第73話:たらればの才能
魔法学校での依頼開始から六日が経過した。
一応ながら、俺が受け持つ『纏い』の講義は一か月しかない関係上、学校がある日には必ず講義が入っている。まじで?
魔法学校は六日間講義や魔法実技があり、一日休みを挟んでまた六日間、というスケジュールであるため今日を終えれば休みだ。
週休一日とか、俺が学生なら文句しか言わないぞ。
「講義も多いし休みは一日だけって大変だなぁ、ここの生徒って。あ、武器に『纏い』を使うときは、体と同じように魔力で内部を埋めるイメージでな」
「別に普通のことだと思いますよ? 私たちは学びたいと思ってここに来てますから。こうですか?」
「もうその考えが俺からしてみればすごいんだよ。そうそう、その感じ」
木剣に魔力を流しながら問いかけて来るミラディンガに頷きながら、俺も見本を見せるように木剣に『纏い』で強化をかけて見せた。
そして自身の『纏い』を確認するように数回の素振りを終えたミラディンガが、「行きます!」と俺が構えた木剣に向けて木剣を振り下ろす。
カーンッ!! という甲高い音が実技場に響いた。
「その調子だ。六日でそこまで慣れたのなら才能あるぞ?」
「でも、折れてないじゃないですか。丸太よりもこんな細いのに……」
軽く罅の入った自身の木剣を見て不満気に文句を零すミラディンガは、一度『纏い』を解いて実技場の壁際へと向かうと、へし折れてダメになった木剣の山に罅の入った木剣を重ねた。
思えばこの六日間でミラディンガとはそれなりに話すようにはなっていた。
一対一のもはや個別授業状態というのもあるかもしれないが、彼女自身が真面目にこの講義に取り組んでいることも理由の一つだろう。
講義中に剣の振り方や体内のイメージについての質問がよく投げかけられる。
下手に答えるわけにはいかないため、こちらもわかりやすいように伝えるので必死だ。
その甲斐があってか、僅か六日ではあるが教師と生徒としての関係は良好と言えるくらいにはなっていた。
「まだまだ単位までは遠そうですね」
「とは言っても、これまで折れてたのが今回は罅で済んでるんだ。確実に成長してるから、焦ることはないと思うぞ?」
「……本当ですか?」
「ああ、本当本当。俺が保証するとも。なんなら、剣士を目指してもいいかもしれないな。才能もあると思うぞ」
実際のところ、たった六日間とは言え『纏い』の使用については問題のないレベルでの強化ができているようにも思える。最初に人体構造の話をしたのがよかったのだろう。
知識があればイメージもしやすいからな。
武器に対してはまだもう少し、と言うところだが、この調子で行けば俺が依頼を終える頃にはそこらへんもクリアできているはずだ。
おまけに剣術についても、今のところは基本的な素振り程度であるが、アイシャさんレベルの人に教えを乞えばすぐに活躍できそうにも思える。
だがそんな俺の言葉に対して、ミラディンガはこちらに背を向けたまま「才能ですか」と言葉を零した。
「なかなか、先生も酷なことを言うんですね。魔法使いに……宮廷魔法使いに憧れて学んでいる生徒に対して、剣士の才能がある、だなんて」
「え、あ、いや……すまない。そんなつもりで言ったわけではなかったんだ。気に障ったのなら謝ろう」
「ふふ……いえ、気にしないでください。先生は事実を言ってくださっただけですから。才能がある、なんて久しぶりに言われて嬉しかったですよ」
まだ使用していない木剣のうちの一本を手にしたミラディンガがこちらを向いた。
「それにもしダメだったら、本当にどこかで剣を振っているかもしれませんから」
「ん? どういうことだ……?」
俺の疑問に対してミラディンガは困ったような笑みを浮かべると、「退学になるかもしれないんです」と言葉を零す。
「……退学? 何でそうなるんだ」
「言ったじゃないですか、私は落ちこぼれなんです」
木剣を手にした彼女は、「少し話せますか?」と問うてくる。
幸い講義が終わるまではまだ時間もあるうえに、『纏い』そのものについては順調すぎるほどだ。
問題はないと伝えた俺は休憩のために壁際に寄り、背中を預けて座り込んだ。
その隣にミラディンガが腰を下ろす。
