第70話:調べもの
「ねぇ、聞いた? この授業、今日から一か月フェイル先生とは別の先生が担当することになるんだって」
「聞いた! 噂じゃ『白亜の剣』の『魔女』様が来てくれるんでしょ!? 魔法学校始まって以来の天才、三属性を操る王国トップの魔法使い!」
「やっばいよね! 授業だけじゃなくて魔法も見せてくれるのかな!? 私すっごく楽しみなんだけど!」
次の講義を受けるために入った教室には、すでに私以外の生徒が待機していた。
聞きたくなくても耳に入ってくるその内容は、今日からこの講義を担当する人が変更されるというもの。
なんでも、この講義の担当であるフェイル・モルガル先生が私達生徒の見聞を広めるためにと魔法学校の卒業生である冒険者に依頼を出したらしい。
入り口側の最前列に座る。
私のいつもの定位置。次の教室への移動が楽なこの席は、何故かあまり座ろうとする人がいない。
というか、最前列に座ろうとする生徒が少ない。座っても前から2,3列目くらいなものだろう。
実技が重視されているからとは言え、学生としてそれはどうなのだろうか。
ノートと教科書を取り出し、軽く講義の予習を行う。
確か今日は魔法使いの属性が子に反映されるその原因について……いや、そもそも講師が変わるなら講義内容そのものが変更になることもあるかもしれない。
なんてややこしいのだろうか。あらかじめ何をやるのかぐらいは連絡しておいてほしい。
「ねぇ、あれ」
「ねー。無駄な努力ってやつ? よく頑張ってるよねぇー」
「筆記が良くても、魔法の実技があれじゃねぇ? 去年は見逃されたけど、今度の披露会はもう無理でしょ」
先ほどまで騒がしかった生徒の声がひっそりとしたものに変わっていた。
見なくてもわかる。私を見て笑っているのだろう。
教科書を捲る手が一瞬止まりかけたが、もうここ一年で慣れてしまった陰口だ。気にしても仕方ないと無視して前回の講義内容を見直しておく。
もしかしたら、いきなり抜き打ちテストのようなものが来るかもしれない。
筆記だけは、落ちこぼれるわけにはいかないのだ。
例え無駄だとわかっていても、それでも、諦めることはしたくない。
徐々に生徒が集まりつつある教室内。
噂の冒険者とやらのことが広まっているのか、いつにもまして教室内が騒がしいように思える。
周囲の喧騒で眉間に皺が寄りそうになった。
「はーい君達ー! フェイルちゃんの登場だよ! ほら、席に着きたまえ!」
イラつく内心をどうにか鎮めようと教科書の文字を目で追っていると、ガターン! と思い切りよく開いた扉からいつものようにフェイル先生が飛び出してきた。
最初は驚いたこの登場もすでに慣れたものだ。
「席に着いたかね? 着いただろう! よし! 私はそう判断したので、早速今日から一か月この講義を担当する者を紹介しようじゃないか! クシシッ、私には及ばないが君たちに教えるには十分な知識、そして私にも並ぶ実力者だよ?」
芝居がかったような大袈裟な仕草で得意げに語るフェイル先生は、「入ってきたまえ!」と扉を見た。
カラカラ、と静かにゆっくりと扉が開く。
入ってきたのは私達と年齢の近そうな青く綺麗な魔法使いだった。
「きゃー! 本物! 本物の『魔女』様よ!」
「噂は本当だったのか! 一か月もあの『魔女』様から授業を受けられるなんて!」
「この講義取っててよかった!」
「ど、どうしよう……今度授業前に冒険の話とか聞けるかな……!?」
わーきゃーとより一層騒がしくなる教室内。
そんな黄色い声援が飛び交う中でも、その青い少女――『魔女』マリーンの表情は少しの変化を見せることもなく、無表情のままフェイル先生の隣へと並び立った。
「皆知っているかもしれないが、この魔法学校の卒業生で、現在は星6つの冒険者のマリーンだ。今日から一か月、私の講義は彼女が受け持つことになるからよろしく頼むよ」
「……ん。よろしく」
『魔女』マリーンの簡潔なあいさつで、教室内は更に騒がしくなる。
気持ちはわからなくもないが、同じ最高学年としてもう少し落ち着けないのだろうか。
はぁ、と小さくため息を吐く。
「うんうん。それだけ喜んでくれているのなら、私も彼女を呼んできた甲斐があったというものだ。ではマリーン、後はよろしく頼むよ」
「……ん。約束」
「はいはい、わかっているとも。では終わったら私の研究室に来たまえ」
