第69話:先行きが不安
『特異属性』
確か、俺が最初に読んだ『サルでもわかる楽しい空間魔法』にも書かれていた言葉だ。
基本四属性に該当しない、別の属性。
「(まさか、こんなところで会うことになるとは)」
フェイルさんの操る木が俺とマリーンを取り囲むように床から生えてきた光景を思い浮かべる。
魔法で木を操作したり、木がなくてもその場で生やして操ることもできるのだそう。森じゃ無敵ではなかろうか。
そしてフェイルさん自身の技量もなかなかのものであった。本人曰く、エルフという種族は魔法を使える者が多く生まれる他、保有する魔力も人間と比べても格段に多いそうだ。
また寿命も長いため、魔法の鍛錬に割く時間も相当なもの。
結果、エルフには優秀な魔法使いが多いらしい。
「(もっとも西の端にあるエルフたちの森から出てくるのは、フェイルさんみたいな変わり者くらいだそうだが)」
何でもほとんどのエルフはその一生を森の中で過ごすとのこと。
フェイルさんは、つまらないからと外の世界に黙って飛び出してきたそうだ。
流石自称変わり者である。
「……」
そしてもう一つ。
あのフェイルさんが発明したという『ワカルクン!』だ。
ネーミングセンスは如何ともし難いものであるが、その効力は本物である。
彼女曰く、特異属性でも何かしらの反応で特徴がわかるようにしてみせる! と今もなお研究の途中とのこと。
もしそんなものができれば、俺の血液を採られた時点で一発アウトだ。
とにかく明日からの一か月。約束があるとはいえ注意は怠らないようにしなければならないだろう。
一瞬見せたあの目は警戒に値する。
「……むぅ」
「……」
さて、いい加減現実逃避を辞めてどうこの状況を切り抜けるかを真剣に考えなければならない。
「トーリ」
「待て、マリーン。今お前は冷静じゃないんだ。いったん落ち着いて話し合うために、まずは俺の服から手を放してくれないか?」
「ダメ」
「ダメか」
「ん。ダメ」
グイグイと俺を引っ張ろうとするマリーンに対して、意地でもこの場から動かないという姿勢の俺。
「トーリもベッドで寝る」
「寝ません。ベッドはマリーンが使えばいい。俺はこっちのソファで寝るから」
「……むぅ」
ムスッとした様子でジト目を向けたまま手を離してくれないマリーンに、俺はやれやれと肩を落とした。
フェイルさんの研究室で色々と話を聞いた後、俺はマリーンに案内されながら校舎を見て回った。
学生食堂や学生が寝泊まりする寮の他、魔法の実技演習場や演習場に図書館、何かの実験室など興味を引くものも多数見ることができ、俺としても大満足の一日。
しかしながら、それも終わってまた拠点の家へと戻った俺を待ち受けていたのは怒れるマリーン(当社比)の膨れっ面だった。
というのも、昨日と同じくマリーンはベッドで、俺はソファで分かれて寝ようとしたのが問題だったらしい。
「トーリは、疲れている」
「いや、昨日も十分休んだし、そんなことはな――」
「疲れてる」
ズイッ、と一歩俺に向かって踏み出したマリーンに、俺は思わず一歩下がった。
な、何がこの娘をそこまで突き動かしているのだろうか。
「あのなマリーン。そもそもの話、男女では一緒のベッドで寝るものじゃないんだ」
「なんで? ウィーネはよく潜り込んでくる」
「何やってんだあいつは……」
満足そうな顔で猫のように丸まっているウィーネが容易に想像できた。
いや違う、そうじゃない。そもそもあいつは女の子だ。男女には当てはまらない。
「それはウィーネさんが女の子だからであって――」
「でもアイシャは言ってた。仲良しなら一緒に寝るのはおかしくないって」
ア、アイシャさぁぁん!? と本気で頭を抱えたくなった。
この娘、男女とか関係なく本気でそうだと考えているらしい。
仕方がない。ここはひとつ、俺が常識と言うものを教えてあげなければ。
「あのなマリーン。落ち着いて、よく聞くんだ。いいな? まず、男女で一緒のベッドに入ることは普通じゃない。これを前提として覚えておくんだ。そして一緒に寝るのであれば、家族とか恋人とか、そう言う関係にならないとダメだぞ」
「でもリリタンは遊んだ人とよく寝てるって言ってた」
「リリタンさぁぁぁぁん!!!」
俺の今の説明全部無駄になっちゃったじゃないか!?