「先生も知っているとは思いますが、この学校は魔法が使えれば誰でも入学して魔法が学べる場所です。食事も住む場所も、全て国が負担してくれます」
「それについては知っている。流石、希少な魔法使いを育てる場所だよな」
「はい。でも、それも国にとって有益であればこそ。そうでなければ、切り捨てられるのは当然のことです」
ミラディンガは徐に正面に向けて指を向けると、小さく「『弾岩』」と呟いた。
直後、彼女の指先に石が生まれ、そして前方に向かって飛んでいくが、見たところそれほど威力があるようには見えなかった。
あれならまだ投げた方がましだろう。
「二年半、頑張ってこれでした。投げた方がまし、と言われる程度が私の魔法の限界です」
酷いものですよね? とまるで同意を求めるように苦笑する彼女の様子に、俺は何も言うことができなかった。
そんな俺の反応を見た彼女は、苦笑を辞めてさらに続ける。
「幸い勉強はできたので、温情として二年間は退学にならずに済みました。でも、やっぱり国が求めているのは魔法使いなんです。頭でっかちなだけの私じゃ意味がない」
「……そんなことはないだろ。知識があれば何かしら役には立つ。それが魔法の知識であるなら、なおさら生かせることはあるだろ」
「知識を生かせるだけの魔法の腕があれば、ですよ。もし魔法の実力が伸びれば、という期待もありましたが……ここまで成長がないとなると流石に学校側も無視はできなくなります」
そう言ってミラディンガは地面に二本の棒を描く。
そして一本には9と1を、もう一本には5と5を書き加えた。
「二人の生徒がいて、一人は9の知識と1の魔法の腕が。もう一人には5の知識と5の魔法の腕があったとします。じゃあ先生。この場合、国はどっちを必要としますか?」
「……希少な魔法使いだ。知識は劣っても、より魔法が使える後者を選ぶだろうな」
「はい、その通りです。そして私は前者に当たります」
9と1が書き込まれた棒をぐるぐると囲むミラディンガ。
その様子を横目に、何とかならないもんかと考える。
がしかし、学校側の理屈も理解はできるのだ。
学費を払っているのにこの扱いであれば、俺も文句の一つくらいは言うだろう。
だが、国がすべて負担している以上は、何かしらの成果を期待していることは事実だ。
そして、その期待に応えられない者に対して、いつまでも金をかける意味はない。
「ミラディンガが退学にならないで済む可能性はないのか?」
「可能性、ですか? 前期の披露会で教師陣を納得させられる魔法が使えれば、ないこともありませんが……」
「披露会?」
なんだそれは、という俺の反応に「知りませんか?」とミラディンガは披露会について教えてくれる。
なんでも、三年生の前期と後期の最後に行われる魔法のお披露目会らしい。
生徒はその場で、今迄学んだ知識や高めた魔法を存分に生かして自分だけの『奥の手』を見せるのだとか。
「『奥の手』……確か、ヴィーヴルヴァイゼンも使ってたな……」
思い出すのは、以前あいつがゴブリンのみとなった開拓村で使用していた『白竜咆哮』という魔法だ。
あいつも魔法学校の卒業生だし、あれもその披露会とやらのために作ったのだろうか。
いや、そもそもの話だ。
「その、『奥の手』ってのは何だ?」
「え、先生知らないんですか?」
「ああ。知り合いが使ってるのは見たことあるが、どういう物なのかは詳しく知らなくてな」
肩を竦めておどけて見せれば、ミラディンガは仕方ないですねと言いたげな様子で「いいですか」と話してくれる。
「『奥の手』というのは、一人の魔法使いがすべての魔力を使って放つ魔法のことです。魔法使いにとってそれは絶対の象徴。『奥の手』がない魔法使いは魔法使いではないとさえ言われます」
「……え、それマジで?」
「はい、本当です」
即答されたその言葉に、俺の表情が死んだ。
「(つまり、『奥の手』なんてない俺は魔法使いじゃない……ってコト……? 『竜殺しの魔法使い(笑)』)ってコト……!?)」
内なるトーリが「イヤッ、イヤ!!」と頭を抱えて転げ回っている。
お、おちちつけけけ……びーくーるになるんだトリ。いやトーリ。
そ、そうだ。なければ作ればいいだけの話である。幸い魔法使いの俺に『奥の手』がないことは誰にも知られてはいないのだ。焦る必要はない。
ないったらない……!