教壇で何やら話しているフェイル先生と『魔女』マリーン。だが教室内が五月蠅すぎてその内容までは聞き取れない。
まぁ、さして興味はない。聞こえてなくとも問題はないだろう。
そしてフェイル先生は軽やかな足取りで教室から出て行くのだが、その直前に一度立ち止まって教室内に顔を向けると「今度彼女の三属性を見せてもらうといい」と言葉を残して漸く去っていった。
その言葉に、見せて見せてと沸き立つ生徒達。
いよいよ他の教室から苦情でも来るのではないだろうかと心配になるほどボルテージが上がった教室に、私の眉間に皺が残りそうになった頃。
教室内に強風が吹いた。
ゴオォッ!! と私を含めた生徒達の間を吹き抜けていく強風に、流石の喧騒もすぐに治まってしまう。
「講義」
そんな静かになった教室内を見て、満足そうに頷いた『魔女』マリーン……いや、マリーン先生の方が適切だろう。
ともかく、何でもないことのように講義を始めた彼女に、他の生徒達もいそいそと話を聴く姿勢に入ったのだった。
「(魔法でも何でもない、風の魔力を流しただけであの威力。……才能、ですか)」
魔法学校始まって以来の天才、というのも強ち間違いではないのだろう。
羨ましくなる。が、無い物はねだっても仕方がないのだ。
今あるもので何とかするしかない。
「(私には……ティラ・ミラディンガには筆記しかないんです)」
魔法が重視されるこの学校において、その魔法で落ちこぼれている私がここまで退学させられずにいられるのは筆記があるからだ。
でなければ私は、一年前にはこの学校にいなかっただろう。
マリーン先生の話を聴きながら、ノートにその内容を書き記していく。
流石フェイル先生が褒めただけのことはあるのか、講義は非常にわかりやすい。無駄な時間になる、と言うことはなさそうだ。
「(前期も残り一か月しかありません。『披露会』までになんとか『奥の手』の完成も急がないと……)」
◇
「いやぁ! 初めて講義をするにしてはだいぶよかったんじゃないかな? 生徒達にも好評だったみたいだし、一か月は私も楽ができそうだよ!」
よかったよかった、と満足そうに研究室のソファに寝転んでいるフェイル。
そんなフェイルの対面には、いつものジト目で当然とばかりに胸を張るマリーンの姿があった。
「よーし! 『ワカルクン!』の改良、頑張るぞー!」
「……それもいいけど、約束」
「おっと、そうだったね」
マリーンの言葉で何かを思い出したかのように手を打ったフェイルは、周囲の床から木の枝を伸ばすと、あれでもないこれでもないと近くにあった戸棚の中をまさぐり始めた。
そして漸くお目当ての物を見つけたのか、「これだこれ!」と木の枝が何かを引っかけてフェイルの元へと運んでくる。
「はいこれ、約束の入室許可証だ。なくさないでくれよ?」
「わかってる」
フェイルから手渡されたのは一枚のカードのような金属板だった。
見た目は普通の、何の変哲もないただの板。しかし学校で魔法による加工を施されたそれは、鍵の役目を果たす魔道具でもある。
「ちなみに、それで入れるのは学校の禁書室の立ち入り禁止エリアのみだ。他は入れないから注意してくれたまえ」
「十分」
許可証を受け取ったマリーンはフェイルに礼をして立ち上がる。
そして研究室から出て行こうとするその背中に、フェイルから疑問の言葉が投げかけられた。
「しかし、君が報酬を下げてもいいからとそれを求めてきたのには驚いたよ。何か調べたいことでもあったのかな?」
思い返すのは手紙でのやり取り。
元々フェイル自身も、いつかはマリーンを招くのに合わせてトーリも魔法学校に呼ぼうとは考えていたのだが、マリーンの方から学校の禁書室に入りたいという手紙が送られてきた。
フェイルはその話に乗り、ついでにとトーリを魔法学校に招くことにしたのだ。
「あそこには、古代の文献がある」
「確かにあるねぇ。学生や部外者が触れられないものがたくさん。それこそ、学生時代の君が見たことのない本も。何かお探しかな?」
「ん。特異属性の本」
「おや? 君のことだからてっきりあれかと思ったが……まぁいいか。それで? 何の属性について調べたいんだい? 教えてくれれば、調べるのに最適な本のタイトルを教えようじゃないか!」
任せてくれたまえ! と上機嫌なフェイルの言葉に、それは助かると振り返ったマリーンは「それじゃあ」とフェイルに尋ねた。
「一瞬で移動する魔法。それに該当する属性を知りたい」




