第72話:求めたもの
「いやはや、意外にも君って理論派だったんだねぇ? 冒険者ってのはマリーンみたいな魔法使いでない限りはみんな脳筋だと思っていたよ。どこかで教育でも受けていたのかな?」
講義を終えた俺は、とりあえず初講義に関しての報告のためにとフェイルさんの
研究室を訪れていた。あと、ちょっとばかしの文句を言うためでもあるが。
「まぁいろいろと。俺の講義、聞いてたんですか?」
「もちろんだよ。君をここに呼んで講義してもらっているのは、私の依頼によるものだからね。それに無理やりコマにねじ込んだ挙句一か月で単位も出るんだ。ちゃんと講義しているのか、確認しなければ他の教師や生徒たちに示しがつかないだろ?」
「……驚いた。意外と考えているんですね」
「クシシ……ちょっと失礼だとは思わないのかなー?」
妥当だろ、と心の中で文句を零しながら肩を竦めて誤魔化しておく。
俺とマリーンを同じ拠点に押し込むような相手だ。特に失礼だとは思わん。
そんな俺の態度にどこか不満げなフェイルさんであったが、俺が借りていた医学書を見てそれを手にすると中身をパラパラと流し読み始めた。
「だが実際、医学書を借りたいと言ってきたときはどう使うのかと思ったよ。『纏い』については専門外だが、確かに体に魔力を作用させる関係上、人体構造のイメージは掴んでいた方が効果的だろうね」
「それについては感謝してます。おかげで講義もやりやすかったので」
実際の話、魔法による治療がある世界の医学がどこまで進んでいるのかはわからなかったが、意外にも人体の解剖書的なものは存在していた。
おかげで素人レベルではあるが筋肉や骨、それらを繋ぐ腱や骨と骨を繋ぐ靭帯の話もやりやすかった。
もっとも、ミラディンガは「魔法学校でこんなことを習うなんて」と何とも言えない顔で話を聞いていたが。
「何はともあれ、講義が上手くいってるなら何よりだよ。このまま一か月、彼女のみではあるが頑張ってくれたまえ」
「一人しかいないなら事前に言ってほしかったんですがね。まぁ依頼である以上、できることは頑張りますよ。それより、マリーンはどうしたんですか? もう講義も終わって、てっきりここにいるかと思ったんですが」
「マリーンなら今頃学校の禁書庫にでもいるだろうさ」
「禁書庫?」
俺の呟きにフェイルさんは「そうそう」と頷く。
「過去の文献や資料、魔法の本を数多く揃えている書庫がこの学校にはあってね。中でも私のような教師のみが立ち入りを許された禁書庫と呼ばれる場所がある。持ち出し禁止の貴重な本がずらりと並んでいるのさ」
「へぇ……そんなところがあるんですね。で、今マリーンはそこで調べものをしている、と」
「そうそう。この依頼を受けた報酬として、禁書庫への入館許可を出したんだよ。何を調べているか気になるなら、本人に直接聞くといい」
それだけ言ってよいしょ、と立ち上がったフェイルさんはそのまま荒れた研究室内を更に荒らしながら慎重に移動する。
頭に降ってくる本の強襲を受けて、時折「アイタッ!?」と声を漏らしながら辿りついたのは彼女の背丈ほどもある大きな真っ黒の箱だった。
本の山とその山の影であまり目立っていなかったらしい。今初めて気が付いた。
何ですかそれは、と聞く前にフェイルさんがその箱を開けると、真っ白い湯気のようなものが溢れて落ちていく。
「(……いや、冷気だなありゃ)」
「うう、さむっ」と腕を摩りながらも中を物色するフェイルさんは、液体が入ったガラス瓶を二つ取り出すと箱を閉めて戻ってくると、その手に持っていた物を俺に差し出してきた。
「ほら、とりあえず初講義だったんだ。お疲れ様」
「どうも。ところで、これは?」
「ん? アッポゥのジュースだ。君の好みだとマリーンから聞いているよ。クシシ……飲めばきっと驚くと思うよ?」
ニヤニヤとしているフェイルさんの様子に、何となくその理由を察しながらもアッポゥのジュースを受け取って呷る。
ガラス瓶もそうだが、ここまで冷えているアッポゥのジュースはこの世界に来てから初めての経験だ。
「おお……冷たいですね。あの箱みたいなのが冷やしてたんですか?」
「おや? あまり驚いてはくれないのか……そう! あれは水のヒヒイロカネに特殊な加工を施すことで冷気を発生させる魔道具なのさ! 他に名前があったが……勝手に『ヒヤスクン!』と呼んでいるよ」
「製作者の人、かわいそうに……」
しかしなるほど、要は冷蔵庫である。
興奮気味にその性能やら「高かったんだよこれぇ~」と購入までの苦労話を語っているフェイルさん。
「ふっふっふ……私の321年の歴史においても相当高い買い物だったんだ……存分に褒めてくれたまえ!」
「それより、マリーンはどれくらいで戻りますか? もう日暮れも近いですし、そろそろ戻ろうかと思うんですが」
「……ふんっ、君が待たなくてもマリーンなら勝手に戻るだろうさ」
ぶーぶー、と露骨に不機嫌になって膨れている321歳に呆れながらも、わかりましたと俺もソファーから立ち上がる。
「ふーんだ。この私とせっかく親交を深められるチャンスだというのに、マリーンを優先するんだな君は。余程同棲生活を楽しんでいるんだろうさ!」
「おいこら321歳」
とんでもないことを言い出したフェイルさんを睨みつけるが、そんな視線など知らんとばかりに彼女はそっぽを向き、ソファに寝転んで膝を抱えて丸まった。