「先生? 急に黙ってどうしたんですか?」
「イヤ、ナンデモナイヨー」
「……まぁ、いいです。ともかく、退学にならないためには『奥の手』の開発が必須です。けど私の魔法じゃ、作ったところで『奥の手』として認められません」
もう一度、石の弾丸が実技場を飛んだ。
彼女にとっての限界がこれであるというのなら、確かに全魔力を使ったところでその『奥の手』とやらにはならないのだろう。
辛いことかもしれないが、これに関しては本人の言う通り才能の領域だ。俺がどうこうしたところで、どうにかできるものではない。
「でも、足掻くくらいはしてみせますよ。それにこの『纏い』で単位が取れたら、『奥の手』は免除、とかなるかもしれませんし」
まぁないでしょうけど、と困ったようにミラディンガは笑った。
「……まぁ、とにかくだ。俺は一か月で『纏い』を使えるように頑張るよ」
それにだ、と俺は続ける。
「あんな丸太じゃなくて、鉄の壁なんかを木剣で破壊できれば、教師の人たちも驚いて在籍を許可するかもしれないしな」
「そんな、流石に一か月でそれは無理ですよ……ただでさえ、あんな丸太折れるのかもわからないのに……」
「大丈夫だ。それに、今日の『纏い』の感じからして魔力を込めるのにはまだまだ余裕はありそうだからな。もっと体に通す魔力の量と効率を上げれば――」
そこまで言って、ふと違和感に気が付いた。
ミラディンガが『纏い』を使用している時に感じられる魔力には、まだまだ余裕があったように思える。
それこそ、全力でやれば木剣で鉄を破壊することも可能ではないかと思えるほどの魔力だ。
そんな魔力を持っているはずの彼女が、あの程度の魔法しか使えない、何てことがあるのか……?
「ミラディンガ。一つ聞きたいんだが、お前の属性は土であっているか?」
「え? は、はい。橙のヒヒイロカネが反応したので、そうなりますけど……」
「ちょっと、これに魔力を流してくれないか?」
「これって……っ! 黒のヒヒイロカネ!? 先生、こんな高価なものどこで……」
懐から取り出したのはマリーンにもらっていた黒のヒヒイロカネ。
それを見たミラディンガは、両手で包み込むようにして受け取ると驚きの目を俺に向ける。
「貰い物だから気にするな。それより、そこに魔力を流してみてくれ。流す魔力の属性は意識しないように」
「そ、それはいいですけど……別に橙色に光るだけだと思いますよ……?」
「いいからいいから」
はやくはやくと急かす俺に、少々不満げな様子のミラディンガ。
しかしその表情もすぐに真面目なものへと切り替わると、掌に乗せたヒヒイロカネにゆっくりと魔力を流し始める。
俺は知っている。
魔法使いの魔力は、その者が持つ才能に由来することを。
例えばの話、もし俺が四属性魔法の才能のみで転生していたとしよう。
その場合、俺は文字通りのカスの才能でカスの魔力を扱えるだけのカス魔力しか持たなかった。
カスがゲシュタルト崩壊しそう。
だが、空間魔法の才能(極)があるからこそ、その才能を存分に生かすための魔力を持つに至っているのだ。
「(俺だけかもしれないが、可能性があるなら確かめておく必要はある)」
であるならば、ミラディンガの魔力量はおかしいように思える。
本当に魔法の才があの程度であるならば、効率よく魔力を流し、明確なイメージを固めた『纏い』で丸太を破壊できるかどうかはギリギリ。鉄の壁を破壊できる、なんて思うわけがない。
もしかしたら、彼女自身も知らない、土属性以外の才能があるのではないか。
彼女の魔力量は、その土属性以外の何かに付随するものではないのか。
「うーん……先生、やっぱり橙色に光りましたよ?」
「……本当か?」
「はい。わかりきってることなのに、何がしたかったんですか?」
こんな無駄なことして、とジト目を向けるミラディンガに、俺は悪い悪いと謝った。
どうやら俺の予想は外れていたらしい。
「いやなに、黒なら何かわかるかと思って――」
勘違いかぁ、と改めてミラディンガから橙の光で染まったヒヒイロカネを受け取って目を落とす。
そしてそれが見えた。
「……? 先生?」
「――あ、いや。何でもない。確かに、土属性だけみたいだな。ともかく、今日はもう終わろう。明日は休みだし、存分に休めよ」
「そうですね。体は休めて勉強しておきます」
それでは、と一礼してから実技場を去っていくミラディンガの背中を見送りながら、学生って大変だよなぁと昔を思い返してしみじみと呟いた。
……さて、現実逃避はやめておこうか。
「……まっじでどうしよう、これ」
手にしたヒヒイロカネはもう魔力を流されていないためか、すでに橙の光は黒に戻りつつある。
だがそんな中で、その中心の黒がグルグルと渦巻いていた。
「空間属性……マジかぁ……」




