第65話:指名依頼の条件
マリーンから受け取った封書を手に『安らぎ亭』へと戻った俺は、その手紙の内容に目を通してから一息ついた。
「まさかマリーンの奴、そんな条件交渉をやるとは……」
魔法学校からの指名依頼。
魔法使いの属性について研究しているというフェイル・モルガルという人物からのそれを、俺は『白亜の剣』のハウスで一度断った。
魔法学校と言うものに興味はあるし、何なら見てみたいという気持ちもないことはないが、だからといって空間魔法について知られるのはリスクが大きすぎる。
そう思ってのお断りだったんだが……
「どうするかねぇ……」
二度目のオファー。しかも、今度はマリーンが俺のためにと交渉してくれた条件。
内容としては、実際に四属性が使えるところを見せてほしいということで魔法を実演すること。そして『纏い』を希望する生徒に教えてほしいという物だった。
また、採血はしないという約束まで取り付けられている。
もし破れば報酬だけもらって帰ってもいい、なんてことも書かれていた。
魔法学校で『纏い』? とは思ったが手紙の内容曰く、魔法の才が乏しくても有用な『纏い』を学びたいという生徒は少なからずいるらしい。そこで、四属性の実演のついでとばかりに『纏い』の使える俺に教導を頼みたいとのこと。
まぁ、採血ない代わりにこれと言うのなら、俺としても断る理由はない。
「魔法に関しては、俺が空間魔法を使わなければ問題はないんだし……受けてみるか、指名依頼」
もともと魔法学校に興味があった、ということもあるがマリーンがわざわざ俺に配慮してくれたのだ。
採血をしなくてもいいのであれば、せっかくのマリーンからの善意。報酬もいいし、受けてみてもいいだろう。
「となると、準備もしなきゃだな……」
確か魔法学校があるのは王都南方の学園都市。
魔法学校での生活は今回の依頼主であるフェイル・モルガルが保証してくれるらしいので、学園都市までの食料等を明日準備しておこう。
「しかし、そう考えるとすっげぇ好待遇の依頼だよなぁ、これ」
何せ依頼の期間は一か月。まぁこれはマリーンの依頼と合わせてくれているらしいが、それでもここまで長く拘束される依頼は俺にとっても初めてとなる。
しかしその間の生活は魔法学校、もといフェイル・モルガル先生が保証するため、食料や寝床について心配することはない。
じゃあその間何をするのかという話だが、俺に限って言えば上記にあげた魔法の実演及び『纏い』の教導。しかも希望者のみで、その人数も少ないときた。
それ以外の時間は、特に決められておらず自由にしていいとのこと。
何だこの依頼、最高か?
楽に稼げるし、興味のあった魔法学校を一か月の間、依頼の合間の自由時間で思う存分見学することができるなんて。
「何か、マリーンには悪いな……」
一方でマリーンはどんな依頼なのかと言えば、フェイル・モルガル先生の授業を選択している生徒への講義に加えて、学校側から選抜した優秀な生徒と魔法の模擬戦をしてほしいと依頼されているのだとか。
もちろん、その分俺よりも報酬は高くなっているのだが、時間拘束としてはマリーンの方が圧倒的に多いだろう。
「……今回はゆっくりするのもありか」
何故マリーンが一度断った俺を条件を変えてまで誘ってくれるのか、正直定かではないのだが……転生してからどう目立つかを考えてきた俺である。
つい最近だって偽物騒動だと思ったら、それ以上に面倒な事態にも巻き込まれたんだ。ここは一度、異世界を楽しむ、という方向に舵を切ってもいいかもしれない。
異世界の、しかも魔法学校だ。いったいどんなところなのか。
「おにーさん、いるー?」
「ん? リップちゃんか。どうしたんだい?」
未だ見ぬ魔法学校について考えていると、『安らぎ亭』の看板娘であるリップちゃんが部屋を訪ねてきた。
扉を少し開けて覗き込む彼女の元まで歩み寄ってどうしたのかと聞いてみれば、どうやら宿に俺を訪ねてきたお客さんがいるらしい。
