第64話:指名依頼
「何で俺に、魔法学校から指名依頼なんて来るんだ……?」
「ん。ボクも一緒。だから、二人で受ける」
「俺とマリーンに?」
何割増しかでご機嫌のマリーンが俺の言葉に首肯した。
魔法学校。
マリーンやヴィーヴルヴァイゼン。あと余計だがあの偽物君が卒業したという、王都南方に位置する学園都市の魔法使いの学校。
貴族でも平民でも、魔力があり魔法が使えるのであれば国の援助によって誰でも入学が可能なこの学校は、やる気と学ぶ意思があれば12歳以上から入学可能で三年間負担なしで通うことができる。
まぁその分、やる気も学ぶ意思もないと判断されれば即退学らしいが。
だが三年間優秀な実績を残していれば、魔法使いなら誰もが憧れる宮廷魔法使いになることも可能。そうでなくても、軍の魔法使いの部隊に入ってから宮廷魔法使いを目指すこともできる。
閑話休題
改めて手紙を見る。
差出人はフェイル・モルガルという名前。
案の定、知らない名前だった。
「フェイル・モルガル……知らない名前だな」
「あら、そうですの? 魔法使いの間では結構有名な研究者で、魔法学校ではマリーンもお世話になった方ですわ」
「魔法は使えても、魔法使いって言えるほどじゃないからな俺は」
ざっと流し読んで内容を要約すれば、是非研究に協力してほしいという至ってシンプルな内容。
何でも、このフェイルという人物は魔法学校で研究室を持つ研究者であるとのこと。
そしてその研究内容は魔法使いの属性について。
この瞬間、どうしてこんな依頼が俺に来たのか大まかな予想ができてしまった俺は、ゆっくりと隣へ笑みを向けた。
「なぁ、マリーン。お前、俺の属性について話した、何てことはないだろうなぁ?」
「ん。先生に手紙で自慢しておいた。ぶい」
「ぶい、じゃねぇんだわ」
マリーンの額に指を置き、グイと押す。
押されるがままコロリとソファーに倒れ込んだマリーンを見たウィーネが「師匠!?」と叫んでこちらを睨むが、そんなことは無視だ無視。
「はぁ……王都の時も言ったが、あんまり俺の属性について広めようとしないでくれ……」
「ん。大丈夫。先生には広めないように言ってる」
「言ってる時点でダメじゃん」
「指名依頼を受けてくれたら、考えるって言われてる」
「もっとダメじゃん……」
しかも考える、だから確実ではないという。
顔も知らない相手であるが、俺の頭には全身黒タイツの某犯人風の人物が笑っている姿しか思い浮かばない。
「あまり怒ってあげないでくださいまし、トーリさん」
どうしたものかとマリーン駆け寄って威嚇しているウィーネを無視していると、アイシャさんがそう宥めて来る。
「手紙については、マリーンがトーリさんと出会ってすぐの頃に送っていたらしいんですの。マリーンのことですから、勢い余っての行動だと思いますわ」
「とは言ってもだなぁ……それのせいでこっちに迷惑がかかるんじゃ……」
「ええ、それについては私達にも責任はありますわ。指名依頼の話が来た時点で、マリーンには少しきつく言ってありますの。トーリさんにあまり迷惑をかけないように、と」
ですわね、とアイシャさんがマリーンに目を向ければ、ゆっくりと起き上がったマリーンがコクリと頷く。
そしてこちらをチラと見上げてから一言、「ごめんなさい」と小さく呟いたのだった。
「そ、そんな師匠が謝る事じゃ……!」
「ウィーネ、いい加減にしないと追い出しますわよ。あなたがどうしてもと言うから同席させていますの。あまりトーリさんに失礼な態度をとらないようにしてくださいまし」
「うっ……」
流石のワン公ウィーネも、アイシャさん相手では形無しと見える。
そのまま元の席に戻るその背中に向けて内心で怒られてやーんのとおどけた後、アイシャさんには「気にしてないよ」と笑って見せておいた。
「まぁ、アイシャさんの方から既に言ってくれてるようだし、俺からは何も言わないでおくよ。ただ今後は気を付けてくれよ、マリーン」
「……ん。ごめん」
俯いているマリーンの肩をポンッ、と叩く。
本人なりに少しは反省してくれているようなので、これ以上責めるのはやめておこう。
それにこれは俺が無知だったことも原因の一端でもある。マリーンが悪い部分も多々あるが、すべてがすべてと言うわけでもない。
「(しかしこの依頼、どうするかねぇ……)」
フェイル・モルガル。
今の話だけ聞けば魔法の属性に関して研究しているその道の研究者。
四属性についてはこの際のことだから仕方ない。
それに四属性については積極的に広めたいわけではないが、『白亜の剣』やヴィーヴルヴァイゼンなどすでに知っている者も複数人いる。
もちろんあまり言いふらさないようにと言ってはいるが。
だが問題はもう一つ。
空間魔法。こいつが問題だ。
「(協力する内容によっては、そっちがバレる可能性がある。当然、そういうことならお断りするしかないんだが……魔法学校、だもんなぁ)」
興味が無い、と言えば嘘になる。そんなもん、興味しかないに決まっているだろう。
自分が学園ファンタジーを謳歌するつもりは毛頭ないが、それでも異世界の、それも魔法の学校だ。一度くらい中の雰囲気を味わってみたいとは思っている。
