第68話:ワカルクン!と特異属性
「あ、あの性悪エルフめぇ……! な、なんてことしてくれやがりますか……!?」
フェイルさんことあたおか教師が逃げるように立ち去った後、俺は仕方なく生活拠点の家へと入ってため息を吐いた。
男女が同じ部屋だぞ? 俺たちに依頼を出したときにそれはどうなのかと考えなかったのだろうか。
……考えなかったんだろうなぁ。
すごくいい笑顔を浮かべているフェイルさんの顔を考えて肩を落とす。
なんだろう、魔法学校の先生とはみんなあんな感じなのだろうか。
「こうなった以上、俺はソファーの方で寝るようにするか……」
幸い、お客様用のもので柔らかい素材でできているソファだ。
多少眠りづらいだろうが、それでも野営と比べればかなり上等である。
ついさっきまでは長旅だったことに加えて、フェイルさんとのやりとりで精神的にも疲れた。
ここはひとつ、このソファーでひと眠りすることにしようじゃないか。
「おお……流石来客用。寝るには十分なスペース」
ゴロリと寝転がったソファーは、俺が思っていた以上に広々しているように感じられた。
よしよし、と腕を枕にして眠りにつこうと目を閉じる。
だがしかし、ちょうど目を閉じたところでガチャリと扉が開く音が静寂な部屋の中に響いた。
「何だ?」と首を上げて音のした方へと目をやれば、そこには寝室の扉を開けて出てきたマリーンの姿。
起きたのか、と声をかけようと思ったのだが、どうにもその様子がおかしい。
いつも以上にフラフラとした足取りに加えて、彼女の特徴的なジト目も開ききっていないように見える。
もしや寝ぼけて出てきたのか? と思ったのだが、マリーンは舟を漕ぎながら開いていない目をショボショボとさせる。
そして白いローブの紐をほどいて脱ぎ捨てながら一言。
「……トイレ」
「ちょっと待てぇい」
ソファから慌てて跳び起きた俺は、すぐに彼女の背中を押しながらトイレまで誘導する。
ほれここだ、と扉を開けてふらふらと中に入ったことを確認した俺は、これで一安心だろうとソファに戻って再び寝転んだ。
寝ぼけていたとはいえ、あそこまですれば多少目も覚めるだろう。彼女も立派な星6つの冒険者で、すでに18歳と大人になりつつある少女だ。あとは放っておいても一人でベッドに戻ってくれるはず。
くぁ、と欠伸が出る。
どうやら俺の体は早く休みたいらしい。
そのまま睡魔に身を任せて、俺はそのままソファーで眠りにつくのだった。
「スゥ……」
体にかかる重みで目を覚ましたらマリーンが俺に重なって寝てた。
……うん、何となくだけど、予想できる落ちだったよ。
あんまり、信じたくない落ちだったけど。
そっと視線を下に下ろし、俺の胸あたりを枕にうつ伏せになっているマリーンの様子を見る。
どうやらかなり深く眠っているらしく、多少動いてみても起きる様子は見られない。
……あと、うつ伏せだからか。
マリーンのものが潰れるように俺と密着している。大変よろしくない。
マリーンの性格上、きっちりかっちりとした服装は好まないのだろう。ローブの下は少し緩いくらいの格好をしていたらしい。
が、今はそれが俺にとっての毒だ。
下を向けば、その隙間から彼女の谷間が見えてしまっている。
「……ふぅ……大丈夫だ。落ち着け俺。そう、くーるになるんだ」
とりあえず下以外を見ようと、俺は天井を向いたままマリーンの肩を軽く叩く。
だがそれでも起きる様子はないため、悪いと思いながらも今度は彼女の肩を掴んで軽く揺すった。
「マリーン、起きてくれ。おい、マリーン」
「……ン……トーリ……?」
「そうだ、トーリだ。すまないが、ちょっと起きてもらってもいいか? このままじゃ、俺もお前も寝づらいだろ?」
今度は起きてくれたのか、マリーンが俺の名を呼んだことで起きてくれたかとホッとする。
しかし俺の安堵も束の間、彼女は「トーリだ」という言葉を残すと、俺の首あたりまで這うように上って移動し、また寝入ってしまった。
……
…………
………………????
