第61話:ボーリスの日常
『勇者物語』
この世界において最も有名だと言っても過言ではないこの話は、数百年前に存在したとされる異世界から召喚された勇者と、その仲間たちによる魔王討伐までの旅路が語られている。
魔王の出現によって世界中の魔物たちが凶暴化し、積極的に人々を襲うようになった世界。
その状況に終止符を打つべく最初に立ち上がったグレーアイル王国は、異世界から強大な力を持った勇者を召喚した。
そして勇者を含めた四人の英雄たちは、見事に魔王の討伐を成し遂げる。
一人目は異世界から召喚された物語の主人公である勇者。
名前が記されていないその勇者様は、光の魔法を操り、光の剣を振るって魔物や悪魔を容赦なく斬り払う強者であったと言い伝えられている。
しかしその反面、人に対しては博愛主義者と言うかなんというか、物語の随所でThe 主人公みたいな描写が多々見られる奴だった。お人好しとも呼べるが、少々行き過ぎてるのでは? と思ってしまう部分もある。
例を挙げるならば、道中で襲ってきた盗賊に対して返り討ちにはしたものの、まだやり直せると言って命までは取らなかったことだろうか。
まぁでも、王道と言えば王道だしこれが人気なのだ。おまけに真実かどうかわからない物語。俺がとやかく言うことでもない。
二人目、勇者が最初に訪れた国で騎士として仕えていた雷の騎士。
元はとある国の騎士だったそうだが、その国が勇者に魔王と戦えるだけの力があるのかと問うたらしい。そして勇者の力を試すためにと戦ったのがこの騎士だったそうだ。
当然、勇者はこの騎士に打ち勝った。そして騎士は勇者の仲間となり、共に前線に立ち、双剣を振るって戦ったのだという。その様はまさに稲妻の如く、と記載されていた。
三人目は、名前のない国で魔物によって傷ついた人々を癒し続けた聖女。
物語の中で唯一名前が残っている女性でエリュシラと記されている。
癒しの魔法の使い手がいるという噂を聞いた勇者と騎士が、名前のない国へと立ち寄り魔王討伐の助力を求めたらしく、この状況を変えられるならと仲間になった。
なお、何故彼女だけ名が残っているのかと言えば、魔王討伐後のことが語られているからだ。
なんでも魔王討伐後、彼女は自身の癒しの力を数多の人々へ継がせることに成功したとのこと。
そんな彼女の功績をたたえて、無名であった国は聖女神国へと名を変えた。
すべての人々に癒しを、という彼女の思想から聖女神国は永続中立国としての立場を得て、各国に教会を建て癒しの魔法を扱う神官を派遣していることまで書かれている。
そう言えば、教会の神官が使う癒しの魔法は四属性などの魔法とはまた別物なのだろうか。
……機会があれば、今度調べるなり聞くなりしてみよう。
視線を手にした本に戻す。
そして最後の四人目は、西の国で仲間となった魔法使いの女性。
勇者一行が魔王がいるとされていた魔物の領域へと足を踏み入れる際に西の国で出会った魔法使いで、幾つもの魔法を自由自在に操る大魔法使いと語られている。
そんな彼女は勇者たちが来るまでの間、たった一人で魔物の進行を抑えていたらしい。その後は魔王による魔物たちの進行を打破すべく、勇者たちの旅に同行することになった。
また、本の中では色々な属性を持っているような描写がされているため、この魔法使いの扱う属性には非常に興味がある。
だが残念なことに、そこまで詳細な描写はなかった。恐らく四属性は使える? と思える程度である。
「異世界から召喚された勇者、ねぇ……」
俺自身も異世界からこの世界へとやってきた身の上だ。興味が無いわけではない。
むしろ、俺って勇者なのでは? とも思ったが呼ばれ方が違うためそうではないだろう。
勇者はグレーアイル王国の王族たちによって召喚され、俺はよくわからない神様によってこの世界に転生した。
過程が違うのであれば、同じ勇者であると断定はできない。
そのまま『勇者物語』のページをパラパラと捲って文字を流し読んでいく。
全体の構成としては前後半の物語だ。
前半は西の果ての魔物の領域に入る前までの、仲間達との出会いについて。後半は魔物の領域に入ってから魔王討伐までの四人の旅路がメインになっている。
「魔物との戦闘に加えて、ダンジョンでの冒険に目の一族とのいざこざ、竜種との死闘。英雄譚としててんこ盛りで恋愛まであるとなれば……まぁ、人気なのも頷けるなこりゃ」
王都での失敗を忘れようと、とりあえず勇者物語とやらを読んでみようと思った今日この頃。
古本屋曰く、特に旅の道中で時折綴られる勇者と魔法使いのやりとりが人気だそうだ。特に女性に。
やはりどの時代どの世界であっても、女の子と言うのは男女の恋物語が好きなのだろうか。
「まさに王道、って感じの物語だな」
唯一見慣れない展開として挙げるのであれば、勇者が誰とも結ばれることなく生涯をこの世界のどこかで終えたということだろうか。どことは詳しく書かれていないが。
普通そこは王女様と結婚だったりとか、もしくはいい感じになっている魔法使いと結ばれたりだとかしそうなものだが……これについては俺が何を言ったところであまり意味はない。
そんなことより、だ。
「勇者様を呼んで、いったい何がしたいのかねぇ……救わなきゃならんほど、やばいわけでもなさそうなのに」
チェラレッダと名乗ったあの勇者教の大男は、勇者を呼べば世界が再び救われると、確かにそう言った。
だが今のところ、世界はこの『勇者物語』のように常時すべての魔物が魔物の大暴走している状況ではない。