「(入ろうと思えばたぶん条件的には入れるんだろうが……三年間も拘束されるのはなぁ……わざと退学になるってのも気分的にいいわけじゃないし……でも若者が青春してる学園ファンタジーも見てみたいよなぁ……)」
それに引き換え、俺の学生生活は楽しかったが花はない男ばかりの青春よぉ……いや、楽しかったけどね男子校。
でも一度でいいからやってみたかった制服デート……彼女いたことないけど……
「……あの、トーリさん? 随分とお悩みのようですがどうされましたの?」
「――はっ。いや、大丈夫だ。ちょっと学生生活というものに思いを馳せていただけで……」
「そ、そうですのね……それでその指名依頼、お受けになります? もし受ける場合は、その手紙をギルドに渡せば受注してくれますが」
「いや、まだ決めてない。それにこの手紙じゃ、協力してほしいってのはわかるが具体的に何をすればいいのかがわからないんだ。詳細もわからないのに、気安く『はい』とは言えないだろ」
一瞬思考が別方向にトリップしていたが、切り替えて指名依頼の話に戻す。
「まぁ、当然ですわね。マリーン、あなたフェイル先生からは何か聞いていませんの?」
アイシャさんと俺の視線がマリーンへと向けられる。
すると、マリーンは少し顎に手を当てて考えてから俺の方を見上げた。
「聞いてはない。けど、そんなに難しいことじゃない、と思う」
「例えば?」
「ボクが先生の教室にいたときは、魔法を見せた。後は、採血」
「採血?」
俺の言葉に「ん」と頷いたマリーンは、先程俺が受け取った本を指さした。
何かあるのかとマリーンに手渡すと、彼女は本をパラパラと捲り、そしてあるページで捲るのを辞める。
「ここ」
「何か書いてるのか?」
マリーンが開いたページを見るために、少し体をマリーンへと寄せた俺はそのまま本の内容を覗き見る。
書かれているのは血統と魔法の属性の関係について。
何でも、魔法の属性と言うものは親子で似るらしい。
例えば火属性の魔法使いと水属性の魔法使いが子を成せば、どちらかの属性が使える魔法使いになる可能性があるんだとか。
これが奇跡的な確率でどちらの属性も持つことがあるとのこと。
「へぇ……魔法使い同士の子供でも魔法が使えないどころか、魔力を持たない場合もあるのか……」
「ん。先祖返りで発現することもある」
「親が魔力を持っていなくても、過去の先祖にいれば魔力を得られることもある、と。まぁ可能性は極端に低そうだが」
この辺のことは何も知らないから、なかなか興味深い話だ。
「で、そのための採血、と」
「何かわかるかもしれないから、サンプルとして取ってた」
マリーンの言葉に、なるほどなぁと本から目を離して天井を仰いだ。
「……あー、マリーン。悪いんだが、その先生にはお断りの連絡をしておいてくれないか?」
「……え」
いつもよりも見開いた目が、俺をまっすぐに捉えて揺れる。
マリーンにとっては想定していなかった言葉なのだろう。だがしかし、もし採血をするのであれば、場合によってはこの話を受けることはデメリットでしかない。
四属性だけであればまだしも、それで空間魔法のことまでバレるのであれば受けることはできない依頼だ。
「せっかく指名してもらったのに申し訳ないと伝えておいてくれ」
「な、なんで……トーリ、いやだった?」
「まぁな。あんまり自分についてあれやこれやと調べられるのは好きじゃないんだ。魔法を見せるだけとかならまだしも、採血するのはなぁ……」
だからすまん、と指名依頼の話をしてくれたアイシャさんとマリーンに頭を下げる。
「……まぁ、トーリさんがそう言うのであれば無理強いはいたしませんわ。あなたにも何か事情があるのでしょうし」
「その配慮に感謝するよ。マリーンも、一緒に行けなくてすまんな」
今度お菓子でも食べに行こうぜ、とマリーンに声をかけるが、俯いたままで反応が返ってこない。
そこまでショックを受けなくても、と再度呼びかけようとすると、静かにマリーンが立ち上がる。
そしていつものジト目……なのだが、なんだかちょっと睨みつけているような気がしなくもない目で俺を見上げた。
「……トーリは、採血が嫌?」
「え、ま、まぁ……そうなるな」
「……わかった」
「あ、待ってください師匠!」
そう一言告げて応接間から出て行くマリーンとその後を追うウィーネ。
いつもとは違うマリーンの様子に、応接間に残された俺とアイシャさんは顔を見合わせて首を傾げるのであった。
◇
それから二週間近く経ったある日のことである。
日帰りでできる依頼をこなしつつ、ギルドの酒場で昼食を食べていると「トーリっ」と俺の名を呼ぶ声。
駆け寄ってくる青髪の魔法使いに対して、俺は普段通りに「よう」と手をあげた。
「マリーン、そんなに慌てた様子でどうした――」
「前の依頼っ、採血はしないって約束、先生にしてもらったっ」
俺の言葉を遮ったマリーンは「これ」と手にした封書を俺に差し出した。
「これで魔法学校。一緒に行ける……?」
「――はい?」