「あれ、え……? ちょ、マリーン? マリーンさーん?」
「スゥ……スゥ……」
「……悪化してるんですが?」
どうやら状況は、俺にとって最悪の方へと転んだようだ。
恐る恐る下に目を向ければ、先程よりも近くなったマリーンの顔と、そしてより近くなったことで、形を変えているのがよく見えるようになってしまった隙間から覗く谷間。
あばばばば、と脳内がバグりそうになるのを天井の模様の数を数えて何とか沈めた。
「(こ、このままじゃいかん……何とかしないと、俺が死ぬ……!?)」
色んな意味で。
そう思って先ほどと同じようにマリーンを起こそうと試みるのだが、全然起きてくれない。
けっこう大きい声で名前を呼んで体を揺すってもそれは同じだった。
あらやだこの娘、ぜんっぜん起きないじゃん!?
もしかして、普段からこうなのか……?
「……ええい、仕方ない。覚悟を決める……!」
このままで過ごすよりは余程いいだろうと悩みに悩んで意を決した俺は、マリーンの体に手を回し、彼女の体をしっかりと自身に抱き寄せる。
そしてできるだけマリーンを揺らさないようにソファから体を起こした俺は、そのまま彼女を抱っこするような形で立ち上がった。
そう、彼女は子供だ。
ただ体が大きいだけの子供なのだ。
だから別に、この行動にやましいことなど何もな――
グニュンッ
「……子供、なんだ……!」
おおおおお! 俺の鋼の意思ぃぃぃ! と速足で寝室へと向かう。
幸い、扉はマリーンが開けたときのままであったため苦労することなく入室はできた。
そしてマリーンを片手で支えて、空いた手でかけ布団をまくった俺は、そこにそっとマリーンを寝かせた。
靴は……一応、脱がせておこう。
できるだけ見ないように手早く靴を脱がせた後、マリーンに布団をかけ、脱ぎ捨てていたローブを寝室の壁に吊るしておく。
そして漸く寝室を出たところで、この世界に来てから一番大きいであろうため息を吐くのだった。
◇
「昨日はお楽しみだったかな?」
翌日。
再びフェイルさんの研究室へとやってきた俺とマリーンは、そう言ってニヤついているフェイルさんに出迎えられた。
「依頼主じゃなければ、今すぐにでもはったおしてますよ」
「クシシ! 昨日よりも遠慮がないねぇ!」
「……? トーリ、まだ疲れてる?」
首を傾げているマリーンには、気にするなと言って首を振る。
正直な話、いつまたマリーンが寝ぼけてソファに寝転がってくるんじゃないかと気になってあまり眠れなかったのだ。
はぁ、とため息を零した俺は、そのままフェイルさんに連れられて昨日と同じソファに腰を下ろした。
「それで? 依頼については明日からでいいと伝えていたはずだが……私に何か用でもあったかな?」
対面に座ったフェイルさんが丸眼鏡をクイッと直して問いかけて来る。
正直な話、起きて早々にマリーンに「行くよ」と言われてついてきただけだったため、用があるであろう本人を横目で見る。
「手紙にあったもの。見にきた」
「ああ、あれのことか。まぁ君が興味を示さないわけがない、か」
ちょっと待っていたまえ、と立ち上がったフェイルさんは、慎重に部屋の中を進み、時折積み重なっている本を崩しながら「これだこれだ!」と髪も服も眼鏡もボロボロになさせて戻ってきた。
整理しようとは思わないのだろうか。
「ほら、これだよ。魔法属性を判別する、その名も私命名『ワカルクン!』だ!」
「……なんて?」
「『ワカルクン!』だ!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
自信満々と言った様子で胸を張り、コルクで蓋をされた試験管を掲げているフェイルさん。
そんな彼女の持つ試験管を受け取ったマリーンは、興味深そうに中に入った粉末状のそれを観察した後俺に手渡してくる。
「クシシ……どうだいすごいだろう! 純度の低いヒヒイロカネで作れるようにした私の努力の賜物だよ!」
「名前はともかく、やっぱり先生はすごい」
「だろぉ? あれ、名前はともかくって――」
「どう使う?」
マリーンの言葉に「では使ってみようか!」とフェイルは笑みを浮かべた。
そしてシャーレのような底の浅い小さな皿と針を用意した彼女は、その二つをマリーンへと手渡した。
「これに必要なのは少量の血液のみだ。トーリくんは契約上採血ができないから、マリーンに頼むよ。あ、もちろんトーリくんがど~してもやりたいって言うなら、是非!! ここに血を垂らしてくれたまえ!」
「ハハッ、遠慮します」
「む、つれないなぁ」
