第60話:それぞれの物語
「報告は以上となります」
「……わかった。下がってよい」
その言葉で文官が下がっていくのを見送ったグレーアイル王国国王マスティノフ・オ・グレーアイルは、目頭を指で抑えながらため息を吐いた。
「まったく……次から次へと……」
ストレスで禿げそうだと愚痴を零しながら己の頭皮に優しく触れるマスティノフ。
「竜種に続いて悪魔、そして勇者教。いったい、何が起きるというのだ……」
頭が痛くなってくる、ともう一度ため息を吐いたマスティノフ。
自らを『竜殺しの魔法使い』であると騙ったシルヴァ・バンデランについては、彼が偽物であったことが王都での騒ぎや『白亜の剣』の者による調査で明確になった。魔法学校の同期であった貴族を殺害していたことも判明している。
父親であるバンデラン子爵も、その事実を隠蔽していたことに加えて王族を騙した罪により、一家全員の死罪が確定した。
シルヴァについては何もせずとも衰弱死しそうな程ではあったが、つい先日その首は斬り落とされている。
また、『命削りの指輪』は調査も兼ねて学園都市の研究施設へと送ったところ、名の通り使用者の生命力を代償に魔法の威力を底上げする代物であると結果が出た。
すぐに違法魔道具に指定され、他に出回ってあるものがないか確認を進めている。
更に勇者教について。
これはボーリス周辺の開拓村の話がガーデン伯から報告が上がっていたが、まさか辺境から離れ、いきなり王都で騒ぎを起こすとは予想外であった。対応が完全に後手に回ったのが悔やまれる。
また一時的に回収できた魔物の首輪についても、指輪と同じく学園都市の研究施設へと送る手はずだったが、輸送中にすべてが塵となって消えたと報告されている。
随分と用心深いものだ。
とはいえ、『命削りの指輪』という代物を作り出せるほどの組織。対応は急がなければならない。
次に王都の被害状況について。
自爆や首輪の爆発の被害も、事前に知らせてくれた冒険者のおかげで兵士たちの被害は軽微。
ただしパレード当日、商業区、警邏区、冒険者区、医療区の門番を担当していた兵士たちは全員死亡が確認されている。
また、勇者教の者たちを引き入れたとされていた生産区のモーム区長についてだが、何かによって操られているだけの動く死体と化していた。
不気味に動くだけの死体は速やかに燃やされ、新たな区長には現在の副区長を指名している。
生産区の他に魔物と教団の者による襲撃があった警邏区、商業区、冒険者区、医療区の四区はその場にいた冒険者および兵士たちの活躍。そして恐らく件の魔法使いによるものであろう謎の斬撃により、想定していたよりもかなり小さな被害で済んでいる。
教団の者たちが頭がおかしいだけの戦いの素人であり、兵士たちで抑え込めたのも大きいだろう。
「そして件の魔法使い。シルヴァ・バンデランの話を聞きつけて王都に来ていたとは……不幸中の幸いだったな……」
「お父様!」
バンッ! と勢いよく開け放たれた扉から入室してきたのはマスティノフの愛娘であるリュミネール・オ・グレーアイル。
シルヴァとの結婚が決まった時の憂鬱な表情はもうどこにもない。
自身が判断を誤ったこととはいえ、本当に良かったと安堵する反面、今はこのリュミネールも彼の頭を悩ませる一因である。
今回の一件について、リュミネールも自身の判断による被害を被っているため、文句を言うことはできないのだが。
「私の勇者様は見つかりましたか!?」
「リュミネール……せめてノックくらいはしなさい」
「姫様! はしたないですよ!」
リュミネールの後を追ってきたアネットが、マスティノフを見て跪く。
そんな彼女に、気にせず立って良いと告げたマスティノフは「まだみつかっていない」と返した。
「そんな!? では私と勇者様の挙式はいつになるんですか!?」
「リュミネール。まず彼の魔法使いとお前は婚約すらしていない」
「そんなはずはありません! だってもう街中で噂になっていますもの!」
「広めた本人が何を言うか」
リュミネールの後ろで何度も何度も頭を下げているアネットに同情しつつ、マスティノフはため息を吐いた。
「とにかく、一度落ち着くんだ。私も彼の魔法使いは王家に取り込みたいと思っている。その時はリュミネール、お前を嫁がせるつもりだ」
もちろん受け入れてもらえればな、と付け加えたマスティノフだったが、そんな言葉など知らんと言う顔で踵を返したリュミネール。
「公認ですよ! 必ず見つけ出します勇者様ぁ~!」という声を響かせて部屋を出て行く娘と追いかける侍女の姿に何度目かもわからないため息を吐いた。
そんな折、慌てた様子で入ってきたヘグエルの言葉に耳を貸したマスティノフは、その報告に思わず目を見開くことになるのだった。
「勇者召喚の儀式書が、だと?」
◇
「よく戻りました、序列7位、マリオネア・サンブライド。貴女の働きを心から嬉しく思う」
「ありがとうございます」
聖女神国。
グレーアイル王国の西側に位置するこの国は、中立国の立場にある。
というのも、それは建国者である聖女が遍く全ての人々に癒しを与える存在であったことに由来する。
どんな国、どんな立場の者であっても治癒を施す。故に彼らはどの組織、国にも肩入れしない立場を数百年もの間保ってきた。
今ではすべての国、すべての街に治癒魔法の扱える神官を派遣するまでに至っている。
もっとも
国は続いても、その思想までもが続くとは限らないが。
「それで、この本が例の物ですか?」
真っ白の法衣を身に纏った男がマリオネアから受け取った本を開き、その中身を確認しながら問うた。