何だよその最強カード! それ言われたら、今迄のオブラートが全部『龍狩り(意味深)』で破り捨てられちゃうよぉぉぉ!
「ん゛んっ……きっと、遊んでとっても仲良くなったんだよ……うん……」
もはや無駄だとはわかりつつも、内心の動揺を隠す様に優しくマリーンの説得にかかる。
「じゃあボクとトーリも問題ない。仲良し」
「……」
誰か助けてください。
何故俺はこんなに色々考えて苦労して、18歳の女の子相手にこんな話をしなければならないのだろうか。
あれか? 一種のそういうプレイか? 泣くぞ、俺が。主に恥ずか死ぬ方向で。
そもそもそう言ったことに関する常識を、アイシャさん達はマリーンに教えていないのだろうか。
こんなポヤポヤした危なっかしい、しかも美少女だぞ!? 何故そこら辺の危険性について教えていないんだ……!
「(かといって俺が教えるとか、それはそれで色々とまずい……! 主に俺の精神的な意味で!)」
「トーリは、ボクと寝るのが嫌……?」
いつまでも俺が黙っていたからだろうか。
ふとマリーンの方に目を向ければ、いつもの青い瞳が不安げに揺れている。
心なしか、服を掴んでいた手にも力が入っているようにも見えた。
「……嫌、ってわけじゃない。ただな、マリーン。例え仲が良かったとしても、守るべき境界線があるんだ。友人だから何でもかんでも全部話せとか、そういうことは言わないだろう?」
「……ん」
「それと同じだ。仲が良いからって一緒のベッドで寝なきゃいけないとか、そんな決まりはない。それにな、マリーン」
彼女の目をしっかりと見て、俺はその肩をいつものように軽く叩いてから笑ってみせる。
「そんなものがなくても、ちゃんと俺とお前の仲はいいんだ。もはや親友レベルよ!」
「そう……?」
「もちろんだ。だから心配しなくていいぞ。俺たちはちゃんと仲良しだ」
「……そっか」
小さく呟いた言葉とともに、彼女の表情が和らいだように見えた。
どうやら、彼女の仲の不安は無事解消したようである。
「わかった。でも、トーリはベッドを使って」
「いや、俺は別にずっとソファでも――」
「ボクは昨日使った。今度はトーリの番」
だから使って、とマリーンは俺の服から手を離すと、今度は腕を掴んで寝室へと引っ張り込んだ。
曰く、交代でベッドを使おうとのこと。
年下の女の子をソファで寝かせるのもどうかと思ったが、それで納得しないのなら一緒に寝ることになる、何て言われれば納得するしかないだろう。
おやすみ、とソファの上でかけ布団に包まったマリーンにお休みと返した俺は、ソファよりも断然寝心地の良いベッドに驚きながら目を瞑った。
いよいよ明日から依頼が始まる。
俺への依頼内容は、フェイルさんの前での魔法の実演と『纏い』の授業だ。
教師なんて、学生時代に家庭教師とかをやった程度である。ましてや今回教えるのは数学や理科などとは全く異なる内容だ。
正直なところ不安しかないが……まぁ依頼されているのだ。精一杯のことはやろう。
それに人も少ないから気楽でいいという話だ。
「(そう思ったら、少し気が楽になるな)」
とにかく、一か月。フェイルさんの動向には注意を払いながら、魔法学校という場所を存分に楽しませてもらおうじゃないか。
起きたら、隣にマリーンがいた。
俺の腕を枕にして、こっちを向いてぐっすりと。
「………………」
今日から一か月の先行きが不安になる朝であった。