「そういう状況とは別で救わないといけない……とか、そう言うことか?」
ではその状況とは? と考えてみるが考えたところで何も思いつかない。
そもそも、あのイカレ頭のことだ。明確な理由などないのかもしれない。ただファンだから勇者様を召喚させたいんですぅ、みたいなこともあり得るだろう。
結論
今は考えても仕方ない。
「とりあえず、勇者教を名乗る深紅のローブには気を付けるか……」
パタン、と『勇者物語』の本を閉じる。
勇者について知ろうと思って王都の古本屋で安く購入したものだったが、物語としても楽しめる物であった。
神聖視する程なのかと言われれば首を傾げるが、まぁ人気なのはよくわかる。
「どっかにでも売るか……ん?」
一度読んである程度の内容は把握したため売りにでも出そうかと考えていると、部屋の扉が小さく叩かれた。
どうぞ、と呼び掛けてみれば小さく開いたその隙間から可愛らしい小さな頭がひょっこりと顔を覗かせる。
「おにーさん、ごはんできたー!」
「ありがとう、すぐに行くよ」
そう返事を返せば、うん! と大きく頷いて扉の向こうへと駆け出して行く『安らぎ亭』の看板娘リップちゃん(7)。
そんな彼女の後を追って一階に降りると、お盆に料理を乗せたリップちゃんが厨房からよいしょよいしょと現れる。
一生懸命なリップちゃんの姿に厨房の親父さんと共にほっこりしつつ、俺も親父さんから料理を受け取ってリップちゃんと並んで食すのだった。
「ねぇおにーさん! おうと? にいったんでしょ! どんなところだった? たのしいものとか、おいしいものいっぱいあった!?」
食事を開始して少し経った頃、両手でパンを持ったリップちゃんが期待に満ちた目でこちらを見上げた。
聞けばリップちゃんはまだ王都には行ったことがないらしい。
まぁ、まだ7つの子に一週間以上かかる旅は難しいだろう。更には盗賊や魔物などの危険もあるのだから当然と言えば当然か。
その問いに俺は「そうだなー」と目を閉じ、この間の王都で起きた一連の事件について思い起こす。
あの王都で起きた事件については色々と噂話が広まり、今ではここボーリスでさえもその噂話でもちきりになっている。
俺の地竜退治なんてすでに過去の話となってしまった。
だがしかし、王都に現れた『竜殺しの魔法使い』が実は偽物であり、本物は王都での魔物騒動に終止符を打ったという話も出回り始めている。
もっとも、それ以上に『竜殺しの魔法使い』と王女様の話の方が話題性があるらしく、酒場で聞くのはほとんどそっちの話題なんだか。
おのれ恋愛脳王女ぉ……! 俺のお楽しみを奪いやがってぇ……!
「おにーさんどうしたの? かおこわいよ?」
「大丈夫だ。親父さんよりマシだからね」
「なんだとぉ!?」
厨房から威嚇してくる親父さんを無視して、とりあえず俺は王都の街並みやリップちゃんの好きそうなお菓子の話題を語ることにした。
幸い、お菓子についてならマリーンに連れまわされて色々食べたんだ。それなりには話もできる。
「そういえば、クッキーはおいしかった?」
「うん! おうとのくっきー! あまかった! でもこんどはけーき? っていうのもたべたい!」
「そうだね。いつか王都に行ったときに食べようか」
「そのときはおにーさんもいっしょ!」
リップちゃんがぎゅっと俺の手を掴んで再びにっこりと笑った。
うん、かわいい。
かわいいんだけど、是非その笑顔と言葉を厨房にもかけてあげてくれリップちゃん。
「くぁwせdrftgyふじこlp……!?」って意味の分からない声のない悲鳴を上げて睨み殺さんとしてくる親父さんが俺の視界の端にチラついているんだ。
泣いてるのか怒っているのかよくわからない形相の親父さんに苦笑しつつ、前よりおいしいですよ言って食事を続ける。
そして食事を終えて皿を厨房へと持っていくと、「そう言えば」と元の強面に戻った親父さんから声をかけられた。
「王都の方は色々大変だったそうだが、トーリは大丈夫だったか? 噂じゃ悪魔が出た、何て聞いてるぜ」
「ああ、その話ですか。まぁ、悪魔が出たってのは本当ですよ。実際俺も一戦交えてますし」
「おお、本当かよ……悪魔なんて『勇者物語』でくらいしか聞かねぇが、本当にいるんだな……よく生き残ってくれたよ」
俺の言葉に目を見開いていた親父さんであったが、すぐにその目は心配するような目つきに変化した。
まぁ現地のことについては、王都から来た商人たちからも噂になっているし、それ以上にヴィーヴルヴァイゼンが「この僕の勇姿を語り聞かせなくては!」ってはしゃいでギルドで喋りまくっているため隠すことでもない。
力こぶを作って「五体問題なく」と笑って見せれば、それもそうかと親父さんも頷いていた。
そんな俺の腕に、ピョンとリップちゃんが飛びついてぶら下がる。
「だいじょうぶだよおとうさん! おにーさんすっごくつよいの! まえもね、おにーさんくろいふくで――」
「よーしリップちゃん! このままぐるぐるしちゃうぞー!」
「きゃー!」
危うく何かを零しそうになっていたリップちゃんの言葉を遮るように、そのままその場で回転して振り回す。
気分はまさに遊園地のアトラクションだ。
親父さんの何やってるんだ? みたいな目に冷や汗を浮かべる中、こっそりとリップちゃんに「二人の秘密だよ?」と耳打ちする。
その言葉に「あ!」と一瞬目を瞬かせたリップちゃんは、すぐに人差し指を口元に当てると「しーっ!」と笑ってみせるのだった。