「はい、間違いなく。確認しましたが、勇者の召喚術について記された本でございます」
「……ええ、ええ。間違いなく、彼の召喚術について記された本のようだ」
マリオネアの言葉に、確かにと頷いて見せた法衣の男。
その男の普段は閉ざされている目がうっすらと開き、目の前で跪くマリオネアへと視線を向けた。
「序列7位、マリオネア・サンブライド。貴女の働きを認め、序列6位を名乗ることを許します。現序列6位、フーシャ・ディオルドにはこちらから伝えておきましょう。今後も、聖女様のために励みなさい」
「はっ、聖女様のために」
再び頭を下げたマリオネアが下がった後、男は手にした本を見てクスリとほくそ笑む。
「あの狂信者どものおかげで、我々は勇者召喚の術を手に入れることができました。あとは、準備を進めるのみ。私の代で勇者の力を手にできるとは……これほどの幸運はないでしょう」
背後に建造された聖女像。その胸に嵌め込まれた黄金色の宝石を見上げた男は、自身も同じく部屋を出るために歩を進めた。
「最強ともいえる勇者の力と、聖女の癒し。この二つが揃えば、魔王亡きこの世界を我ら聖女神国が統べることは容易いでしょう。これであの狂信者どもが噂の『竜殺しの魔法使い』を仕留めてくれていればもっと良かったのですが……まぁ、勇者が召喚されれば恐れることもありません」
キヒッ、と思わず零れた邪悪な笑みを「おっと、危ない危ない」とすぐに正す。
「我らの力、是非特等席でご覧ください。聖女様」
それだけ言い残した男の笑みが扉の向こう側へと消えていく。
最後に残った聖女像の宝石が、涙を流す様にキラリと輝くのだった。
◇
「教祖様」
「……私、教祖なんて名乗った覚えはないって、いつも言ってるけど?」
「まぁそう言わずに。それより報告ですよ。聖女神国は無事、あなたがおっしゃられていた勇者の召喚術式を手に入れたようです。もっとも、チェラレッダさんの死と引き換えに、ではありますが。それに王都も予想以上に被害は少ないみたいですし、グレーアイル王国が勇者召喚を行うことはないでしょう」
「そう。残念だわ」
「……相変わらず、その他のことには無関心ですね。三大枢機卿の一人が消えたというのに」
「別に興味があって声をかけただけで、目的が一緒なら何をやっても自由だもの。あなた含めて、仲間だと思ったことはないわ」
まったく、と呆れるように肩を竦めた男であったが、そんな彼の反応にもあまり興味を示さず本を読む女。
その姿を見ていくら言っても無駄だと男は悟る。
顔を知る者が死ねば多少はこの鉄仮面にも変化があるかと思っていたが、どうやらそれすらこの女には無意味であるようだ。
「ああ、でも」
「おや、何かありましたか?」
本に向けていた視線を一瞬だけ前へと向ける。
「あの召喚術、もう見れないのは残念だね。嫌いだけど」
「……まぁ、あなたからすればそうでしょうね。勇者召喚の研究の果てに、悪魔召喚を習得してしまった稀有な人材でしたから」
「ですがもう少し気にしてもいいのでは?」とため息を吐いた男だったが、そんな彼に視線を向けた女は言葉を返した。
「私に言えるほど、あなただって興味はない。そうでしょう?」
「いやいや、そんなことはありませんよ。何せ彼には、作成した魔道具の実験に良く付き合ってもらっていましたから。『偽りの鏡』と『骸糸』の効果はうまく使ってくれたみたいですしね。ただ帰ってきたら『従魔の首輪』の評価を聞こうと思っていただけに、残念で悔しい気持ちになります。あ、ちなみに回収された『従魔の首輪』は塵にしましたので問題はありませんよ?」
ああでも、と男は続ける。
「一部とはいえ、術の影響で魂に悪魔が取り憑いた稀有なサンプルでしたので、体の回収ができればよかったんですがねぇ。新しく作成する魔道具の素体になりえたかもしれませんから」
クスクスと笑う男の言葉に「そう」と女は無関心に返し、再び手にした本の一ページへと視線を戻す。
その手はページを捲ることはなく、いつまでもいつまでも、同じページから動くことはない。
「ふふっ、随分とお気に入りですね。確か野営地での話でしたか、そのページは。男女が満天の星の下で語り合う。あなたも随分と乙女――」
「黙れ」
女が珍しく感情を見せたかと思えば、影から飛びだした刃が男の首筋を掠めた。
狙えば己の首を落としていたであろうその影に、「おぉ……怖い怖い」と軽口をたたきながら男は両手をあげる。
「別に怒らせるつもりはありませんよ。こちらは魔道具の開発ができれば十分なんですから。さして興味もない過去の勇者様の話で怒らせて死んだ、何てことになれば笑い話です。勇者様につきましては、どうぞご自由に」
「……面白いことを言うのね、人形の体で。あなたはここにはいないでしょ」
「おや、バレてましたか?」
自信作だったのですが、と笑う男。
切れたはずの首筋から血は流れず、代わりに木の断面が覗いていた。
カタカタと笑い声と共に揺れる男の言葉に、女は黙したまま言葉を続けた。
「見ればわかる」
「流石、年の功というやつですね。長く生きているとわかるものなんですか?」
「……」
「あらら、無視されてしまいましたか。まったく、労いも兼ねて研究用に血の一滴、体の一部でも分けてくれればいいんですがねぇ」
まいったまいった、と人形の体で頭をかいた男は、これ以上は無意味だろうとその場を立ち去った。
そして最後に残った女は、一度目を瞑って本を閉じると、何かを思い出す様に天を仰ぐ。
「……必ず」
銀糸のような髪から覗く女の長く尖った耳。
その耳が言葉と共に小さく揺れたのだった。