恐らく冗談で言ったのだろうが、目がマジに見えたので笑えない。
「ん」
隣で自身の指先に針をプスリと差して少量の血が垂れて広がっていく。
その様子を見ていたフェイルさんは、「よし」と頷いた。
「さて、ではこの『ワカルクン!』の使い方だが、非常に簡単だ。この粉を少量、垂らしてくれた血に混ぜるだけでいい」
見ておきたまえ、と耳かきのようなもので試験官から少しだけ掬い取った粉をマリーンの血に振りかける。
すると粉はすぐに血に溶けて消えた。
そしてその変化は思っていたよりも早く現れる。
「……っ!」
「うわっ、すげぇ……」
「クシシ! どうだ、すごいだろう!」
暗色の赤だった血液は、たちまちその姿を青、緑、橙の三色の液体へと姿を変貌させた。
「これ、ボクの……」
「そう! すごいだろ? 血液に混ぜることでその者が持つ属性の色へと変化させる、まさに画期的な発明だ!」
しかも見てくれ! と更にフェイルさんは続ける。
「三色に分かれてはいるが、それぞれ量が違うだろ?」
「ああ、確かに。青の分量が多くて、他二つは同じくらいですね」
見たところ、青が占めている割合が五割程度。そして残りを緑と橙が半々と言ったところか。
「これはその者の持つ属性。その才能の程度を表しているものだ」
「属性の……才能?」
「その通りだ! まぁ、どの属性が一番使いやすいのかがわかる、と言ってもいいだろうね。複数属性持ちなんてめったにいないが」
「じゃあ無駄じゃないですか……」
「でも君たちのような者がいるんだ。完全に無駄、というわけじゃないだろ?」
その言葉に、確かに一理あるなと考える。
すると隣でずっと色の変化した血を見ていたマリーンが顔を上げた。
「つまり、ボクは水が一番……?」
「そう言うことになるね。君の中でも、一番使いやすい、という感覚はあったんじゃないかな?」
「……確かに」
そう言って、また穴が開きそうになるくらいに三色になった血液を見つめるマリーン。
「ちなみに、火属性はどうなるんですか? 赤だと、血の色に混ざってわかりにくいような気がするんですが」
「『ワカルクン!』の主成分はヒヒイロカネだからね。火属性の生徒を使って試してみてわかったが、明るい赤色になったよ。まぁよくみればちゃんとわかるさ!」
動脈血だったらどうするんだろうか、なんてことは言わないほうがいいのだろう。
「……赤、ない」
「そりゃお前、三属性ならそうだろうさ」
ムスッとした表情で肩を落としているマリーンは、そう零してフェイルさんに皿を返す。
「(しかし属性判定、ね。俺がやったらどうなるのだろうか)」
いくらかあの粉をいただいて自分の血に試してみたい気もする。
俺の場合だと空間魔法が主になると思うが、空間魔法は色が出るのだろうか。
「クシシ……魔法属性の研究者として、これほど有用なものはないだろう? それにこれがあれば、新たな属性の発見にも役に立つはずだ!」
「新たな属性?」
「おや? 知らないのかい?」
つい気になったことをボソリと口にすると、それに目ざとく反応したフェイルさんがニヤリと笑った。
空間という四属性とは別の属性を持つ者として一瞬ドキリとさせられたが、そんな内心には気づくことなく彼女は得意気に自分の血を別の皿へと垂らす。
「この世界には、火、水、風、土の四属性以外にも属性が存在すると言われているんだが……知っているかな?」
「いえ、詳しくは……」
「そう言ったものを、私たちは『特異属性』と呼ぶんだ。四属性とは別の、言葉通り特異な属性。当然、使える者は圧倒的に少ない」
彼女はそう言って、己の血に粉を振りかけた。
「しかも面白いことに、この『特異属性』はその数が明確じゃない。どんな属性があったのかは、過去の文献やダンジョンから発見される魔道具で判断するしかないし、もしかしたら新しく発見される可能性もある。現状わかっているものでもそれなりの数があってねぇ。例を挙げて行けば勇者様が使っていたとされる『光』にその仲間が持つ『影』と『雷』、『治癒』の属性。魔王が使用していた『氷』に精神などに影響を与える『闇』。ダンジョンから出て来るアイテムに付与されていた『時』、『空間』。そして――」
彼女は粉をかけてもなお、先ほどのマリーンの血のように反応を見せない血液を俺の前においた。
いや、おいたのは彼女ではない。
「――私の『木』だ。特異属性だと、色が出なくてね。見た目の面白みがなくて残念だろ?」
グネグネと彼女の背後で動く木の枝が、小さな皿を俺の前に突き出していたのだった。




