなたの言葉を信じます」
よろしくお願いします、とそう言って俺の手を取った彼女の言葉に、俺は仮面の下でもちろんだと笑った。
「では改めまして、だ。俺は空間魔法を扱う謎の魔法使い! 王都の方では竜殺しの魔法使いとも呼ばれているが、これからは……そうだな、師匠と呼んでくれたまえ! 披露会までにはなるがよろしく頼むぞ、我が弟子よ」
「王都……竜殺しの魔法使い……っ!? じゃあ、まさかあなたがあの……!」
「お、知ってるか? そう、この俺が王都を悪魔から救った――」
「あのリュミネール様の婚約者だっていう……!!」
そういってミラディンガが指さした先にあったのは、いつかどこかでみた張り紙。
この六日間で気づかなかったが、奴の魔の手は既にこんなところにまで及んでいたらしい。
チクショウあの王女こんな学校にまでぇぇ!!
◇
「……ハッ!? 勇者様!? 今勇者様の気配が南の方からしたわ! すぐに行かなくては!」
「……姫様、疲れているのならお休みになられてください」