「誰だかわかるかな?」
「あ、おなまえ……きくのわすれちゃった。あ! でもね! そのおにーさん、おにーさんのらいばるだーっていってたよ! ……あれ、どっちもおにーさんだ?」
「そのお兄さんのことは、シロって呼んであげてね」
「わかった!」
◇
「普通そこは名前で分けるものじゃないか? あと、ペットみたいな名前をつけるんじゃないよ君」
「リップちゃんのおにーさんは俺だ」
「だめだ、毒されている……」
はぁ、と向かいの席でため息を吐くヴィーヴルヴァイゼンに、何だこの野郎と睨みつけながらテーブルに並んだ料理に手をつける。
『安らぎ亭』までわざわざやってきたのは、案の定ヴィーヴルヴァイゼンであった。
俺と同じ星3つの冒険者で、白い炎という他とは違った魔法を使う魔法使い。
あと、ここ最近までずっと俺に付きまとっていたストーカー気質の危ない男である。
根は良い奴なんだろうが、俺に対する行動がいちいちウザいため、今のところ俺の中の評価は±0といってもいい。
そんな男が、突然俺に話があると言って食事に誘ってきた。
いつもなら普通に断るのだが、こいつの雰囲気がシリアス調の真面目なものであったため、話だけでも聞いてやるかとギルドで指名依頼の受注を行ってから誘われたのだった。
あと、奢りである。
「それで? わざわざ話があると誘ったんだ。それなりに重要なことなんだろうな?」
「ああ、もちろんだとも。この僕に関わる重要過ぎる話だ」
「ご馳走様。帰るわ」
「少しは話を聞かないか君は!? この僕の奢りなんだぞ!?」
素早く口を拭いて立ち上がった俺だったが、逃げる前にその腕をヴィーヴルヴァイゼンに捕まれてしまった。
うげぇ、と顰め面をヴィーヴルヴァイゼンに向ける。
「……それ、俺が聞く必要あるか?」
「当然だ。ライバルであるこの僕の決意表明だからな! これを君に伝えないでどうするというんだ、トーリ」
「いや、ライバルてお前……仕掛けてきた勝負全部俺が勝ってるじゃん……」
「け、決闘はまだだろう!? それまでは負けたとは思わないぞ僕は!」
とにかく聞いてくれ、と着席を促してくるヴィーヴルヴァイゼンに、俺はしぶしぶ先ほどまで座っていた席に腰を下ろす。
そしてコップの酒を一気に呷ったヴィーヴルヴァイゼンは、ダンッ! とテーブルにコップを叩きつけるように置くと酒で少し赤らんだ顔で言うのだ。
「僕はもっと強くなるぞ、トーリ! それまでは、君との勝負を預ける!」
「預かった覚えはないので帰っていいか?」
「もう少し雰囲気を読めないのか君は!?」
まったく、と腕組みをして呆れた目を向けて来るヴィーヴルヴァイゼン。
やめろ、俺に付きまとっていた奴にそんな目を向けられる筋合いはない。
「そもそもの話、強くなります、なんて俺に言う必要はないだろ。なるなら勝手に強くなればいいだけの話だしな」
「そうかもしれないが、これは僕の気持ちの問題だ。トーリ、君は強い。それはこの僕も認めている」
だが僕はどうだ、とヴィーヴルヴァイゼンは俯きながら言う。
「あの日、君が悪魔を抑えると言った時……僕は君に任せて先を急ぐことしかできなかったんだ。君の方が強いからと、そう言われて納得してしまった僕がいた……!」
きっとあの日のことを思い出しているのだろう。悔しそうにゆっくりと言葉を紡ぐヴィーヴルヴァイゼン。
だが待ってほしい。あの時のことで、そんなにシリアスにならないでもらいたい。
その、すっごく……気まずいです……
ジュースの入ったコップをチビチビと呷りながら気まずさを紛らわせようとするが、ヴィーヴルヴァイゼンが何かを言う度に俺にダメージが入っていく。
「僕が目指す場所はまだまだ遠い。今回のことではっきりと思い知らされたよ……そしてこのまま、トーリについて行くだけじゃ僕は何も変わらない。在り方は学べても、強くはなれない」
そこで顔を上げたヴィーヴルヴァイゼンの目は、真剣で真っ直ぐな目だった。