「そんなこと言って、どうせ一緒に寝てるんだろぉ? 強がらずに本当のことを言いたまえよ! かわいい女の子と寝られて嬉しいってさぁ!」
「ぐぅ……!? 不可抗力とは言え、文句が言えない……!!」
言われて思い浮かべたのは、今朝目覚めて目にした光景。
ぬおぉぉぉ……!! と頭を抱え、邪念を振り払うために額をその辺の壁に押し付ける。
「……その反応。もしかしてまだ手を出していないのかい?」
「出すかぁ!! 急に何を言い出すんだあんたは!?」
思わず叫んだ俺の反応を見て、ほほぉん、と楽しそうな笑みを浮かべるフェイルさん。
まるで仕返しが成功したと言わんばかりのその顔を見て、こちらが反論するほど揶揄われると悟った俺は黙り込むことにした。
「おや? もっと何か言うと思ったが、意外と冷静だね?」
「……言っても無駄ですからね。それに何を言われようと、手を出していない事実に変わりはありませんから」
もういいでしょ、と研究室を出ようと出入り口へと歩を進める。
そんな俺の背に向けて、フェイルさんは「なるほど」と何かに納得したように零した。
「そんな君だから、マリーンも、彼女の仲間達も信用しているんだろうねぇ」
「……そう思われているなら、嬉しいですね」
「そう謙遜しないでいいさ。何せマリーンがこの学校にいた頃は、そんな相手はいなかったみたいだからね。二年で必要単位を全て取った彼女は、残りの一年をこの研究室で過ごしていたよ。一人でね」
懐かしむように研究室内のとある一点を見つめる彼女につられるように、俺もその視線を追った。
本の山に隠れて見えていなかったが、よく見ればその視線の先には一冊の本があった。
タイトルは『先天的な属性と後天的に属性を獲得する可能性について』。俺がマリーンからもらったものと同じ本だ。
「そう言えば、君は何故マリーンがこの研究室にいたのかは知っているかな? ああ、これは雑談のようなものだ。興味が無ければ無視してくれて構わないよ」
不意に何かを思い出したかのようにフェイルさんが話しかけてきた。
興味があるかないかで言われれば、もちろんある。俺はそれに対して、「いいえ」と首を振った。
マリーンが冒険者となるために強さを求めて魔法学校に入った、ということはここに来るまでの旅路で知っている。
だが強さを求めていたのであれば、残り一年は教師の誰かに師事して鍛えることもできたはず。
研究して本を書いていた、というのは彼女の目的に合っていないはずだ。
……いや、逆か? ここでの研究が目的に通じていた……?
――いつか追いつく
ふいに初めて彼女と依頼に行った時のことを思い出す。
「……火属性の獲得?」
「……驚いた。ヒントもなく答えにたどり着いたか」
「いや、たまたまですよ。しかし、そうか。マリーンのやつ、最初に出会った時から妙に絡んできてたと思ったが……そういうことだったのか」
強さを求めた彼女が更に求めたのは、自身が持たない火属性の獲得。
だからこそ、属性研究に携わるフェイルさんの研究室にいたし、実際に四属性を持っていた俺に対してあれだけ興味を示していたのだろう。
今いる禁書庫にも、それ関連で調べている感じか。
「ちなみに属性を新たに取得できるのかと言う話だが……これは過去二件ほど例があってね。一つは伝説となっている勇者。これは魔法のない世界から来た勇者がこの世界に召喚されたことで獲得した例だ」
「もう一つは?」
「ダンジョン産の魔道具だね。100年くらい前に魔力はあっても魔法の使えなかった冒険者が風の属性を得たという話がある。恐らくだが人体そのものに影響与える魔道具だろうが……使用されている以上研究もできないし、本人もその後すぐ冒険で死亡しているからどうにもならない。残念だねぇ……」
「けど、後天的に属性を得る手段はある、と。俺に目を付けたのは何かしらのヒントが得られるかもしれないと思ったからか……?」
なるほどな、とあの時のマリーンの行動に対して、今更ながら納得した。
「まぁそれを今知ったところで、マリーンとの関係は変わりませんがね」
「君の属性目当てで始まった関係でも?」
「ええ。最初がどうであれ、俺自身は大切な友人だと思ってますよ。彼女もそう思ってくれてるなら、なお嬉しいですね」
それに人と人の交友の始まり方なんて十人十色。人が違えば理由も違うだろう。悪意でないなら、特に気にすることもない。
それに俺もマリーンと一緒にいるのは嫌いじゃないんだ。そんなことで友達を辞めようなんて思わない。
「……カァー! 青春してるねぇ!」
「ハハッ、もう青春なんて歳じゃないですけどね」
「私達エルフからすれば、君なんてまだ若造どころか赤ん坊だよ」
だから問題ない! と隣から生えてきた木の枝がこのこの、と俺の体を小突いて来る。
まぁ確かにそうだわなぁ、とされるがままの俺はそこから暫くはフェイルさんの木に捕まっているのだった。
新年に久しぶりに合った親戚みたいにしつこい。
「……ふふん。もう離れたかな?」
「はい?」
「いんや! さて、トーリくん。君の善意でいいんだが、採血してみないかな?」
「しないですよ」
◇
「……ん。ともだち……」
「……マリーンさんや。ここ、ソファ。俺が今日寝てるところ……」
朝起きたら俺の寝るソファにマリーンがいた。
昨日のようにぐっすりと、仰向けの俺の上でうつ伏せになって。
……交代でベッド使う意味、ないんですがこれ。
俺は下を見ないように、一人頭を抱えるのだった。