対して俺の目は気まずさでどんどん衰弱死していることだろう。
「だから、トーリ。僕はしばらく、君と行動を別にしようと思っている。僕は僕自身を一から鍛えなおして、『口だけ』ではない、真の『輝炎』としてまた戻ってくるぞ!」
「お、おう……そうか……」
「それまで君と僕の勝負は無しだ。だからトーリ、きっと君は寂しいかもしれないが、暫くはソロで頑張ってくれ」
「最後で台無しだよ」
はぁ、と今度はこっちがため息を吐きたくなった。
誰が寂しいだ誰が。その一言で気まずさも吹っ飛んだわ。
しかしヴィーヴルヴァイゼンという足枷がなくなるのであれば非常にありがたい。
何せこいつと一緒だと、『転移』での距離短縮ができないのだ。
これからはそれもなくなるのなら、俺にとっては嬉しい話だよな。
……もっとも、これから一か月は魔法学校の予定であるため、あまり空間魔法を使う機会はなさそうなんだが。
「……あ、そう言えばヴィーヴルヴァイゼン。お前確か、魔法学校の生徒だったんだよな?」
「ん? 何だ唐突に。まぁ、確かに? 僕はあの魔法学校を卒業した優秀な魔法使い――」
「お前についてはどうでもいいんだが、フェイル・モルガルって人を知っているか? 魔法学校の教師らしいんだが」
途中で遮ったからか、得意げに話していたヴィーヴルヴァイゼンの顔が少し不満気に曇った。
そして「フェイル・モルガル……ああ、あの人か」と何やら知っているような口ぶりで俺を見る。
「確かに知っているよ。魔法学校では有名だ。というか、僕の場合彼女のことは忘れたくても忘れられないとも。何せ、この僕の採血を執拗に迫ってきた変人だからね」
「……なんだって?」
ヴィーヴルヴァイゼンの炎が白いことはすでに知っていることだが、そんな彼の魔法が新たな属性の魔法かもしれないと一年生の時に追いかけまわされていたらしい。
授業中に来ることはなかったらしいが、授業以外であれば寮でも食事中でもはたまたトイレでも「採血しようじゃないか!」と迫ってこられたとのこと。
別に拒む理由もなかったが、変に追いかけまわされたことで逃げていたヴィーヴルヴァイゼンは最終的には採血され、いろいろと研究に付き合ったらしい
なおその結果であるが、普通の炎よりも温度が高いだけで、火属性であると結論が出たらコロッと興味をなくされたんだとか。
「困った教師だったよあの人は。特に魔法の属性に関しての執念には感心すら覚えるさ。普段はいい先生ではあったが、あまり関わりたいと思える人ではなかったがね」
「……」
「ところで、君からあの先生の名を聞くことになるとは思わなかったよ。何かあの人と関わることでもあったのかい?」
「……いや、古本屋で見た本で名前を知ってな。魔法学校の人だと知って聞いてみただけだ」
今度マリーンと一緒に魔法学校で依頼がある、と言えばヴィーヴルヴァイゼンのことだ。変にこのまま絡まれて面倒くさいことになることは間違いない。
そう考え、今度の依頼については話さないでおこうと心に決める。
「そうか。まぁ、トーリが彼女に関わることはないだろうが……君の魔法の属性について知ったら、僕以上に面倒な相手だろうね!」
ふはははは! と正面で笑うヴィーヴルヴァイゼン。
対して俺は既にあの指名依頼を受注してしまったことを激しく後悔している真っ最中だった。
「(……いや、落ち着け。まだ慌てる時間じゃない……はず)」
そもそもの話、その採血が嫌で断ったのをマリーンが交渉して採血は無しになったんだ。
約束が守られなった場合は指名依頼の途中であっても帰ってもいい、とまで話を付けてくれている。
ヴィーヴルヴァイゼンのように変に迫られたり、無理強いされることはないはずだ。
「(大丈夫……大丈夫……だよな?)」
言いようもない不安が俺を襲う中、俺はそこから暫く酔って自分語りを始めているヴィーヴルヴァイゼンの相手を適当にして『安らぎ亭』へと帰るのだった。




